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書庫YB7を語る

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今回はトラクションのことを書いてみたいと思う。
といっても特別なことではない。
スロットルを開けて路面を蹴るフィリーリングのことだ。
 
1990年に購入した初代YB7。
いまも秘密の格納庫にたたずんでいる。

 
 
そして2012年の秋に購入した2台目の7。
この20年を超えるときを経て、
はじめてわかったことがある。
前回紹介したブレーキの素晴らしさは勿論だが、
その走行フィーリング。

さて、
また、bimota YB7を走らせた。
400ccで充分だね。
なによりもバイクが小さいので好きだ。
 
1000ccバイクのパワーは強大だが、
重くなったことで失うものは大きい。
軽いほいがハンドリングに優れていることはだれにもわかる理屈だ。
しかし、それは重要なことではないらしい。

どうせ買うのなら大きいほうが良い。
1000ccSS、隼、ZZR1400ということなのだろう。
しかし、最近はアドベンチャーバイクが脚光を浴びている。
私は基本的に重いバイクには興味がない。
特徴ななにかがあれば別だが。

ガンマ400(4台)にはじまりNSR(4台)を乗りついできた。
わたしのバイクライフの2/3(20年)は2ストバイクで塗りつ
ぶされている。

ここ10年は排気量が大きなbimota、ドゥカティ、
MV Agustaを経験した。
しかし、軽量なNSRは手元に置いている。
そして再度7.

7はバイクが軽くブレーキが良く効く。
右に左に切り返しは思うがまま。
そしてトラクションのかかりが抜群に良い。

先日、RB瑞穂で前後にチッソガスを充填した。
フロント2.1kg、リア2.3kg。
そして新青梅街道に出た。
3速ギアで7ののスロットルをワイドオープンすると、
リアタイヤが路面を蹴る感覚が濃厚に伝わってくる、
リア・オーリンズサスのみわざか?
 
日本製レーサーレプカに装着のスタンダードサスでは、
こんな感触は伝わってこない。
経験したことがない。
いや、それだけではない。
 
高品質のハンドメード・アルミツインスパーフレーム
(とスイングアーム)。
絶妙な位置に搭載されたヤマハ4気筒エンジン、
それに装着されたオーリンズシングルショック。
その高度なバランスのもとに可能な
三位一体の成せる技なんなんだと思う。

スロットロ操作でトラクションを取りだすことができる。
精度の悪いパーツ(+経年劣化)、それらがバラバラに動く、
自己主張していては、ライダーをうならせるようなトラクションは
得られない。
そう思うけど?

7の前後に装着したタイヤは、
ダンロップα12.
このラジアルタイヤは7に非常に合っている。
この冬、路面温度が低いときも、
シリカコンパウンドにより良質なグリップを伝えてくれる。
私はオールシーズン、晴れでも雨でもオールラウンドで安定した
性能を発揮してくれるタイヤがハイパフォーマンス・タイヤだと思う。
 
サーキット走行でタイムを出したいときは、
サーキット専用タイヤを履くべきだと思う。
P社のディアブロスーパーコルサV2でしょう。

イタリア人が作るクルマやモーターサイクルは、
人の五感を刺激する。
うっとりさせるものがある。
走ることと美を両立させている。
さしずめレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ
が現代にいたら、
クルマやバイクデザインをしただろう。
これは以前、巨匠(徳大寺先生)が書いていることの
受け売りだけどなんだけどね。
 
それはドゥカティ、MV Agusta、MotoGuzzi、
そしてbimota。
クルマだったらフェラーリ、アルファロメオ、ランチャ、
マセラッティなどか?
 
