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死 神 ――god of death―― 死を司る神。死神が持つ鎌は 姿・形を変え 死を待つ者の元へとゆく・・・。
それは木枯らしが吹く季節だった。
ここはロンドン郊外。
煉瓦の建物が立ち並ぶ古い街並み。建物の隙間から吹く風は冷たく、道行く人々は襟を高く上げ、皆足早に過ぎていった。
中でも人々が多く行き交う大通りには、いくつかの商店が道先に店を連ね、果物や野菜、また金物や花を売る者などもおり、賑わっていた。
ジョセフはいつものように朝早くから一番乗りでこの大通りにやってきていた。いつも決まった場所、ちょうど役所の見える特等席にボロボロの布を敷く。その上に座り、目の前に拾ってきた板で作った不恰好な座椅子を置いた。そして自分の足元に同じように板で作った低い台を置き、小さい穴がいくつも空いた帽子を横に置く。
彼の仕事は道行く人々の靴磨き。特に役所などに向かう上流階級の紳士や役人などが靴を磨きに来る。ジョセフの他にも何人か同じように靴磨きがいるが、彼の仕事は細かくすばやいので、常連の客が多い。彼はその事に誇りを持っていた。
7歳になったばかりの彼が、家で酒浸りの父親の酒代を稼ぐ為に出来る仕事は少なく、この仕事をはじめてもう1年になる。ここにいれば馴染みの果物屋やパン屋からおこぼれを貰えるし、何よりも家で酒に酔っている父親の暴力を受けずに済んだ。
今日は寒いせいか、いつもより客足が悪い。稼ぎが悪いと、怒った父親がさらに暴力を振るう。父親のお気に入りの酒を買う金額まで、まだ程遠いようだ。
太陽が西へ沈みかけた時、ひとりの男がジョセフの椅子に腰掛けた。
「ひとつ頼むよ」
ジョセフは客の顔を見上げた。
男はきめ細かな仕立てのスーツに、黒のロングコートを羽織っていた。年は若くもなく老けてもいない。20代といえばそうも見えるし、品の良さから40代といわれても納得できた。
「い、いらっしゃいませ」
ジョセフが足を置く台を差し出した。男はまず左足を台に乗せた。
「・・・旦那、ご旅行か何かですか?」
ジョセフは客を飽きさせないよう、いつものように世間話を始める。
「・・・どうして旅行と思うんだい?」
「いえ、その・・・はじめて見る方ですし・・・その、とても品がいいので・・・」
ジョセフがそう言うと、男は大きくハッハッハと笑い声をあげた。
「だ、旦那・・・?」
「いやいや、すまない。・・・君はいくつだい?」
「先月、ななつになりました」
「そうか、笑ってすまなかったね。君があんまりにも小さいのに大人びたお世辞を言うものだから・・・ついね」
「お世辞なんかじゃ・・・」
「いや、いいんだよ。気を使わなくて。私はしがない商人さ」
「え・・・そうなんですか?」
ジョセフは左の靴を磨き終わった。すると今度は右足を台の上に置く。
「ああ。実は今日から裏通りの4番街で酒屋を開店するんだ。だがいろいろ店の準備に追われてね。今頃やっと役所に登記を出しに来たんだよ。これから開店するのだからね、靴でも磨いておこうと思ってね」
「今日開店なんですか。おめでとうございます!」
ジョセフはまるで自分の事のように喜んだ。
「ありがとう。・・・・君はいい子だね」
「いえ、そんな・・・」
「まだ君にはお酒は必要ないだろうが・・・・もしお父さんかお母さんが入用な時は来ておくれ。サービスするよ」
「はい!ありがとうございます」
ジョセフが右の靴も磨き終えると、男は穴の空いた帽子に代金を入れた。
「ありがとうございました!またどうぞ!」
ジョセフが声をかけると、男は手を上げて去っていった。
それから常連の客が1人来ただけで、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯に明かりが灯ると、ジョセフは帰り支度をし、今日の売上を数える。
「・・・はぁ、今日はあまり儲けがないや・・・」
これではいちばん安い酒しか買えない。きっと父親にまた叱られると思い、肩を落とした。
(もしお父さんかお母さんが入用な時は来ておくれ。サービスするよ)
ジョセフは先ほどの客の言葉を思い出した。今日開店すると言っていた。もしかしたら開店セールか何かで酒が安く買えるかもしれない。それにあの旦那が常連になってくれれば・・・・!
