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悠仁さま3歳に 活発に外遊び 表現も豊かに |

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こんにちは、ゲストさん
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悠仁さま3歳に 活発に外遊び 表現も豊かに |
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ここ最近、更新が滞って…。 週1ペースになりつつありますねぇ。 来年はもっと頻繁に更新を……と、もう来年のことを考えている。 そう、今年もあとわずか。 さて、最近さまざまなところで「マナー」とか「常識」とか「作法」などが話題になっているようなのですが、 これも、「このままでは日本が駄目になる」という危機感からなのでしょうか。 みんなが興味を持ち、「マナー」や「作法」を身に付けようというのは、とてもよいことだと思う反面、 ちょっと待てよ、というものもちらほら見かけられます。 頭から鵜呑みにして、ただひたすら覚えるのではなく、 そのマナーの影にある、「人としての行い」を考えた上で身につけてもらいたいものです。 そんななか、ちょっと気になる「常識」が… お歳暮の季節ということで、贈答に関するマナー講座というのをテレビでやっていたのですが、 最近の「常識」では「つまらないものですが…」というのは言ってはいけないそうです。 「謙譲はもはや美徳ではありません」とそのテレビの講師のおばちゃんはえらそうに言っていました。 そう、この「常識」、最近よく聞くんですよね。 でも、ちょっと待てよ。 皆さんはどう思いますか? 贈り物をするときに、相手との人間関係というものが存在します。 親しい相手に誕生日プレゼントを贈るとき、「つまらないものですが…」とは言いませんよね。 この「つまらないものですが…」という言葉は、相手が自分よりも目上のときに自然に出てくる言葉だと思います。 講師のおばちゃんいわく、「つまらないものですが…などといわれたら、もらったほうは、つまらないものなどよこすなと思ってしまいます」 本当か? つまらないものという言葉をそのとおりに受け取る、そのほうが常識はずれだといわざるを得ません。 この言葉のなかには、 「自分のできる範囲のなかで、みつくろい、これをもってまいりました。あなたにとってはつまらないものかもしれませんが、どうか受け取ってください」 という気持ちが込められています。 本当に謙譲はもはや美徳ではないのでしょうか。 古くからの日本の心をだめにしてしまうような、 このようなマナーの先生をどうにかして欲しいような気もします。 奥ゆかしさという日本の美をなくすことに反対の方、
物を渡すときには「つまらないものですが…」と付け加える運動を始めましょう(笑) |
道内の小学校で例年四月、新一年生の女子児童が空いている和式トイレに入らず、一台しかない洋式に行列をつくる現象が起きる。和式を知らない子供が増える一方、自治体は財政難で洋式化が進まないためだ。休み時間中に用が足せずに授業開始が遅れる例もあり、学校現場は和式の使用法を指導するなど頭を悩ませている。 札幌市中央区の桑園小ではトイレ一カ所に洋式は一台のみ。例年、五台以上ある和式が空いていても、新入生は洋式に長い列をつくるという。 同校は二月の新入生保護者説明会で「休み時間中にトイレが終わらず、授業時間に食い込む例もある。和式も使えるよう家庭で指導して」と要望した。 札幌市教委によると、札幌市内の各小学校は保護者説明会で同様の要請をしている。入学後、和式の使い方を指導することで、行列は徐々に解消するという。 小学校女子と男子の「大」を合わせたトイレの「和・洋」比率は、札幌市内が和式68%、洋式32%。道内全体では和式73%、洋式27%。一方、住宅施設機器メーカーのTOTO(北九州市)が五年前に実施した全国小学生アンケートでは、学校で洋式を選ぶ女子は65%、和式は15%、両方が20%と洋式が圧倒的だった。 