一度だけ、ランチャデルタ・インテグラーレを買おうと
したことがある。
新青梅街道沿いの外車ディラーで見たことがある。
WRCラリーの王者だったね。

イタリアは、美しい山々、地中海とアドリア海に囲まれ、
温暖な気候に恵まれた土地柄。
ふんだんな海の幸と山の幸の恵みにより、
美味しいイタリア料理とワインを毎日の食卓で味わう
ことができる。
そして美しい女性。

見る、聴く、食べる、着る、触れることに
敏感な民族ならではのモーターサイクルだと思う。

歴史をさかのぼってみれば名器ストラディバリウス、
いまはフェラーリを作り続けているイタリア人だからこそ。

そういったことがYB7のスタイル、走りに色濃く反映
されていると思うわけだ。

たんなる性能一点張りのオートバイとは違う点だ。
 
なによりもうれしいことは、
日本製のヤマハ4気筒エンジンを搭載していることだ。
イタリアと日本のコラボレーションによって生み出された
稀有のオートバイ。
それはbimota YB7(自画自賛).
 
イタリアンバイクで気になるメーカーがある。
それはMotoGuzzi。
そろそろかな?

昔書いた7のことを再度紹介したい。
 
 
bimota YB7物語Vol. 01
 
― bimota YB7(La Piccolina)物語 ―
bimotaは、YB7のことをLa Piccolinaと呼んでいた。
bimota YBシリーズの日本輸入元であるカロッチェリアからYB6/8
シリーズに続いてYamaha FZR400のエンジンを搭載したモデルの
開発/製造が依頼された。

それが、YB7 La Piccolinaだ。当時、大型自動二輪免許の取得が
難しい日本では、
400ccマシンの需要が見込まれるため200台を超える台数がイタリア
から輸入された。
お、その前に輸入されていたDucati400F3のエンジンを搭載した
DB1j(60台)は瞬く間に売り切れてしまっていた。
 
の内容はという単なるYBシリーズの廉価版モデルではなく
ヤマハFZR400エンジン用にアンダーループを持つツインスパーと
削り出しピポットプレートのアルミフレームが新作された。
 
フレームの素材はYB6/8と同様に
航空機用のアンティコダル100が採用された。
つまり、本気のbimotaモデルだったわけだ。
このYB7の後に開発されたYB9ベラリアとYB9SR/Sriは、
YB7用に開発されたアルミフレームにFZR600のエンジンを搭載した
モデルとして販売された。また、YB9シリーズは、

イタリア国内や欧米各国で開催されていた
Italian Supersport / Italian Sport Production / European Supersport / World Supersport / Thunderbikeで大活躍した。
その戦闘力は1997年頃まで発揮された。
 
それほど素性のいいフレームだったわけだ。
そもそも主に日本向けのYB7用として開発されたのがきっかけだった。
La Piccolina:少女?
       小さな車両?
 
■未明のアタック
それは1991年秋の少し肌寒い早朝だった。
bimota YB7を購入してからそろそろ1年が経過しようとしていた。
最近、やっと「自分のものになってきた」と実感できるとようになって
いた。
そして前々から考えていたプランを実行に移す日がついにやってきた。
私はまだ薄暗い早朝に目を覚ましたが、昨日の晩から緊張のために良く
眠れなかった。
さっと起き上がり皮つなぎをハンガーから下ろして身につけた。
この皮ツナギは、YB7に乗るためにはじめて買ったものだ。
 
2台目の7と20年前の皮ツナギ)

ライディングブーツを履いてアパートの階段を下りていった。
そしてbimota YB7のシートカバーを取り外した。

すでに前日にタイヤ空気圧をチェックしてガソリン満タンにしている。
おもむろにYB7のセルボタンを押した。
いつもながら長めのクランキングが必要だ。
「シュルルルルルルウ」
と押し続ける。

そしてやっと
「ボーボボボボ」
とエンジンが目覚める。
暖機を充分に行ったあとリアホイールに取り付けていたセンタースタンド
を取り払った。
YB7を路上に引き出しヘルメットをかぶりライディンググローブをつけた。
軽くストレッチを行い体に無理がないかを確認した。
「いよいよ出発だ」

そのとき東の空がしらみはじめていた。
風もなく暑くも寒くもない。
アタックを実施するには絶好の日和だ。
私はYB7にまたがりゆっくりと走りだしアパートを後にした。
岩倉街道の物見塚交差点を左折して瑞穂町方面に向けて走る。

