七時雨 咲の書斎

いつか枯れる日が来るまで・・・

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第6話 

夏草生い茂る河原の所々に、白いススキが揺れている
通勤電車から眺める景色もここ数日でだいぶ変化した
酷く暑かったこの夏もようやく終わろうとしている

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9月なかばを過ぎた頃、社内で大幅な人事異動が行われた
増えてゆく業務に対し人員を削減するのだから堪らない
この事務所でも、現場作業を行っていた社員が転勤となり
その大きな穴を・・・・事務しか経験のない私が埋めることになる
スカートを脱ぎ作業ズボンへ、手には軍手を
ピンクのネイルもスッカリ落とし首にタオルを巻いた
慣れない力仕事で全身の筋肉が悲鳴をあげる毎日
ちょっとハードなエクササイズだ、と前向きに構え
ただひたすら目の前の仕事をやっつけていたが
この事態を知った彼
自分の業務をすべて部下に任せ、ここ神奈川へ飛んで来た
そして私に代わりこの現場作業を引き受けたのだ

もし東京のメンバーがこの事を知ったら
うちの部長に何をやらせてる!?と驚くに違いないだろう
でも手伝おうとする私に荷物ひとつ持たせないのだから仕方ない

どんな仕事も嫌な顔ひとつせず、テキパキこなすその姿は
椅子にふんぞり返って人の批判ばかりしている誰かさんと大違い
急なトラブルが起きた時も冷静に対応し最善の処理をする
私が最も苦手とする親会社との交渉事も
波風ひとつ立てることなく、相手を納得させる
一言で表現するなら 「 仕事がデキる理想の上司 」
これまで重ねた数多くの経験からくるものだろうが
いかなる場面でも誠実にきちんと取り組むその姿勢に
彼特有の細かさが現れるのだ
その細かさの中に、真摯で人間的な一面が見えるとき
私は彼を心から尊敬する
もし・・・入社当時に彼の部下として配属されていたら・・・
同じように惹かれてゆくのだろうか
たとえお互いの立場を無視してでも・・・?

ふと目が合った瞬間にこっそり合図を送ったり
誰も居ない事務所の片隅で内緒のキスを交わしたり
何ともベタなオフィスラブを楽しんでいたある日
浮かれ気分の私は彼の喜ぶ顔見たさに、お弁当を作ってみた
「 忙しいのよ、疲れてるの 」
が口癖の奥様は家庭料理が苦手なようで
外食続きの侘しい胃袋をつかむには絶好のチャンス、と
ご飯の上にたくさんのハートを散りばめ、新妻気分で手間暇かけた弁当を
紙袋に包み込み、周りに気付かれぬようそっと手渡す

「 えぇっ!?私に?本当に? 」

と、想像以上の驚きように確かな手応えを感じる・・・

ところが、それから間もなくのこと
東京本社でトラブルが発生し、急遽事務所へ戻ることになった彼は
私に、とポチ袋を手渡した
中には5千円札が入っている
尋ねると、ご馳走になった御礼だ、と言う

「 そんなつもりで作ったわけではないから受け取れません 」

「 いえ、愛情のこもったお弁当がとても嬉しかったんです 」

「 ・・・受け取れません・・・・・ 」

「 じゃ、これでまた作ってきてください 」

頭に来た!!!
この純粋な気持ちをお金で買われているような気がしてならないからだ
これではまるでデート嬢ではないか

「 こんな事するなら二度と作りません! 」

勤務中であるにもかかわらずその場を飛び出した
社会人としてルール違反な行動だと、充分解っていたが
それでもこうして怒ることで私の想いに気付いて欲しかったのだ
数時間後、事務所に戻ると心配そうな面持ちの彼がドアの前にいる

( 仕事と私どっちが大事? )

それは 「 私 」 だった・・・

翌週から私の業務は更に厳しさを増し、抱える仕事量は限界を超え
手馴れた業務も注意力散漫となり小さなミスを連発するようになる
疲労とダメージでだいぶ落ち込んだ夜
ホテルの部屋で待ち合わせた

