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モデル名 製造年 エンジン: ボアXストローク
75.5 X56ミリメートル 圧縮比:12.0:1 冷却方式:水冷 インダクション: *台数は不明だが、
Furano後期型(1993年?)は、
TDD製ECUを搭載している。
イグニッション/点火ユニット:
ヤマハFZR1000(3GM)用イグナーター
(マレリではExupの制御ができないため) エレクトリックセルスターター
マックストルク: トランスミッション:
フレーム:
セクションバー内のフレーム対角線上のツインビームは、
内部リブを持つアルミニウム製。
エンジン(シリンダ)は、ビームに溶接されたハンガー
プレートによって支持される。
ピポットプレートはアルミビレットか削り出されれて、
ツインビームと溶接される。
ハンドメードアルミツインスパーフレーム
スイングアームはアルミニウム製である
素材は航空機用防錆処理されたアンチコダル100
フロントサスペンション: プリロード、コンプレション(圧縮)およびリバウンド(伸び)
の両方を完全に調整可能(フルアジャスタブル)
プリロード、コンプレション(圧縮)およびリバウンド(伸び)
の両方を完全に調整可能(フルアジャスタブル)
4ピストンキャリパー
リアブレーキ: 2ピストンキャリパー
フロントタイヤ: リアタイヤ: 乾燥重量: 装備重量: 燃料容量: 消費平均: ブレーキ能力:
60kから0k/100kから0k:
12.9メートル/36.2メートル
42.3フィート/118.8フィート
最高速度:
276.9km/毎時172.1マイル
bimota YB8 Furanoとは?
軽く驚くほど速い。
1992年当時、Bimota YB8 Furano(フラノ)は 世界で最も速いプロダクション・スポーツバイクとして頂点に立ち、
そして、最も高価なモーターサイクルの1台だった。 *当時フラノはモーターサイクル界のフェラーリF40と 呼ばれていた。
フラノとは、Bimotaファクトリーがあるリミニに面した
「アドリア海を吹く風」にちなんで命名された。 イタリアのbimotaが設計したアルミツインスパー・シャシーと ヤマハFZR1000 Exup(3GM)の1002ccの4気筒エンジンを
組み合わせた。
当時1気筒5バルブという、 もとも進んだエンジンの1つだった。
ハイエンド・モーターサイクリングの究極の商品を提供するために、
フラノはちょうど152台だけハンドメードで生み出された。 TDD EUCを搭載した後期型が若干数存在する(1993年?)。
DB2SR、Tesi 1D ES/EF、SB7がTDD EUCだったので
Furanoで先行開発したのかも?
マレリP7は大きかった。TDDは小型で高性能(16ビットEU?)
だった。
FZR1000(Exup)は優れた素晴らしいスポーツバイクだった。 そのエンジンを使用することがすでに優れた出発点だった。 スタンダードのDOHC20バルブ・エンジンは寛大なミッドレンジのトルクを備えた145psを発揮した。
Bimotaはウエーバー・マレリ製ECUユニット(IAW-P7?) により制御される
フューエル・インジェクションシステムをこのエンジンに セット・アップした。
そして、カーボン巻きサイレンサーを備えた軽量な4イン1エキゾーストマフラーに取り替えられた。
それはFuranoのデザイン上のアクセントの1つとなっている。
その結果、当時としては驚くべく164bhp/10,500rpmのピークパワーを搾り出すにいたった。
*1992-XX号バイカーズステーション掲載のYB8 Furanoの特集で計測されたダイノマシンのテストでは、なんと149ps(後輪)のピークパワーを記録した。FuranoはストックのFZR1000 Exupエンジンが持つポテンシャルの全て引き出したといっていいだろう。
このYB8 Furano(水冷4気筒/1000ccエンジン)から搾り出されたマキシマムパワーは、およそ13年間を経た2004 YZF-R1(12500rpm/170ps)が登場するまで破られなかった。
Furanoに搭載されたフューエル・インジェクションがいかに最先端技術であり、量産スーパースポーツに搭載されるまで、コストとの兼ね合いもあり長い年月が必要だったわけだ。
現在は環境問題に対処するために当たり前の技術となった。 しかし、このFuranoのフューエルインジェクションはレーサーライクな性格なので日本の道路事情で乗るには注意が必要だ。
いわゆる市街地や渋滞は得意ではない。 フレームはツインスパーアルミ軽合金(航空機用アンチコダル100素材)から成るYB4、6、8、Dieciから続くBimotaアルミフレームが採用された。
