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今公演「Shine on」は、拙ブログ記事「【浅草】「Shine on」初日レビュー」前文で考察したように、上演期間が20日間ながら「1st season」を銘打たず、単独公演として本日で千秋楽を迎えることになった。公演名も新たにスタートする明日からの「Dream on」が、どの程度「Shine on」から引き継がれているかは初日を楽しみにすることにして、まずは20日間の集大成となる「Shine on」楽日、4回目中休憩からラストまで観劇。
<楽日じゃんけん大会>
プロデューサーが代わってから初めての楽日ということを意識してか、MCを務める“若い方のM氏”は、本大会名を「じゃんけん大会 neo」と呼称。うっすらBGMも流しながらとのことだったが、場内の熱気に押され、ほとんど聞き取れなかったようである。 ■無料招待券×2名
「グ」→「チ」→「グ」→★1名決定 直前の敗者4名復活→「チ」→★1名決定 ■公演ポスター(サイン入り)×1名
「グ」→「パ」→「グ」→3名直接対決→★1名決定 ■1景・清本さんから「香水ビン(サイン入り)」×1名
「パ」→「パ」→2名直接対決→★1名決定 ■2景・花咲さんから「手作りコースター」×男女各1名ずつ計2名
男性のみ参加可:「チ」→「チ」→「グ」→「グ」→全滅→直前までの勝者復活 「グ」→3名直接対決→★1名決定 女性のみ参加可:5名直接対決→★1名決定 ■3景・ALLIYさんから「小物入れ」×1名
「パ」→「パ」→「チ」→★1名決定 ■4景・矢沢さんから「矢沢紙幣4枚セット」×1名
「グ」→「チ」→「グ」→全滅→直前までの勝者復活 「チ」→★1名決定 ■5景・橋下さんから「写真セット」×1名
「グ」→「チ」→「チ」→「パ」→2名直接対決→★1名決定 ■6景・有沢さんから「巨大キャンディ+ガーターベルト」×1名
「チ」→「チ」→「パ」→2名直接対決→★1名決定 ■7景・せいのさんから「ミルクグラス」×1名
「チ」→「パ」→「グ」→2名直接対決→★1名決定 <各景ひとことレビュー> 【1景=清本玲奈】 若々しい元気あふれる動きと豊かな表情で、 トップバッターとして公演全体をスタートダッシュさせる役割を見事に果たしてみせてくれた。 ベッドも力強く生き生きしたポーズと振りで駆け抜けるもので、 特に最終回は、ハンズアップやフラッグの扱いも一段と熱く力を込めて一気に駆け抜けた。 その気持ちよいステージに拍手を贈りたい。 【2景=花咲ぼたん】 日本髪の和鬘がその面立ちによく似合い、その雰囲気にうまく溶け込む形で、 去りゆく冬の名残を惜しむかのように、しとやかな日舞の一人舞を好演。 ベッドでも落ち着いた趣のある動きとポーズが印象に残るものとなった。 【3景=ALLIY】 クールに舞っていくトリオダンスや、前盆入りの際の雰囲気の作り方は、ALLIYのステージイメージに合致し、 得手とするジャンルの舞台に、自信を持って取り組む様子が心地よいものになっていた。 ポーカーフェイスで進めていくベッドも、クールな組み立ての前半から、 自ら手拍子で導いての後半へと盛り上げていく構成もさすがであった。 【4景=矢沢ようこ】 “飾り窓”の退廃的な雰囲気をアンニュイな舞いぶりとともに表現し、 ベッドから立ち上がりでは、基本形は作りつつも、 うっすらと歌詞を口ずさみながら持ち味の“フリーダム”感を随所に発揮し、大いに楽しませていただいた。 さらに戻りの移動盆も余裕たっぷりに魅せるさすがのパフォーマンスに拍手を贈りたい。 【5景=橋下まこ】 「浅草」初乗りながら、朗らかな表情やのびのびとした舞いぶりが印象的で、 ベッドでも、じっくりとみせる落ち着いたステージングはお見事であった。 最終回は、揃った手拍子の中、まろやかな笑顔と投げキスでまとめ、 さらにフィナーレでのメンバー紹介MCもしっかりとこなし、自らの初陣を飾ってみせた。 【6景=有沢りさ】 エロティックな表現には定評のある有沢が、甘美な百合の世界を花咲とともに描いた本景、 有無を言わせずに花咲を引きずり込むかのような演技はさすが。 ベッドでも、挑発するような視線、誘うような指先と、濃厚なテイストで展開していく迫力に唸らされた。 【7景=せいの彩葉】 「暴力とセックス」をテーマにしたワイルドな群舞のセンターを、堂々たる存在感を示しつつ務めてみせた。 ベッドでも見応えのある演じぶりの前半から、後半の疾走感あふれる立ち上がりから戻りの移動盆と、 長い黒髪を振り乱しながら切れ味良く静止精度の高いポーズを次々と繰り出すことで 輝きを強めながら上げていくステージングに惜しみない拍手を贈りたい。 <楽日あいさつ> 最終回フィナーレの拍手から、そのまま続く“督促手拍子”。いつもより早く再びオペラ幕が上がったが、そこで思わぬ事態が待っていた。 【せいの彩葉】
