|
記事より 2016年8月21日 101歳で死去 反骨のジャーナリストむのたけじ氏 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト ]
|
記事より 2016年8月21日 101歳で死去 反骨のジャーナリストむのたけじ氏 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報
こんにちは、お久しぶりです。
震災直後、日本人を賞賛する海外の報道の中に、
『愛国心というプライド』というような言葉があったように
記憶しています。
私は、現在海外ですが、この言葉に頷けるものを感じました。
そういう思いが、いつ、どんな形で表出すれば、みんなが
「あぁ、これが愛国心なんだ…」と納得できるのでしょうか?
はたまた、そういうものなのでしょうか?
みんなで一斉に手をつなぐと、風通しも悪くなるなるし、
影も大きくなりますね。
基本的に、日本人はパフォーマンスが上手ではないので、
伝わりにくいけれど、愛国心にも教育が必要なんでしょうか…
こんなに苦しい思いをしている今、今だからこそ、
個人個人が自分の心に、一度は問うべきことであるとは思いますが…
2011/5/21(土) 午後 4:58 [ a*suma*n ]
はじめてコメントさせて頂きます。
起立しないのは信念に基づくもの
だから、という考が良くわかりません。
確かにいろんな考えがあって当然で
すが、起立しない信念というものが
本当にあるのなら、そちらの方が危険
なような気がします。
トビ主様の意見と私の意見が違っていて
不愉快な思いをさせてしまったらすみま
せん。
2011/5/21(土) 午後 9:22 [ juju ]
KAHANIYAさん こんばんは
日本人が整然と取り乱すことなく、窮状を耐えしのぶ姿を海外で評価されているらしいですね。阪神の震災でもそうでしたが、暴動が起きないことが、この日本の国民性として改めて海外に示していると思います。教育水準の高さや儒教や村社会や宗教など多くのことがそれに影響しているのでしょうが、『愛国心というプライド』という言葉に対しどれだけの人が頷かれるか分かりませんね。
愛国心を強いて言うならこの国の行く末を本当に考えるべきだと思いますね。
2011/5/22(日) 午前 0:09 [ nanachan.umekichi ]
gon**n25jp さん 初めまして
ご意見ありがとうございます。(ここはほとんどコメントのないブログですので、貴重でありがたいです。)
>起立しない信念というものが本当にあるのなら、そちらの方が危険
なような気がします。
東京都の職員の裁判でもありますが、『君が代、日の丸』に対しどういった意見、思いがあるかどうか、一度お調べになることをお勧めします。
私は戦争に対しても、もう終わったことではなく考えていきたいと思っています。
2011/5/22(日) 午前 0:19 [ nanachan.umekichi ]
時間なし
明日コメントします。
2011/10/31(月) 午後 6:58 [ オリーブ ]
どこの国にも国旗国歌がありますね。私は日の丸は好きです。稀なる素晴らしい芸術性と思います。国歌のメロディーは好きです。ただ、歌詞の内容は今に生きていません。
天皇と軍の戦争犯罪は終わっていません。しかし生きてる人は僅かです。
先日その人達から、広島長崎の原爆投下の予知が知らされました。
無謀な戦争犯罪を、政府と国民が全世界に謝罪した時点で
日の丸を愛し、
君が代は
↓
日本の民は、に作り変える。
いつまでも、真から謝罪しない国の態度が混乱を招いている。
・立たない事も子供に混乱させている。
・法的に立たせては、言論、思想信条の自由に違反する。
2011/11/1(火) 午後 3:00 [ オリーブ ]
オリーブさん こんばんは
戦争について私たちはあまりに無関心でいます。実際に当時を経験した方々の言葉を聞くことなく時間だけが過ぎてしまいますね。
戦争を何故避けることができなかったのか、戦争で何が行われたのかを知ることは大事です。何故宗教家すら進んで戦争を推し進めたのか、その流れを知ることは、当時だけでなく今を生きる私たちの考え方の指針になるのではないでしょうか。
戦争に『正しさ』の意味を作り、それを盲信した人々の懺悔に耳を傾けるべきではないでしょうか。
多数の中で少数の意見をを踏みつぶそうとする圧力に私たちは敏感になる必要があります。
『正しさ』というたてまえに惑わされないためにも少数の意見がそのまま表すことができる社会を求めます。
人々が考えるきっかけとなる機会を私たちは守らなければなりません。
2011/11/2(水) 午後 8:04 [ nanachan.umekichi ]
貴女のお話し理解したとして、
どうすれば、具体的に誰に、何をしてもらったら、いいとお考えですか?懺悔は誰に、戦争責任は誰に、
日の丸に責任はないのです。国歌の意味は象徴になった時点で意味がないけれど、替りが無いからうたっている。
議論して作り直せばよい。過去の国政と国民に代わって、
現国政と私達が全世界に謝罪する。
2011/11/4(金) 午後 6:58 [ オリーブ ]
オリーブさん ありがとうございます
日本は誰が責任を持つのか調べていくと、だれも責任を持たない構造になっていました。天皇自体もただ存続することに意味があり、明治政府が作り上げた虚構でしかすぎません。
責任の所在のなさが盲信になったのであり、勝利の祝いをまちまちで市民が熱狂していったのですね。教師は生徒を送りだしたのです。宗教家は戦地に慰問していったのです。
真実を知らされず爆撃で逃げ惑った市民も、多くの戦士が餓死で亡くなっていったことも、私たちはただ犠牲者として冥福を祈るわけにはいかないのではないでしょうか。
日本を守るため亡くなった霊を貶めるとお怒りのかたもおられるでしょうが、この犠牲を生んだ本当の姿を明らかにすることが、この大きすぎる犠牲に報いることではないかと思います。
2011/11/5(土) 午後 7:38 [ nanachan.umekichi ]
いつもながら、理路整然たるウメキチさんのご意見。異論ありませんとしかいいようがありません。ぼくが教師だったら、不起立を貫けるだろうか。身につまされます。戦争推進者に対する激しい怒りとともに!
