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やっぱりいいね!
ドゥカティ851ストラーダ
この一台とは奥多摩で出会った。 オーナーさんは、今年851を手に入れられて、 走行距離を延ばされたいる。 前後17インチホイール、 リアにホワイトパワーのショックユニットが取り付けられていた。
*ノーマルは前後16インチホイール
私が以前走らせていた851ことを覚えていらした。 ありがとうございます。 この851は、それまでの空冷Lツインデスモから 一大変革をもたらしたドゥカティだった。 クォンタムジャンプ。
いままでの次元を飛び越えて別の次元にいたること。 そういっても過言ではない。 はじめての水冷エンジン。 はじめてDOHC4バルブデスモ。 はじめての電子制御フューエルインジェクションの採用。 複雑なデスモ機構を4バルブエンジンにしたのは。 ドゥカティ・デスモ機構を開発したファビオ・タリオーニの愛弟子、 マッシモ・ボルデーだった。 最近まで、MV Agustaの技術部門を統括していた。 いま、次の夢を追求するため充電中だと思う。 もしかしたら、ドゥカティに復帰するかも? SCOOP: Massimo Bordi Out of MV Agusta - Cycle World
SCOOP: Massimo Bordi Out of MV Agusta Father of the four-valve Ducati Desmos of the mid-1980s is no longer with MV Agusta. June 21, 2013 By Bruno dePrato 1 Comment. Massimo Bordi headshot. No official announcement has been ... この851エンジンがもとになり、 その後の916、996が生み出された。 そしていまのMotoGPマシンデスモセデッチGP13まで 行きつくことになる。 デスモ空冷90度Lツインエンジンに搭載した Ducati 750SS/900SSは、 ドゥカティの歴史上かかすことのできない存在だが、 この851もそれに負けず劣らず、 革新的なエンジン/バイクだった。 私はそう思う。 この851ストラーダが登場したとき、 あこがれのイタリアンバイクだった。 当時235万円円のプライスだったと記憶している。 FZR1000やGSX−R11000が130万円ちょっと の価格だと記憶している。 それと比較するとかなり高価だった。 この851ストラーダの作りはきめ細かい。
アルミタンク、FRPカウリング/シートカウルを装着しており、 まるでハンドメードバイクのようだった。 そしてエンジン、1気筒2インジェクターの電子制御フューエルインジェクション を搭載していた。
そのエンジンは低回転から高回転まで淀みなく吹けあがる。 インジェクション特有のドン付きというものがなかった。 *その後の851SP2、SP3、SP3、SPSのみ2インジェクター ンを搭載していた。 エンジンを開発したマッシモ・ボルディーは、 初めてのインジェクションバイクのエンジンフィーリングに かなりこだわり抜いたことがわかる。 車載マレリのコンピュータは、通称P6と呼ばれる もので、当時としては最高のものだった。 8ビットコンピュータながら、 4本のインジェクター/燃料噴射をコントロールすることが可能だった。 bimotaYB4IEにも搭載されていた。 マレリコンピュータは当時のフェラーリF1にも搭載されていたので、 そのパフォーマンスの高さは群を抜いていた。 このマレリP6は、 その後パフォーマンスアップされたP7となって、 ドゥカティ996SPSまで使用された。 ランチャ・デルタインテグラーレも使用していた。 ドゥカティ851とは、 そういう特別なモーターサイクルだった。 今日のこの一台: Ducati 851 - アドリア海のフラノ - Yahoo!ブログ2010/09/28 - ナン
アラオカ・ケンさんは、 元カワサキ・ワークスライダーだった方ですよね。 たしか1970年代のはじめ頃、 カワサキHIRレーサー(空冷2サイクル3気筒/500cc)で単身ワールドGPに参戦していたグランプリラーダーだった人ですよね。 851 ... いまから25年前、
1988 WSBK第1戦ドイギリス・ドニントンパーク レース2で勝利した
マルコ・ルッキネリ/Ducati 851
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Ducati 851通信



