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書庫Tesi 1Dを語る

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履歴:内容追記 2007/01/03

2005年の暮れも押し迫った12/27にSB8-Rの売り物があるバイク量販店にあるとのことで、年明けの1/4に訪れた。しかし、残念ながら商談中でたぶん決まってしまうだろうとのことだった。
そこで、量販店の店長に「実はTesi1Dを探していたが、昨年の夏ごろに川越で偶然にも見つけたが、3日経って購入しようと再度訪れたろころ、神奈川方面の支店に旅立った」ということでチャンスを逸したしまったことを話た。
すると店長から上尾に1台寝かせてあるTesi1Dがあるとのことで、すぐにXXXXシステムで検索してもらったが、そのときは、まだ販売できる状態ではなかったようだ。
それから10日経った2006 1/14にいつもの量販店に立ち寄ったときに、上尾店で販売可能なTesi1Dが出てきており、これは最大のチャンスと感じて、その場で運んでもらうことをお願いした。それから1週間後の1/20に待望のTesi1Dが運ばれてきた。問題の多いメーター周りもスタック製に換装されており、すぐにエンジンもかかったので非常に状態のよい1台であると思われた。
このTesiに決めるしかないだろうと思い購入を決断した。
Tesi1Dを所有することは長年の夢だったので非常に嬉しかった。

今回の写真
1990-92 ワールドスーパーバイクやナショナルレースに挑戦したTesi1Dレーサー
Design / Engineering: Pier Luigi Marconi
Racing Years: 1990 -1992
Championship: World Superbike / Italian Superbike / Italian Sport Production
Frames Built: - / -
Engine: Ducati 888, bore x stroke modified to 95 x 68 mm, maximum output
132 hp at 10,500 rpm.
Chassis: Bimota Tesi 1D. Initially Marzochi shocks, from 1992 Ohlins shocks.

Tesi 1Dを探しはじめる

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履歴:内容追記 2007/01/03
Vyrusの原点ともいえるTesiがほしいとの思いにかられはじたのである。ある日、軽い気持ちインターネットバイク売り買いサイトで検索してみると、近畿地方のあるショップがTesi851を2台とTesi 400Jの1台を売りに出していた。
さっそくそのショップに連絡を取り、車両の状態や販売価格を問い合わせてみた。
やはりといべきか、Tesi851の1台はサーキット走行に使っているそうだが、トラブルが多いと言われているデジタルメーターの不具合があるようだった。ライトを付けるとメータが機能しないというトラブルを抱えていた。もう1台のTesi851は不動車といことで、動かすまでには追加予算が必要とのことであった。
それからの出来事 

■ 大型量販店の川越店でTESI 1D 851を発見!2005-08頃
  しかし、数日しか経っていないのに神奈川のどこかの支店に運ばれてツバを付けられました。
  川越にはSB7を見にでかけたのだが偶然にもTESI ID 851を発見、15年ぶりに見ることが
 できた。隅々まで見回してみた。問題の多いbimotaオリジナルのデジタルメーターは、
  スタック製に変えられていた。
  これは買うしかいないと、数日経って訪れたが旅立った後だった。
  Tesiは稼動実績があり、程度がよければすぐに決めないと買えないバイクだということだ。

■ 東北のTesi 1Dを見つける 2005-09頃
・岩手県のXXXXXというショップが在庫している
・走行距離は700kでデジタルメーターも動作する
・しかしメンテができるのか?
・陸送は可能
 でも、まともに動くのか?
 その後のメンテはどうする?
 
■ 三郷のXXXXレーシングXXXXさんと連絡を取る 2005-09頃
・Tesiのメンテを引き受けてくれるかを問い合わせた?
 OKだそうだ。ハブの左右に装着されたホイールベアリングの寿命は短いよとのことだった。
 あんなにでかいベアリングの玉がゴロゴロ回るだから、200kを超える高速走行を連続さ
 せると持たないよ。連続走行の限界はせいぜい150kまでだねとのことだった。
 Vyresuのベアリングはどうなんだろう?
 Tesiをツクバで走らせていた別の人の意見では、いや以外と持つよ。船舶用の耐久性のある
 ベアリングなんかもあるから、それならならもっと耐久性があるかも?との話だった。

今回の写真
フロントサスペンションとステアリング機能が見事なまでに分離されていることがわかる写真だ。
セッティングが決まったTesiはとてつもないコーナリングパフォーマンスを示した!

