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bimota YB7物語Vol. 01
― bimota YB7(La Piccolina)物語 ―
bimotaは、YB7のことをLa Piccolinaと呼んでいた。
bimota YBシリーズの日本輸入元であるカロッチェリアからYB6/8シリーズに続いて
Yamaha FZR400のエンジンを搭載したモデルの開発/製造が依頼された。
それが、YB7 La Piccolinaだ。当時、大型自動二輪免許の取得が難しい日本では、
400ccマシンの需要が見込まれるため200台を超える台数がイタリアから輸入され
た。なお、その前に輸入されていたDucati400F3のエンジンを搭載したDB1j(60台)
は瞬く間に売り切れてしまっていた。その内容はという単なるYBシリーズの廉価版
モデルではなくFZR400エンジン用にアンダーループを持つツインスパーと削り出し
ピポットプレートのアルミフレームが新作された。フレームの素材はYB6/8と同様に
航空機用のアンティコダル100が採用された。
つまり、本気のbimotaモデルだったわけだ。
このYB7の後に開発されたYB9ベラリアとYB9SR/Sriは、YB7用に開発されたアルミフ
レームにFZR600のエンジンを搭載したモデルとして販売された。また、YB9シリーズは、
イタリア国内や欧米各国で開催されていたItalian Supersport / Italian Sport Production /
European Supersport / World Supersport / Thunderbikeで大活躍した。その戦闘力は1997年
頃まで発揮された。
それほど素性のいいフレームだったわけだ。
そもそも主に日本向けのYB7用として開発されたのがきっかけだった。
La Piccolina:少女?
小さな車両?
■未明のアタック
それは1991年秋の少し肌寒い早朝だった。
bimota YB7を購入してからそろそろ1年が経過しようとしていた。
最近、やっと「自分のものになってきた」と実感できるとようになっていた。
そして前々から考えていたプランを実行に移す日がついにやってきた。
私はまだ薄暗い早朝に目を覚ましたが、昨日の晩から緊張のために良く眠れなかった。
さっと起き上がり皮つなぎをハンガーから下ろして身につけた。
この皮ツナギは、YB7に乗るためにはじめて買ったものだ。
ライディングブーツを履いてアパートの階段を下りていった。
そしてbimota YB7のシートカバーを取り外した。
すでに前日にタイヤ空気圧をチェックしてガソリン満タンにしている。
おもむろに、YB7のセルボタンを押す。
いつもながら長めのクランキングが必要だ。
「シュルルルルルルウ」と
押し続ける。
そしてやっと
「ボーボボボボ」
とエンジンが目覚める。
暖機を充分に行ったあとリアホイールに取り付けていたセンタースタンドを取り払った。
YB7を路上に引き出しヘルメットをかぶりライディンググローブをつけた。
軽くストレッチを行い体に無理がないかを確認した。
「いよいよ出発だ」
そのとき東の空がしらみはじめていた。
風もなく暑くも寒くもない。アタックを実施するには絶好の日和だ。
私はYB7にまたがりゆっくりと走りだしアパートを後にした。
岩倉街道の物見塚交差点を左折して瑞穂町方面に向けて走る。
だんだんとエンジンがあったまってきた。
しばらくすると国道16号線が見えてきたので左折して合流する。
交通の流れにそっておとなしくYB7を走らせる。
川越にたどり着く手前で鶴ヶ島方面に左折する。
ようやく鶴ヶ島ICにたどり着いた。
いよいよだ。
私の心臓はこれからはじまるであろうスリルにみちた体験の前に高鳴っていた。
そして料金カードを受け取りXX自動車道に入った。
まず、80kくらいで久しぶりの高速走行に目をならした。
時間は午前5時を回っていた。
私はまずアタックの予行練習から始めた。
YB7の6速のギアを1速ずつ落として2速まで落とす。
そこからアクセルをワイドオープンして10000rpmまで回転を上げて
3、4、5、6速までシフトアップ。
しかし、すぐに前に車が現れてスピードダウン。
そしてまたシフトダウンしてフル加速。
みるみるスピードが上昇する。
その繰り返しでスピードに目を慣れさせてフルブレーキングの感覚を身に覚えこませる。
いよいよアタックを開始するときがきた!
水温系の針はちょうど10時を示している。
XX自動車道は片側3車線の見通しがいい直線になっていた。
アクセルを緩めて2速まで落とし、そこからアクセルをワイドオープンしてレブリミット
の12000rpmまでいっきに回転を上げる。そこで3速にシフトアップする。
また、レブリミットまで回転を上げて4速、5速、6速とシフトアップを続ける。
そのとき、スピードメーターの針は途方もないスピードを表示している。
しかし、1回目のアタックでは、高速カーブが近づいてアクセルを戻す。
また、シフトダウン。
「なかなか思うとうにゆかないものだ」
と考えていたら、かなり長い直線が現れた。
「よし、いまだ!」
再びアタックを試みる。
また、アクセルをワイドオープンしてシフトアップを繰り返す。
スピードはみるみる上昇してついに6速で12000rpmまでエンジンを回しきったとき
スピードメーターは、「マキシマムスピード」を表示していた。
そのとき、もの凄い勢いで左右の景色が流れ去る。前方にクルマが現れたときのために
フルブレーキングの体制をとっていたが、アクセルはストッパーにあたるまで回して微妙
に開け閉めする。しかし、不思議と安定している。素晴らしい直進性だ。車体がぶれること
はまったくない。
いままで最速と考えていたスズキ「RGガンマ400」とはまったく操縦安定性のレベルが
違う。やはりbimotaのシャーシとミシュラン「ハイスポートラジアル」はレーシングフィールドから
生み出されたものなので、それがハイスピードランでのスタビリティーのよさを体感させ
てくれる。
まったくもって素晴らしいとYB7のパフォーマンスに酔いしれていた。
しかし、そのときだった!
YB7の白いバックミラーにちらっと目をやったときに私に追いすがる1台の赤いクルマがはっきりと
みえた。
「前を退け!」
とばかりに威圧するかのようにパッシングライトを浴びせかけていたので、私はわずかにスピードを
緩めて左の車線に移動した。
その瞬間、その赤い車は猛烈な加速でYB7を追い抜きにかかった。
「あーっ、テスタロッサだ」
とヘルメットの中で叫んでいた。
「イタリアンレッドのフェラーリ テスタロッサ」
だった。水平対抗12気筒のエキゾーストノートを放ちながら、
あっというまに遠のいていった。
1速落としで最加速を試みたが、YB7では追いつけない。
これがYB8だったら......?
呆気に取られて緊張の糸が切れてしまった私とYB7は、我にかえりしばらく先のICで降りた。
そして、そこから帰路につくことにした。
後でアパートに帰りついた私は、もう一度「今日の出来事」を思い返してみたのだが、
これはやっぱり夢だったに違いない?
ご注意!
本内容は私が書いた小説のようなものです。
これと同じことを試そうとは思わないでください。
責任は持てません。
そのことをおことわりしておきます。
*Ferrari テスタロッサ (写真4)
水平対抗12気筒エンジンを車体中央に搭載するミッドシップレイアウトを取るイタリア
フェラーリ社のスーパースポーツカー。
東北自動車道で追い抜かれれたのは、はたしてこのフェラーリ テスタロッサだったのだろうか?
追伸(2007/10/10):
最近、YB7を買ったライダーが数人いるようだ。
良く見る中古車販売サイトでYB7が3台売れている。
買った人は大事にしてくだだいね。
bimota YB7は、ハンドメードバイクなので「わずか321台」しか製造されていない
貴重な車両です。
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