「 色々と・・・本当に嫌になりますね 」

「 そうですね、わかりますよ。でも今日は貴女の意見を
 常務に聞いてもらったではないですか 」

「 何の進歩も期待できません 」

常務は明日からゴルフ・・・来週は温泉旅行だ

「 常務が駄目でも、所長は貴女を心配してますよ 」

「 えぇ、たしかに。気にかけてくれている様子でした 」

「 大丈夫、きっと何とかなります。貴女なら・・・ね 」

深い溜め息をつくとグラスの中央で丸い光が揺れる
そういえば・・・今夜は中秋の名月だ
部屋の灯りをすべて消し、その美しい輝きのオーラに二人溶け合う
白髪混じりのやわらかい彼の髪、そっと撫でてみる
私の名を呼ぶ穏やかな声、優しい瞳
全てが愛おしくそっと胸に抱き寄せる
触れるたびしなやかに反応する身体
いま、私はオンナになっている
オンナとしての悦びを全身で感じている
窓から私たちを覗いていた月が、いつの間にか姿を消した

「 もしも・・・生まれ変われたら・・・奥様と私、どちらを選びますか? 」

今夜だけ、その場だけの口先でいい
私を選んでくれればそれでよかった・・・

「 う〜ん・・・両方! 」

一瞬耳を疑った・・・が現実である
以前、彼の奥様が食事の支度をしないという話を聞いたとき
専業主婦なのに?それは嫁としても理解ができない、と言った私に対し
家族の世話も大変なのだから仕方がない、と彼女を擁護する
セミロングの私の髪を撫で、ショートカットが好みだ、と言う
奥様はショートカット

実を言うと・・・これと同じ状況が我が家にもある
過去に一度、酔った主人にこう尋ねたことがある

「 やっぱり今でも前妻さんが一番でしょう 」

「 そうだなぁ 」

15年前に亡くなった前妻を主人は今でも愛している
吉永小百合似の美人で、料理上手、そして控え目な性格は私とまったく正反対
病気で急逝した半年後、私と出逢ったばかりの主人は
ひどく落ち込み今の様子からは想像もつかないほど痩せて暗い表情だった
しかし月日が経つにつれ元気を取り戻していく様子を見て
自分がこの人を支えてあげなきゃ、救ってあげなきゃ
と通常の恋愛感情とは少し違う、責任のようなものを感じていたが
その時既に自分は2番目であることの実感はあった・・・
実感しつつ主人とこうして生活しているわけだが
そこに寂しさや虚しさを感じたことはない


今から20年前・・・
あれは中学の同窓会に参加した夜のことだった

「 お前、酒強いんだな 」
「 うん、でも煙草はやらないの 」
「 へぇ、だからこんなに綺麗になったんだ・・・ 」

学生の頃、いつも悪ふざけしていた坊主頭の彼は
見上げるほど背が高く、私好みのお醤油顔に変わっていた
この日から彼とのお付き合いが始まる
優しく面倒見の良い彼は友達もたくさんいて
いつも賑やかな仲間たちに囲まれ、毎日が楽しくて仕方なかった

5年後、私たちは仲間に祝福され結婚
ところが入籍して間もないころ、彼の背後に女の気配を感じる
当時はまだポケベルが全盛期で
仕事の関係上、携帯電話を持つようになってすぐの出来事だった
日を追うごとにエスカレートしてゆく彼
遊ぶ金欲しさから私の目を盗みたびたび生活費を持ち出すようになる
押入れの奥、絨毯の裏、鴨居の隙間
どこへ隠しても、まるでプロの窃盗犯のように見つけ出す彼
そして次には自分の親に金を無心、終にはサラ金に手を出した

舅、姑には子供も出来ないアンタも悪い、と罵られたが
そんな彼でもいつかきっと心改め私の元へ戻ってくれると信じ
日々幸せを追い求め4年が経過
更に膨らんだ借金と新しい女の影にようやく離婚を決意した

私は昔から2番目のオンナだった・・・
〜第5話〜


まだ陽の高い時間に、お忍びデートが出来る場所などそう無い
それでも「隠れ家風」と記されたイタリアンBARの看板をようやく探し出した


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洞窟をイメージした店内は暗く、カップルシートと呼ばれる個室は
小さなテーブルに二人がけのソファがひとつ、と密着度を考慮した造りだ
仕事の話で熱くなる彼に、黙って相槌を打つ私

( 仕事と私どっちが大事? )

などとベタな質問をしたら彼、何と答えるだろう
蝋燭の弱い炎がゆらゆらと揺れるのをじっと見つめる
3杯目のグラスワインを空けたとき、彼が時計を見た

「 そろそろ行きますか・・・ 」

私たちが向かった先はメディアなどでもよく見かける某有名ホテルだった
スーツケースを引いた旅行客やブライダルといった客層にはどこか品がある
チープな人生を歩んできた私にはとても眩しすぎて
路地裏のラブホでも良かったのに・・・と気が引けてくる