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履歴:内容と写真を追記 2007/01/03
   内容と写真を追記 2007/01/04
夢のbimota購入が一段落したところで、「Tesi」というサインが頭の中で浮かんでは消え始めた。それはbimotaの最高傑作の1台として誉れ高いモーターサイクルであった。発表された1990年当時、あまりにも先進の機能である「ハブステアリング」がその完成度と一般ユーザーへの認知という点では程遠く、残念ながら広く普及するまでには至らなかった。
当事のbimotaは独自のシャーシに日本製ハイパワー4気筒エンジンやDucatiのVツインエンジンを搭載したスペシャルカスタムバイクを少数製造するカスタムビルダーだった。その状況からより大きなバイクメーカーに脱却しようと躍起になっていた。
そういう状況化でTesiの不評は一気に経営を圧迫した。Tesiの開発には最初のプロトタイプから7年もの期間を要しており、また、販売前のイタリア国内レース参戦、それに続くWSBレース参戦などでかなりの資金が投入されている。その結果を世に問う製品として期待をかけて登場させたのだが、それが思うように販売に結びつかず、トータルの生産台数は期待を下回る結果しか出せなかった。この結果は販売価格にあるのかもしれない。日本での販売価格は851エンジン搭載モデルで460万、Ducati Pasoのクランクシャフトを流用した906ccのカスタムエンジン搭載モデルで498万と非常に高価格だった。フルカバードカウリングのスタイルにも賛否両論があった。また、肝心のハンドリングについてハブステアのバイクをどうやって走らせていいかが手探り状態だった。サスセッティングが低速でサスが動かないリジットな特性も影響していた。また、
最大のセールスを期待していた日本市場での不評も大きく響いた。その当時のバイク雑誌は、日本のバイク乗りは以外と保守的なので、もっとTesiに注目してほしいといった記事を見つけることができる。しかし、高価格であっても購入を決断させる魅力にかけていたのだろう。
今となっては結果論でしかないが、Ducati空冷ツインやモトグイッチVツインエンジンを搭載した安価なモデルをラインナップしていれば状況は変わっていたかもしれない。
また、YAHAHAのTDM/TRXエンジンを搭載したモデルでもよかっただろう。これらのプランに関しては、当時のバイク誌で噂されていたのでおそらく検討されていたと思われる。もし可能だったらFZR750エンジンを搭載したプロトタイプの市販化はできなかったのだろうか? しかし、Ducati851エンジンを搭載したモデルを販売することを前提に最終的な開発を行っていたので、それは可能な状況ではなかったのだろう。また、Ducati851のエンジンが選ばれたには、クランクケースの強度が高くエンジンそのものをストレスメンバーとして使用
できるからだ。Ducatiは古くからスイングアームをクランクケースにじか付けするピポットレスフレームを頑なに守ってきた。FZRエンジンでは、おそらくエンジン強度を確保できなかったのだろう。それと
Tesiの操舵系がスルムなエンジンでないと機能が複雑になることも
あっただろう。
その後、Suzuki GSX-R1100ccエンジンを搭載したSB6が1000台を超えるbimota最大のセールスで息を吹き返したが、その後に続くbimotaオリジナルの2サイクル500CCを搭載したV Dueの失敗があり、ほとんどの車体を回収する騒ぎが致命傷となり、ついには2000年に入り倒産するに至った。その時点では、ビアンキ・モーリ・タンブルーニらの創業メンバーはすでべbimotaから去っていた。もし、V Dueの生産/品質管理に成功していたならば、bimotaをより大きなバイクメーカーに脱皮させていたに違いなかったと言う人もいる。しかし、時代の要請は2サイクルから4サイクルに移っており、もはや2サイクルは50ccや125ccなどの小排気量でしか生き残ることができなかった。もし、ロータックス、Ducati、フェラーリなどのエンジン供給が可能なメーカーとの提携をより積極的に進めていたならば、今とは違ったbimotaが量産メーカーとして存在していたかもしれないと思うのは私だけであろうか?
しかし、かつてのbimotaの名声を懐かしく思い、復活することを願うイタリアの裕福な資産家によって、2003年から「bimotaはかつてのようなエキゾチックなスペシャルカスタムバイクを製造するメーカー」として復活を果たしている。
そのためTesiの名前は、幻の1台として一部の熱狂的なマニアに記憶されているに過ぎない。近年、Tesiの開発スタッフの一人だったA ロドリゴがハブステアリングを長い期間かけて熟成させて、Vyrusの名前で再登場させている。

Tesiの生産年度/生産数

TESI 1/D (写真1枚目)
Motore: Ducati 851 2 Cil. iniezione
Telaio: Piastre alluminio
Anni: 1990/1991
Produzione: 127
・スタンダードのDucati851エンジンとインジェクションシステムを搭載するが、
 エンジンマネージメント(ROMセッティング)はbimotaオリジナルと言われている。
・ハブベアリングの締め付とステアリングロットの調整が適正でないと
 まっすぐ走らない。低速でよろよろする。
・前後マルゾッキサスが出荷時のセッティングではリジット。
 そのままでは市街地走行は難しいのでサスセッティングを繰り返す必要がある。
 私のTesiはなんとかOKになった。

TESI 1/D SR(写真2枚目)
Motore: Ducati 904 2 Cil. iniezione
Telaio: Piastre alluminio
Anni: 1991/1992
Produzione: 164
Ducati Pasoのクランクシャフトを流用したbimotaチューンの906cc
エンジン。このエンジンと車体をベースにしてレーサーでワールドスーパー
バイクに参戦した。
オーリンズサスを装着してレバー比を変えたS-Kit装着モデルもリリースされた。

