遥かなる海を渡り虹をめざそう!

「育てる」という難しさ。日々痛感。

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Beautiful Snow 2



 二人が付き合いだしたのは高校三年の時であった。元気だった美雪の父が突然、脳梗塞で帰らぬ人となったのだ。その時美雪を支えたのが、他でもない正樹だった。
 父が亡くなった時、美雪は泣かなかった。なぜ、涙が出ないのか。美雪は思った。悲しいのに涙が出ない。いや、涙が出ないのは自分が非情だから。本当は悲しくないんじゃないのか。深く嘆き悲しむ母を見て尚更思う。私の心はそうだ、名前のように「雪」のように冷たい?
 
 ある日、正樹が美雪を連れ出した。理由も、行き先も言わず、正樹は美雪の手を引く。後から思い起こせば、その時の美雪の心と体は別々だったのだろう。どうやってそこへ来たのか憶えていない。ただ、夢中に。必死に正樹の後を付いて行く。途中からは本当に無心になり、汗をかいている自分がいた。
「頂上に着いたぞ」
 正樹が美雪の背後を指差した。大きな手のその先を振り返ると、そこには無限にも見える雲海が目下に広がっている。
「……すごい」
 自然とその言葉が口から出た。どこまでも、どこまでも果てしなく広がる世界。白い雲が絨毯のように広がり、水色の空が突き抜けるように美しい。美雪は思った。人間は……なんてちっぽけで、なんて弱いのだろう。この大きな自然の前で、汗びっしょりになり立っている自分。ああ、そうか。そうだ。人間は、人は弱いのだ。弱くて、脆くて。
 美雪の頬に暖かいものがつたった。次から、次へと。
「泣けよ。ここなら強がる必要もないやろ」
 美雪の体を、後ろからしっかりと正樹が支えた。美雪はわずかに残っている全ての力を使い、叫んだ。
「ぅわあああああーーーーーっ!」
 声は木霊となって雲の中に吸い込まれていく。体を曲げ、何度も何度も美雪は叫んだ。そして何度も雲に吸い込まれては・・・無となる。ついには美雪の声もかすれ、体には気持ちの良い疲労感が広がった。そして後ろで支えている正樹に少し体を預けると、正樹はそのまま強く美雪を抱きしめた。
「ここは伊吹山や。たった1300メートルの山でもこんなに凄い。人間なんてちっぽけやろ?」
 美雪は頷いた。背中に大きな存在を感じる。ああ、正樹はいつもこの大きな世界と向き合ってるのか。
 はじめて逢った時はあんなに小さくて弱かった正樹。だけど彼は大きくなった。心も、体も。
「美雪。俺な、貴おじに……そしてお前に感謝してるんや。俺は弱い自分がとてもイヤやった。いつまでも、美雪に勝てない自分が」
「正樹」
 美雪は後ろを向こうとしたが、正樹はさらに強く抱きしめ、それをさせなかった。
「いいから黙って聞き。俺はな、お前が好きや。ずっとチビの頃からや。でもずっと、惚れた女に勝てない自分が情けなかった」
「……」
「だけどな、貴おじにはじめて山へ連れてってもらってわかったんや。そんな風に考えてる自分がどんなにちっぽけか。勝ち負けの問題やない。大切なのは気持ちやって。お前を大切に思う気持ちは誰にも負けへん」
「正樹」
「だから、貴おじが死んでからのお前を黙って見ていられんかった。一生懸命いつものように強がって、自分を見失ってるお前をな」
「自分を・・・見失ってる?」
「そうや。お前は昔っから人に弱い自分を見せるのが苦手なんや。中学のマラソン大会で熱出した時もそうやったろ。皆気ぃつかへんかったけどお前、かなり熱出てたやろ」
 美雪は正樹に言われ思い出してみた。そういえば、あの時38度の熱があったんだっけ。でもそれまでの練習が水の泡になるのが嫌で無理して走ったんだった。
「俺が言うたところでお前は余計意地になるからな。倒れたら助けるつもりやった。でもお前は結局四位…ってああ〜もうっ、何が言いたいかというと!お前は根っからの意地っ張りっちゅうこっちゃ!」
「なっ」
「うるさいわ!今日は言わしてもらうで!とにかく俺の前では意地張るんやない。俺のように心も体も山のように大きい男がそばにおるんや!いつでもぶつかってこい!いつでも受けて立つぞ!」
「……っぷ」
 美雪は思わずふき出した。
「お、笑おた笑おた。女の子は笑顔が一番やでぇ」
「もう、おかしゅうて涙も出んわ。これ、愛の告白やなかったん?ムードないわぁ」
「俺らにムードなんかあったらどうすんねん。ちゅ〜でもするんか?」
 美雪は上半身だけ後ろを向き、正樹の顔を見た。今まで幼馴染として見えていた顔が急に男に見えた。
「ありがとう」
「お、おう」
 美雪にまともに顔を見られてなのか、正樹が少し目線を上にあげた。その瞬間、美雪は正樹の頬にキスをする。
「わっ、わっ!反則や!」
「なんで?」
「俺からしよ思おっとったのに!せっかちな女や」
「なんやそれ」
「もおええ。ムードないわぁ」
「それ、もぉええわ」
「そや、もぉええねん」
 正樹が包み込むような眼差しで美雪を見る。ああ、もう大丈夫。私はこの大きな存在に見守られてる。そう、感じた。
 正樹の支えもあり、二人で同じ大学へ進む事もできた。大学へ入ってからも二人の関係は相変わらずで、他の友人からは恋人なんだか親友なんだかわからないカップルだとよく言われた。でも、二人はそれでよかった。それが二人の形で、それがずっと続くと信じてた。ずっと…ずっと…………。