だんだんとエンジンがあったまってきた。
しばらくすると国道16号線が見えてきたので左折して合流する。
交通の流れにそっておとなしくYB7を走らせる。
川越にたどり着く手前で鶴ヶ島方面に左折する。
ようやく鶴ヶ島ICにたどり着いた。
いよいよだ。
私の心臓はこれからはじまるであろうスリルにみちた体験の前に
高鳴っていた。
そして料金カードを受け取りXX自動車道に入った。
まず、80kくらいで久しぶりの高速走行に目をならした。
時間は午前5時を回っていた。

私はまずアタックの予行練習から始めた。
YB7の6速のギアを1速ずつ落として2速まで落とす。
そこからアクセルをワイドオープンして10000rpmまで回転を上げて
3、4、5、6速までシフトアップ。
しかし、すぐに前に車が現れてスピードダウン。
そしてまたシフトダウンしてフル加速。
みるみるスピードが上昇する。

その繰り返しでスピードに目を慣れさせてフルブレーキングの感覚を
身に覚えこませる。

いよいよアタックを開始するときがきた!

水温系の針はちょうど10時を示している。
XX自動車道は片側3車線の見通しがいい直線になっていた。
アクセルを緩めて2速まで落とし、そこからアクセルをワイドオープン
してレブリミットの12000rpmまでいっきに回転を上げる。
そこで3速にシフトアップする。
また、レブリミットまで回転を上げて4速、5速、6速とシフトアップを
続ける。
そのとき、スピードメーターの針は途方もないスピードを表示している。
しかし、1回目のアタックでは、高速カーブが近づいてアクセルを戻す。

また、シフトダウン。
「なかなか思うとうにゆかないものだ」
と考えていたら、かなり長い直線が現れた。

「よし、いまだ!」
再びアタックを試みる。
また、アクセルをワイドオープンしてシフトアップを繰り返す。
スピードはみるみる上昇してついに6速で12000rpmまでエンジンを
回しきったときスピードメーターは、「マキシマムスピード」を表示していた。

そのとき、もの凄い勢いで左右の景色が流れ去る。
前方にクルマが現れたときのために
フルブレーキングの体制をとっていたが、
アクセルはストッパーにあたるまで回して微妙に開け閉めする。
しかし、不思議と安定している。
 
素晴らしい直進性だ。車体がぶれることはまったくない。
いままで最速と考えていたスズキ「RGガンマ400」とは
まったく直進安定性のレベルが違う。
 
やはりbimotaのシャーシとミシュラン「ハイスポートラジアル」は
レーシングフィールドから生み出されたものなので、
それがハイスピードランでのスタビリティーのよさを体感させ
てくれる。
まったくもって素晴らしいとYB7のパフォーマンスに酔いしれていた。

しかし、そのときだった!

YB7の白いバックミラーにちらっと目をやったときに私に追いすがる1台の
赤いクルマがはっきりとみえた。
「前を退け!」
とばかりに威圧するかのようにパッシングライトを浴びせかけていたので、私はわずかにスピードを緩めて左の車線に移動した。

その瞬間、その赤い車は猛烈な加速で7を追い抜きにかかった。
「あーっ、テスタロッサだ」
とヘルメットの中で叫んでいた
 

「イタリアンレッドのフェラーリ テスタロッサ」だった。
水平対抗12気筒のエキゾーストノートを放ちながら、
あっというまに遠のいていった。
1速落としで最加速を試みたが、YB7では追いつけない。
これがYB8だったら.....?

呆気に取られて緊張の糸が切れてしまった私と7は、
我にかえりしばらく先のICで降りた。
そして、そこから帰路につくことにした。
後でアパートに帰りついた私は、
もう一度「今日の出来事」を思い返してみたのだが、
これはやっぱり夢だったに違いない?
そう思うことにした。
 
ご注意!
本内容は私が書いた小説のようなものです。
これと同じことを試そうとは思わないでください。
責任は持てません。
そのことをおことわりしておきます。
 
*Ferrari テスタロッサ
水平対抗12気筒エンジンを車体中央に搭載するミッドシップレイアウト
を取るイタリア フェラーリ社のスーパースポーツカー。
東北自動車道で追い抜かれれたのは、はたしてこのフェラーリ テスタロッサだったのだろうか?
 
