ある男性の体験談を紹介します。
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私は今、離脱症状で普通の生活も送れない状態で悩んでいます。
2017年春頃まで、リボトリール6mgを服用しました。この間服薬量に前後はありますが、ベンゾジアゼピン薬物をこの間9年間飲み続けたことになります。後で知ることになるのですが、この時点で私はジアゼパム換算値120mgという恐ろしい量を飲んでいたことになります。悪魔の量です。
食欲不振から始まった精神科
そもそもの始まりは、平成21年6月2日の初診時に鬱と診断され、三環系のトフラニールが処方されました。
その後数日経って、興奮状態が現れ始めたのです。やる気がみなぎり無敵な状態を感じ、それだけならよかったのですが、抗うつ薬は麻薬となんの変わりもないシロモノですから、
人格が変わり始めました。
少しのことでブチギレる状態になり、車に突進しようとしたり、怒りにまみれ、川へダイブしようかと考えたり。向かってくる車に突っ込んで殴り飛ばしてやろうとか……そういった感情が現れ、主治医に報告すると「躁が出てる」ということで、てんかん薬であるデパケンが処方されました。
それでもトフラニールによる興奮状態はおさまらず、トフラニール中止、デパケンと安定剤の処方になりました。最初の受診時からベンゾは、後から調べたら処方されていました。
しかも、なぜか、初診から1か月も経たない6月末にはすでにリボトリールが処方されていたのです。
最初はうつでしたが、双極性障害と診断しなおされ、あらゆる精神薬の人体実験のような状態にされていきました。ただの食欲不振からです。
落ち込みがひどくなるとジプレキサやテトラミドを増量。もちろん、睡眠薬であるベンゾもたくさん服用しました。
興奮状態のとき、娘に手を挙げてしまい、その後落ち込んで、睡眠薬を大量に服用して救急車で運ばれたり……私の精神状態は、ぐちゃぐちゃになりました。
死にたい願望など起こったことが今まではなかったのに、精神薬を飲み始めてから、数回ほど睡眠薬による自殺未遂を経験しました。
一気断薬から再服薬
いろいろと調べて行くうちに、薬を抜いて行ってみよう! 少なくしてみようという考えになり、「こんなもん飲まなくたって大丈夫だ」という自己判断ですべての薬を切りました。
まったく無知のままにです。一昨年の4月のことです。
断薬後一日くらい経つと、頭がくらくらし始め、頭痛と目眩がひどくなりました。なんだこの状態は? と焦ったのですが、この頃ちょうど新しいサプリを飲み始めていたので、もしやそれが原因なのかと、そのサプリを片手に一度内科を受診しました。
しかし、医者はこのサプリはほとんどがビタミンだし、これが原因とは考えにくい。しかもそんな症状は今まで見たこともない。もし、精密検査するなら紹介状を出すよということで診察は終わりました。
その後妻がネットでいろいろ検索したところ、薬の「離脱症状」という言葉に行き当たったのです。
特にベンゾジアゼピン薬物を急にやめた時起こりうる症状だということを私は、この時初めて知ることになります。
そして、そこから私はいろいろ調べ始め、ゆっくり減薬をしなくてはいけない。一気断薬は命にもかかわることがあることを知り、一度再服薬をし、自分なりに少しずつ減薬していくことを決意しました。
再服薬によって、身体は一度は完全に元に戻りました。そこで私はリボトリール6mgを4mgに減薬し、半年くらいかけて2mgまで減らし、年末には1mgまで減らすことができました。
ちなみに他の向精神薬はほとんど全部一気に断薬しましたが、症状はなにも変わらず断薬することができました。
そして、向精神薬をやめて、減薬していくたびに私の精神症状はよくなり、今まで胸が苦しくなったり、発作的に睡眠薬を何度もがぶ飲みして自殺未遂をしていた自分が嘘のようになくなりました。希死念慮ばかりが浮かんでいたのは、薬漬けになっていたせいだったのだと、この時やっと知ることになります。すべて気づくのが遅すぎる大バカ者です。自分で調べようともせず、医者に言われるがまま、訳のわからない薬を9年も飲み続けたのですから。
そして、最後にベンゾジアゼピンのリボトリールのみとなりました。6㎎から1㎎にまで減薬し、残りをこのままゆっくり減らしていけば完全に断薬できると、少し安易な部分があったかもしれません。