「『Shine on』千秋楽にご来場いただき、ありがとうございました。 今月は浅草ロック座、いろいろなことが変わりました。 劇場外からの食品持ち込み禁止や色紙廃止など、みなさまご理解ご協力いただき、ありがとうございました。 そして『Shine on』を期に、恒例の楽日のみんなの舞台あいさつは、代表者が執り行うことになりました。 みんなの声が聞きたいとは思いますが、それぞれSNS、ブログ、劇場で発信すると思うので、 チェックしてください。また劇場等で、みんなからの感想等はどしどしお待ちしております。 『Shine on』、みんな楽しんでくれたかな?(場内拍手)。 スペシャルなメンバーとダンサーズに囲まれて、私たちはとっても幸せでした。 20日間どうもありがとうございました。簡単ではありますが…。 『Shine on』最高ーーーッ!(場内拍手)。」 状況が今ひとつ呑み込めない困惑の空気が拭えないままの「三本締め」。さらに「アンコールウォーク」では、フィナーレ曲が途中で終わってしまい“尻切れトンボ”となる失態。演者が必死の思いで積み上げ、迎えた最高の瞬間を、最後の最後で演出サイドがぶち壊すというあり得ないラストに、これまでにない割り切れない思いを抱えながらの終演となった。 ********************
最後に「楽日あいさつ」についての私見を述べておきたい。
拙ブログ初期の記事を掘り起こすと記録されているように、8年ほど前までの「浅草」楽日のあいさつは、今回と同じように大トリの舞姫が代表して行なう形式を取っていた。そんな中、灘ジュンさんが大トリの公演で、自らのあいさつの後、大先輩のお二人にマイクを回したのを皮切りに(2011(平成23)年「1月中〜結【浅草】楽日レビュー」参照)、出演舞姫全員から一言ずつあいさつをもらう形式が生まれた。これが次第に他の公演でも広がっていったのが、これまでの“全員から一言ずつ”という「楽日あいさつ」成立の流れであると筆者は理解している(2011(平成23)年「5月頭【浅草】楽日レビュー」など参照)。
それから7年以上続いた「楽日あいさつ」は、様々な名場面を生み出してきた。「涙にむせんで言葉にならない初乗りの新人舞姫」「一人が涙を見せたことで、次々と続くもらい泣き」「言葉少なながら、深い感謝を伝える一言」「突然の引退・休業宣言に水を打ったように静まる場内」…等々。
舞姫一人一人が考え抜いてきたあいさつもある。あるいは考えていたことがすべて飛んで、その瞬間の感情のみで表現した言葉もあった。その一言一言から、実に多くの感動や思いの丈を頂いてきた。「楽日あいさつ」の時間は、長い公演を終えた舞姫から、その舞台に臨んできた心の内を聞ける時間であるとともに、観客にとっても過ぎし公演に思いをはせ、演者にねぎらいの気持ちを贈る大切な時間となっていた。その大切な時間をなぜ奪うのか、奪われなければならないのか、筆者は全く理解出来ない。
昨今の「浅草」で進められている施策は、その多くが演者と観客の“距離”を引き離そうとするものばかりである。そしてついに肉声が伝えられるわずかな時間すら消し去ろうとしていることに、観客増加と反比例する形で、観客の一人一人の思いが軽く扱われるようになったとの感を強め、とても悲しく思う。新演出陣には「一人一人による楽日あいさつ」の復活を強く望むものである。
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(敬称略・観劇日:2019(平成31)年2月20日(水)) |
ストリップ総論
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大みそか恒例、2018(平成30)年のスト界のトピックを、筆者の知る狭い範囲ですが振り返ります。
