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第6話 夏草生い茂る河原の所々に、白いススキが揺れている 通勤電車から眺める景色もここ数日でだいぶ変化した 酷く暑かったこの夏もようやく終わろうとしている 9月なかばを過ぎた頃、社内で大幅な人事異動が行われた 増えてゆく業務に対し人員を削減するのだから堪らない この事務所でも、現場作業を行っていた社員が転勤となり その大きな穴を・・・・事務しか経験のない私が埋めることになる スカートを脱ぎ作業ズボンへ、手には軍手を ピンクのネイルもスッカリ落とし首にタオルを巻いた 慣れない力仕事で全身の筋肉が悲鳴をあげる毎日 ちょっとハードなエクササイズだ、と前向きに構え ただひたすら目の前の仕事をやっつけていたが この事態を知った彼 自分の業務をすべて部下に任せ、ここ神奈川へ飛んで来た そして私に代わりこの現場作業を引き受けたのだ もし東京のメンバーがこの事を知ったら うちの部長に何をやらせてる!?と驚くに違いないだろう でも手伝おうとする私に荷物ひとつ持たせないのだから仕方ない どんな仕事も嫌な顔ひとつせず、テキパキこなすその姿は 椅子にふんぞり返って人の批判ばかりしている誰かさんと大違い 急なトラブルが起きた時も冷静に対応し最善の処理をする 私が最も苦手とする親会社との交渉事も 波風ひとつ立てることなく、相手を納得させる 一言で表現するなら 「 仕事がデキる理想の上司 」 これまで重ねた数多くの経験からくるものだろうが いかなる場面でも誠実にきちんと取り組むその姿勢に 彼特有の細かさが現れるのだ その細かさの中に、真摯で人間的な一面が見えるとき 私は彼を心から尊敬する もし・・・入社当時に彼の部下として配属されていたら・・・ 同じように惹かれてゆくのだろうか たとえお互いの立場を無視してでも・・・? ふと目が合った瞬間にこっそり合図を送ったり 誰も居ない事務所の片隅で内緒のキスを交わしたり 何ともベタなオフィスラブを楽しんでいたある日 浮かれ気分の私は彼の喜ぶ顔見たさに、お弁当を作ってみた 「 忙しいのよ、疲れてるの 」 が口癖の奥様は家庭料理が苦手なようで 外食続きの侘しい胃袋をつかむには絶好のチャンス、と ご飯の上にたくさんのハートを散りばめ、新妻気分で手間暇かけた弁当を 紙袋に包み込み、周りに気付かれぬようそっと手渡す 「 えぇっ!?私に?本当に? 」 と、想像以上の驚きように確かな手応えを感じる・・・ ところが、それから間もなくのこと 東京本社でトラブルが発生し、急遽事務所へ戻ることになった彼は 私に、とポチ袋を手渡した 中には5千円札が入っている 尋ねると、ご馳走になった御礼だ、と言う 「 そんなつもりで作ったわけではないから受け取れません 」 「 いえ、愛情のこもったお弁当がとても嬉しかったんです 」 「 ・・・受け取れません・・・・・ 」 「 じゃ、これでまた作ってきてください 」 頭に来た!!! この純粋な気持ちをお金で買われているような気がしてならないからだ これではまるでデート嬢ではないか 「 こんな事するなら二度と作りません! 」 勤務中であるにもかかわらずその場を飛び出した 社会人としてルール違反な行動だと、充分解っていたが それでもこうして怒ることで私の想いに気付いて欲しかったのだ 数時間後、事務所に戻ると心配そうな面持ちの彼がドアの前にいる ( 仕事と私どっちが大事? ) それは 「 私 」 だった・・・ 翌週から私の業務は更に厳しさを増し、抱える仕事量は限界を超え 手馴れた業務も注意力散漫となり小さなミスを連発するようになる 疲労とダメージでだいぶ落ち込んだ夜 ホテルの部屋で待ち合わせた 「 色々と・・・本当に嫌になりますね 」 「 そうですね、わかりますよ。