そう思い、ジョセフは期待を込めて裏通りへと向かった。
貧民街の寂れた家に不釣合いの男が一人訪ねてきた。
家の中は、床にごろごろと空の酒瓶がいくつも転がっており、汚いテーブルの上でこの家の主人が酔いつぶれていた。訪ねてきた男は、足の踏み場のない所を何とか進み、勝手に物をどけて椅子に腰掛けた。
「相変わらずだな、ニコル」
ニコルと呼ばれた男はよだれを垂らしたまま、テーブルから顔を上げた。
「なんだぁ、アベルの旦那じゃないか・・・」
「話がある。目を覚ませ」
「ケッ。金なら無いぜ・・・。まさかアンタ直々に来るとはな・・・・。俺と一緒で金にでも困っているのかい?ゲフッ」
アベルはニコルが漏らす息に顔を顰めた。言われた事にもこの男の態度にも腹が立つ・・・。だがコイツが言うように、不況のせいで会社の資金繰りが上手くいかず、せっせと金を作りに歩き回っているのも事実だった。
ニコルは死んだ妹の亭主・・・といっても勘当同然で出ていった妹だ。このろくでなしに金を貸したのも妹が死んだ後だった。他人同然のこの男に情も何も湧かない。金を返してもらうのに何一つためらいはなかった。
「・・・金が無いのはわかっている」
アベルは部屋の中を見回した。
「ジョセフは・・・・いないのか?」
「ああ。小僧ならいつものように酒代を稼ぎにいってらぁ。なんだ?小僧に用があるのか?」
「・・・いや、いないなら話がしやすい」
「あぁ?」
ニコルの酒に酔った頭ではわかり辛かったのだろう。アベルは勝手に話を進める事にした。
「なあ、ニコル。確かに俺は金を返してもらいたい。だがお前には金が無い」
フフン、となぜか自慢げにニコルが笑った。
「そこでだ。お前に儲け話を持ってきた」
「よぉ、アベルの旦那・・・難しい話なら・・・」
「何も難しくはない。ジョセフだよ」
ハァ?といった表情でニコルが首を傾げる。
「あの小僧が何を儲けるっていうんだい。女っ子ならまだしも小汚ぇガキだぞ」
「馬鹿だな、ニコル。最近上流階級ではそういう趣向が流行っているのさ。その手の趣味の伯爵なんぞが玩具(がんぐ)として幼い少年を高値で買ってるのさ」
「へええ・・・」
ニコルがわかったのは“高値”という部分だけだった。
「あのガキが金になるのかい」
「ああ。私の知り合いの伝で金にしよう。私に返しても、お前が酒を飲む金ぐらい余るだろう」
「けっけっけ!そりゃあいい!」
この馬鹿め。酒のためなら自分の子までも売る愚か者。アベルはそう心の中で罵っていた。
「しかし今のままでは少し痩せすぎだ。売るにはもう少し太らせないと」
そう言ってアベルは懐の中から包みを出した。
「中に少しだが金とハムが入っている。これでジョセフに何か食べさせるんだな。間違っても酒に化けさせるなよ。後ででかい金に化けるんだから・・・・」
その包みをテーブルに置き、アベルは家を出た。
「ただいまぁ!父ちゃん!」
いつにもなく明るい様子でジョセフが帰ってきた。
「おお、帰ってきたか、ジョセフ」
ジョセフはきょとんとした。今日は父親の機嫌が良い。いつもなら「小僧」とか「ガキ」と言うのに、今日は名前を呼んだ。ジョセフは何だか嬉しかった。そして、さらに父を喜ばせようと、持って帰った大きな包みを父親に差し出した。
「なんだい?こりゃあ・・・」
父親が包みを開けるのをワクワクしながら見ていた。そして予想通り、父親の顔がパアッと明るくなった。
「こりゃあすげえ!こんな上等な酒どうしたんだ!?」
包みには今まで飲んだ事もない上等な酒が包まれていた。
「へっへえ!今日開店した酒屋で買ってきたんだ!そこの旦那がサービスしてくれたんだよ!」
ジョセフは自慢げに話した。
「おお、でかしたでかした!」
父親はニコニコ顔でテーブルの上にあった包みをジョセフに渡した。
「俺からもプレゼントだ」
ジョセフは中を開けてビックリした。中にはひと塊のハムだった。