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<“実力派”の引退相次ぐ>
本コーナーは「一定期間以上ステージを彩り、今年、意向表明の上で引退ないし休業された方々」という“基準”でまとめています。 ■引退・休業
・01/20[休・蕨]RIKA(蕨・2001) ・03/10[休・大和]遠野こころ(東洋・2003) ・03/10[休・新宿]木村彩(ロック・2006) ・04/30[休・栗橋]RUI(林・2013) ・09/10[休・まさ]松本幸奈(フリー・2001) ・09/30[引・渋谷]翔田真央(渋谷・2004)→台風による公演短縮で2019年1月頭「渋谷」で再度引退公演 ・10/10[引・川崎]かんな(ロック・2005)→ブログで事後公表 ・12/30[引・渋谷]左野しおん(道後・2015)
・12/30[引・新宿]夏木りりか(ロック・2006) ・12/30[引・池袋]時咲さくら(TS・2012) ・12/30[引・浅草]伊沢千夏(ロック・2007) (「引退・休業日」[引退/休業・最終出演劇場]「名前(敬称略)」「所属・デビュー年」)
こうして眺めると今年は、各所属で10年以上活躍を続けてきた“実力派”の方々が去って行かれた年という印象を持ちます。
このほかにも、特段の意思表示なく、ひっそりとその姿を消して行かれた方々もいらっしゃいます。改めてこれまでの舞台に感謝申し上げるとともに、後をついた舞姫のみなさまに、その志が長く受け継がれていくことを願って止みません。
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<劇場の閉館・閉館予定を巡って動き相次ぐ> ■「広島」営業期間期限“いったん未定”に 劇場所在地の再開発計画との関係で「閉館」と「営業再開」、そして再び「閉館予定」と、めまぐるしく状況が変化してきた「広島第一劇場」は1月31日(水)、土地開発計画の変更に伴い2018年8月31日までの再度営業延長を公式ホームページで告知しました。さらに3月20日(火)には、土地賃貸借契約の延長に伴い営業期間を「一旦未定」にすることを同じくホームページで告知し、営業が続けられています。しかし再開発計画の動向によっては予断を許さないとの見方もあり、来年も引き続き目が離せない状況が続きそうです。 ■“東北最後のスト劇場”「芦ノ牧温泉劇場」が閉館
「八戸マノン」「仙台ロック」が閉館になった後、東北地方最後のスト劇場として知られるようになった福島県会津若松市の温泉街の劇場「芦ノ牧温泉劇場」が6月30日(土)に惜しまれつつ閉館しました。地元やファン有志によって、劇場跡の建物を「ストリップ博物館」として活用する案も検討されましたが、残念ながら実現には至らず、既に建物は解体されたとの現地実見報告が寄せられています。 ■“所属のスクランブル交差点”「デラックス歌舞伎町」来年6月閉館を発表
新宿に残った2館のうち、さまざまな所属の舞姫が同香盤で出演する“スクランブル交差点”のような機能を果たしてきた「デラックス歌舞伎町」が12月11日(火)、2019年6月30日(日)限りでの閉館を公式ホームページで発表しました。“デラカブ”最後となる12月31日(月)に関東館では唯一“大みそか営業”を行ない、SM興行「ゆくなわくるなわ」を開催したことは、“最後の意地”を見せたように思えます。 ********************
<「道後」が各回入替制に移行>
全国的にも数少なくなった温泉場の劇場、さらにユニークな企画興行などでも知られる「道後ミュージック」が、7月1日(日)から、スト劇場としては異例の各回入替制に移行しました。温泉を訪れた一見客がふらりと訪れるという立地に即した形で、3,000円の入場料で1回のみ観劇可となりましたが、2回以上観劇を続ける遠征客などへの配慮から6,000円の一日券も販売されています。 ********************
<メディアでの放映・掲載相次ぐ> 去年からメジャー雑誌やテレビなどの各種メディアで、ストが取り上げられる機会が増えてきていますが、今年はその流れがさらに加速した感があります。その主なものをまとめました。 (テレビ)
