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〜第3話〜 { 到着しました } { 今日は私が10メートル先を歩きます } { 了解です } 土曜の昼下がり、オブジェ前は待ち合わせの人々でごった返す 10メートル先に相手の存在を確認しつつメールで会話する 動きの遅い大型の台風は、熱風だけを残し 強い日差しは容赦なく肌をジリジリ傷めつける 人目を気にせず話ができる場所、と選んだカラオケBOXは ホームページの印象とは随分とかけ離れ、室内はタバコ臭い キンキンに冷えたジョッキで火照った頬を冷やす 話し始めたのは彼だった 「その後、御主人とはどうされましたか?」 実はこの時既に、主人と喧嘩した事など忘れかけていたのだが そのおかげでこうして彼と逢う機会を作ったのだ 簡単な愚痴をこぼしてみた 同情も、中傷もしない、ただ黙って頷くだけの彼 そして話題は自然と我が社の経営方針へと流れた 社長が思い描く理想と我々の日々の現状には大きな開きがある 彼、千原さんの営業部長という立場も重大な責任だけは負わされるが その業績を認められる事はない 休日出勤、サービス残業は当たり前 どんなに理不尽を感じようとも決して逆らわず 大企業の下請け、という天下り気質な社風に我々は馴染むしかないのだ そんな日々の矛盾や、澱み派閥の存在、恐らく 誰にも言えぬであろう心の内を私だけに打ち明ける彼 そして、立派なアドバイスこそできぬがそれを理解し 受け入れてやれる自分 「聞いてくれてありがとう」 普段は絶対見せないような優しい笑顔で私を見つめる (この笑顔は私だけのもの?) その時、店員からの内線が鳴り出てみると 頼んだワインが冷えてないという 銘柄は拘らないからとにかく冷えたものを、と指示を出し 彼の向こう側にあるメニューを取ろうとした時 身体はふいに引き寄せられた 「あっ、これってセクハラ・・・」 私の口を塞ぐように彼の唇が重なった 唇から頬、首筋へと流れるように彼を感じる 理性の糸はとっくに切れていた いけない、と頭の中で声がする でも止まらない もっと、もっと・・・ 身体じゅう、熱い・・・ 店を出たあとも何度も唇を重ねた 「月曜から出張です。お土産に何か買ってきます。何がいい?」 私は首を振った 何もいらない、こうして私と逢ってくれるだけでいい 素直にそう思った 「向こうに着いたらメールくださいね」 そう約束したが、それ以降彼から連絡は来なかった 得るものも無ければ未来も無い、不確かすぎる黒い関係 だが、動き出した感情を上手にコントロールする事の難しさは 頭の中ではよく理解できているつもりであった ある休日の夕方 バイクで買い物に出掛けた私は、砂利が散らかったカーブで転倒し 軽い怪我をした 膝から鮮やかな血が滲む、しかし不思議と痛みは感じない きっと脳神経のどこかが狂っているのだろう その時だった 夫を裏切ってはならぬ 人様のものに手を出してはならぬ そんな声が聞こえてくるような気がした これは大きなあやまちとなる前の警告なのかもしれない だけどやめるつもりは全く無い 私・・・本当に悪い女だ { 出張お疲れ様でした。今日はちょっとした怪我をしました } こうメールを送るとすぐに電話が鳴った 「怪我は大丈夫??病院へ行った?」 「擦りむいただけで、大したことないんです」 「良かった・・・ちゃんと消毒して」 本気で私を心配しているその声を聞き、安心した 「今度の週末は上司の送別会ですね 会場までは同じ部署の藤井さんと行きますが 千原さんも出席しますよね?」 「でも貴女からは離れた場所に座ります」 「そうですか。あとヤキモチは焼くほうですか?」 「はい、貴女が他の男性と手を握ったりすれば・・・」 「それは多分無いと思います。駄目ですよ?飲み会でのヤキモチは」 「努力します。でも短いスカートはやめてね」 この日
色に狂う という本当の意味を理解した |
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