トイレ関連企業六社がつくる「学校のトイレ研究会」(東京)によると、関東や関西では「女子トイレの比率は洋式三−四に対し和式一の学校が大半。全国的にも洋式が半数近い」といい、道内の遅れが目立つ。 洋式化には水回りの改修も含め便器一カ所につき三十万−五十万円かかる。文部科学省は一校四百万円以上のトイレ改修には三分の一を補助。制度ができた二○○一年度以降、道内では四十の小学校が適用を受けた。しかし「市町村には三分の二でも負担は重い」(道教委施設課)ため、二の足を踏む自治体も多い。 室蘭市は和式しかない学校が大半だったため、「各階に男女一つずつ」を基準に市内の全三十小中学校の計百四十台の切り替えを進めている。室蘭市教委は「学校から洋式増設の要望は強いが、財政を考えるとこれが限界」と説明している。http://www.hokkaido-np.co.jp/news/education/18234.html 一般家庭のトイレはほとんどが洋式になってしまいました。 外出先でトイレを使用するとき、洋式と和式があったらどちらを使いますか? 私は絶対に和式派です。 洋式ばかりのときはとりあえず我慢します。 理由その一 他人が使った便座に腰掛けるのが気持ち悪い。 使い捨てカバーが備え付けてあったりしますが、それでもその紙を通して伝わってくる、なんとも言えない気持ち悪さ。 たとえ消毒薬を携帯して拭いても、感覚的なものなので、無理です。 理由その二 少ない機会を利用しての体力増強。 和式トイレでのスタイルって、結構足腰の鍛錬になると思います。 家では洋式ですから、外出先で和式トイレがあったら、これ幸いと美容体操代わりです。 最近の子供たちも、毎日和式トイレを使っていたら足腰強くなりそうですよ。 これ以外にも、和式だと体勢の窮屈さから早めに切り上げるので痔になりにくいとか聞いたことがあります。 ほんとかどうか知らないけど。 今一度和式の良さを見直しては? とりあえず子供たちには率先して和式を使うことを教えたほうがいいでしょう。 といいながらも、我が家ではリフォームしても洋式にするだろうなぁ…。 |
気象庁が天気予報などに用いる予報用語から、「宵のうち」が消えることになった。午後6時から同9時を指す言葉として使われてきたが、一部ではもっと遅い時間帯を表すものとして誤って理解されているため。今年秋ごろから「夜のはじめごろ」に切り替える。 見直しにあたって国民から意見を募ったところ、「『宵のうち』は情緒ある言葉、美しい言葉、好きな言葉なので残してほしい」との意見が目立った。だが同庁は、「時間帯を表す用語は誤解なく伝わることが重要」とした。広辞苑でも「宵の口」の説明として「日が暮れて間もない時。宵のうち」とある。http://www.asahi.com/life/update/0329/014.html 時間帯を指す言葉はとてもステキな響きを持つものが多いです。 もともと、日本では日の出日の入りを基準にして時間を定めていたのでこういう言葉が生まれてきたのでしょう。 http://ameblo.jp/nanamama-lib/entry-10028110964.html 逆に考えると、時間帯を表す言葉を現代の時計に合わせることのほうが間違っているのかもしれません。 「宵のうち」と言った場合、日の暮れから2〜3時間ぐらいをさすと考えられます。 夏、日の長いときは午後9時〜10時までも宵のうちと言えるかもしれませんが、冬日暮れが早いと、午後7時ぐらいまでになってしまいます。 お日様に関係なく、夜通し明るい現代では日の沈む時刻など関係ないかもしれませんが・・・。 でも、ニュースなどはいざ知らず、天気予報はこういう言葉を使ってもらいたいものです。 誤解があるからといって使わなくなるのではなく、誤解を解くように周知徹底させればいい話ですから。 調査結果 「夜中」午後11時台〜午後2時台 「深夜」午前0時台〜午前2時台 「未明」午前2時台〜午前4時台 未明という言葉は、「未だ明けず」ですから、日の出前の数時間をさすと思われます。 それが報道では、午前0時から3時をさすというのだから驚きです。 季節により、その言葉が指す時間帯も変わって当然なのに、それを一律に使おうとすることに無理があります。 「宵のうち」と聞けば日が沈み辺りが暗くなってはいるけれど、人がまだ活動している時間。 「深夜」と言うと、人びとが皆寝静まっている時間。 「未明」と言うと日の出前、人がまだ起きてこない時間。 このように、時間帯だけでは表現できない事柄までも含むとても便利な言葉なんですけどね。 |