■CS日本映画専門チャンネル「ストリップ劇場物語」放送(6月1日(金)など放送/6月10日にBSフジで再放送) 「浅草」5月公演「WONDERLAND 1st」の南まゆさん、武藤つぐみさんに密着取材、舞姫のみならず振付師や制作スタッフなどにも焦点を向け、舞台が作り上げられるまでの知られざる制作過程に迫ったほか、「道後」の温泉場独特のフレンドリーな空気感にも注目するなど、優れたドキュメンタリー番組でした。 (CS日本映画専門チャンネル「『ストリップ劇場物語』6月1日放送」より引用)
■NHK総合テレビ「ノーナレ『裸に泣く』」(10月2日(火)放送)
NHKの地上波テレビで「浅草」や「川崎」などのステージが放送されるという“衝撃作”として大きな話題になりました。番組では香山蘭さんと一人の女性ファンにフォーカスを当てた“同時ドキュメンタリー”の手法で「演じる側」と「観る側」、それぞれからスト舞台にあるものを浮かび上がらせる番組でした。 余談になりますが、筆者は「浅草」場内で取材スタッフに何度も遭遇しました。あまりの取材回数に一部で疑問の声も聞かれましたが、番組を観て、あれだけ取材に通ったからこそ撮れた瞬間、撮れた登場人物がいたのだと納得した次第です。 ■ネットTV・AbemaTV「給与明細」(10月21日(日)放送)
牧野れいなさんの舞台やその裏側、さらにファンの方々の「リボン」や「タンバリン」といった応援についても掘り下げる内容で、本音に近いところまで語られた興味深い番組でした。 (AbemaTV「『給与明細』10月21日放送」より引用)
(書籍) ■上野うね著「浅草うねうね食べある記[大衆娯楽&チョイ飲み編]」 浅草の大人なスポットを漫画で紹介するシリーズの3作目で、「美しいストリップ」と称して浅草ロック座が取り上げられています。浅草の書店では「下町ロケット」を抜いて販売数ベスト1を記録するなど、浅草の街が気になっている層に大きな関心を呼んだようです。 (上野うね著「浅草うねうね食べある記[大衆娯楽&チョイ飲み編]」より引用)
(ネット記事) ■現代ストリップを分析した連載記事 大人の女性向けサイト「messy」で11〜12月にかけて4回シリーズで連載された池田録さんのリポートは、現代ストリップをさまざまな角度から分析したレビューとして、2018年の断面をクリアに描き出した好記事でした。 ********************
各メディアで語られているように、今年は劇場を訪れる観客数がさらに増えたという実感があります。中でも女性客の急増は目を見張るばかりです。こうした客数・客層の変化が、劇場経営の好転や社会的認識の転換につながることを期待する声も聞かれます。関連性は不明ですが、5年連続で今年も一年を通して劇場の摘発事案はなかった一方で、劇場数の減少に歯止めが掛かる見通しはないまま年を越そうとしています。
一方で東京オリンピック・パラリンピックが「あと1年あまり」に迫り、さらに2025年に大阪での万博開催も決まりました。一大イベントがスト業界に逆風となるのか、それとも“神風”となるのか、来る年はその方向性が見え始める年になるように思います。
日々のすばらしいステージを拝見させていただきながら、「昭和」に始まり「平成」を経て、新たな時代に入っていく「ストリップ」という文化の魅力をどのように広め、残していけるのか。来る年も考え続けていきたいと思っています。
今年も一年、拙ブログにお越しいただきありがとうございました。みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。 (一部敬称略) |
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今年の“周年作”は、久しぶりに「レポ」ではない「エッセイ」を書いてみたいと思い、日頃感じている、ちょっと“ぼんやり”とした思いを文章にしてみました。よって文体は「一人称」であり、内容への共感、反感、賛否が生じる題材を扱うことにもなりました。それもこれも、以前にも書いたことがありましたが、ある舞姫の方に伺った「周年作は自分がやりたいことをやる」に倣ったものです。
もちろん拙ブログの全ての記事は「書きたいから、書いている」ことに違いはないのですが、そんな中でも、ブログ開設8年目で何を考えていたのかを書き残しておくことは、一つの“歴史断面の記録”にもなっていくのではないかと感じています。
