笑う社労士

ゆっくりと流れる普通の日が大切だと思う日々 (~_~;)

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1
 宇多田ヒカルの言葉(「私はどこにも所属していない孤独を常に感じていた。」)
を引き合いに、「孤独とは、所属する安心がないことではなく、あなた自身を本当
にあなたが理解していない不安により、あなたが感ずるものである。」という今朝
見た、東洋経済の一論評の言葉が、1日中、頭の中で交錯していた。

 (そうだよな〜)自分が日々の交友で、どんな風に変わっていくかを理解していな
いと、結局、本当に自分がしたいことは分からないよな〜、と。

 それ(本当の自分)が分からないから、昔の思い出を辿って、生まれた時の原型に
近い感覚を求めて、手探りしているのだと思ったのだ。

所属することで「集団の中にいる私」で安心していた時代から、「誰かと接続する
ことで生まれる私の中の私」と付き合うことへ。それは個々人がバラバラに生きる
世界ではなく、むしろたくさんの誰かと「新しく生まれた私同士がつながる」世界な
のだと思います。
 孤独を悪者にしても孤独は解消されません。「誰かに傍にいてほしい」「誰かに
理解してほしい」というように、自分の外側のアウトサイドコミュニティだけに依存
してしまうから、孤独というものを極度に恐れたり、嫌悪したりするのです。それは
孤独のせいではなく、「あなたの中のあなたが足りない」からです。』
(11月6日 東洋経済 論評より)

 何も、難しいことを定義するのでなく、本当の自分は、実は、人間世界のしがらみ
で変化する自分ではなく、求める交友の過程で自分が変化することを、素直に認め
ることではないのか、と思ったのだ。

 それを知っておけば、求めて、あるいは、求められて交際する人に対し、本当の自分
を信じて、安心して振舞うことができるのではないか?と思ったのだ。

 その安心が、不安の基である孤独を、自ら払拭する理由になると思ったのだ。
どんな人に対しても、変わらない思いが持てる自分とは、どんな自分だろうか?

 堂々巡りの1日だった。

※今日は、吉備路文化館で版画・銅版画の作品を楽しんだ。紅葉は今一つだったが
コスモスに縁どられた畑と、赤米の畑を、おもちゃのトミカのようなトラクターが耕して
いる景色がユーモラスで、楽しい良い1日となった。その後の仕事は、だるかったが・・。(T_T)

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事