          *

 12月。正樹は長野へ旅立った。
 出発の前の日に、いつものように正樹からの電話が鳴る。
『明日いってくるわ』
「帰ってくるのいつやったっけ?」
『山で二泊するから。明後日の夜中かな』
「そう。気をつけてね」
『おう』
 いつもの会話。たったそれだけで電話を切った。もっと、もっと話していればよかった。
 ……それが最後の言葉になるのなら……。
 
 6日後、正樹は帰ってきた。雪崩に巻き込まれ、捜索隊が見つけたときにはすでに死亡していたという。変わり果てた姿……とよく言うが、彼は何も変わらず、静かに眠っていた。ただただ、静かに。横たわる正樹に縋り、泣き叫ぶ道子おばちゃんがいた。だが美雪はまた、泣く事ができないでいた。冷たい霊安室の壁にもたれ、呆然と立ちすくむ。もう、背中を支えてくれる正樹はいない。もう、どこにも……。
 正樹の葬式が終った後、美雪は逃げるように東京へと行った。ここにいると、なくした人達の想い出に押しつぶされそうになる。なぜ、私は生きてるのだろう?愛しい人を亡くして。あの時、正樹を止めてれば……。賭けなんかせずに、行かせるべきじゃなかった。こんな事になるのなら。
 後悔ばかりが頭を過ぎる。ごめんね、正樹。冷たい雪の中、寒かったよね。「雪」雪に埋もれて冷たくなった彼。
 美雪は、自分の名前が嫌いになった。

