◆京都生まれの気ままな遁世僧、「今様つれづれ草」。◆

心に移りゆくよしなしごと、仏教・親鸞・梵唄聲明・我が故郷京都…、拙き日暮らしに写真を添えて綴る“公開備忘録”

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  如来の作願をたづぬれば
     苦悩の有情(うじょう)をすてずして
     回向を首(しゅ)としたまひて
     大悲心をば成就せり







                       親鸞著 『正像末和讃』「三時讃」より

京都の本山で勤まっている「親鸞聖人七百五十回大遠忌法要」も、
いよいよ極まりつつある…。

10年後、5年後、再来年…などと思っていたら、もう終わりつつあるのである。
私が法要に出勤(←クリック)してからも、既に半年も経過している。
何と時の移ろうことの早いことよ…。

4月から始まった大遠忌法要であるが、夏の酷暑の間を休んで、
ほぼ1ヶ月に1度ずつ七昼夜の法要が勤められていた。
後は来年1月(2012年)の「御正当(ごしょうとう)報恩講」を残すのみである。

次回の大遠忌は50年後である。
もし私が生存していたら94歳になんなんとしている頃である。
多分、極めて高い確率で娑婆との縁は尽きていることだろう。

法要のありようを巡って、いろいろ不満をぶちまけていた私であるが、
今回の大遠忌は一生に一度の縁であることは確かなのである。
だから文句の一つも言いたかった…訳であるが、これもエゴなのであろう。


法要中、勤行に引き続いて門主のお言葉が述べられる。
門主がそのお言葉の中で、引用されている和讃である。




   阿弥陀仏が法蔵菩薩であった頃に誓われた願いをたどってみると
         ありとあらゆる苦悩に満ちた衆生を捨てられないので
         功徳を施すこと(回向)を第一の目的となさって
         苦を取り除いて精神的な楽を与えんとする心(大悲心)を成就された




ここにいわれる“苦悩の衆生(ありとあらゆる苦悩に満ちた衆生)”とは、どういうものなのか。
物理的にも精神的にも苦悩するということだけにとどまらず、
何よりも自己中心的で身勝手な自身をいうのである。

3月に発生した東日本大震災は、単なる天災にとどまるものではなかった。
福島原発の原子炉爆発に、
人間のエゴという開けてはならぬ“パンドラの箱”が開いてしまったような思いがした。

我々は被害者であると同時に加害者でもある。
それは人間という一つの生物としてのくくりでいうのである。

文明生活は、我々の欲望を限りなく増幅させる。
結果、有情(うじょう)は用いてはならぬものを用いて文明生活を維持しようとした。
それが原発なのである。
原子力に平和利用などという言葉は、全くありえない所以である。
我々現代人は次の世代へ、悔恨を引き継ぐばかりなのである…。

一方で福島県をはじめ、被災した東北各県に対する風評被害はどうであろう。
京都の五山送り火騒動にしてもそうであったが、
自身の身の安全だけを考えた有情たちは被災地の苦悩に寄り添うことなく、
自らに及ぼす放射能汚染のことばかりを口にしていた。

芥川の『蜘蛛の糸』に出てくる、主人公カンダタの姿が我々である。
さるべき業縁によって、我々はいくらでも自我の牙をむくのである。




「大悲心」とは、こうした衆生の有り様を哀れみ悲しむ心なのである。
法蔵菩薩という求道者の前には、そんな苦悩の衆生が在った。
自分の実相は弱いけれども、我(が)は人一倍強い我が身がここに在る。
それら衆生を救わねばならないという慈悲心が、阿弥陀仏へと成らしめたのである…。






















■写真■
京都御所にて、2005年11月22日撮影。

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フクシマも、与えられたものなのかもしれない…。

そんな思いをよぎらせる側面もあるのは、気づけよという警告でしょうが、我欲の壁は恐ろしく強靭だった。

そんな輩の最期は、きっと見苦しいのでしょうね。ぽちっと!!

