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マッシモ・タンブリーニは、1枚のデザインスケッチを残した。それが後に名車の誉れ高いDB1になるのであったが、タンブリーニは自らが心血をそそいだbimotaを去ってまった。
それが彼にとっての偉大なマエストロの道のはじまりであり、bimotaにとっては悲劇の結末のはじまりだったのかもしれない?
1982年当時、M タンブリーニの日本製ハイパワーエンジンを搭載した車両作りを続けるべきとの主張に対してジュゼッペ・モーリ(モッリ)のDucati Vツインエンジンを搭載したCB1(DB1)でbimotaの経営を安定せせるべきとの意見がまっこうから衝突したことが原因と言われている。
それまでのbimotaプロダクションモデルは、日本製スーパーバイクを購入してそこからエンジンやパーツを活用する非常に効率の悪いマシン開発/製造だった。またM タンブリーニのデザインするシャーシは常に革新的なものだったのでそれを実現するとコストは天井しらずだった。それは売値に反映されるのだが、そんな高価なバイクはそんなに数がでない。また、その時点ではbimotaの名声を高めたGP250/350用シャーシの開発と販売も停止していた。bimotaは財政難にあえいでいたのだった。そこにカジバグループからDucatiVツインエンジンの単独供給の話が持ち上がりその選択を迫られていた。
その前にHB2/3、KB3、SB4の共通フレーム開発でコストを抑えようとしたG モーリの経営的観点からの命令がそもそもの発端だったとも、.... M タンブリーニは、この一連のシリーズを好まなかったとも言われている? だとすれば、エンジン変更が可能な共通フレームモデルは、M タンブリーニにすれば最大限の妥協だったのだろうか? しかし、ここで生み出されたクロームモリブテン鋼管とアルミの削りだしピポットプレートを組み合わせたシャーシは、現在のMV Agusta F4に受け継がれているのでいちがいに妥協ともいえない。

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エグリ特有のバックボーンフレームに当時の最新パーツが装着されて、今見ても色あせることがない未来的なフォルムのカウリングが装着されていた。たぶんCBXをハンドリングマシンに変貌させてエンジン性能を目いっぱい引き出すことが可能だったのだろう。
85年当時で380万で販売されていた。今なら500万を軽く越えているだろう。70年代〜80年代半ばまでは日本車のシャーシ性能はお粗末の一言だった。しかし、エンジン性能だけは他を圧していたので、オリジナルシャーシを補強したりサス、ブレーキ、ホイールなどの走りを引き立たせるパーツを組み込んでいた。しかし、一般的にはカスタムという概念はなく目立つカスタムを施すと違法改造車として取り締まりの対象にさえなっていた。
現在の状況とは隔絶した感がある。ヨーーロッパでは完成車のメーカーは限られていたが、日本性のエンジンやシャーシをスープアップしたコンストラクターが多数存在する。そのためのパーツや素材にもことかかない。歴史の重みが違うのだろう。そういう中にシャーシコンストラクターとして70年代からbimotaというイタリアの小さなメーカーが注目されるようになった。

SB1/SB2映像
マッシモタンブリーニがこだわった「コアキシャルスイングアーム」モデルだ。

・suzuki-bimota TR 500. vista al detalle.
(SuzukiのTR500エンジンを搭載したSB1とは、超レアな映像だ)
 Si no te emamoras.... Madre mia
 http://www.youtube.com/watch?v=jguYGm2zV_U

・1977 Bimota SB2 Warming Up(はじめて量産されたbimotaプロダクションモデル)
 http://www.youtube.com/watch?v=Tqf7TWD2hSs

レガシーbimtaを考える

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2006年7月3日のことだ。昭和61年(1986年)に発行されたエキゾチックモーターサイクルを特集したバイク雑誌を偶然にも見つけた。まだ、まだ知らないバイク雑誌があるのだなと、すぐに購入したことはいうまでもない。私の興味はもちろんbimotaなのだが、スイスのエグリなど数多くヨーロッパのシャーシビルダーが開発したマシンが紹介されていた。エグリターゲットはHondaのCBX6気筒エンジンを搭載したスペシャルマシンだ。雑誌で何度か目にしたが、たしかレイズというショップが輸入販売していたはずだ。

YB8−Evoについて

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YB8-Evoは1993/94に製造された。F マルティニ設計のYB4/6/8で採用されたアルミツインスパーシャーシモデルの有終の美を飾る末弟だ。その実像を探ってみよう。

迫力のYB4走行シーンを紹介します。
下をダブルクリックするとそのwebに飛びます。

http://videos.streetfire.net/video/62150051-CA4E-4124-94FF-986300D57036.htm

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bimotaの歴史 1973/74/75

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間違いや思い違いもあるかと思われますので誤りは修正します。

