遥かなる海を渡り虹をめざそう!

「育てる」という難しさ。日々痛感。

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 しおりが挟んであるページはどうやら初日の場所だった。しおりの不恰好なトナカイの切り絵が何回もセロテープで補修してある。美雪はしおりを取り出し、ぎゅっと胸に押し当てた。

12月8日(晴)
登山口にて最終確認。2チームに分かれて行動 Bチーム最後尾、俺
                                        
穂高平小屋  17時10分着
思ったより雪が深い  明日7時出発

                                 
12月9日
昨夜から降ってる雪がようやく止んだ。雪は肩までの高さになっている。時間がかかりそうだ。

 書き出しはいつも通りなのだろう、山でのスケジュール進行表の様に綴ってある。だがその後、随分な空白を残し、そのページは終っていた。美雪が次のページをめくると、殴り書きのような文字が目に飛び込んできた。

 遭難した 
       
 
 さらに続く。

9日 13時過ぎ 8合目付近で雪崩発生
巻き込まれた。詳しい状況は不明。周囲を捜索したが、他の仲間は見つからない。
あばらに痛みがある。日が暮れる前に岩場にテントを張った。
仲間の無事を願う。

10日
痛みで起きれない。昨日のうちに救助隊への目印を立てておいてよかった。
非常食も2日はもつか。それまでに助けがくれば……
10日夜(雨)
雨のせいで気温が下がる。手がかじかんでうまく字がかけない。
美雪に会いたい。

 震えて書かれた自分の名前を見て、美雪は心が軋んだ。三年前の10日の夜。この時はすでに雪崩の連絡を受け、美雪は長野の槍ヶ岳の裾まで来ており、正樹の安否を願っていた。まだ、この時は生きていた。なのに。

11日(雪)
まだ救助隊は来ない。
どうやらあばらが折れているのか、呼吸が辛い。
夜になったらなんとか起きて懐中電灯を付けよう。早く、来てくれ。

 目印の旗が飛ばされて無かった。もっとしっかりつけていれば!
電灯は付けた。たのむ、助けてくれ

 正樹の悲痛な願い、思いで、美雪は涙が溢れた。痛いよね、辛かったよね?私はどうすることもできなかった。私が辛い時、正樹が救ってくれた。なのに私は何も知らず、なにもできなかったよ。ごめん。ごめんね、正樹。
 美雪は流れる涙をそのままに、次のページをめくった。

12日
  どれだけ時間がたったのか。時計が壊れてなければ遭難してから48時間経った。         
 もう、食べ物も無くなった。空腹と痛みで、昨夜はほとんど眠れなかった。 
                                         
 美雪 美雪  お前の顔ばかり浮かぶ 
ごめんな。馬鹿な男やな、俺は。美雪、心配してるやろな・・・ 
                                         
                                         
 さっき、外を見たら雪が降っとった。シンシンシンシン……静かな雪や。 綺麗やな。お前の様や 
きっとお前の事や、ここで俺が死んでしもたら……雪の中で死んだなんて事になったら、自分の名前を嫌いになるんやろな 
でもな、美雪。美雪 俺は大好きやで。美しい雪。この山の雪の様に気高く、美しく、静かで激しい。
せやから、嫌いになるな。貴おじはきっとこんな雪を見てお前の名前を付けたんやろなぁ 
ああ、お前の事考えてたら痛みが少し和らいだ気がする。ありがとな。こんな俺に付きおうてくれて。弱かった俺を、強うしてくれて。
俺な、悔いはないねん。お前と出逢うて、ずっと一緒に居れた。それだけやない。勘違いやなければ、お前に愛してもろおた。
 幸せや。そう考えると、俺っちゅう人生も悪くないなぁ。そう思える 
                                         
 美雪、俺が死んだらどうなるんかな?また、貴おじの時みたいに泣けんのかな。 
美雪、泣いてええんやで。泣け。生まれた時みたいに泣くんや。そして、また生まれ変わるんや 
人は生きてれば何度でも生まれ変われる。お前は生きてる。泣いて、笑って、生きるんや。
そしてお前の人生のどこかに、ちょこっとでもええから俺の場所をつくってくれ。それで俺は満足や。
                                         
                                         
                                         
 雪がきれいや   
 ごめんな、 おかあちゃん
 ありがとう          美雪    
                                         
                                         
                                         
                                         
                                         