「 こんな立派な場所、私には不似合いかと思います 」
「 いえ、綺麗な貴女を汚れた場所には連れて行けない 」

美人だ、綺麗だ、素敵だ
こんな歯が浮くような台詞を、彼は逢うたび平然と投げかける
いくらお調子者の私でも、舞い上がり素直に喜べるほど若くはないが
それでも・・・悪い気はしない
しかも、言われ続けているうちに本当に自分は美しくなったのではないか
と嬉しい錯覚に陥るから不思議だ

南西向きの大きな窓から、薄紫に染まる夏の雲が見える
シャワールームから出てきた彼に後ろから優しく抱きしめられ
そっとカーテンを引いた

部屋を後にした私たちは言葉も少なく
ただお互いの手をぎゅっと握り合った
温かい彼の手、小さい指輪の大きな存在感
そして目に見えない不確かなものは・・・まだ見えそうにない



「 今日はちょっとお話があります 」

短い盆休みが終わったある日、小料理屋に誘われた
障子で仕切られた小さな和室には琴の音色が響き
硝子越しに鹿威しが見える
お通しに出された京野菜の煮浸しは薄味で上品な盛り付けがされている
食前酒を飲み終えたとき、話は始まった

私にとって彼は恋愛関係以前に上司でもある
今日は上司として私に意見をするつもりだったのだろう
いつになく厳しい口調でしかも、その淡々とした話しぶりに
酷く冷たさを感じてならない
親会社からの理不尽な言いがかりに日々対応し、ライバル企業と肩を並べ
都会の真ん中で息も詰まるような思いをしている彼からすれば
緩い神奈川のローカルなやり方が目についたのだろう
そして手始めに私の業務態勢を正したかった・・・?

≪ 千原部長は細かすぎる ≫

よく耳にする彼の噂
やりにくい相手とは、この事だったのだ!
そんな彼とこうして特別な関係を持ってしまった以上
この先も私は事あるごとに窮屈な上下関係を強いられるのではないだろうか
あの穏やかな表情の裏側に隠された本来の姿
そのギャップに頭の中が混乱する
逢うたび仕事の話ばかりするのもやはり・・・そういうこと
気付くと涙が溢れてきた

「 ごめん、俺、余計なこと言っちゃった? 」
「 いえ・・・以後気をつけます。でも厳しいご指摘ですね・・・ 」

責任を感じたのか、彼はひたすら謝っている

「 言い過ぎたかな、ごめん。もう仕事の話は2度としないから 」
「 ・・・・・。 」

次々と運ばれてくる料理の味もよくわからない
どんよりした気持ちのまま店を後にした
狭いエレベーターの中で抱きしめられ、その眼差しが近付くが
私は顔を背けた
これまで感じた事のない虚しい風が心の中を吹き抜けてゆく
仕事と恋愛を上手に切り離していないからこういう事になるのだ
悪いのは私
上手に不倫なんて出来るほど器用な人間ではないのだから


その晩のことである
いつものように晩酌をしていた主人が突然こう言った

「 何処にも遊びに連れて行けず淋しい思いをさせてごめんな 」

5年前、精神病を患った経営者に理由もなく突然解雇され
必死で見つけた再就職先は劣悪な労働条件の今の会社だった
来年、還暦を迎えるその体はとっくに限界を感じているだろうに
この人はそれでも私の事を考えてくれている

思ったことをすぐ口に出すのは己の心の狭さから
そんな主人の欠点が私は嫌で仕方なかった
だけどそれは誰に対しても裏おもてが無いということ
損得勘定も無いから要領が悪い、歯がゆいほど不器用
だからこそ嘘や隠し事もないし、心から信頼できる
この人だったら絶対にあんなやり方で私に説教などしない
主人の優しさが・・・痛い


翌日、朝一番で私の携帯が鳴った
昼もかかってきた
合計で14回、着信拒否をした
そして夕方、15回目の着信

{ 出たくないので電話しないで下さい }

と一言だけメールを入れると

{ どうしましたか?貴女が心配で降車駅を乗り過ごしました。
  明日からはいつもの笑顔に戻って下さい }

と返事が来たが、すぐに電源を切った

いっそこのまま清算してしまおうか・・・
冷却期間云々いうよりずっと潔いし
今なら誰ひとり傷つけずに後戻りができる
そしてこの事は愚かな過去として一生心の奥にしまっておくのだ
第一、彼だって呆れてこんな私をすぐに見限るだろう
見限られたら・・・・・
終わりにしよう



その翌朝のことである
私は自分の目を疑った
事務所の扉の前に彼がいる!!!