TESI 1/D ES(写真3枚目)
Motore: Ducati 904 2 Cil. iniezione
Telaio: Piastre alluminio
Anni: 1993
Produzione: 50
最終モデルとしてリリースされた。
スタイリングを一新したS-Kit装着モデル。

TESI 1/D EF(写真4枚目)
Motore: Ducati 904 2 Cil. iniezione
Telaio: Piastre alluminio
Anni: 1994
Produzione: 25
ESの追加オーダーを受けて製造された最後のモデル。
ブラックのカラーリング。
日本には2〜3台だけと言われている。
Tesi愛好家の一人が所有している。

歴代Tesiプロトタイプ

1983-1989
83  Tes1:ハイドロハブステア+VF400エンジン搭載
*M タンブルリーニは、Tesiに関するアイディアを残してtebimotaを去ったと証言している。
 Tesiの源流にはタンブルーニの血が流れていることは間違いない!
 82/83にタンブリーニ/マルティニ/マルコーニの歴代技師が唯一交差した、稀有の2年
 だった。そういう状況の中Tesiは生まれてきたといって良い。
84  Tesi2:ハイドロハブステア+RS750(V4)エンジン搭載+カーボン/アルミハニカムシャーシ
   *鈴鹿8Hにエントリーするもレースは走らず
86  Tesi3:ハイドロハブステア++RS750エンジン搭載+アルミプレートと丸パイプシャーシ?
89   Tesi4:メカニカルハブステア+YB4EIRエンジン搭載(FZR750+インジェクションエンジン搭載)
   このメカニカルハブステアがTesi 1Dのハブステアに発展した。
92? Tesi 1G:メカニカルハブステアとモトグッチのエンジンを組み合わせた廉価版Tesiが企画
   されていたようだ。プロトタイプが作られたかは不明。
93 Tesi500:メカニカルハブステアにbimotaオリジナル気筒内直噴インジェクション2サイクル
   エンジンを搭載したGP500レーサー。V Dueの母体になったマシンだ。(写真5枚目)

その後、Tesiの開発は中断されてしまった。
1993にbimotaメカニカは創立20周年を迎えた。全世界からビモタティストがリミニの結集して
2日間にわたりミサノサーキットでお祝いした。しかし、その年にベルガルダ?の資本提携を受けいれ
てジュゼッペ・モーリは顧問に退いた。その代わりに社長に就任したのはW マルティニ
という人物でSB6やYB11などのヒットメーカーになる。
まずは経営を安定させることが優先されてTESI PJはお蔵入りしたのか?
Tesi500の開発も中断して、その気筒内直噴2サイクルエンジンだけを流用したコンベンショナルな
前後サスペンションを持つV Dueの開発に注力した。
そのV Dueは1996ミラノーショーにデビューして翌年から生産が始まった。
しかし、これが悲劇の始まりだったとは、なんたる皮肉だったのだろう?

Tesi1Dによるレース参戦

1990
イタリア国内選手権に出場してマシンの熟成を進める。
ミザノサーキットのレースでPPを獲得するもレースではフロントフェンダー
破損の不運に見舞われた。マシンの熟成も進み競合スーパーバイクマシンと
戦えるポテンシャルに仕上がったようだ。

1991
いよいよワールドスーパーバイク選手権に挑戦した。
しかし、第1戦の予選でレースライダーが腰の骨を折るなどで出鼻をくじかれた。
代役を立てて参戦を続けたが、ハブステアマシンになれてないライダーに
結果を求めることは無理であった。後半戦はレース参戦をキャンセルした。
Tesiによるのワールドスーパーバイク参戦はここまだった。
Tesiの可能性は証明されないままあっけない幕引きだった。
しかし、ナショナルレースレベルでは、デイトナ200の
サポートレースの1つであるツインクラスでアランカスカートが優勝した。
また、日本においても何台かのTesi1Dがクラブマンレースに参戦して注目を浴びた。

1993
bimotaオリジナル気筒内直噴インジェクション2サイクルエンジンを搭載したTesi500でGP500参戦を
目指していた。イタリア国内選手権にプロトタイプ枠で出走した。第3戦のミサノサーキットで
表彰台に上がる。これで手ごたえをつかんだようだがGP500には出走していない。(写真5枚目)

2003 Vyresu
Tesiの開発スタッフの一人だったA ロドリゴがVyresuの名前で
Ducati 空冷Vツインエンジンを搭載したハブステアマシンで
オランダのナショナルレース?に参戦して圧勝した。
999Rを下しての勝利なので多いに注目された。
それが契機になってロードモデルの販売を開始する。
bimotaにも同仕様のマシンを供給している。

Tesiの「ハブセンターステアリング」のテクノロジーは脈々と受け継がれている!

Tesi 1Dについて

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アンチコベンショナルなフロントサスペンション機構であるハブセンターステアリングをロードバイクに持ち込んだ、bimota Tesi 1Dについて考える。まずは出会いから、.....

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