 手帳はそこで終っていた。最後の方は、文字がかなりぶれて読み辛かった。だが美雪は一言一句、何度も何度も読み返し、泣いた。そして最後の文字を手でなぞる。そうすれば、正樹の温もりが感じられるんじゃないかと思った。すると不思議なことに、どこからか風が流れてきた様な気がした。美雪は立ち上がり、誘われるように正樹の部屋へと向かう。二階に着くと右手に正樹の部屋はある。美雪はそっと襖を開け、足を踏み入れた。
 昔と何も変わらない部屋がそこにはあった。ここで、二人でどれだけの時間を過ごしただろう。
「懐かしいなぁ」
 独り言のように美雪が呟く。
(……やっと来たんか。待ちくたびれたわ)
 部屋には誰もいない。だけど、正樹が応えてくれてる気がした。美雪はまた口を開いた。まるで、正樹がそこにいる様に。
「ごめん」
(なぁ、美雪。手帳、読んだんか?)
「うん。正樹はなんでもお見通しやな」
(せや。だてに10年以上も付きおうとらんわ)
「そやね。ずっと、一緒やったもんねぇ」
(美雪、もう一緒におられんけど……お前は大丈夫やな)
「もう、帰ってこないんやね」
(ごめんな。でも、お前はいつでも帰ってこれるやろ)
「そうやね。私には帰る場所が……待ってる人が居るんやね」
(大切な人を悲しませたらダメや。俺が言うのもなんやけどな。しゃーない阿呆やな)
「正樹は、阿呆やないよ」
(そりゃ美雪、欲目っちゅうヤツや。アホやなぁ)
「フフフ」
(お、見てみい。外)
 美雪は視線を外へ向けた。窓の外にちらちらと何かが舞っている。美雪は机の上の窓を開けた。
「雪?」
 空は晴れている。だのに白く光る雪が降っていた。
『これは山の上の雪が飛ばされて来てるんや』
 昔、正樹に聞いた事がある。
「ああ、正樹はそこに居るんやね」
(ああ、いつでもお前を見てるで。だから、寂しくないな?)
 美雪は遠くに見える山を見た。まるで、正樹が手を振っているように雪が舞う。ちらちら……ちらちら……。
「綺麗や……綺麗やな、正樹」
 そうしていつまでも、いつまでも美雪は美しく舞う雪を見ていた―――。




 

閉じる コメント(45)

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はじめまして、麻耶さんの「指とま感想文」から来ました。
伊勢正三の歌「あいつ」を思い出しました・・・
少し山やってましたが、弱虫なので冬山は怖くてダメでしたねぇ。
良い作品読ませていただきました。

2009/1/5(月) 午後 8:55 [ gooddogquartz ]

アベルさん うわ。すごく嬉しい。読み手を意識して書くようになったのって最近なんです。それまでは情景を入れずに会話だけで書くことが多かったんですよ。なのでこういうコメントをいただけるのは少しでも成長したのかなって思えます。
山のシーン。実は恋愛物を書くのが苦手な所が出たのでしょう。もっと修行します(笑)
暖かいコメントありがとうございます^^

2009/1/6(火) 午前 0:35 はなみ

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gooddogquartzさん コメントありがとうございます☆
冬山はかなりの精神と体力が必要だと他の方にもコメントいただきました。
最後までお読みいただきありがとうございました^^

2009/1/6(火) 午前 0:38 はなみ

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先日はご訪問くださいましてありがとうございました。

読み終わってから感想を書けるようになるまで数分かかりました。
涙と鼻水が見事に邪魔してくれてました。
日記の部分、私の心を強く、でも優しく揺さぶってくれました。

話がきちんと構成されていて、私などが批評できるレベルではありません。
「泣いてええんやで――」の辺りには特に参りました。
すばらしい、などと簡単に言っていいものではないですね。それくらいに良い作品だと思います。

2009/1/6(火) 午前 4:54 すえ

すえさん とても嬉しい感想ありがとうございます。私はすえさんのコメントに嬉しくて泣きそうになりました。暖かい感想、感謝いたします☆

2009/1/6(火) 午後 9:40 はなみ

内緒さん 「そりゃ○○、欲目っちゅうヤツや。ありがとう」(笑)

2009/1/6(火) 午後 9:42 はなみ

『人は生きてれば何度でも生まれ変われる』って言葉、心に響きます。本当にそのとおりですね。
最後の美雪と正樹の会話も、すうっと沁みこんできます。
素晴らしい作品を読ませてもらいました、ありがとうございました!