様々なメジャーメディアがストのステージを取り上げ、観客の数も間違いなく増加傾向にある今この時が、「昭和」「平成」そして「次代」という3つの時代を経験することになる日本のストリップの歴史の流れの中で、どう位置づけられ、どう変遷していくのか。16年目の観劇、そして9年目のブログ執筆において見詰めていく大きなテーマであると改めて感じています。
(執筆日:2018(平成30)年10月27日(土)) |
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(「−前編−」から続く)
ストの長い歴史の中で培われてきた観客による「拍手」「手拍子」「リボン」「タンバリン」「花束渡し」…これらは外形的には「観客による舞台への直接介入」に他なりません。一歩間違えればすべてを壊す恐れを孕むものです。それでも私がこれらを肯定したいのは、こうした行為を通した「演者と観客の相互作用」による感動的な場面を数多く観てきたからです。そしてそれこそが「ストの舞台が持つ魅力」であり、これからも観続けていきたいと考えるからです。
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「花束渡し」が可能だったころの「浅草」では、受け取った舞姫だけでなく、それを渡したファン、そしてそれを見ている観客までが涙するような感動を呼ぶ場面に度々立ち会うことが出来ました。そういった数々の光景は、私の脳裏に今も鮮明に刻まれていて、目をつぶるとありありと思い出すことができます。
当時、中堅どころだったある舞姫は、自景のベッド構成に、それまでにないほど悩みに悩んでいました。楽しさよりも、苦しさが何倍も大きい日々だったようです。そんな日々をくぐり抜けて迎えた楽日の最終回。その舞姫にファンから花束が贈られました。楽日の花束は、渡すファンにとっても受け取る舞姫にとっても特別な意味があるものです。戻りは移動盆でした。移動盆まで戻ったその舞姫は、そこで4回目まで見せていたパフォーマンスを演じようとはしませんでした。ただ立ち尽くし、花束に涙が浮かんだ顔を埋めて抱き締め続けました。その姿に向けて場内から贈られた拍手の大きさ、温かさを私は忘れることが出来ません。
ある公演で「浅草」に初めて乗った新人舞姫がいました。初日の舞台は、観ている側にも緊張が伝わってくるような演じぶりで、心の中で思わず「頑張れ!」と念じてしまうようなものでした。1回目、2回目と過ぎていく初日…。何回目のことだったでしょうか。その新人舞姫に“初めての花束”を渡す観客が現れました。「破顔一笑」という四字熟語は、ああいう時に使うのでしょう。前盆で花束を受け取ると、同じ花道とは思えないほど、行きとは違う表情で戻ってくる様子が目に入りました。もちろん新人舞姫ですので「花束で見得を切る」といった気の利いたことが出来ようはずもありません。普通に花束を抱え、本舞台で振り向くと、笑顔のままペコリとお辞儀をして自景を締めくくりました。その笑顔に私は「これで大丈夫だ」との確信を持ちました。その新人舞姫は、初日には想像も出来なかったような“上げっぷり”で公演を駆け抜けてみせました。その原動力の一つに「初日の花束」があったと、私は今も信じています。
花束渡し禁止後、こうした感動的な「相互作用」は確実に数を減らしました。
このような相互作用は、時に演者のステージを根底から変える、そして観客の舞台への観方、考え方を根こそぎ覆すような力を持っていると信じます。なぜなら、そのような場面を観てきたからです。最近観劇を始めた方が、こうした光景に出会えないのは、とても残念なことだとすら思います。
もちろん賛否両論あることは承知しています。その上で、なおも「浅草での花束渡しの意味」を訴えたいのは、こうした思いがあるからなのです。せめて楽日だけでも「花束渡し」を解禁する回を作るわけにはいかないのでしょうか。楽日に贈られる花束が、記憶に残る数々の感動の名場面を作り出してきた歴史を軽視すべきでないと考えます。そのことを何度でも語り伝え、訴えていきたいと思うのです。
(※なお、考え方には個人差があります)
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「浅草」前盆での「花束渡し」(正確には「ステージでの差し入れ」)が全面的に“禁止”になったのは、今年の正月公演「華 HANA」でした。それ以前から、いわゆる「差し入れ禁止景」の設定が徐々に増え、その趨勢は明らかでしたが、さすがに「全面禁止」の張り紙をロビーで目の当たりにした時は、かなりのショックを受けたものです。
