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前回は『資本論』から商品についてを簡単に書きました。人間の働いた時間で商品の価格が決まると書きましたが、実際にそうなっていないものがあるとの反論もなく、静かにほうっておいていただいているので、次に社会の変動を書きます。
貨幣はいつからあったでしょうか。古代からお金は使われていました。そこに経済構造が存在するのですが、人間のもっと前の時代には、生産という力がないときはお金が要りませんでした。自分が生きることで精一杯の時には必要ないですね。原始共産制といいます。人間に何かを作る能力が備わったときに初めて経済が回ることになるのです。
最初の形態は奴隷制度です。搾取するものと搾取されるものが現れ、支配するものと支配されるものとの階級社会が成立します。この階級社会を維持するための暴力装置として、国家があると書かれています。所有者は奴隷の労働力を全て奪ってしまっているようですが、労働の一部は奴隷が生きるための労働として使われています。生産能力が上がり、いつまでも奴隷のままでは我慢できませんね。奴隷制に続く社会形態は中世の封建制度です。封建的地主と農奴の関係です。農奴の労働のうち一部が自分のものになり、残りが地主に搾取されています。土地に縛られ取られるままの農奴では我慢できませんね。町へ出て賃金をもらって働く私たち賃労働者の誕生です。今は資本家と賃労働者の階級社会です。前にも書きましたが奴隷制度とは反対に見えないところで労働の搾取が行われています。各制度に変わっていくタイミングは人間の生産能力や社会性の成長に対し時代の社会制度が遅れていてギャップが出来る時に起こり、それは革命であり、変革として現れるのでです。マルクスさんは経済構造の行き詰まりが社会構造の変革を起こすと言っています。
では現在の資本主義がどうなるかですね。資本家の考える労働力は、いかに安く、いかに長時間働き、いかに効率よく生産できる労働力であるかが求められています。しかし、絞りすぎると社会が成り立たない。なぜならその労働者が生活するために買っている商品を資本家は売っているのですからね。
市場原理主義という言葉がありますね。自由に競争させ強いものが勝ち残る仕組みです。昔の経済学者は経済は放っておけば自然と均衡を保ちよい状態になると言っていたように思いますが、それはまだ地道な市場経済だから考えられたのであって、今は世界を相手に一瞬で大きなお金を賭けのように動かし、リスクを金融工学という名で詐欺を行い、巨額の金が一極集中するような時代になれば、庶民にはどうすることも出来ない時代になってきているように思います。
この冷遇された社会に我慢出来なくなれば、どうすればいいのでしょうか。明日の生活も脅かされた非正規雇用者、失業者の我慢は限界に来ているのではないでしょうか。
次は日本のこれからについて考えたいですね。
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