「 どうして!?今日は東京で重役会議があったはず・・・ 」
「 会議より貴女の方が大事だから・・・ 」

この瞬間、彼の腕の中に飛び込みたかった
抑えきれない感情を隠すので精いっぱい
いつも冷静だった彼が、大事な仕事を放り投げ私に逢いに来た・・・

その夜、私たちは再び過ちを犯した
一度すれ違った互いの感情がベッドの上で一体となり激しく燃える
長い間眠っていた神経が彼によって刺激され
生まれて初めての快楽を覚える私

缶ビールを開ける音が部屋に響く
胸元に薄く残る愛の跡をブラウスのボタンで隠す
喜びと幸せに満ち溢れた夜・・・
〜第4話〜


激しい夕立が去り、辺りは再び蝉の声に包まれる
同僚の藤井さんと6駅先にある居酒屋へ向かう
今夜は直属の上司である支部長の送別会だ

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5年前、地元企業にしては高い競争率で応募が殺到するなか
大したスキルも無く、地味な私を採用した支部長
気位は高く数字に細かいが他方、面倒見がよく正義感は誰よりも強い
この5年の間、藤井さんと私は幾度となく世話になったものだ

ワイン好きだと聞いていたので口当たりの良いイタリアの赤をセレクトし
会場に到着したのは開始時刻ギリギリだった
メンバーを見渡すと一番端、窓際の席に千原部長、彼がいる
軽く会釈をするが、間もなく私は奥にいる部長に手招きされた
顔色ひとつ変えず見事な飲みっぷりを披露する私は
中年上司達にとっては格好の標的で、日本酒→ワイン→紹興酒
といった具合に次から次へ強い酒を勧められる

臨むところだ

理性の箍がはずれた中年は、肩に手を回したり
その赤い顔を近づけシモネタを連発する
こうなると上司でも何でもない、ただの酔っ払いオヤジ・・・

支部長にワインを手渡し、今までの思い出話をすると
眼鏡をはずし涙ぐむ様子にこちらも思わず泣けてきた

「 私の後任は千原君になったらしいね? 」
「 はい 」
「 やりにくい相手だとは思うが、しっかり頑張りなさい 」

やりにくい相手・・・
私はこの言葉の意味を後日理解することになる

21時をまわると店内には中締めの声が響き渡る
その直後に彼は部下たちを連れ一足先に店を出た

(やっぱり一緒には帰れないよね・・・)

うしろ姿をボンヤリ眺めていると
気付いたのだろうか、振り返り自分の携帯を指差している

(連絡して)

そう言ってるのだと思った
乗り継ぎ駅で皆と別れ、急いで彼の携帯を鳴らした
閉店時刻を過ぎたデパートの前で手を振る彼の姿が見える
歩き始めた二人の距離は5センチ、肩と肩が触れる距離

「 こんな近くを歩いてもいいんですか? 」
「 大丈夫ですよ、今夜は 」

街灯もまばらな噴水公園、周りのカップル達の姿もよく見えない
自販機で買った1本のお茶を、2人まわし飲む

「 今日は貴女の苦手な中華でしたね。あまり食べてなかった 」
「 よく見てますね。ところで先に店を出たのは何故ですか? 」
「 中締めも済んだし、つまらない飲み会だったから 」
「 それは・・・上司のお相手ばかりしてた私のせいですか? 」
「 いえ、違います。それよりも・・・怪我した所を見せて 」

ワンピースの裾をめくりあげると
治りかけの傷口を温かい手で優しく撫でそっとキスをした

「 こんなところ誰かに見られたら大変だな 」
「 うふふっ、そうですね 」
「 今度バイクに乗るときは気をつけないと 」
「 はい。ご心配お掛けしました 」
「 では、夜も遅いし車を拾いましょう。送ります 」

