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「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」・・・・この類の本は、極端に分かれる。
まったく無視される場合と、専門家・権威者の言葉として、読者に鵜呑みにされる
場合である。この本の作者は、東大教養卒。名古屋大大学院教授。他多数の大学の教
授を経て、日本工学アカデミー理事。内閣府原子力安全委員。文部科学省審議委員・・等、専門家として世間に大いに影響力を与える本の典型だ。
だからこそ、真実として具体的な例を挙げながら、「専門家として顔が赤くなる
ほど恥ずかしい政府、業者、マスコミの環境問題に対する不誠実さを告発する」姿は
十分、信頼に値する(と思う・・判断できないので少し不安)。
読んだ結果
先ず、今までごみの分別を延々と続けてきた僕自身のモチベーションが消えた。ペット
ボトルやアルミ缶、新聞紙、燃えるごみ、燃えないごみの分別をして家の隅に積んである
あのゴミはどうするんだ〜!!しかも、来週は近所の小学校廃品回収だ。
ゴミを焼くとダイオキシンが出る、という名目で燃えるゴミは殆ど町に出していた。
生垣の剪定ゴミ、雑草、コピー用紙などの資料もだ。ついでに、醤油などの調味料、
人が来た時のビール瓶(缶は自前用)、付け届けで貰う酒瓶、他に色々な用途のビン類
は、月1回の回収日に律儀にまとめて出していた。これらは、全部、分別ししたものを
まとめて焼却か廃棄される。(専門業者に出すのだ。)分別に苦労し、回収日まで大事
に保管した意味がないじゃないか!
しかも、専門家に言わせれば、ダイオキシンなど、まったく害が無いのは専門家の
間では常識であった・・、など、僕等の目を曇らせた張本人は、新聞・TV等のマスコミ
ではないか!これは詐欺に近い!
「環境問題のためにリサイクル運動をする、あるいは、できる人は、声が大きいか、
体力があるか、時間に余裕がある人でなければならない・・」なんて、おかしいと
思う。現に、分別の日にち指定、場所指定、時間指定で、昔にくらべ、随分生活しに
くくなった気がする。しかも、戦争時代の隣組のように、人と違うことをする人(ゴミ
の収集日と違う日に出す人)を監視したり、告げ口したりする風潮は酷い!
分別しても、結局は一緒に焼却するなら、分けずにまとめて回収してくれればいい。
又、収集日を決めず、毎日、少しづつ定期的に回収してくれる方が、どれだけ町が
綺麗になることか・・。今は、この本の作者が言うように、ゴミの収集に限らず、
弱者に厳しい世界になっている。これは問題だ。
影響力を持つマスコミ、政府広報に、その責任を転嫁するのは易しい。しかし、その
報道・広報に付和雷同的に賛同(洗脳?)して、自分以外は皆偽善者と言わんばかりの
熱狂(環境問題に対する)をした責任は反省しなければならないと思う。
痛恨の誤解。地球が温暖化すれば北極の氷が解けて海面が上昇する・・等、アルキメ
デスの定理を想像すれば、あり得ないと何故僕等は分からなかったのか?
しかも、日本国民の殆どが信じたのだ・・あぁ・・
石油を基本とする生活は、その基本がなくなるときに、大きな被害をもたらす。その
一番最初の被害者は、社会的に弱い立場の人、老人・子供・貧乏人になる。しかも、
石油の枯渇が、自明の事実(埋蔵量で計算すると、新油田の発見と採掘見込みであと
20年が限度らしい)から、環境問題より、その来るべき時代のために、子孫のために
何をすべきか、を国民的に議論すべきなのだろう。
実は、結論は出ている。誰もしたがらないから言わないだけだ。活動を今よりずっと
少なくすることしかない。(例えば現状の1割にする。つまり9割減少する)飛行機に
乗らない。自動車は止める。主食は穀物を主体にする。そして、有り余るエネルギーを
過剰な労働で消化すること(戦前の生活)。少ない国土を少ない人口で精一杯動き回る
ことなのだ。これが出来なければ、小さな国土の日本は、自滅するしかない。
僕は、本気で、そう思っている。
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最近、年金問題で叩かれてばかりで、グロッキー気味ですが、一般人は専門家を当然にわかりやすく説明してくれる技量がある能力者と決めつけてきます。ならば、応えようとするのが僕らの心意気ではないでしょうか?分かり易い、自分が消化した言葉で対応したいと思います。頑張りましょう!ナンバ
2007/7/22(日) 午後 10:26