          *

「美雪ちゃん、よう来てくれたね。さ、あがって」
「道子おばちゃん」
 正樹の家に着いた美雪は、言葉が詰まった。懐かしい正樹の家。だけど、どこか昔とは違う。自分の家に帰って来た時にも感じた。昔のように家具の配置などはほとんど変わっていない。だが、使用感がないのだ。ここでひとり、道子おばちゃんはどう過ごしてきたのか。それを考えると自分の母の顔が頭に浮かんだ。
「ごめんね。仕事忙しいんやろ?無理に来てもろおて」
 美雪は首を振った。居間へ行き、一番はじめに目に入ったのは仏壇だった。成人式の時の正樹の写真が飾ってある。
「ほら、正樹。美雪ちゃん来てくれたよ」
 道子はロウソクに火をつけ、自分も手を合わせた後、近くの座布団を仏前に敷き、「美雪ちゃん」と声をかけた。美雪は仏前に座り、線香をあげずいぶんと長く手を合わせた。そして改めて道子の前へ座り、頭を深々と下げる。
「美雪ちゃん、よしてぇな。顔上げて」
 それでも美雪は頭を上げなかった。頭を下げたまま、道子に言った。
「いままで……いままで本当にごめんなさい。悲しいのは私だけじゃないのに。どうしても、どうしてもここに来れなかった……!」
「ええんよ。美雪ちゃんが辛いのはわかっとったよ。でも、今日来てくれてほんまに良かった」
 道子はそう言って、下を向いていた美雪の視界に一冊の手帳を差し出した。美雪はその手帳に見覚えがあった。記憶していたものよりかなりボロボロになっていたが、それは正樹のものだった。
「おばちゃん、これ」
 美雪は顔を上げ、道子に問うた。
「これな、あの子の手帳やねん。実はな、あの子が亡くなってから三年経った今、偶然山で見つかったんや」
 美雪は驚いた。道子の話では、先月槍ヶ岳に登った登山チームが見つけ、大学の山岳部に届けてくれたのだという。そしてそれはすぐに道子の元へ送られてきた。
「中を読んだんやけど、これは美雪ちゃんに書いたもんや。美雪ちゃんに持っていて欲しいねん」
「そんな、おばちゃん」
 道子は遠慮する美雪にずいと手帳を押し出した。よく見ると手帳に古いしおりが挟まってるのが見える。このしおりは……ああ、美雪が小学校のクリスマスの時に正樹にあげたものだった。思わず懐かしさに、美雪は手帳に手を伸ばす。
「美雪ちゃん、今日は夕飯うちで食べてってぇな。これから買い物してくるから。留守番頼んでもええ?勝手知ったる家や。大丈夫やろ?」
 美雪は道子が気を遣ってるのがわかった。美雪が承知すると、道子は買い物へと出掛けていった。
 道子がいなくなってからも、美雪はしばらく手帳を開くことができなかった。山で見つかった、という事は死に行く正樹を嫌でも感じるだろう。だが、逃げても仕方がない。私に読んで欲しいとおばちゃんは言った。正樹が私に書いたとも。
 美雪は勇気を出し、ページを開いた―――。

<続く>

閉じる コメント(12)

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え〜っと ハンカチ、ハンカチ。。キョロ キョロ (。_。 ) ( 。_。)

2008/12/28(日) 午後 9:03 ばっど

正樹の母さんの、大丈夫やろのあたりではもうなんか涙で、なんて話書くんだ、はなみちゃん

2008/12/28(日) 午後 10:29 タヌキ

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そう、男の強さはこれかも知れない。
最近なんとなく、強くならないと。とか思ってたりしてる関係で、ちょっと迫ってくるものがあります。

2008/12/28(日) 午後 10:30 [ イカダ ]

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正樹くんと美雪ちゃんのやり取りが良いなあ、素敵な思い出。
で、その後に、死んでしまった後のせつなさ。
その対比にぐっと来る、ううっ。
美雪ちゃんみたいに私も人前であまり泣けない、強がってるわけじゃないんだけど、何だろうね、泣ける場所を探しているのかな。

2008/12/29(月) 午前 9:35 さな

ばっどさん ほら、ポッケポッケ!(ポッケって今時アンタ・・・)

2008/12/29(月) 午後 7:50 はなみ

タヌキさん ありゃ、泣いちゃった?フッフッフ。意外と泣かせ屋なのですよ、はなみは・・・。

2008/12/29(月) 午後 7:53 はなみ

イカダさん イカダさんは十分強い方だと思いますよ。大切な人が誰だかわかっている。それだけでもね。

2008/12/29(月) 午後 7:56 はなみ

さなさん 私は結構すぐウルってしちゃうんですが、大泣きはあまりしません。人前で弱みを見せられない人って大変だと思うんですよ。場所と言うか、安心できる人が必要なんだと思うな。そういう人は。

2008/12/29(月) 午後 8:00 はなみ

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自分のことをいちばんわかっていてくれる人に死なれるのは辛いですね。
何が書いてあるんだろう。。。

2008/12/31(水) 午後 6:31 [ 藤中 ]

藤中殿 正樹の存在は美雪の一番の理解者という気がします。その存在がいるから美雪も自分らしくいられるんですね。

2009/1/1(木) 午前 1:13 はなみ

え〜っと ハンカチ、ハンカチ。。キョロ キョロ 、ぱっどさんの気持ちと同じ。なんて書いてあるのだろう、ドキドキします。上手ねぇ、はなみさん。ポチ☆

2009/1/1(木) 午後 11:19 [ - ]

WJさん ほらほら!WJさんもポッケポッケ!
お母さんいっつも言ってるでしょう!(笑)

2009/1/2(金) 午後 7:08 はなみ

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