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書庫RGガンマストーリー

リメンバーRGガンマ

 
 
 
 
 
 
  
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この峠は奥多摩周遊道路ではない。
1986年の夏、
東北ツーリングに出かけた先で、
たしか岩手県のとある峠/ワインディングロードだったと思う。

そこで、みなが走る姿を撮ろうということなった。
35mmフィルム・カメラだった。
デジカメとパソコンが一般家庭に普及する以前の
はるに昔のことだ。
使い捨てカメラ(写るんです)も登場していなかった。
それもいまはない。
フィルムとカメラ用の単3乾電池をたくさん用意して
いろんな絶景ポイントでバイクと仲間を撮影した。
その場で撮影内容を見ることはできないので、
現像してプリントしてみないとわからない。
それはそれで楽しみだった。
 
私は勝手がわからずにノロノロと走っていたのが幸いして、
ばっちりと写ったわけだ。
 
イメージ 2
 

下の写真は、これも1986年夏の東北ツーリング。
青森県十和田湖のキャンプ場から出発する前のヒトコマ。
前日の夕方、十和田湖が真っ赤に染まる夕暮れを目の当たりにして
大感動したものだ。
 
イメージ 3
 
 
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下の写真は1986年の初冬。
仲間と3人の箱根ツーリングから青梅に戻ってきたときの
ヒトコマだった。
悩まされていたブレーキの効きの悪さは、
オートバイタイヤ専門店「馬行」さんで付け替えてもらった
「SBSブレーキパッド」で解決した。

これ以降、1996年頃までガンマ400を走らせ続けた。
その間、5台?のガンマを売っては買うことを繰り返した。
もういいだろうと思うと、また走らせたくなることの繰り返し。
最後のガンマが手元に残った。
いまも秘密の地下格納庫で復活のときを待っている??

その間、カワサキZXR400→bimota YB7→ホンダNSR250SP(MC21)
などのオートバイを並行して走らせていた。
その後、いまも乗り続けているNSR(88)との縁が始まることになる。 
 
イメージ 5
 
 
ここからが本題になる。
最近忘れられない一台が再浮上した。
少し前にRGガンマのレーサーを特集した専門誌を購入した。
そこにスチールフレームのXR35(1981GP500チャピオン)、
はじめてのアルミフレームのXR40(1982 GP500チャンピオン)、
究極の軽量化を実現したXR40の開発記事を書かれてた。
 
この本の後半にRGガンマ(XR35、XR40)の開発ライダーだった、
河崎裕之さんのインタビュー記事があった。
私はフロントホイールを意のままに操れる
ハンドリングに優れたレーサー開発を行ってきた。
ヤマハに戻ってからもYZR−500(OW81)で同じことを
目指していた。両車とも印象に残るマシンとなった。

その話を読んで想い出したことがある、
RGガンマ400/500。
GP500レーサーRGガンマのフィロソフィーを受け継いだ
レーサーレプリカバイクだった。

このガンマ400は、
強烈なエキゾーストノートとパワーフィーリングが
印象的だったが、
もう一つハンドリングに優れたバイクだったことを想い出した。

ライダーを高い位置(分厚いシート)に座らせて、
タンクが短かったこともあり、
両手を伸ばすとハンドルまで近い。
その2つの特徴によりライディングの自由度が高かった。
また、そのスクエア4エンジンの重心は低い。
それを高い位置に座ったライダーがコトトロールすることで、
ほんのわずかのアクションでガンマは反応してくれた。

あるときのことだ。
そこは埼玉県飯能市と秩父市の境にある山の中、
顔振峠から刈場坂峠に抜ける山道だった。
かろうじて舗装されていた。
 
私はツーリングする3人のライダーの先頭をきっていた。
右に左にツイステーでアップダウンのきついコーナーを
駆け抜けていた。
最後に刈場坂峠から国道299に降りたところで休憩した。
いや、正丸トンネルの出口付近だったか?

そこでカワサキGPX750Rに乗る友人から、
こんなことを言われた。

ナンちゃんのRGガンマは、
良く曲がるね。
後ろから見ていたけど、
ほんのわずかしかバンクさせていないのにクルクルと良く曲がる。

正直驚いたよ。
 
えっ、そうだったの?
当時はそれが普通だと思っていた。

後から考えると、
そのフィーリングは、RGガンマ400特有なものだった
ことがわかった。

16インチフロントタイヤから、
くるくると良く曲がるバイクだった。
また、リアステアをはじめて体感させてくれたバイクでもある。
 
しかし、当時は低速トルクがないガンマのパワーフィーリングが
悩みのタネだった。
そのため空冷Lツインのドゥカティに憧れていた。
だが、いまは過剰な低速トルク(+エンブレ)があるバイクが嫌いになった。
ドゥカティのことではない。
いまなら当時の頃よりも楽しくガンマを奥多摩で走らせることができる
かもしれない。
 
RGガンマ400とはそういうバイクだった。
たしかに装着されているブレーキ、タイヤ、前後サスペンションなどの
パーツはけしてグレードが高いといえないものだった。

しかし、RGガンマ400のハンドリング/バランスは素晴らしいものだった。
このバランスの妙は、バイクが新しい、古いではないと思う。

クラシックバイクでも、
その装備がドラムブレーキ、リジットサスだったとしても、
バランスに優れたモーターサイクルは数多ある。
最新型が最上のモーターサイクルではないと思う。
 
ガンマ400はグランプリレースで磨かれた貴重な財産が盛り込まれた、
最後のひとしずくだったに違いない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それは1960年代のグランプリレーサー(1963 RZ63)を基とする
スクエア4エンジンレイアウトと伝統のダブルクレードルフレーム
それを長い期間をかけて磨きあげてきた。

ライバルはMV Agusta 、ヤマハYZR500だった。
グランプリはパワーだけで勝てるほど生易しい世界ではない。
優れたライダー、優れたハンドリング、パワー、タイヤなど
総合性能に優れていないと勝てる世界ではなない。 
 
その栄光の歴史を体現したのが、
ロードバイクRGガンマ400/500だったと思う。
まっ、スピードが高いととたんに手に汗握ることになる。
これも真実だった。

ガンマ400には、1885年から96年頃までの約10年間
乗りついできたが、
その理由はハンドリング/バランスの良さがあったからだと思う。

いや、馬が合った。
ガンマと私の呼吸がぴったり合っていた。
というべきか。
 
それとスクエア4エンジンから吐き出される、
刺激的なエキゾーストノートがあったからだ。

また、ガンマ400に乗りたくなってしまったね。
 
 
Ps,
私のガンマ400ではないが、
素晴らしいスクエア4エンジンサウンドを聞くことができる。
下記のアドレスをクリックする。
 
 
 
 
 
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