大通りに出るとタクシーはすぐにつかまった
彼の左手が私の右手を包み込む
そして初めて逢った時からずっと気になっていた薬指のリング

「 これとって 」

と、冗談で回してみたが動かない

「ごめんね、もう何年も抜けないんだ」

わざと頬を膨らませ瞳を覗き込むと運転席をチラッと見ながらキスをくれた
顔を見合わせ悪戯っぽく笑った


数日後、職場に彼が初出向する日を迎える
現職兼任という事で彼の勤務地である都内から
ここ神奈川支店に出向するのは月に数回程度になるようだ

「お早うございます、今日は宜しくお願いします」

まず事務的に挨拶を交わし、社屋内を簡単に案内する
日常業務をひととおり伝え彼のパソコンの初期設定にとりかかろうと
キーボードを操作した時、ふいに互いの顔が近づいた
皺ひとつない真っ白なワイシャツから柑橘系の良い香りがする
奥様がしっかりされてる方なのだな、と感じた
胸のドキドキが聞こえてしまいそうな距離
それでも顔色ひとつ変わらぬ彼

「 やぁ!千原くん!!」

そこへ親会社の専務がやってきた
二人は遠い昔からの長い付き合いのようで
この日は歓迎会を兼ねて一杯、と計画していたらしいのだが
専務に急な出張が入り、次回に延期しようと伝えに来たのだった

「予定、あいちゃったな。どうですか。軽く・・・行きますか?」

コップ酒を飲み干すしぐさで私を見る

駅前にオープンしたばかりの、料理が自慢の居酒屋で待ち合わせた
今夜は彼の実態を詮索する私がいる

「 私で何人目ですか?正直に言ってください 」
「 初めてだよ 」
「 その割には仕事中よく平気ですよね。ポーカーフェイス、私は苦手 」
「 そこは割り切らないと駄目だよ 」

オンナというものは相手の愛情の深さをとにかく知りたがる
自分を本当に愛してるのか、またどのくらい愛しているのか
ハッキリした言葉や目に見えるカタチで確認し、安心したいのだ
いつかコラムで見た記事にこう書いてあった
浮気をするタイプの男というのはその大概が常習犯
マメで優しく、経済的にも余裕のある人が多い、と
すべて彼に当てはまる
やはり彼は常習犯?
確認したい・・・

「 それと・・・自分は完璧な人間ではありません
 もしも気に障るような事があれば遠慮せずに何でも言って下さい
 貴女とはこの先ずっと永くやっていきたいから・・・ 」

永く・・・
意外な言葉・・・
嬉しさ半分、不安半分

店を出た私たちは商店街の路地裏で抱き合い、キスを交わした
後ろを通りかかった若い女性が横目でチラリとこちらを見ていた

「 今夜はこのまま離したくないな・・・ 」
「 駄目。主人がそろそろ帰ってくる 」
「 次はいつ会える? 」
「 土曜日なら・・・ 」

その時、今までにないほど強い力が私の身体を抱きしめた

「 土曜日・・・抱きたい・・・ 」

・・・抱かれたい・・・

素直にそう感じた


自宅へ戻ると車庫にはもう車が見える
主人は予想より早い時間に帰宅していたのだ・・・
髪の乱れを軽く直し、何くわぬ表情でキッチンに立つ

「 親会社の懇親会も気疲れして大変よ 」

うまく誤魔化したつもりだが、主人の目つきはいつもと違うように感じる
いや、気のせいだろう、こんな時こそ平静を装うもの
ポーカーフェイス!!
大好きな彼に愛されるために・・・
〜第3話〜

{ 到着しました }
{ 今日は私が10メートル先を歩きます }
{ 了解です }

土曜の昼下がり、オブジェ前は待ち合わせの人々でごった返す
10メートル先に相手の存在を確認しつつメールで会話する
動きの遅い大型の台風は、熱風だけを残し
強い日差しは容赦なく肌をジリジリ傷めつける

人目を気にせず話ができる場所、と選んだカラオケBOXは
ホームページの印象とは随分とかけ離れ、室内はタバコ臭い
キンキンに冷えたジョッキで火照った頬を冷やす
話し始めたのは彼だった

「その後、御主人とはどうされましたか?」

実はこの時既に、主人と喧嘩した事など忘れかけていたのだが
そのおかげでこうして彼と逢う機会を作ったのだ
簡単な愚痴をこぼしてみた
同情も、中傷もしない、ただ黙って頷くだけの彼


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そして話題は自然と我が社の経営方針へと流れた
社長が思い描く理想と我々の日々の現状には大きな開きがある

彼、千原さんの営業部長という立場も重大な責任だけは負わされるが
その業績を認められる事はない
休日出勤、サービス残業は当たり前
どんなに理不尽を感じようとも決して逆らわず
大企業の下請け、という天下り気質な社風に我々は馴染むしかないのだ

そんな日々の矛盾や、澱み派閥の存在、恐らく
誰にも言えぬであろう心の内を私だけに打ち明ける彼
そして、立派なアドバイスこそできぬがそれを理解し
受け入れてやれる自分

「聞いてくれてありがとう」

普段は絶対見せないような優しい笑顔で私を見つめる

(この笑顔は私だけのもの?)