「どうしたの?これ」
「今日アベル伯父さん・・・憶えてるか?死んだ母ちゃんの兄さんさ。久しぶりに訪ねてきてな。土産だとさ」
父は早速酒をあけ、グラスに注いでいた。
「俺に一かけよこして後はお前が喰え」
父親は酒の匂いを嗅ぎ、チビチビと飲みだした。
「くわっは!こりゃ、うめえ!!」
「いいの?」
父親は頷いた。ジョセフは驚いた。こんなに父親の機嫌が良いことはない。久しぶりの肉だ。それもこんなにたくさん・・・・。
「ありがとう!父ちゃん!!」
ジョセフは奥の部屋へと嬉しそうに駆けていった。
今日はなんて良い日なんだろう!ベッドの上にボロ布を広げ、昼間残しておいた半欠けのパンと、先ほど貰ったハムを置いた。このハムは少しずつ食べよう。でも今日は特別。少し多めに・・・。ジョセフはポケットから出したナイフで約1cmほどの厚さにハムを切り取った。それをパンの上に乗せ、匂いをかぐ。
「・・・いい匂い。あっ、そうだ」
ジョセフはもう一つのポケットからある物を取り出した。小瓶だ。
――― 『今日は来てくれてありがとう。これは君にサービスだ』 ―――
酒屋の主人がくれた小瓶。ジョセフは蓋を開けた。
――― 『ブランデーが少し入っているジンジャーピールだよ。今日みたいな寒い日に飲めば温まる』 ―――
ジョセフは一口それを飲んだ。体がポカポカしてくる。
「本当だ。体があったまる」
そうしてジョセフは幸せな気分でハムの乗ったパンを頬張った。
その夜、ジョセフの家に男が来た。黒のロングコートを羽織ったその男は、何も言わず家の中へと入ってきた。
部屋は静まり返り、暗闇が支配している。だが男は物につまずく事もなく、まっすぐとテーブルの所へとやってきた。
テーブルの上では、その家の主人が冷たくなって顔を埋めている。男は主人の横に転がっていた空の酒瓶を取り上げた。
「・・・・・全部飲んだか・・・・・毒とも知らず・・・・・」
そう言うと、男は主人の体を起こし、魂を抜き取った。
「お前のような奴にいい思いをさせて逝かせるのも癪だったが・・・・ジョセフに感謝しろ」
男は主人の魂を両方の手のひらでパンッと押しつぶした。
「お前の魂はこれから永遠に地獄の業火で焼かれるだろう・・・」
そして男は奥の部屋へと足を向けた。
部屋ではベッドの上でジョセフが横たわっていた。男がジョセフに触れる。
冷たい。
だがその顔には幸せそうな笑顔が浮かんでいた。
「・・・・・すまないね。きっとこのまま君が生きていても辛い事が待っている。許しておくれ・・・・・」
そう言ってジョセフの体から魂を抜いた。そしてやわらかな光でそれを包む。
『・・・・・我は死を司る神【死神】。我が名においてこの魂を救済する。そして願わくば・・・新しい転生を与えたまえ』
死神はジョセフの魂を天へと帰し、ふたつの亡骸を残して家を去った――――。
fin
この話はばっどさんのブログの公募お題「“毒”」用に書いたものです。私的にはハッピーエンドなのよ。といいたいですが、読んだ方にはどう受け取られるか・・・。
今回私は公募作品全部読破を目指しています^^知らない方の所にもひょっこり現れるかもしれません。その方もこの話を読んでくれれば嬉しいな(願望)
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AKIさん お、傑作ありがとうございます。
この話少し構成で悩みましたが、結局書きながら決めました。そんで5000字にひっかかってちょっと短くなってしまったんです。結果的にはそれでよかったと思ってます。
2008/10/31(金) 午後 1:06
Muさん これからの季節寒くなりますからねぇ。。。といっても本当に毒入りのお酒がありそうな世の中になってしまいました。中○製とかね。。( ̄□ ̄;)怖っ!