1973/74/75
1971 マッシモ・タンブリーニがMV Agusta 600のエンジンをオリジナルフレームに搭載してチェーン駆動に改造してレース出場した(写真7)。これはまったくの趣味の範疇だった。しかし、1972 CB750でレースに出場したタンブリーニは転倒して入院してしまった。これを心配した同僚のモーリはレース出場を諦めるよう説得する。しかし、タンブリーニはCB750のエンジンを搭載したオリジナルシャーシのマシンを作りはじめる。MV Agusta 600用オリジナルフレーム作成と本業の空調設備の配管溶接の経験がいかされたわけだ。そして生み出されたのがHB1(写真1,2,3)だ。
1973 HB1をイモラ200kレースに出場させようとしたが間に合わなかった(写真5)。しかしHB1のインパクトは高くパドックの話題をさらった。その後、雑誌にHB1販売の広告(写真6)を出したところスイスの愛好家がこのHB1を購入してレースで優勝する。これは商売になると判断したモーリの意見でバイク業界に参入するきっかけになり、ほどなくbimotaメカニカが設立された。それまでは空調設備の専門会社だったが、この仕事はしばらくの間は継続したらしい。この時点でバイクに興味のないビアンキはスピンアウトして別の空調設備の会社を興した。当時の日本車はエンジンだけが突出してハンドリングに対する考え方が曖昧だった。フレーム剛性が弱かったので、ハンドリングを云々するバイクではなかった。
そこに目をつけたモーリとそれをクロモリ多鋼管フレームにするタンブリーニとの二人三脚/コラボレーション/2頭政治の始まりだった。
bimotaはビアンキ、モーリ(モッリ?)、タンブリーニの頭文字を取って命名されたとされている。
1970年代はGP250/350のシャーシコンストラクターとして名声を高めていった。そのかたわらプロダクションモデルの製造・販売を手がけるようになった。
1975にはじめてミラノショーに出展した。
マグホイール、ステップ、外装、タンクなどのスペシャルパーツとそれを組んだZ1やレーサーYB1が展示された。bimotaは既存の日本製スーパーバイク用パーツサプライヤーとしても活動していた。このbimota製キットパーツを組んだ「カフェレーサーZ1/Z2」は日本にも多く存在する。詳しくはKawasaki 車を愛する同好の士のHPを検索されたい。

プロダクションモデル
・HB1はbimota初のプロダクションモデルを製造する
・HB1フレームキット9setを作る。

レースモデル
・1973   HB1フレーム搭載マシンがサーキットを走る
・1974   奇抜なカウルングのYB1がGPに登場。
・1974/75 YB1 TZ250/350用オリジナルフレームをプライベーターに供給
・1975 J チェコットがYB1でGP350のチャンピオンを獲得する
・1975 Wビラの要請でハーレー/アエルマッキワークス用フレーム開発?

-HB1について-
Tamburini watches racer Luigi Anelli, just before the first test of the HB1 on the circuit of Misano in the spring of 1973
1973年の春HB1をミサノサーキットで走らせた。

最初のプロダクションモデル(写真1,2,3)
Motore: Honda CB 750 4 Cil.
Telaio: Tubi acciaio
Anni: 1975/1976
Produzione: 10
伝説のマシンだ。
コンプリートマシンは1台でフレームキットが9台出荷されたようだ。
でも、ほんとに10台だけなのだろうか?
25台のオーダーを受けたとの話もある。
残念ながらHB1をこの目で見たことはない。
また、日本に現存するという記録も目にしたことがない。

-YB1について-(写真4)
Design / Engineering: Massimo Tamburini
Racing Years: 1974 - 1975
Championship: GP 250 / GP 350
Frames Built: 12
Engine: Yamaha TZ 250 / Yamaha TZ 350, twin cylinder, two stroke, water cooled
Chassis: Closed double cradle space frame made of chrome-molybdenum steel, Ceriani GP fork, alloy wheels
Yamaha TZ250/350のエンジンを搭載したはじめてのGPレーサーだ。
12台製造されたようだ。
bimotaが直接参戦するのではなく、多くのプライベートチームに販売された。
1975 J チェコットがYB1でGP350のチャンピオンを獲得したとの話があるが、
レースのリザルトを見ると1勝したでけなのだが?
その後YBシリーズはVerUpを繰り返してYB3まで継続される。YB3は1980にbimotaが直接ワークス
参戦してGP350クラスのチャンピオンを獲得する。

レースでの勝利
Grand Prix Victories - 250cc
Silvio Grassetti GP Austria 1974 YB1
Johnny Ceccotto GP Pesaro 1975 YB1
Otello Buscherini GP Mugello 1975 YB1

Grand Prix Victories - 350cc
Mario Lega GP Misano 1974 YB1
Johnny Cecotto GP France 1975 YB1
Otello Buscherini GP Czechoslovakia 1975 YB1
Johnny Cecotto GP Pesaro 1975 YB1

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