2011/11/15(火) 午後 1:25 寧々房(neinei-bo)

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こんにちは。50年後はどのような社会になっているのでしょうか、私は、お浄土から見つめることとなります。
この国は年間32000人ほどの自死者を出す状況です。毎日、90人ほどになります。死んだ方がましだと思っておられる方がこんなにも多いことに心が痛みます。如来さまの誓願が多くの人々にも伝わりますように祈ります。

2011/11/15(火) 午後 5:29 あだ〜じお

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22日の天台聲明を聴かせて頂きます。

2011/11/15(火) 午後 9:44 一ちゃん

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昔栄え華やかだった街が寂れシャッター街になってたり、狸が出てた田園に大型店が出店し団地が出来賑やかになったり街や人が変わるように50年、100年後どうなってるか分からないです。都におわした帝が東の都に移り、何時の日にかまた京にお戻りになるやもしれないです。此の世の四苦八苦、己の事だけでは無く廻りを見渡し今一度考えねばねぇ。

2011/11/15(火) 午後 10:38 [ sakura ]

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人間社会の持つ業なんでしょうか、原発処理(その中で一体どんな作業をやってるのかもわからないまま内部被爆にさらされていく、かき集められた労働者の人々)は問題が累々積み挙げられていくのみ!

自分はそれを思うだけで、山の神の指示にしたがって今日も娘の育児の手伝いにいってしまって、掃除もし昼からは洗濯物を取り入れて奥様を迎えに車で出かけます。こんな風にして毎日が過ぎ去っていくだけで私は何も言えないし何もすることが出来ない傍観者!
Ren'ohさん色々教えて下さいませ! ぽちです!

2011/11/16(水) 午前 10:54 丸くまん丸

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寧々房さん、こんにちは。駄文にポチッ!と恐縮です…(^^)ゞ
もし我々に対する自然の警告であるとするならば、東北の人々にとってはあまりにも酷すぎますね。心中察して余りあるものがあります。
ならば被災していない地域の人間は、苦悩に寄り添うための何よりの業は、同じ過ちを二度と繰り返さないこと以外にありませんね…。

2011/11/16(水) 午後 1:01 Rev.Ren'oh

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あだ〜じおさん、こんにちは。日本よりも相当に文明が遅れているブータンの人々は、自身のことをとても幸せだと思っています。そこからして、我々が如何に文明という毒に侵されているかが分かりますね。
一定の高いレベルに達したならば、そのレベルを維持しないといけません。そこに歪みが生ずるのでしょう。自身の命を絶ってしまう人々はその歪みに墜ちてしまったのだと思います。もう一度、この国の有りようを精神的な部分から問い直さないといけない時期が来ていると思います。伝統仏教の現状も…。

2011/11/16(水) 午後 1:05 Rev.Ren'oh

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一ちゃんさん、こんにちは。遠路京都までお越し頂けるとのこと、大変恐縮です…。がんばりたいと思います(^^)

2011/11/16(水) 午後 2:36 Rev.Ren'oh

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さくらさん、こんにちは。ここしばらく、よくよく世の中を見渡してみると、想像付かないことが多かったりしますね。もし、東海に東北並みの地震が発生したら、確実に津波は名古屋駅まで到達するとも言われています。中京都とかいってる場合じゃなくなりますね。拙寺は浜岡原発からだと100匏内です。
グローバル社会とか言ってますが、実は全くグローバルなんかじゃなくて、目先の欲望を先まで見越すことなく二次元な世界観の中で追っているだけのような気がします…。

2011/11/16(水) 午後 2:36 Rev.Ren'oh

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丸くまん丸さん、こんにちは。駄文にポチッ!と恐縮です…(^^)ゞ
私の日常もまた、毎日が同じ繰り返しであります。傍観者…何気ない言葉ではありますが、これが結局世の中を閉塞感へと追いやるのかも知れません。私自身、心せねばならないことであります。

2011/11/16(水) 午後 2:40 Rev.Ren'oh


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