この時点での私の落ち度は、ジアゼパム換算値というベンゾジアゼピンの力価というところまで調べあげなかったところです。
まさか、リボトリール1mgがジアゼパム換算値20mgもの強力価の悪魔の薬物とは、この時点で私はまったくの無知だったのです。
減薬して歩行困難に
話は減薬していく段階に戻りますが、2018年、年が明けて私はリボトリールを1mgから0.5mgにどんと減薬しました。このとき頭の重たさ、頭痛、少しの目眩を覚えた記憶が鮮明に残っています。
しかし、耐えられるなら、それを維持していけば徐々に身体もその量に慣れてくるということがネットに載っていて、それを信じ、少し辛い状態になりましたが、0.5㎎で頑張ってみようと決意しました。
精神状態は完全に回復していましたので、私はリハビリのように少しパートで働こうと決意し、近くのドラッグストアーでパートで働くことになります。
働いている間、頭痛や頭が常に重たく目眩も少々ありましたが、身体の辛さくらい気合いでなんとかなるだろうという安易な考えで働き続けました。
リボトリール0.5mgを維持して1ヶ月くらい経った頃、2日ほど完全にベンゾジアゼピンを抜いてみました。
すると、突然40度の高熱が出て、5日くらいで7度3分から5分に下がったものの、そこから微熱が下がることはなくなりました。
そんな状態であるにもかかわらず私は2月に入り、リボトリールをさらに0.25㎎にまで減薬したのです。気合いがあればなんとか乗り切れる。絶対乗り切ってみせる。気合いで断薬してやるという強い思いしかそのときの私にはありませんでした。
このときに感じた症状は、夜携帯を見ることができなくなるほどの目の眩しさと、小さな音がまるで耳元で鳴っているかのような聴覚の異常でした。
0.25mgを飲み続けながら仕事は続けていました。しかし、あまりの目眩と急な吐き気に襲われ、早退したりしていましたが、結局改善せず仕事を続けられない状態になりました。
その後も0.25mgを維持、服用し続けましたが、2018年4月29日、服用し続けているにもかかわらず歩行困難な状態に陥ったのです。
服用していてこんな状態になってしまうのなら、もう服用しても意味がないという独断で、そこから私は一気に0.25mgを切りました。これが私の失敗でした。
リボトリール1mgの4分の1の量にもかかわらず、セルシンとかのベンゾジアゼピンの薬にしたら5mgを一気断薬したことと変わらないことを後で知ることになります。
つまり、慎重に1錠を少量ずつ減薬していったにもかかわらず、ジアゼパム換算値の無知さゆえに、自分ではゆっくり抜いたつもりがセルシンで言えば5mgという量を一気に抜いてしまったことになるのです。
そこからの状態は……私は地獄を見ることになります。
断薬2日目。脚の痺れを覚えました。
断薬3日目。歩行はほぼできなくなり、頭の中をガシャガシャと殴るような音を感じるようになりました。
断薬4日目。脚の痺れがさらに強くなり、寒気がし、身体が震えるほどになりました。このとき右足の親指の感覚が麻痺したことを記憶しています。
断薬5日目。脚だけでなく、頭の後ろや首の後ろの麻痺も覚えました。さらに寒気が強くなりました。
また、座っている状態で身体が左右に揺れ始めたのはこのときです。さらに目の前に常にショウジョウバエが飛び交っているように見え、何度も何度も、何もいない目の前を手で払いのけていたのを強く覚えています。
断薬6日目。身体が地中に埋もれていくような感覚に襲われました。
そして、断薬7日目にして、脚はビリビリ痙攣し、身体は左右に揺れが更に強くなり、目を開けることすら困難になり、目の中は血走り、まったく歩けない状態に陥り、息が苦しくなり、泣く泣くリボトリール0.25mgを再服薬しました。
そこから、また3日、気合いで頑張りましたが、立ち上がることも一歩前に歩くこともできなくなり、目はほぼ開けることができなくなり、動悸が激しくなり、心臓は飛び出しそうなほどドクンドクンと波打ち、息も絶え絶えになり、吐きそうにもなり、悔しい思いをしながらまた悪魔の薬リボトリールを0.25mg服薬することになります。
