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迫力のYB4走行シーンを紹介する。 次のwebアドレスをクリックする。 ↓ http://videos.streetfire.net/video/62150051-CA4E-4124-94FF-986300D57036.htm bimota YB8物語 上の巻き :世界最速のプロダクションバイクbimota YB4/6/8シリーズ:1回目作成中 この内容は、あくまでも私が経験したことをベースに書いていますが、 正しいと限りません。 そのため、クレームをつけないでください。 また、質問にもお答えできません。 YB6/8登場前夜/初のアルミフレームへのチャンレンジ 1970年代半ばから1980年のはじめまでのBimotaは、グランプリレースでの活躍によりクロームモリ ブデン鋼管を使用したパイプフレームの設計/製造技術では他のコンストラクターを圧していた。 そのことでイタリア・リミニの小さな工場だったbimotaとそれを可能にしたマッシモ・タンブルーニ の名前がグランプリレースとオートバイメーカーに知れ渡ってゆくことになる。 1980年は、グランプリ350ccクラスでbimota初のタイトルを獲得することでその頂点をきわめた。 また、bimotaが販売するプロダクション(ロード)モデルは、まず1977年にイタリア・ミラノモー ターショーで革新的なSB2が発表された。 それは、エンジンの下に燃料タンクを取り付けて、マフラーはエンジンの上を通すという奇抜な アイディアで観衆の度肝を抜いた。 また、前後に分割できるフレーム、コアキシャル・スイングアーム、スランテッドアングルジ メオリーのステアリングシステムなどなど、それまでの概念を覆す1台だった。 さすがに底面タンクは法規制をクリアすることができなかったため、一般的な上面タンクに戻され たが、シャーシ関係のアイディアはそのまま量産モデルに生かされた。 その後、KB1、SB3が次々と登場させて好評だった。 その後に登場した究極のトラスフレームモデルともいえる1982 KB2をデビューさせた。 しかし、あまりにもフレームの製造に手間がかかるKB2は、コストがかさむうえにKawasaki空冷 4気筒550ccエンジンを登載したミドルクラスのバイクから利益を上げることは難しかった。 その後、Honda、Suzuki、Kawasaki などの日本製フラッグシップモデルのパワーユニット(エンジン) を搭載できる共通フレームのHB2/3、SB4/5、KB3を順次デビューさせた。 しかし、bimota創業者の一人である主任技師のマッシモ・タンブルーニは、経営面を統括する社長の ジュゼッペ・モーリと「意見の相違により」bimotaを去ってしまった。 それは、1983年の2月または3月頃のことだった。 それはまことに残念なことだった。 その骨肉の別れがなければDucati916とMV Agusta F4というモーターサイクルの歴史を変革 した2台が生まれ出なかった。 1982/83年当時、アルミ素材をフレームに使用する研究がかなり進んでいたようだ。 1982年ピエール・ルイジ・マルコーニが学生のときにbimotaに持ち込んだハブ・センター・ ステアリングの論文を形にしたのが1983 Tesi1になった。それは、Honda VF400Fのエンジンを 搭載してハブ・センター・ステアリング機構とアルミハニカム構造のフレームをスイスのチバ ガイギーとの協力で完成させた。 リミニとサンマリノ近郊を徹底的に走らせて可能性を探ったようだ。 その後、1985年に登場したTesi2ではカーボン/アルミハニカムフレームで4輪の最先端技術である 4輪F1マシンのテクノロジーをモーターサイクルに流用するためのチャンレンだったといえる。 そして1986に量産を意識したアルミフレームのTesi3となったのだった。 そのかたわら、Yamaha FJ1100?空冷4気筒のエンジンを搭載したアルミフレームを試作してテスト しているようだ。 そのことは、bimota元社長のジュゼッペ・モーリが当時の状況を述懐している。 この試作車がbimotaアルミフレームモデルの源流に位置するプロトタイプと呼んでも差し支えない だろう。 そして1986年、YamahaFZ750(1気筒5Valve)のエンジンを搭載するYB4が試作された。 その当時主任技師を務めていたフェデリコ・マルティーニは、ことのほかFZ750のエンジンを気に 入っており、それまでにない水冷4気筒、5Vale、前傾(45度)エンジンにほれ込んでいた。 このジェネシス(創世記)と呼ばれていたエンジンこそがbimotaがこれから生み出すアルミフレーム モデルに相応しいと考えていたのだろう。 このジェネシスFZ750エンジンなくしてYB4EI/YB6は存在しなかった。 しかし、アルミフレームはbimotaにはまだその特性が把握できない部分が多かったのだろう。 そのため設計の指針/主眼は、バイクがクラッシュしたとき受けるダメージを最小にするため強固 につくること、またレース参戦を視野に入れていた。 それを実現するために航空機で使用される「アンティコダル100」という、 最上級のアルミ素材を採用した。 航空機の材料は軽量で金属疲労が少ない最上級の材料使用される。 それをモーターサイクルのフレームに採用するとは、 なんと贅沢なこと。 それをフェデリコ・マルティーニが設計/開発した図面を元に、 イタリアの熟練工がアルミツインスパーに仕上げた。 スイングアームピポット部は、「アルミ鍛造の1枚板」を工作機械で「削り出し切削加工」で 仕上がるという非常に手間のかかるパーツとして仕上げた。 芸術的ともいえる切削加工だ。 このピポットプレートとアルミツインスパーを職人芸ともいえる技で溶接する。 そしていつまでも美しく輝くアルマイト・メッキがかけられている。 その表面はXXの肌のようにスベスベしている。 また、エンジンのシリンダー・ヘッドと連結する部分は、アルミツインスパーの一部を削り落とし、 そこにアルミ鍛造のブラケット&エンジンハンガーをはめ込み溶接した。 そのハンガーとエンジンをボルト止めしている。このことで応力の分散がうまくいくようだ。フェデリコ・マルティーニ はこのブラケット&ハンガーを20回以上も作り直したほどこだわっているパーツだそうだ。 また、アルミツインスパーの前部はbox形状として中間に強固なサイドメンバーが渡されている。 ここまでこだわったハンドメードのアルミフレームは他に類をみないだろう。衝撃につよく耐久性 があり、しかも軽量でレースでの使用に耐える剛性を備えていた。 それは、製造性のためにフレーム設計を妥協しない。 また、高品質素材/パーツを丹念に加工して溶接することで狙い通りの性能を発揮させる。 量産車のアルミフレームとの差は少ないように見えても、その差はバイクを走らせると大きな違い を体感するものだ。 そういう作り方をしたフレームは、Motogpを走るグランプリマシンだけだろう。 ここにハンドメード・フレームの極地ともいえるBIMOTA初のアルミフレームが完成したのだった。 YBシリーズのbimotaはレッドバロンで買える。
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