1986年夏の東北ツーリングの後、
初冬の箱根に友人3人とツーリングに出掛けた帰りだったか?
たしかフロントブレーキのパッドをSBSと交換してブレーキングが
楽になったことを覚えている。
ノーマルパッドは初期制動がよろしくありませんでした。
1987年頃、先輩と奥多摩に出掛けたときのショットだ。
GSX-R750とガンマ400の2台で出掛けた。
R750が巨大に見える。
いや、ガンマが小さいというべきか?
先輩にガンマ400に乗ってもらったのだが、
こちらのほうが乗りやすいよ!
軽いし良く曲がる。
と感想を述べられていた。
昨日のことのように覚えているのだが、
すでに24年も前のことになる。
ガンマ400/500のことについて、
その印象を記憶のかなたから掘り起こしてみたいと思う。
そして復活に向けた序章としたい。
そのガンマ400だが、
1986年にはじめて中古で購入して以来、
売ったり買ったりと4台を経験した。
そのファーストガンマ400で東北ツーリングにも出掛けた。
ところが、
臭い、煙い、2ストオイルが飛んでくる。
と仲間から苦情が殺到したことはいうまでもない。
わたしもまったく乗れていなかった。
また、燃費の悪さに驚愕したものだ。
その後、4ストに乗り換えてくれ、
一番最後を走れと言われたものだ。
結局、会社の仲間とツーリングに出掛ける回数は激減した。
それ以来いつもソロ。
そしていまでもバイクに乗っているのは私だけになってしまった。
しかし、いまもWWカラーのガンマが手元にある。
いずれ復活させたい。
ここ最近、ガンマ500を譲ってほしいとの申し出がたくさんある。
最近人気が上がっているからなのか?
以前はこんなことはなかった。
そのお申し出に水を差すようで申し訳ないが、
ごめんね、売りません。
いまは不動でも、心のよりどころなんです。
ガンマ400のほうならまだ売り物があるので、
グーバイクで検索
バイクブロスで検索
レッドバロンさんにも在庫がある。
そこで探して購入されたら?
と申し上げている。
ガンマ400を走らせた経験を申しあげると、
こっちらのほうがエキサイティングだと思う。
10,000rpm以上まで瞬時に回すことがで、
その強烈な加速に痺れたものだ。
当時、加速勝負で唯一負けたのは、
初期型GSX-R1100だけだった(若かったね、....)。
スタートでは私のガンマ400が先行した。
しめしめ、また勝ったよ!
と気を抜いた隙にスルスルルと追い抜かれてしまった。
あ〜っ、
そこからの再加速は無理。
すこし先は車がつまっている。
やはり、0−400mmを10秒台、
130psのハイパワーは伊達てではない。
と完敗を認めた。
でも、ガンマ500だったら、......
そしてGP500レーサーを彷彿とさせるエキゾーストノート。
このガンマ400は、
パワーと車体に対してノーマルタイヤとのバランスが取れていたと思う。
これに太いタイヤを履かせたらそのベストバランスが崩れて
しまうだろう。
実際に太いタイヤ(F:120、R1:40)を履かせていた。
そして、国内仕様のガンマ500は、
まったくもって「トルクフル」な性格だ。
わたしの500もそうだった。
低回転でアクセルを少し開けるだけで前に進む従順バイクだった。
高回転まで吹け上がる本来のピーキーな性格は、
吸気と排気を絞って封印されている。
500なら輸出仕様のフルパワーのほうだろうと思っていた。
かつて入間市に存在したバイク屋さんから話を聞く機会があったが、
発進では半クラを長くつかわないとスムーズな加速できない。
その分、高回転でのパワーは凄まじいものがあるとのことだった。
ドイツ・アウトバーンでの高速巡航に合わせて前後のスプロケが
ハイギアードな設定だったのかもしれない???
わたしにも買うチャンスがあった(上記カタログの500)。
しかし、とっても高価だったので断念したんだった。
輸出仕様のガンマ500については、
いまにいたるまで一度も実物を見たことがない。
昔々、雑誌で売り物を見ただけだ。
ご縁がありませんでした。
そこで本来の路線に立ち戻った。
やっぱりWWカラーのガンマ500のほうががいい。
ということで、
私は1992年頃だったか?
