ぺぺを応援してくださっていた皆さま、
また慰めと励ましのメッセージをくださった皆さま、ありがとうございます。
そして、今日、仕事中のおじじ隊員からなぜかメール。
「どこか行くたびにペースケに花買ってやろう。」
ぺぺが元気だった半年間は、毎週のようにあちこち出かけていたものだった。
これからは、一緒に行くことができないから、せめておみやげに花でも買ってあげたいのだろう。
みんなに愛されて幸せだね、ぺーちゃんは。
ぺぺがわが家にやってきたのは、昨年の9月12日。
9月のはじめ、動物ふれあいセンターに9匹の犬たちが収容された。
その中にいたのが、ぺぺ。
60歳台の娘と85歳の母親の二人暮らしの家で、飼育されていたが、
娘が亡くなり、母親だけでは面倒も見られないということから、センターにやってきたのだ。
飼育とは名ばかりで、散歩も行かず、手もかけず、
9匹の中には、片目のチワワや、写真に写っている肥満のチワワ、そしてぺぺがいたのだ。
保護当時のぺぺたちは、洗ってもらったこともないのか、とても臭かったそうだ。
多分、餌だけを適当に与えていて、食の細いぺぺは他の犬たちに餌をとられていたのかもしれない。
ぺぺが普通でないことなんて、一目でわかるはずなのに、
飼い主は病院にも連れて行かず、(片目のチワワさえ治療されてない)、ほっておいたんだ。
(上の写真は、ぺぺがふれあいセンターから出されてすぐのもの。
鼻水がひどくて、何も食べなかったそうだ。)
ペット里親会のブログで、ぺぺたちの様子を知った隊長は、
なぜか、ぺぺのことが頭から離れなくなっていた。
あの子は里親会のシェルターでやっていけないだろう。
それまで、毎週のようにシェルターに通って、そこにいる50匹の犬の世話を手伝っていたので、
シェルターの様子は重々承知している。
住み込みのスタッフはいるけど、一匹につきっきりになれないから、
体の弱い子は、預かりさん宅など、もっと手がかけてもらえる場所で過ごすのだ。
里親会の代表のUさんに、
「あの小さいボステリの子、預かりさんがいなければ、うちで預かりましょうか?」
というメールをとっさに打ってしまった。
わが家で預かると聞いて、Uさんはすぐにぺぺをセンターから引き出した。
そして、シェルターで数日、他の預かりさん宅で数日過ごしたぺぺは、
9月12日にわが家にやってきたのだ。
写真は、里親会の会場にぺぺを迎えに行った隊長に抱かれるぺぺ。
名前はシェルターでぺぺとつけてもらったそうで、
不思議なんだけど、うちのパコと同じ、スペイン語の男の子の名前だったから、
これも何か縁があるのかなぁ、なんて思ったものだった。
ぺぺはシェルターでも預かりさん宅でも、ほとんど食べず、病院で点滴をしてもらったそうだ。
そのときは、単に風邪をこじらせて食欲がないのか、今まで十分に与えられてなかったから
栄養失調か、くらいに思っていたけど、ことはそんなに単純ではなかった。
これは、わが家に来た翌日のぺぺ。
実は、うちでぺぺを預かることについては、おじじ隊員が大反対していた。
それは、以前に隊長がペット里親会から預かったカニンヘンダックスの子で、大変な目にあったからだ。
ダックスの子は普通の元気な子がするように、食べ物を探して家中をくんくんしていると
うちの問題児パコが、それが気に食わないから、吠えまくり、隣から苦情がきてしまったのだ。
(ダックスの子はほどなくして里親さんが見つかったから一安心でしたけど)
でも、実際ぺぺがやってくると、ほとんど何も問題がなかった。
まず、ぺぺは食に対してほとんど関心がなかった。
(この偏食・小食で、本当に苦労したけど)
それに、ぺぺは本当に大人しい犬で、めったに吠えなかった。
初めのうちは、落ち着くだろうと思って、ケージに入れていたが、それが気に食わないらしく、
ウギャ、ウギャ、と怒って泣くので、ケージも使わずじまいだった。
普通の犬とはだいぶ違ったぺぺを、おじじ隊員は少し気に入ったようで、
「ペースケはおもしろいな。」 と言っていた。
先日、同じ動物病院に通っているHさん(教会も一緒)に、ぺぺのことをメールした。
すぐに、Hさんから返事がきた。
「ぺぺちゃんはNさん(隊長)ご家族に会うために生まれ、そしてしっかり出会ったと思います。
悲しまないでとは言えませんが、慰めが与えられますようにお祈りいたします。」
今、思うと、
ぺぺとは出会うべくして、出会ったんだね。
神様が私たちにぺぺを送ってくださったんだね、きっと。
次回は元気時代のぺぺをご紹介して、終わりにしたいと思います。