でも今日は貴女の意見を 常務に聞いてもらったではないですか 」 「 何の進歩も期待できません 」 常務は明日からゴルフ・・・来週は温泉旅行だ 「 常務が駄目でも、所長は貴女を心配してますよ 」 「 えぇ、たしかに。気にかけてくれている様子でした 」 「 大丈夫、きっと何とかなります。貴女なら・・・ね 」 深い溜め息をつくとグラスの中央で丸い光が揺れる そういえば・・・今夜は中秋の名月だ 部屋の灯りをすべて消し、その美しい輝きのオーラに二人溶け合う 白髪混じりのやわらかい彼の髪、そっと撫でてみる 私の名を呼ぶ穏やかな声、優しい瞳 全てが愛おしくそっと胸に抱き寄せる 触れるたびしなやかに反応する身体 いま、私はオンナになっている オンナとしての悦びを全身で感じている 窓から私たちを覗いていた月が、いつの間にか姿を消した 「 もしも・・・生まれ変われたら・・・奥様と私、どちらを選びますか? 」 今夜だけ、その場だけの口先でいい 私を選んでくれればそれでよかった・・・ 「 う〜ん・・・両方! 」 一瞬耳を疑った・・・が現実である 以前、彼の奥様が食事の支度をしないという話を聞いたとき 専業主婦なのに?それは嫁としても理解ができない、と言った私に対し 家族の世話も大変なのだから仕方がない、と彼女を擁護する セミロングの私の髪を撫で、ショートカットが好みだ、と言う 奥様はショートカット 実を言うと・・・これと同じ状況が我が家にもある 過去に一度、酔った主人にこう尋ねたことがある 「 やっぱり今でも前妻さんが一番でしょう 」 「 そうだなぁ 」 15年前に亡くなった前妻を主人は今でも愛している 吉永小百合似の美人で、料理上手、そして控え目な性格は私とまったく正反対 病気で急逝した半年後、私と出逢ったばかりの主人は ひどく落ち込み今の様子からは想像もつかないほど痩せて暗い表情だった しかし月日が経つにつれ元気を取り戻していく様子を見て 自分がこの人を支えてあげなきゃ、救ってあげなきゃ と通常の恋愛感情とは少し違う、責任のようなものを感じていたが その時既に自分は2番目であることの実感はあった・・・ 実感しつつ主人とこうして生活しているわけだが そこに寂しさや虚しさを感じたことはない 今から20年前・・・ あれは中学の同窓会に参加した夜のことだった 「 お前、酒強いんだな 」 「 うん、でも煙草はやらないの 」 「 へぇ、だからこんなに綺麗になったんだ・・・ 」 学生の頃、いつも悪ふざけしていた坊主頭の彼は 見上げるほど背が高く、私好みのお醤油顔に変わっていた この日から彼とのお付き合いが始まる 優しく面倒見の良い彼は友達もたくさんいて いつも賑やかな仲間たちに囲まれ、毎日が楽しくて仕方なかった 5年後、私たちは仲間に祝福され結婚 ところが入籍して間もないころ、彼の背後に女の気配を感じる 当時はまだポケベルが全盛期で 仕事の関係上、携帯電話を持つようになってすぐの出来事だった 日を追うごとにエスカレートしてゆく彼 遊ぶ金欲しさから私の目を盗みたびたび生活費を持ち出すようになる 押入れの奥、絨毯の裏、鴨居の隙間 どこへ隠しても、まるでプロの窃盗犯のように見つけ出す彼 そして次には自分の親に金を無心、終にはサラ金に手を出した 舅、姑には子供も出来ないアンタも悪い、と罵られたが そんな彼でもいつかきっと心改め私の元へ戻ってくれると信じ 日々幸せを追い求め4年が経過 更に膨らんだ借金と新しい女の影にようやく離婚を決意した 私は昔から2番目のオンナだった・・・
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