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その中でも特にやめられないのがこれです。 ぬりかべ http://www.nikoli.com/ja/puzzles/nurikabe/ ルールは、 数字の数だけ白マスが連続する 数字の入らない白マスはない 黒マスは2×2にはならない 完成すると黒マスはすべて繋がる というものです。 完成したパズルを見て、満足感にひたりながら… あぁ、美しい。 これを見ながら、ふと思いつきました。 もしかすると、これは「美しい国」として日本があるべき姿なのではないかと。 数字の数だけ白マスが連続する → 分に応じた生活をする 白マスの塊の間には必ず黒マスが入る → 他人とはマナーをもって接する というように、ルールに応じて生活していると、その結果、広い矩形がピタッとおさまってしまう。 これは凄いことです。 しかも、完成した暁には黒マス(共有部分)が一続きになり、どの白マス同士もそこを通じて繋がっているのです。 う〜ん、奥の深い哲学だ…。 などと、感心するのは私だけでしょうか(笑)。 一人一人が、自分の分に応じた生活をする、自分をわきまえるということはとても大切なことだと思います。 人権をふりかざすのもいいですが、それにより、他人の人権を侵しているということも肝に命じておかなければなりません。 個人主義的民主主義が正義であり、人権をふりかざせば誰もが一歩引いてしまうという風潮がありますが、それが果たして正しいことなのでしょうか。 確かに、封建制に比べると、民主主義というのは進んだ社会形態なのかもしれませんが、社会主義の方がより進んだ社会と言えるかもしれません。 ただし、ここでいう社会主義とは、西欧型個人主義を前面に押し出したり、平等の概念を持つものではありません。 個人がそれぞれの役割をにない、社会のためにそれを役立てる。 人は生まれながらにして、個性をもっているので、平等にはなり得ない。 それを社会の全員が納得して、それぞれにふさわしい暮らしをしていく。 そういう社会が実現できるのなら、社会主義はけっして悪いものではありません。 しかし、現実を見つめると、社会主義を主張する人たちはこの大前提を間違えています。 そもそも、日本における左翼思想は、そのスタートが、天皇制の否定にあります。 戦後の共産党のリーダー(名前は忘れた)が言っていたことですが、「天皇が持っている財産は国民のものであるから、それを国民に戻すべきだ」というのが彼らの主張です。 民主主義を考えると、一見もっともだと思えそうな論理なのですが、その根底にあるのは、「妬み」でしかないように思います。 自分よりも得をしている人が存在することが許せない。 自分よりも弱い立場のものを助けるためにではなく、自分よりも強いものを引きずり降ろすために、民主主義という言葉を持ち出している。 そのようにしか見えないのです。 平等に関しても、結果平等だけを重要視し、働きに応じた見返りという部分を無視しています。 労働団体などは、「働かなくても金よこせ」と言っているようなものですから。 西欧型の個人主義がより進んだ文明であり、日本の古くからの伝統である、和を尊ぶ思想が遅れているようにいわれがちです。 しかし、これらを進んでいるとか遅れているとか比較すること自体が間違っているのではないでしょうか。 人が、他人を思いやる心を育て、豊かな内的世界を充実させていけば、自我の肥大した個人主義は影を潜めるはずです。 つまり、個人主義は幼稚であり(真の意味での)社会主義の方が大人なのです。 パズルを解きながら、考えて下さい。 1しか能力のない人が、2マスとろうと思ったらどういう結果になるか。 人を押しのけて自己主張しようとすると、どういう結果になるのか。 ぴったりと矩形におさまった完成したパズル。 「美しい国」のあるべき形です。 |
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