その機械加工とハンドメードの溶接が美しくそして限りなく強 度が高い。
前後サスペンションは世界最高の性能を誇る、
スウェーデンのオーリーズ社製品が装着された。 オーリンズ倒立フロントフォークおよびシングル・リアショックの両方は、プリロード、コンプレション(圧縮)およびリバウンド(伸び)の両方を完全に調整可能だった。 他のパーツも同様にハイ・スペックだった。
Brembo製320mm鋳鉄フローティング・ディスク2枚とそれを絞めつける4ポットピストン・キャリパーを採用した。 前後ホイールは、Bimota自身がデザインした17インチのアイテムだった。
アルミ地のリムと赤に塗装された3本スポークが組み合わされた。 *そのデザインは、SB6/SB6R、YB11用のアンテラホイール に近い。Furannのホイールはリムとスポークがボルト止された2ピース 構造だったが、アンテラホイールは一体整形だった。 タイヤはソフトコンパウンドのミシュランラジアルだった。、
カーボンファイバー製のフェンダーを前後に装備した。 伝統的にBimotaの高級感は、特にボディーワークに明らかだった。 カーボンファイバーのパッチがワンピースのフェアリングおよびボディー中にあしらわれました。 すべてがカーボンファイバー素材のカウリング素材ではなかったが、
高級感を醸し出していたことは間違いない。 Bimotaは、大量生産されたモーターサイクリングでは不可能なファイバー製カウリングを採用し続けている。 それがBimotaゴールだった。
その製造プロセスはとても複雑だったが、
タンク・シート一体型ののボディユニット、アッパーからアンダーまで一体型のフロントフェアリング、そして前後フェンダーだけで構成されている。
また、前後フェンダー、エキゾーストマフラー、チェンジペダルのロットなどにもカーボンファイバー素材が使用された。
bimota最高級モデルとしてのクオリティーの高さを示すものだった。
燃料噴射のきびきびしたレスポンスが組み合わさせたフラノは、
畏敬の念を起こさせる加速を示した。 1速ギヤ約4000rpmでから、
右手首を軽く捻るとフロントホイールは空に向けて持ち上がり
即座に突進をはじめる。
このとき、フラノのタコメーターは、11500rpm?まで荒れ狂うように登りつめた。 このフラノに並ぶ加速力を示すモーターサイクルは他にはいないだろう(当時)。 それはストップウォッチの点滅の中で0-60mphから閃いた。
そして、クオーターマイルを11秒を下回るタイムで鋭いエキゾーストノートとともに駆け抜けた。 最高速度は予想されるようにスリリングに満ちていた。
正しいギヤリングおよびクリアなターマックの連続していれば、 170mph(272k)以上が可能になる。 南イタリアの高速周回テストコースのナルドで試された最高速アタックでは、285kのスピードが記録(おそらく平均速度)された
そうだ。
おそらく多少のインジェクション・セッティングとスプロケの調整が あったかもしれないが、今のリッタースポーツ4気筒と遜色ないといえるだろう。 当時それに並ぶスーパースポーツバイクは存在しなかった。 あえて探せば、 より排気量の大きなフラッグシップスポーツのKawasaki ZZR1100だけだろう。 さらに印象的なのは、フラノのハンドリングだった。
軽量なハンドメードアルミフレーム、絶妙に動く前後オーリンズサスペンション、最上のグリップを約束するミシュラン・ハイ・スポートラジアルタイヤ。 この3つが奏でるハーモニーが一体となって、 それまでにない、ウルトラ・レスポンス・フィールを体感させてくれる。 そしてフラノは超高速域でさえも、びくともしなかった。 ステアリングはクイックで正確。
バイクは、有名なブレンボ製キャリパーと鋳鉄ディスクで 瞬時に減速することがきる。 最小のブレーキングでコーナーの入口で ぴしりとタイヤを食い込ませることができる。 そして、アクセルオンと同時に図太いリア・タイヤにパワーが 叩きつけることができる。 日本のスーパー・スポーツもかなり進歩していた。 最高のパワーを出し優秀なハンドリングのホンダCBR900RRは、 大量生産された日本のライバルだ。 しかし、フラノは単に速いだけではない。
量産車では不可能なパーツを満載して美しく仕上げている。 しかも希少だ。 それで最高の価格を正当化した。 それは、世界で最も速いバイクを実現するため惜しげなく
ハイパフォーマンスなパーツで固められ、 ハンドメードで組み立てられた最高のスーパーバイクだった。 出典:
マック・McDiarmidによるスーパーバイク |
Bimotaモデルレビュー集