2008/10/31(金) 午後 1:09
意外なラストでした。おもしろかったですよぉ〜
てっきりジョセフが酒屋さんに買われるのかと思っていました。ポチ☆
2008/10/31(金) 午後 4:06
なおちゃん そうか、酒屋がその少年を買う・・・そういうのもありね。でもタイトルとテーマが「毒」だったのでこういうオチになりました☆
2008/11/1(土) 午後 9:19
さすがはなみさん、こと細かく練られたお話ですね。
次の展開がどうなるのか、全然読めませんでした!
毒テーマで、こんないい作品が読めるなんて〜!!
目を覚まされた思いです。
大傑作!!
2008/11/3(月) 午前 0:44
麻耶さん おお、麻耶さんにこんなに褒められるとは・・・光栄です^^かなり素直に嬉しいです。
2008/11/3(月) 午後 6:29
すごいですね!!
私は、あんまり長い小説は苦手なんですが・・・
でも、すらすらと読めました☆
それに、死神のお話は大好きなので(ケラ
すっごく楽しかったです♥
2008/11/4(火) 午後 9:31 [ - ]
四季さん お読みいただきありがとうございます☆
私も意外と短いものを好んで書くのですが、最近少し意識して書き方を変えています。楽しんでいただけたようで嬉しいです^^
2008/11/6(木) 午後 8:35
意外な展開、ラストでした。
死神のジョセフの救済は、この方法以外なかったのでしょうね。
構成が細かく、会話文もすんなりと読めました。傑作。
2008/11/7(金) 午前 5:19
死神〜。
さすが面白いっす。
前も登場されましたっけ?
そう来るかあって感じでした。
全部読破されるんですね。頑張って、僕も作品できたらしま〜す。
2008/11/7(金) 午後 7:14
すえさん 傑作ありがとうございます^^
このお話は「マッチ売りの少女」と「フランダースの犬」をイメージして作ったんですよ。ですからこの終り方になったんです。
2008/11/7(金) 午後 7:28
タヌキさん これが初登場です。ちょっとシリーズ化もいけるかな・・・などとおもってますが、ただでさえ連載物滞ってるので^^;
読破、今のところがんばってます。
2008/11/7(金) 午後 7:30
昼休み利用して読みにきましたぁ^0^♪
さすがはなみさん〜、めっちゃ面白かったです☆
雰囲気あるし、ラストも意外な展開で読み応えありました。確かにこれはハッピーエンドですね^^次の生は、素敵な父母のもとで幸せに暮らして欲しいです。
ちょっと切ない、けれど文字通り救われるような、そんな物語だったと思います。
傑作☆
2008/11/8(土) 午後 1:09
るるさん 次の転生は絶対幸せにしてくれるでしょう。切ないけど救われる〜そう感じていただければとても嬉しい^^
最近少し情景を気にして書くようにしてるんです。知識不足でかなり苦労しますが、「雰囲気ある」と言われるとちょっとは成功したかな?
2008/11/8(土) 午後 9:01
はじめまして。リーフといいます。タヌキさんの記事を読んで、お邪魔しました(*^_^*)
作品、とても面白かったです! ジョセフの最後が意外で、驚きと感動がダブルにきましたね〜。傑作です!
またお邪魔させていただきたいので、お気に入り登録させて下さい(^O^)
2008/11/8(土) 午後 9:50
リーフさん はじめまして・・・ですが、タヌキさんの所でちょくちょくお見かけしております。ファン登録&傑作ありがとうございます!^^
私も後でおじゃまさせていただきますね。。。
2008/11/9(日) 午後 8:45
ただの酒屋では無いとは思っていましたが、まさかな展開でした。
死神にできる事は死による魂の救済なのか・・・なるほど。
2008/12/28(日) 午後 9:43
ありゃりゃ、ひょっとしてニコルも更正をして、、、と思ったのですが、そうはいきませんね(笑)。
面白かったです!
あぁ、僕も、ニコルの立場だったら、飲んじゃうなぁ。。。
ファン登録していきますね!!
2008/12/29(月) 午前 11:15 [ おたけ ]
タバさん 今回は死神のイメージをちょっと従来のものと変えて書く試みをしてみたんです。てゆうか、そんな大それたもんでもないけど。。。(笑)
2008/12/29(月) 午後 3:57
おたけさん ファン登録ありがとうございます^^
そりゃ飲んじゃうでしょう。意外と巧みですよね、この死神。ま、運命を操る力がちょっとはあるんでしょう。
2008/12/29(月) 午後 3:59