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「浅草」前盆での「花束渡し」(正確には「ステージでの差し入れ」)が全面的に“禁止”になったのは、今年の正月公演「華 HANA」でした。それ以前から、いわゆる「差し入れ禁止景」の設定が徐々に増え、その趨勢は明らかでしたが、さすがに「全面禁止」の張り紙をロビーで目の当たりにした時は、かなりのショックを受けたものです。
私の立ち位置を明確にしておきますと、「浅草」での「前盆花束渡し賛成派」、さらに「コンビニ袋などの差し入れ反対派」「紙袋も出来れば避けて欲しい派」ということになります。この考えは今でも変わっていません。私がなぜそう考えるのか、「浅草の花束」にどんな意味を見出しているのか、このまま「花束禁止」が定着していきそうな今だからこそ、改めて書き記しておきたいと思います。
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「浅草」で「ステージでの差し入れ」が“全面禁止”になった理由は、実は定かではありません。様々な憶測はありますが、いずれも推測の域を出ないものです。その憶測の一つとして「近年、無秩序な差し入れが増えたため」というものがあります。この理由に、私は一定の説得力があると感じます。
私は「浅草」での「花束渡し」は「“神聖なる舞台”に直接介入する行為であり、軽い気持ちで臨むことは許されない」と考えてきました。ステージにふさわしい花束を選び、場内に持ち込む際には水を切り、包装袋の「ガサガサ音」が出ないようにあらかじめ準備し、ベッドが始まった時点で後方通路にスタンバイ、可能であれば「花束渡しを準備していること」をベッド中の舞姫に認識してもらい、立ち上がりの一礼で舞姫が顔を上げた瞬間に前盆際に到着するようタイミングを図って歩み寄り、花束を持ち替えなくても握手が出来るような方向でお渡しし、一言だけお声掛けしてさっと立ち去り、その際に後続のお客さんとの鉢合わせを避ける位置取りを考える…等々、細心の注意と極度の緊張の中、花束渡しに臨みました。何回経験しても、心臓が早鐘を打ち、手に汗握る時間でした。
もちろん、数々の失敗も経験しました。立ち上がりだと思ったらまだベッドの続きがあったり、タイミングを逸してお渡しが出来ないまま舞姫が引いてしまったり、移動盆で去る舞姫を花道サイド通路を追い掛けたりと、いま思い出しても赤面するようなしくじりを数多くやらかしました。しかしその失敗経験から学ぶことも少なくありませんでした。
しかし近年、こうした差し入れに臨む“心のハードル”が、いささか低くなっていたように感じていました。
例えば、舞台にふさわしいとはどうしても思えない「コンビニ袋に入れた差し入れ」が目立つようになりました。誰が言い出したか定かではありませんが、こうした光景は「買い物帰りの刑」と呼ばれました。コンビニ袋を手に花道を戻る後ろ姿が、近所のスーパーで買い物をした帰り道のように見えるからです。前盆で差し入れをするからには、その舞姫に思い入れがあってのことだと思います。その舞姫が渾身の演技を見せた戻りにコンビニ袋を手に戻る姿は、本当に美しいでしょうか。その舞姫に、そんな姿をさせたいのでしょうか。私にはどうしても理解出来ないのです。
さらに、前盆での一礼があるにも関わらず、それ以外のタイミングで差し入れを渡そうとする光景にも出会うようになりました。戻りの花道や移動盆は、それ自体が“一つの演目”と言っていい時間だと私は考えます。舞姫のみなさまは、前盆での一礼を終えたところから“戻りの演目”を演じ始めるのです。それを中断せざるを得ないタイミングで差し入れを渡そうとする行為は、ステージを破壊する行為と同義であるとすら言えます。甚だしきは「ちょっと戻って来い」と手招きをして呼び返す光景、これを見たときは我が眼を疑いました。
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こうした行為を目の当たりにした心ある観客の間から「舞姫のそんな姿は見たくない」「ステージを守って欲しい」という声が挙がるのも、宜なるかなと思います。ついには「舞台に観客が関与する行為はすべて禁止して欲しい」という声が聞かれるまでになりました。そして、そうした声をくみ取るかのように「浅草のステージでの差し入れ」が全面禁止になりました。
しかし私は、そうした意見に首肯しがたい思いを持っています。ストの舞台で「演者」と「観客」をそこまで「隔絶」した関係にして、本当にいいのでしょうか。
(「−後編−」に続く)
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2018年10月13日
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