Uバイクという中古車雑誌でガンマ500WWを見つけた。
埼玉県入間市の繁華街の中にあるバイク屋だった。
いまはLAOXが建っている。
そのショップは常に数台のガンマ400と500を在庫していた。
そして、無理を承知でガンマ500WWを購入した。
憧れの1台をゲット出来て天にも登る気分だったことを覚えている。
やっぱり、ご縁だったね。
そしてフルパワー化する手段を考えていたのだった。
パーツリストや海外版のメンテナンスマニュアルをゲットした。
パワーに負けない強化クラッチ、点火強化、
オーリンズリアサス、WPプログレッシブフォークスプリング、
前後ホイール換装、リアサスリンクkit、etc。
などだいたいわかってきた。
しかし、いまはノーマルでいいと思っている。
それで各部の動きを良くしてやればいい。
パワーよりも延命させることが最優先と思う。
ガンマ400を走らせた印象だが、
非常にバランスの取れたオートバイだったと記憶している。
ダブルクレドール形式のアルミフレームに2サイクル4気筒
エンジンを搭載していたが、
まず、第一に軽量なこと。
当時のカタログスペックによると
乾燥重量156kg(フルカウリングモデル)。
そして良く効くブレーキ(社外のSBSパッド交換の後)
ちょっとしたアクションに反応するハンドリング。
なによりもその強烈な2サイクル4気筒エンジン。
そのすべてが私のスポーツマインドを満たしてくれた。
その理由を解析してみよう。
昔はわからなかったが、
いまはわかるような気がする。
まず、2サイクル4気筒スクエア4エンジンは、
4ストのような重く複雑なシリンダーヘッドがないので、
そのことで重心が低くエンジン自体が軽量に仕上がっている。
そのエンジンがシャーシの真ん中にギュッと凝縮されている。
また、シャーシはノートンフェザーヘッドフレームを起源?
とするダブルクレードルフレームをスズキ流にアレンジして、
それをアルミフレーム化したものだ。
とくにRGガンマ400・500は、
ステアリングヘッドが強固なbox形状として剛性を上げている。
そして、ガンマ400は、
厚手のシートを装着することにより、
ライダーは比較的高いシートポジションに座る。
そしてクイックなハンドリングを可能にするフロント16インチタイヤ。
そのエンジン搭載位置、フレームレイアウト、シートポジション、
16インチタイヤ、etcなどの絶妙なバランスが、
ライダーの微妙なアクションに反応するグッドなハンドリングを
可能にしているとると思える。
また、エンジン搭載位置が低いので直進安定性は申し分ない。
そしてガンマ特有の4本のチャンバーが伸びた先にサイレンサーを
置くことにより、その重みが遠心力となってコーナリング中のリアタイヤに
加重/グリップを与えているように思える?
2スト250では味わえない感覚だったね。
それはDucati 916と似ているかもしれない。
あるとき一緒にツーリング(顔振峠だったか?)に出掛けた友人が、
煙いので少し離れた場所からガンマのハンドリングを観察してびっくり
していた。
なぜ、あまりバンクさせていないのにクイックに曲がれるの?
不思議な感じだったよ。
えっ、ほんと?
そのことがいまも想い出される。
RGガンマ400/500がべストバランスバイクと感じる所以は、
こんなフィーリングからきている
そもそもは、ワールドグランプリに参戦したレーサースズキRGB500
とRGγ500のエンジンレイアウト、シャーシ構成、各部のディメンジョン
をそっくりと写し取って開発されたのがRGガンマ400と500だった。
そんなGPレーサーようなオートバイは、
それまでになかったといっていいだろう。
そしてエンジンとフレームを改造されたRGガンマは、
全日本ロードレース選手権や鈴鹿8耐などの
ビッグレースに参戦(TTF1クラス)していた。
スガヤ、ケンツなどのコンストラクターだったね。
話は変わるが、
1978年のマン島TTレースに
マイク・ヘイルウッド/Ducati900SSが勝利したことは
みなさんご存知なこと。
しかし、その翌年のことだ。
完璧なリーンウイズ走法。
膝は出さない。
あまり知られていないことだが、
マイク・ヘイルウッドは、
セニアTT(GP500クラス)に出場して勝利している。
そのマシンはスズキRGB500。
ガンマ400/500のご先祖様だった。
それは、ヘイルウッドのライディングに応えるバランスの良いバイク
だったからだろう。
天才と言われているライダーでも筆(スズキRGB500)を選ぶ。
ガンマ400/500は、
グランプリGP500での数々の勝利とともに
その歴史をも体言しているロードバイクだった。
1978、1979マン島TTレース、TTf1クラス、セニアTTクラス映像。
1985年全日本ロードレース選手権筑波でトップを快走する
島田進選手/スガヤ・ガンマ400
ロードバイクのガンマ400・500をベースにして、
スクエア4エンジンをハイチューンしてレーシングチャンバーを装着する。
フレームとスイングアームに補強を入れる。
フロントフォークと前後ホイールを交換する、etc。
トップを狙えるレーサーに仕立てることが可能だった。
筑波などのテクニカルサーキットでは、
ヨシムラ、モリワキ、ホンダファクトリーなどを敵に回して、
全日本ロードレース選手権TTF1クラスで上位を走る。
いや、凄いことだったよ。
1985全日本ロードレース選手権GP500クラス。
レーサーRGγ500が出場していた。
翌年の1986年まで東海の暴れん坊の異名を持つ水谷勝選手が
走らせていた。
それは、1976年、名手バリー・シーンによりワールドグランプリGP500チャンピオンを獲得してから、
10年もの長い間熟成されたダブルクレードルフレームと2ストスクエア4エンジン搭載のRGB、RGγ500だった。
その後、1987年にV型エンジンとアルミツインスパーフレームが開発されて
RGVγ500としてグランプリに復帰した。
1988年、ケビン・シュワンツ/RGVγ500という超新星の出現でグランプリに旋風を巻き起こすことになる。
水谷RGガンマ Vs平YZR