|
〜第2話〜 「今度の土曜日、必要書類を取りに伺いますが、何時頃がよろしいでしょうか」 彼から事務所に電話連絡が入ったのはあの食事の日から4日後のことである セキュリティを解除しないと土曜日の事務所には入れない カードキーを持つ私がその役目を買って出たのだ 蒸し暑いあの日の夜、彼の腕から逃げた私 どんな顔をして会ったら良いものか・・・ また誘われたら、どうしよう・・・ 自然と沸き起こる期待に似た感情をまだ認めたくはない あんな下心見え見えなオッサン、だいいち私の好みじゃない! 仕事以外では二人きりで会わなければ良い! と何度も自分に言い聞かす 朝7時、出勤する主人をいつも通り送り出すと急に落ち着かなくなる 待ち合わせ時刻まではだいぶ時間もある シャワーでも浴びるとしよう、それと洋服・・・ 何を着ていこう ただ事務所で会うだけなら、あの日のような短いスカートは履けない かといってレギンスでは色気がない あれこれと迷っているうちに約束時刻が迫り、急いで家を出た 社屋の上まで青々と伸びた桜の木の下に、彼の姿があった 今まで気にもしなかったが、長身で締まった体つきは歳より大分若く見える 真っ白なポロシャツにチノパンという私好みのスタイルだって意外とイケてる 中肉中背、タヌキ腹の主人とは大違いだ 「お待たせしました〜!」 「今日はお休みのところ申し訳ないですね、10分くらいで帰りますので」 「!?そんな・・・お茶くらいお出ししますからゆっくりして行って下さい」 「・・・わかりました、じゃ少しだけ」 コーヒーカップを2つ並べ、熱い湯を注ぐ 私達の話す声以外に物音ひとつしない 誰も居ない事務所の中に二人きり 椅子に腰掛け、彼の出方を待つ しん、と静まり返る密室 腕組みしながら私を真っ直ぐに見つめるが、決して近付こうとはしない彼 「今後の業務の件ですが」 株主総会直後に新組織が決定し、来月より彼が現職兼任で 私の上司となるそうだ その淡々とした話しぶりは落ち着いてる、と言うより無表情に近い (忘れてしまってる?) モノクロな話など集中できるわけがない、 内容は殆ど耳に入らなかったが 今後の業務予定、勤務時間など一通り話しが終わり 「じゃ、帰ります」 と、外に停めた車に乗り込むと、軽い会釈だけ残して去っていった あの日の事には一切、触れもせず・・・ からかわれてる? それとも、あの微妙なキスは幻? よくありがちな「酔った勢いでのあやまち」? だとすれば 彼を気にするあまり、大した用事もないのに業務メールを入れてみたり ほんの小さな出来事でもいちいち報告してる自分は大馬鹿者だ! それとも・・・ ひょっとしたら、これは「手」なのかもしれない 深入りした方が負け、という一種の恋愛ゲーム的な遊びだったとしたら レベルの高い彼は、初心者の私など相手にして卑怯ではないか いくら考えても答えは出ない 胸の靄は晴れぬまま数日が過ぎた そんなある日 世話になった取引先の常務が定年退職するので その送別会に紅一点、として私が呼ばれた 駅前、彼と待ち合わせしたあのオブジェの前を通り過ぎる あの日の残像がボンヤリ浮かぶ (10メートル後方を歩いて・・・か) 思わず笑みがこぼれる 酔って上機嫌な重役のおじ様達の相手をしながらも 気付けば彼の事ばかり考えてる 宴たけなわ、と言った所で中締めをし、その流れで2次会へと誘われた 5〜6人で繁華街をブラブラと歩いていた時である ふと携帯に目をやると、主人から数十回もの着信、そしてメールが! 自宅の鍵を忘れ、そのまま出社した主人 玄関先のポストの奥に鍵を隠しておくよう 事前に約束してた事などすっかり忘れてしまった (男にうつつをぬかして・・・完全に私のミスだ) バスなんて待ってられない、タクシーに飛び乗り急いで帰宅した すると玄関前で腕組みをしながら待ち伏せる主人 私の言い分も聞かず、頭から怒鳴りつけられた 無理もない、何時間も庭先で待ったのだろうから だけど・・・よく考えると・・・ そもそも自分が鍵を忘れるからこんな事になるのではないか 予期せぬアクシデントが起こると、ブチ切れるのはいつだって主人のほう 人生、トラブルもなく予定通りに物事が運ぶわけなどないのに 人に完璧を求める自分はどうだ!? 私だけが悪いわけじゃない! そう開き直り、怒鳴る主人に負けじと大声で反論した 今思えば私達の喧嘩は近所中、響き渡っていたかもしれないが そんな事はどうでもいい、日頃鬱積した感情が爆発したのだから もう自分自身を抑えられない この晩は、主人の顔を見るのも、同じ部屋の空気を吸うのも嫌で仕方なかった (いっそ離婚したい!それが無理なら早く死んでしまえ!!) くやし涙をこらえ、本気でそう願った 明け方近く 優しい彼の夢を見た ここ最近、自分の精神状態はどこかおかしいような気がする スーパーで買い物している時も、料理を作っている時も 洗濯物を片付けている時も、部屋の掃除をしている時も いつもいつも雲のように不安定な地面を歩くような 視界の悪い霧の中を手探りで進むような とにかく全ての生活行動に対して集中ができない 翌日、未だ興奮冷めやらぬ私 メールを打つ指先は自然と彼のアドレスを選択した するとすぐに電話がかかってきた 「わかりました。話、聞きます。発散して下さい」 穏やかなその声に、思わず涙が出そうになる 「先日ご馳走になったので今度は私に任せて下さい」 「いえ、それは駄目。お店は任せますが安っぽい場所も駄目ですよ」 週末、土曜日
彼と逢える・・・ |
全体表示
[ リスト ]