2011/11/7(月) 午前 3:12
希土さん こんばんは
憲法は公けと私(わたくし)をはっきり区分けし個人の範囲の中での自由を尊重し公けの範囲と区別するという形をとっていますね。教師が個人の意見を教育の現場で押し通すことは違憲と判断するのは正しいことのように思えるかもしれません。しかし、日本の憲法は戦争を放棄し、平和主義を掲げています。憲法の平和主義を守るための働きは憲法の原理であり、誰もが大切にしなければならないことだと思います。
国が守るのはこの秩序です。人や土地を守るのは私たち一人一人なのだと思います。
2011/11/7(月) 午後 7:26 [ nanachan.umekichi ]
改めて、この新聞記事はいいと思います。私のブログに転載させていただけないでしょうか?転載可にしてください。
「民が世」という歌に作り変えたらいいと思います。
2012/9/11(火) 午後 4:17
お久しぶりです。いよいよ本格的な右傾化が始まりましたね。危機的状況です。体調がイマイチですが、がんばりましょう!
次期参院選が勝負です。
2013/1/24(木) 午前 4:18
希土さん
現在の右傾化とは何かが明らかではないような気がしますね。天皇を国体とするには人間的な悩みを抱える皇室では無理なような気がします。中国や北朝鮮を敵にしつらえて日本国家を一丸とする機運が必要な気がしますが、そのためには中国や北朝鮮が悪であり日本国家が善でなければなりません。
政治家やマスコミが何を悪だと宣伝しているのかを冷静に見届けなければ、人は簡単に影響され、欲得に流されやすいのだということを肝に銘じ無ければなりません。
2013/1/24(木) 午後 9:42 [ nanachan.umekichi ]
私が最も危機感を持つ右傾化は、自民党の「憲法改正草案」に見る基本的人権の破壊です。それに維新、みんな、が連動しそうなことです。防衛だのなんだのより、人権が基軸です。
2013/1/27(日) 午前 0:24
希土さん
自民党の憲法改正草案 http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf
「天皇を元首」「国防軍を保持」 「憲法改正賛成を総議員の3分の2から2分の1に」などひどい内容です。
戦争放棄は何としても守らなければなりません。治安維持法が普通選挙権と抱き合わせで成立したのは有名なことです。何かと引換えに国民に迫ってくることが予想されます。
私たちは個人が国家から自立し対立しながら国を支えていかなければなりません。どんな庇護を受けようと心は自立していきましょう。
2013/1/27(日) 午後 10:35 [ nanachan.umekichi ]
戦いましょう!
2013/1/28(月) 午前 8:27
はじめまして。
通りすがりですが古い記事にコメントさせて頂きます。
私は戦後何年も経ってから生まれた人間です。
ことあるごとに君が代を斉唱してきましたが「君が代」の君=天皇だと思ったことは一度もなく、君が代が軍国主義と結びつくイメージも全くありません。
おそらく私たち以降に生まれた人たちは私と同じだろうと推測します。
私は子を持つ親として、むしろ卒業式などに自分の信念で上司の命令(犯罪でない命令)に従わない教師がいる、その姿を子供に教えているというほうが怖いです。
多くの子供はいずれ会社員となるでしょう。
その時に上司の命令を自分の信念によって仕事中にもかかわらず背くということを肯定してもいいと教えているようで。
もちろんそれが法律に背く命令であるなら背くことは善ですが。
2013/4/1(月) 午後 0:57 [ 一般人 ]
戦時中であっても、戦争について何も考えずに従った人は少ないのではないか?と私は思います。
今は亡き母が生前に「戦時中に近所の人たちがこんな戦争に勝てるわけがないと話していた。でも『シッそんなこと特高に聞かれたら引っ張られるよ』と内緒で話していた」と話していました。
自分の考えや信念を持っていても、人は暴力の恐怖に逆らって信念を貫くことには恐怖を感じるのだと思います。
皆が国歌斉唱で天皇への忠誠や軍国主義を植え付けられるなどということは無いと私には思えます。
人間は何も考えずに人にコントロールされるなどということは無いとは言いませんが、ごくごく僅かだと思います。
人間は絶えず物事を考えるものです。
しかし暴力や村八分といったことによって人はコントロールされることは極めて多いだろうと思います。
2013/4/1(月) 午後 1:18 [ 一般人 ]
通りすがりの者さん 初めまして コメントのほとんど無いこのブログに貴重なご意見ありがとうございます。
このブログをはじめるまで私はほとんど社会に関心がなく自分の世界に閉じこもり、自分の考えが正しいのかどうかあまり考えないで過ごしてきました。
社会問題になっている新聞記事もどうしてなのか深く考えもせずきました。そうすることで問題を抱え抑圧されてきた人々を社会の片隅に追いやる側に加担していることを知りました。
戦争だけではありません。少しでも理解するため努力したいと考えています。
2013/4/1(月) 午後 2:16 [ nanachan.umekichi ]