2009/1/6(火) 午後 11:13 yururi

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麻耶さんのとこから読みにきました。手帳の記録が真に迫っていて、そして彼の優しい美雪への思いやりにあふれていますね。私もこうゆう小説や映画に関しては涙腺が弱い方なので、ちょっともらい泣き。昔は新田次郎の山岳物はよく読んだのですが、こういうのにお目にかかるのは初めてで新鮮でもありました。

2009/1/7(水) 午後 11:51 [ cygnus_odile ]

ゆるりさん お読みいただきありがとうございます☆
ゆるりさんの作品もとても素敵でしたよ^^

2009/1/8(木) 午後 6:58 はなみ

cygnus odileさん はじめまして☆
お読みいただきありがとうございます。山の事はほとんど無知で書いたものですから(周りは山だらけですが)まだまだ情景が未熟かと。でも新鮮と取っていただけたようで良かったです(笑)

2009/1/8(木) 午後 7:01 はなみ

指とまから来ました。
思わず泣いてしまいました。「泣かせれば勝ち」ではありませんが、読み手を取り込む文章と厚みのある内容にはとても感心させられました。
人が亡くなる話の作品は、「死」というインパクトが大半を占め内容が薄くなりがちです。しかし決してそのようなことは無く大変良かったです。文体も読み手に気を使って推敲している印象を受けました。読みやすかったです。
今後も素敵な作品を書き続けてください。
傑作ポチ☆

2009/1/12(月) 午後 8:28 [ a1darkfox ]

闇狐さん はじめまして。お読みいただきありがとうございます☆
そうですね。こういった話を書く場合、泣かせるという部分にあまり重点は置かず、何が書きたいのかに重点を起きました。この話の場合は主人公の再生。「生きる」意味のようなものを書きたかったんです。こういう感想をいただけると、とても嬉しいです。傑作ありがとうございます。

2009/1/12(月) 午後 9:30 はなみ

はなみさん、こんばんわ。

読み終えたとき、涙腺が緩んでました。
私も以前恋人を失った女性の話を書いたことがあるんですが、もうこの作品は心理描写が深くて、すごく読み応えがありました。
悲恋でも決して悲劇で終わらない、「死」を乗り越えようとする人の強さと弱さが描かれていて感動しました。
良い作品に出会うと言葉を失くしてしまうことがあるんですが、まさにそんな感じです。
素敵な作品だと思います、傑作です!凹☆

2009/1/12(月) 午後 11:01 [ 月瀬ひらら ]

ひららさん いらっしゃいませ☆お読みいただきありがとうございます。
皆さんからいただく暖かいコメントを読んで、いい作品が少しでも書けたのかな・・・?と嬉しく思います。
傑作、ありがとうございます^^

2009/1/13(火) 午後 9:33 はなみ

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初めまして、東といいます。麻耶さんの「指とま」から来ました。
読んでいて、涙が零れそうになりました。

美雪さんの気持ちや正樹さんの思いが伝わってきて、泣きたくなりました。二人の想いの深さが感じられて、とても素晴らしかったです。
ステキな作品をありがとうございます。

2009/3/17(火) 午後 11:44 [ - ]

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こんばんわ^^麻耶さんのところから飛んできました。
ちょっとホロリときそうないい話ですね。美雪と正樹の会話が活き活きしていて、そのぶん美雪の喪失感っていうのが大きく伝わってきました。とってもいい作品ですね。
ファン登録させていただきますね^^

2009/4/10(金) 午前 1:33 [ - ]

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いっきに読みました。
いい話ですね。
彼が死んだことが分かっているのを読むのは辛いですが、最後は救われた気がします。

2010/10/11(月) 午後 2:19 ke_shu

神誘木さん お読みいただきありがとうございます。
私もこの作品は好きです。主人公の再生がテーマで書いたので、そういう感想をいただけたのは嬉しいです。ありがとうございます^^

2010/10/12(火) 午後 7:47 はなみ

ぐっとくる素敵なお話でしたT_T
真っ直ぐ、精一杯生きてる人ってかっこいい。そんな風に思います。
……すてきな人ってどうしてすぐ逝ってしまうのだろう……
それも世界の理不尽というか、、
けど、深雪ちゃんみたいに彼のおかげでまたひとつ悲しみを乗り越えて成長できるんだと思えば、素敵な人の死はより多くの人に影響を与えるってことで、意味が大きいのかなぁ……。
なんだかいろいろ考えさせられました。
すばらしい作品だと思います!ぽち♪

2010/11/16(火) 午後 1:23 露露

るるさん うん、確かにまわりに与える影響は大きいのかもしれません。
私の書く話は結構「死」というものが絡んでいるのが多いです。なんだろう、私の中の根本で人の人生、生死、そんなものに根深い穴みたいなものがあるんですよね。それがそうさせるのかも。
でもそこからそれなりに立ち上がれるってことを書きたいのかもしれません。
ポチ、ありがとうございます☆

2010/11/17(水) 午後 7:30 はなみ

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