その時、店員からの内線が鳴り出てみると
頼んだワインが冷えてないという
銘柄は拘らないからとにかく冷えたものを、と指示を出し
彼の向こう側にあるメニューを取ろうとした時
身体はふいに引き寄せられた

「あっ、これってセクハラ・・・」

私の口を塞ぐように彼の唇が重なった
唇から頬、首筋へと流れるように彼を感じる
理性の糸はとっくに切れていた
いけない、と頭の中で声がする
でも止まらない
もっと、もっと・・・
身体じゅう、熱い・・・

店を出たあとも何度も唇を重ねた

「月曜から出張です。お土産に何か買ってきます。何がいい?」

私は首を振った
何もいらない、こうして私と逢ってくれるだけでいい
素直にそう思った

「向こうに着いたらメールくださいね」

そう約束したが、それ以降彼から連絡は来なかった

得るものも無ければ未来も無い、不確かすぎる黒い関係
だが、動き出した感情を上手にコントロールする事の難しさは
頭の中ではよく理解できているつもりであった



ある休日の夕方
バイクで買い物に出掛けた私は、砂利が散らかったカーブで転倒し
軽い怪我をした
膝から鮮やかな血が滲む、しかし不思議と痛みは感じない
きっと脳神経のどこかが狂っているのだろう
その時だった

夫を裏切ってはならぬ
人様のものに手を出してはならぬ

そんな声が聞こえてくるような気がした
これは大きなあやまちとなる前の警告なのかもしれない
だけどやめるつもりは全く無い
私・・・本当に悪い女だ

{ 出張お疲れ様でした。今日はちょっとした怪我をしました }

こうメールを送るとすぐに電話が鳴った

「怪我は大丈夫??病院へ行った?」

「擦りむいただけで、大したことないんです」

「良かった・・・ちゃんと消毒して」

本気で私を心配しているその声を聞き、安心した

「今度の週末は上司の送別会ですね
 会場までは同じ部署の藤井さんと行きますが
 千原さんも出席しますよね?」

「でも貴女からは離れた場所に座ります」

「そうですか。あとヤキモチは焼くほうですか?」

「はい、貴女が他の男性と手を握ったりすれば・・・」

「それは多分無いと思います。駄目ですよ?飲み会でのヤキモチは」

「努力します。でも短いスカートはやめてね」

この日
色に狂う
という本当の意味を理解した
〜第2話〜

「今度の土曜日、必要書類を取りに伺いますが、何時頃がよろしいでしょうか」

彼から事務所に電話連絡が入ったのはあの食事の日から4日後のことである
セキュリティを解除しないと土曜日の事務所には入れない
カードキーを持つ私がその役目を買って出たのだ

蒸し暑いあの日の夜、彼の腕から逃げた私
どんな顔をして会ったら良いものか・・・
また誘われたら、どうしよう・・・
自然と沸き起こる期待に似た感情をまだ認めたくはない
あんな下心見え見えなオッサン、だいいち私の好みじゃない!
仕事以外では二人きりで会わなければ良い!
と何度も自分に言い聞かす


朝7時、出勤する主人をいつも通り送り出すと急に落ち着かなくなる
待ち合わせ時刻まではだいぶ時間もある
シャワーでも浴びるとしよう、それと洋服・・・
何を着ていこう
ただ事務所で会うだけなら、あの日のような短いスカートは履けない
かといってレギンスでは色気がない
あれこれと迷っているうちに約束時刻が迫り、急いで家を出た


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社屋の上まで青々と伸びた桜の木の下に、彼の姿があった
今まで気にもしなかったが、長身で締まった体つきは歳より大分若く見える
真っ白なポロシャツにチノパンという私好みのスタイルだって意外とイケてる
中肉中背、タヌキ腹の主人とは大違いだ