15分ほど経つと吐き気や動悸も収まり、歩くこともできなくなっていた身体がスタスタと歩けるようになり、私はこの薬の恐ろしさをこのとき改めて肌で感じることになります。立ち上がることも一歩踏み出すこともできなくなり、一人でおしっこに行くこともできなくなり、妻におんぶしてもらってやっとこさトイレに行けた記憶が鮮明に残っています。
そこから気合いで5日頑張りました。しかし、5月14日、心臓は張り裂けそうになり、息も絶え絶え苦しくなり呼吸困難、目も開けられず、吐きそうになり、一歩も歩くことができなくなり、「ちくしょうちくしょう」と大きな声で怒鳴りながらリボトリール0.25mgを服薬したのを覚えています。
翌日から、何とかこれらの症状を乗り越え(心臓も破裂しそうになり、呼吸困難にもなり、身体も左右に揺れながら)、それでも気合いで完全に断薬することに成功したのです。とこの時点では、私はベンゾジアゼピンの悪魔の薬物についに勝ったという強い気持ちでいました。
体重減少
まさか、ここから4ヶ月も経って、さらなる地獄が襲ってこようとは……このときは夢にも思っていなかったです。
減薬を始める前、70キロあった体重は、くすりを抜いていくたびに減少し、完全断薬した時点では55キロまで減っていました。
ここから、さらに食べても食べても体重は減少し続けることになります。小腸がお腹の中でグニョングニョンとのたうち回り、寝ている状態でも常に脚が痙攣し続け、まともに睡眠も取れない状態でしたが、それでも頑張って生きてきたのです。
が、完全断薬から4ヶ月が過ぎた9月18日。体重は47キロまで減少し、ついに寝たきりになりました。ほぼ、骨と皮だけの状態になり、次の日の9月19日の朝、意識が遠のき始め、死を覚悟することになります。
なぜか、自然と涙がボロボロとこぼれ落ちました。悲しさも確かにあったと思いますが、どちらかというと悲しさではなく、おそらく、もう少し娘達の成長を見ていたかった。家族とともにもう少し幸せを味わいたかった。完全に悪魔の薬物に負けたという悔しい気持ちのほうが強かったのかもしれません。
私は妻に告げました。救急車は呼ばないで欲しい。
もうこれは、俺の天命だったんだ。遺書も残し、俺はこのまま眠るように死んでも仕方のないこと。だから、最期はおまえに看取って欲しい。判断はおまえに任せる。そう告げまた意識が二回ほど遠のきかけたとき、妻は救急車を呼ぶ決断を下しました。
再々服薬しても・・・
病院に運ばれ点滴を受け、帰宅し、私は次の日もう一度リボトリールを飲んでやり直すという大決断に出ることになります。
妻の思いに応え、もう一度減薬にチャレンジするという決意を固めたのです。
そして、リボトリールを1mg服薬しました。
起き上がることができるようになったものの、このもう少しだけでも生き延びなければという思いとは裏腹に、身体が完全に元に戻ることはありませんでした。
まっすぐソファに腰掛けるのも困難で、もう丸一年以上ソファでくつろげたことがありません。
脚には力が入らない状態が続いています。歩くことは依然として普通にまっすぐ歩行することは出来ず、頭が常に重く、頭痛が続き、骨盤も常に痛い状態であぐらもかくことが困難です。
また、屈んだり、下のものを取るだけでも大変つらい状態です。素足だと、足の裏が痛くて立っていられません。おしっこするために立っているだけで右足はビリビリし、左足の小指と薬指の感覚は完全に麻痺した状態になっています。
せめて普通の生活を送れればと私なりに頑張ってきましたが、ツライ離脱に根負けしてしまいそうです。
リボトリールがまさかここまで悪魔のベンゾとは思ってみませんでした。
しかも、私はてんかんでもないのでリボトリールを出されました。今考えるとわけのわからない処方、やりたい放題を精神科医にされていたということになります。
悔しいかな、自ら調べもせず言われるがままに服用し続けた大バカ者ですが、知らないことは罪である。しかし、知ろうとしないことはもっと罪である、との言葉が私にはぴたりとくるでしょう。
妻と娘2人の4人家族で、上の子はまだ小学4年で下はまだ1歳4ヶ月です。少しでも長く娘達の成長を見ていたいという強い思いと、それに対してぶっ壊れてしまっている身体の辛さの拮抗した毎日の闘いです。
1日生きることがいっぱいいっぱいで、ただ家族がいることに感謝しつつ耐えている毎日です。
もし、私の体験談が誰かの役に立つのなら、こんなうれしいことはありません。