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今日のこの一台 「bimota db1」 bimota db1オーナーさんとの出会いがあり、 取材させていただくことができた。 ありがとうございます。 bimota db1は、 1980年代半ばの日本のモーターサイクルシーンを揺るがした1台だ。 私はそう思うね。 いや、事実だろう。 コンパクトでフルカバードボディーのスタイリングは、 その後、多くの追従車を生み出したほどだ。 その生産台数の2/3以上は日本に輸入された言われている。 あの憧れのbimotaが200万前後で購入できて、 素晴らしいイタリアンテーストを集約した一台。 眺めてよし、乗ってよし、素晴らしいエキゾーストサウンド、.... そしてハンドメードバイクの世界を体感させてくれた。 パフォーマンス一辺倒の日本に「なんなる空冷Vツイン」 750ccエンジンを搭載するdb1が、 日本の4台メーカーとバイク乗りに衝撃を与えたわけだ。 しかし、その当時若者だったバイク乗りには、 それでも敷居が高かった。 しかし、それがいつまでもdb1への憧れを熟成させていたわけだ。 この黄色にリペイントされたdb1オーナーも、 そんな、お一人だ。 20年前の思いを数年前に遂げられてdb1を手に入れたそうだ。 お人柄の良さが、眠っていた1台を掘り起こしたともいえる。 名器、ストラディバリウス(バイオリン)は、 オーナーを選ぶそうだ。 bimota db1もKB1と同様にそんな一台と言っていいだろう。 そして、 おもいきって、 あの、「Yajima」でカラーリング、フルメンテナンス&カスタムを実施されたそうだ。 ヤジマでばらばらに分解されてdeb1は、 フレーム、スイングアーム、ホイール、 FRP外装は全てリペイントされた。 空気の抜けを良くするための加工も施された。 プラグのアクセスも簡単にできる。 そしてヤジマ製のエキゾースト・マフラーが装着された。 エンジンとキャブはストックのままだそうだ。 オーナーさんによると、 db1が生産されたとき、Ducatiから購入した空冷Vツインエンジンは、 組み直しているそうだ。 そうだったのか、 その当時、bimotaの主任技師だったフェデリコ・マルティーニは、 GPMレーシングを主催しており、 Ducati パンタレーサーでイタリア国内のTTF1レースで大活躍していた。 そのノウハウが投入されたのかな? オーナーさんは、Ducati 750F1と400F3(6速)に乗られてことがある そうなので、その素性の良さを体感することができたそうだ。 ちょっと、びっくりしたのが、 セルに直結できる電源コネクタだ。 これで外部電源でエンジン始動前にクランクを回して充分のオイルを行き渡らせることがでる。 その後のエンジン始動も楽に出来るのだそうだ。 バッテリが簡単に脱着できないための知恵とも言えるね。 えっと、 写真を撮らせていただき、 エンジンをかけていただければそれで満足と思っていたのだが、 オーナーさんから乗ってください。 とのお申し出があり、 突然DB1に乗れることになった。 いや、ほんとに嬉しかったです。 ありがとうございます。 まず、跨ってみるとシートが低いので 足つき性は抜群だ。 そして前後16インチタイヤを履いているので、 車高が低い。 そして発進させてみた。 スムーズに発進させることができた。 なんだか不思議な感覚だ。 これはdb2とはまったく違うdb1の世界だ。 ロッテ狭山工場裏のストレートを走らせていると、 小気味いいドカ空冷Vツインのエンジンとともに 確実なロードホイールディングを体感させてくれる。 そして前後ブレーキの効きとコントロールは抜群だ。 交差点で右にリーンさせてみると、 リアから曲がってくれる。 いやはや、最近のスーパースポーツと違う、 db1ならではの走りを体感させてもらった。 このままワインディングに走って行きたかったね。 この一台、 お金もかかかっているが、 それ以上にオーナーさんの情熱をひしひしと感じた一台だった。 えっと、 名栗のホームコースをDB2と走りましょう。 首を長くしてお待ちしております。 今回は、大切なdb1を試乗させていただき、 まことにありがとうございました。 ではでは// |
名車DB1を語る




自転車の収集が一段落したらイタリアンバイクで復帰したいと考える今日この頃です。やはりDB1へのあこがれは今でも忘れられないですね!MHRとともに憧れのマシンです!
[ コルセクアトロ ]
2016/4/19(火) 午後 6:59