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今から20数年前、私の中学校は、福岡市の西区、しかも一番西の外れにある小学校が、
2校集まった学校だった、
今では珍しいが、男はみんな坊主(1年から3年みんな)だったので、
あの頃は、家にバリカンが有り、風呂場で毎週自分の髪を刈っていた。
学校の周りは、蓮根畑が囲んでいて、夏になると、蝉や、蛙の鳴き声で、
耳鳴りがするほど自然の声が、五月蝿い所で、授業を受けていた。
私の学校は、当時陸上部の成績がとても良く、中体連で、優勝なんかもしていた。
そんな中、私はと言うと、卓球部で、しかも、幽霊部員でした。
一年生の頃は、真面目に部活に行っていたんだけど、練習がとてもハードだったんです、
学校の回りの1周1.5kある外周を陸上部と一緒に、20周、腕立て伏せ、素振り、
2年生から、やっと台に向かって玉を打ち合ったりしていたが、
顧問の先生が、変わって、その先生と、反りが合わず、だんだん幽霊部員になっていった。
部活も行かずに何をしていたかと言うと、友人数人と、ザツノウ(学校指定のカバン)
に持ち歩いていた、パチンコで、鳥を狙ったり、田植え後の水田の中を飛びまわる
カエルなんかを射っていたり、肥後守、(最近見なくなったが、簡単にいうと、
昔からある、和式ナイフ)で、その辺の竹を切って銛を作って、川に行き、
フナや食用ガエル、時にはウナギを突いて遊んでいた。
自然の豊かな環境に住んでいたもんで、
昔から私の狩猟本能は衰えていないみたい。
夏休みになると、今津や、大原、二見ヶ浦なんかまで、チャリンコで泳ぎに行ったりしよった〜
そういえば、中学校の側にあった、ロバパン屋さん、もう無くなっとろーやー
一番悩みも無く、能天気な日々を送っていた時代です。
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