「お待たせしました〜!」

「今日はお休みのところ申し訳ないですね、10分くらいで帰りますので」

「!?そんな・・・お茶くらいお出ししますからゆっくりして行って下さい」

「・・・わかりました、じゃ少しだけ」

コーヒーカップを2つ並べ、熱い湯を注ぐ
私達の話す声以外に物音ひとつしない
誰も居ない事務所の中に二人きり
椅子に腰掛け、彼の出方を待つ
しん、と静まり返る密室
腕組みしながら私を真っ直ぐに見つめるが、決して近付こうとはしない彼

「今後の業務の件ですが」

株主総会直後に新組織が決定し、来月より彼が現職兼任で
私の上司となるそうだ
その淡々とした話しぶりは落ち着いてる、と言うより無表情に近い

(忘れてしまってる?)

モノクロな話など集中できるわけがない、
内容は殆ど耳に入らなかったが
今後の業務予定、勤務時間など一通り話しが終わり

「じゃ、帰ります」

と、外に停めた車に乗り込むと、軽い会釈だけ残して去っていった
あの日の事には一切、触れもせず・・・
からかわれてる?
それとも、あの微妙なキスは幻?
よくありがちな「酔った勢いでのあやまち」?

だとすれば
彼を気にするあまり、大した用事もないのに業務メールを入れてみたり
ほんの小さな出来事でもいちいち報告してる自分は大馬鹿者だ!

それとも・・・

ひょっとしたら、これは「手」なのかもしれない
深入りした方が負け、という一種の恋愛ゲーム的な遊びだったとしたら
レベルの高い彼は、初心者の私など相手にして卑怯ではないか

いくら考えても答えは出ない
胸の靄は晴れぬまま数日が過ぎた

そんなある日
世話になった取引先の常務が定年退職するので
その送別会に紅一点、として私が呼ばれた
駅前、彼と待ち合わせしたあのオブジェの前を通り過ぎる
あの日の残像がボンヤリ浮かぶ

(10メートル後方を歩いて・・・か)

思わず笑みがこぼれる
酔って上機嫌な重役のおじ様達の相手をしながらも
気付けば彼の事ばかり考えてる

宴たけなわ、と言った所で中締めをし、その流れで2次会へと誘われた
5〜6人で繁華街をブラブラと歩いていた時である
ふと携帯に目をやると、主人から数十回もの着信、そしてメールが!
自宅の鍵を忘れ、そのまま出社した主人
玄関先のポストの奥に鍵を隠しておくよう
事前に約束してた事などすっかり忘れてしまった

(男にうつつをぬかして・・・完全に私のミスだ)

バスなんて待ってられない、タクシーに飛び乗り急いで帰宅した
すると玄関前で腕組みをしながら待ち伏せる主人
私の言い分も聞かず、頭から怒鳴りつけられた
無理もない、何時間も庭先で待ったのだろうから

だけど・・・よく考えると・・・

そもそも自分が鍵を忘れるからこんな事になるのではないか
予期せぬアクシデントが起こると、ブチ切れるのはいつだって主人のほう
人生、トラブルもなく予定通りに物事が運ぶわけなどないのに
人に完璧を求める自分はどうだ!?
私だけが悪いわけじゃない!
そう開き直り、怒鳴る主人に負けじと大声で反論した
今思えば私達の喧嘩は近所中、響き渡っていたかもしれないが
そんな事はどうでもいい、日頃鬱積した感情が爆発したのだから
もう自分自身を抑えられない
この晩は、主人の顔を見るのも、同じ部屋の空気を吸うのも嫌で仕方なかった

(いっそ離婚したい!それが無理なら早く死んでしまえ!!)

くやし涙をこらえ、本気でそう願った

明け方近く
優しい彼の夢を見た
ここ最近、自分の精神状態はどこかおかしいような気がする
スーパーで買い物している時も、料理を作っている時も
洗濯物を片付けている時も、部屋の掃除をしている時も
いつもいつも雲のように不安定な地面を歩くような
視界の悪い霧の中を手探りで進むような
とにかく全ての生活行動に対して集中ができない

翌日、未だ興奮冷めやらぬ私
メールを打つ指先は自然と彼のアドレスを選択した
するとすぐに電話がかかってきた

「わかりました。話、聞きます。発散して下さい」

穏やかなその声に、思わず涙が出そうになる

「先日ご馳走になったので今度は私に任せて下さい」

「いえ、それは駄目。お店は任せますが安っぽい場所も駄目ですよ」


週末、土曜日
彼と逢える・・・

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