私の立ち位置を明確にしておきますと、「浅草」での「前盆花束渡し賛成派」、さらに「コンビニ袋などの差し入れ反対派」「紙袋も出来れば避けて欲しい派」ということになります。この考えは今でも変わっていません。私がなぜそう考えるのか、「浅草の花束」にどんな意味を見出しているのか、このまま「花束禁止」が定着していきそうな今だからこそ、改めて書き記しておきたいと思います。
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「浅草」で「ステージでの差し入れ」が“全面禁止”になった理由は、実は定かではありません。様々な憶測はありますが、いずれも推測の域を出ないものです。その憶測の一つとして「近年、無秩序な差し入れが増えたため」というものがあります。この理由に、私は一定の説得力があると感じます。
私は「浅草」での「花束渡し」は「“神聖なる舞台”に直接介入する行為であり、軽い気持ちで臨むことは許されない」と考えてきました。ステージにふさわしい花束を選び、場内に持ち込む際には水を切り、包装袋の「ガサガサ音」が出ないようにあらかじめ準備し、ベッドが始まった時点で後方通路にスタンバイ、可能であれば「花束渡しを準備していること」をベッド中の舞姫に認識してもらい、立ち上がりの一礼で舞姫が顔を上げた瞬間に前盆際に到着するようタイミングを図って歩み寄り、花束を持ち替えなくても握手が出来るような方向でお渡しし、一言だけお声掛けしてさっと立ち去り、その際に後続のお客さんとの鉢合わせを避ける位置取りを考える…等々、細心の注意と極度の緊張の中、花束渡しに臨みました。何回経験しても、心臓が早鐘を打ち、手に汗握る時間でした。
もちろん、数々の失敗も経験しました。立ち上がりだと思ったらまだベッドの続きがあったり、タイミングを逸してお渡しが出来ないまま舞姫が引いてしまったり、移動盆で去る舞姫を花道サイド通路を追い掛けたりと、いま思い出しても赤面するようなしくじりを数多くやらかしました。しかしその失敗経験から学ぶことも少なくありませんでした。
しかし近年、こうした差し入れに臨む“心のハードル”が、いささか低くなっていたように感じていました。
例えば、舞台にふさわしいとはどうしても思えない「コンビニ袋に入れた差し入れ」が目立つようになりました。誰が言い出したか定かではありませんが、こうした光景は「買い物帰りの刑」と呼ばれました。コンビニ袋を手に花道を戻る後ろ姿が、近所のスーパーで買い物をした帰り道のように見えるからです。前盆で差し入れをするからには、その舞姫に思い入れがあってのことだと思います。その舞姫が渾身の演技を見せた戻りにコンビニ袋を手に戻る姿は、本当に美しいでしょうか。その舞姫に、そんな姿をさせたいのでしょうか。私にはどうしても理解出来ないのです。
さらに、前盆での一礼があるにも関わらず、それ以外のタイミングで差し入れを渡そうとする光景にも出会うようになりました。戻りの花道や移動盆は、それ自体が“一つの演目”と言っていい時間だと私は考えます。舞姫のみなさまは、前盆での一礼を終えたところから“戻りの演目”を演じ始めるのです。それを中断せざるを得ないタイミングで差し入れを渡そうとする行為は、ステージを破壊する行為と同義であるとすら言えます。甚だしきは「ちょっと戻って来い」と手招きをして呼び返す光景、これを見たときは我が眼を疑いました。
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こうした行為を目の当たりにした心ある観客の間から「舞姫のそんな姿は見たくない」「ステージを守って欲しい」という声が挙がるのも、宜なるかなと思います。ついには「舞台に観客が関与する行為はすべて禁止して欲しい」という声が聞かれるまでになりました。そして、そうした声をくみ取るかのように「浅草のステージでの差し入れ」が全面禁止になりました。
しかし私は、そうした意見に首肯しがたい思いを持っています。ストの舞台で「演者」と「観客」をそこまで「隔絶」した関係にして、本当にいいのでしょうか。
(「−後編−」に続く)
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