素直に生きる

ささやかに今この時をともに大切に生きていきましょう。・・・・・・陽だまりに咲けぬ命の儚よ活けてみようよ「希望」の花を・・・・・・

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『トゥイーの日記』

何気なく手にした本ですが、ベトナム戦争中の女性医師の日記が敵兵の手から35年経って母親のもとに戻ったいきさつがあり、何故敵兵が大切に保管し親族を探し送り届けたのか、読んでみたいと思いました。

ベトナム戦争は1975年に終結しましたが、この日記は1968年から1969年彼女が戦死するまでの2年間が収録されています。戦況は激しく、活動拠点は常に移動を余儀なくされ、毎日誰かが死に、医師として治療した兵士を戦場に送り出すことが彼女の日常でした。23歳で志願し医師として祖国の独立のため純粋に活躍するだけでなく恋に悩み、生き生きと人と交わり、人を大切に愛情をふりそそぐ魅力的な若々しい女性でした。どんなに追い詰められても希望を捨てず、尊厳を守り、人間として、女性として、みずみずしい命の姿を日記に書き続けています。極限状態の中で戸惑いながら成長していく彼女の姿が、まるでみているかのように浮かびます。


戦争は多くの大切な命を奪い、絶望が覆い尽くしますが、このみずみずしい感性を持ち続けたトゥイーの生きた姿は感動を与えます。

戦争の悲惨さがなおさら深く突きつけてきます。

「生きることも死ぬこともイヤな人のための本」  中島義道著   2005年


新年早々にふさわしくないタイトルで申し訳ないのですが、読み終えたので書いています。

哲学者の著者と4人の若者との対話形式で構成されていて、著者の言いたいところは太文字になっていて読みやすく書かれています。

著者自身がタイトル通りの人生を体験している人なので、生き難い人にとってこの本の世界は魅力的に思えるかもしれないですね。

世間の中での生きにくさを、一般常識、軌範にさらされることの苦痛を認め、個の感覚をそれがどんなに世間が身勝手なものと批判するものであっても認めています。自己愛に生きることも認めています。世間の中で上手く生きていく方法を教えるのではなく、どんな状況にいるかを自己分析し再認識させる過程を耽美に誘惑気味に書かれています。自分だけではないとこの本から思えることがまず意味があるように思います。

死ぬことの意味も人によって感じ方が違うでしょうが、無になることへの恐れは大抵の人が抱いていることですね。時間の概念と無になることについて書かれています。

いずれにしても解決を示すのではなく、どっぷりとその世界に入り込み追求することに価値を見出すか、そうではないなら、折り合いをつけて世間と上手く合わせていくしかないと書いているように思います。

著者自身が人生後半になり、家族とも世間とも折り合いをつけて生きて来たことに決別し、個の感覚で生きることを選んだことが書かれています。それを選んだことが著者のメッセージのような気がします。どちらの人生が苦しいのか考えてみてはいかがでしょうか。

  ルイズ  父に貰いし名は  松下竜一著


ルイズという名は父母が敬愛する女性革命家ルイズミッシェルの名に由来しつけられた名前であった。ルイズは留意子という名に変えられ、すぐ上の姉と一緒に祖父母に育てられた。長女は魔子という名を真子に変えられ親戚に預けられたのでした。世間から遠ざかりひっそりと暮らすことを願っていたが、「大君に弓を引いて殺された父母の子」としての運命を逃れることはできなかった。

父は大正時代、無政府主義者(アナーキスト)として危険な存在であった大杉栄であり、母はそれを支える伊藤野枝であった。父は何度も投獄されていたが、関東大震災の混乱に乗じて、軍人に2人とも、偶然同行していた甥といっしょに虐殺されたのでした。

長女は大杉栄の子どもとして世間から注目され、臆せず立ち向かっているような強さと華やかさがあったが、留意子はいつも見張られているような気がして、子どもの頃から政治的なことに触れることを極度に怯え、両親のこともほとんど知らされることなく成長するのでした。

祖父母に育てられ、常に怯えながら成長する留意子たちは政治に巻き込まれることもなく、結婚し貧しい家庭生活の中で、普通に生きることを守るのでした。やがて自分も含め生活を苦しむ人々の中で留意子はそれまで封印してきた両親のこと、社会のことに目を向けようとする自分に気付くのでした。何も知らずに生きてきたことを後悔し、知ることを始めるが親の反逆の血を恐れ迷います。

そして私は私らしく生きればいいのだと、名前を塁に改め再生を誓うのでした。

『豆腐屋の四季』

「松下センセ」というのは以前読んだ本の中で貧乏作家を自虐的に自称する表現です。

 幼い頃、肺炎から片目の視力を失い、体が小さく病弱でいつもいじめられていました。そんな彼に母は優しくあれと励ましていました。やさしい母が急死し進学を諦め、弟たちのため病弱な体にはつらい家業の豆腐屋を父と働くのですが、うまく作れない。弟たちは貧しさの中で家を出て上京するが困窮し助けを求めてくる。人とうまく付き合うことが出来いため友人がなく、貧しさの中で、一家を支えなければならない重圧にいつも自殺を考える青年でした。やり場の無い苦しさを吐き出す言葉が和歌となり、新聞に投稿することが生きる支えになったのです。

  泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん

 時が過ぎ荒れた生活の弟たちも落ち着きそれぞれ自立、彼は若い娘と結婚し、優しさを大切にした日々が訪れ豆腐屋の四季が繰り返されるのでした。貧しくても働く喜びを大切にし、過酷な重労働を苦しみながら手作りに励む彼の姿は、何のために生きるのかを教えています。大切なものを失った私たちに問いかけています。彼は孤独の中で『人を愛したい』という気持ちをすべての人に向けるやさしさに押し上げ、過酷な生活苦の中で凛として生きる人へと成長していくのでした。

 こんなひそやかに大きな愛を育む松下センセをやはり私はたまらなく愛しく思えるのです。

約40年前に地元の主婦が書いたこの本は、水俣病患者の地獄のような苦しみを、地元に住んでいる著者の目からその苦しみを自らの苦しみとして受け止め壮絶に綴られています。

狂ったように次々と死んでいく猫からはじまり、やがて奇病が人間にも現れる。


貧しい漁村の一人一人の生き様を、大切な命の輝きを奪い、無残な姿に変えていく公害、水俣病。

企業の犯罪行為の告発であり、文明社会への警鐘が描かれています。





以前にも書きましたが、この裁判は今も続けられ、認定されずに補償も受けられない人たちがいます。

多くは書きません。読んでみてください。その踏みにじられた人々のうめき声が聞こえてきそうです。

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