おしまい 
 
 
 
 
 
bimota YB7を走らせた。
フロントブレーキが素晴らしいことを再確認した。

7のフロントディスクは、ブレンボフローティング鋳鉄ディスク。
それにブレンボ4ポットキャリパーを組み合わせている。
そしてマスターシリンダーをヤマハ製から
ブレンボ製に交換した。
この3点をすべてブレンボでにすることで、
実に素晴らしいブレーキシステムとなった。

微妙な操作からハードブレーキングまで幅広いコントロールがやりやすい。
ブレーキが効かないなんてことなどない。
また、放熱性に優れたフローティング鋳鉄ディスクは、
ブレーキを繰り返しても安定した制動力を維持できる。
熱ダレによりディスクが熱膨張しにくいからだ。
また、フローティングディスなので、パッドの当たり面が常に
変わらない。

こんな優れたブレーキは、
7が発売された1980年代後半には存在しなかった。
日本製レーサーレプリカバイクをサーキットを走らせると、
わずかの周回でフェードしてブレーキは効かなくなるだろう。
それが量産パーツの限界だった。

ある夏のことだが、
NSR(プロアームMC28)で柳沢峠から奥多摩湖畔まで下る間に
フェードしてまったく効かなくなったことがある。
そのときはスーパースポーツバイクを追いかけていたのでかっかしていた。
しかし、先にブレーキが悲鳴を上げたわけだ。
NSRにはブレンボ4ポットキャリパーと
ミシュランパイロットレースというウルトラハイグリップタイヤを装
着していたので制動力は上申し分なかった。

しかし、NSRのノーマルディスクのほうが耐えられなかった。
放熱が追いつかずに熱膨張を起こしてしまった。
次第にパッドの当たり面が狭くなり、
最後はブレーキレバーを引いてもスコスコになってしまった。
そこでバトルは終わり。
そのときは、少し停車してディスクを放熱させて膨張を戻し、
後はゆっくりと奥多摩まで下った。
これは量産ディスクプレートの限界だったことを意味する。
その後サンスターのディスクプレートへの交換を考えたが、
バトルしないことにしたので必要なくなった。
 
ノーマルディスク、ノーマルキャリパー、OEタイヤでは、
サーキット走行は別として滅多にフェードすることはないと思う。
しかし、よりパフォーマンスの高いキャリパーとタイヤ交換で
制動力が上がった分だけ、
ディスクに負担がかかったのだろう。
しかも、30℃を超える真夏だった。
そうだった、
RMX250sで山伏峠を下っているときに、
いきなりフェードして怖い思いをしたことがある。
ブレーキが効かないとほんとに危険だ。
 
ロードバイとしては安定した性能を長期間、
キープできるので、それでよかったんだと思う。
 
7のブレンボ鋳鉄ディスクだが、
もともとグランプリレースで使用されていたもので
レーシングスピードで絶大な性能を発揮する。
しかし、ロードバイクに装着して使用する場合注意が必要だ。

まず、鋳鉄ディスクは錆びる。
長期間放置するとディスクとブレーキパッドが貼り
付く。
雨の中の走行ではブレーキが効かなくなる(滑る)。

また、まれに割れる、ひびがが入ることがある。
そのためグランプリレースでは使われなくなった。

それと環境問題。
鋳鉄ディスクに合うパッドは、アスベストを含んでいる
と言われていた(未確認)。
 
こういった欠点もあるが、
それを上回る長所があるブレーキディスクだ。

日本製オートバイのブレーキシステムが追いついたのは、
最近になってからじゃないかな?
放熱性に優れたステレスディスクやラジアルマウントキャリパー、
ラジアルマスターシリンダーがスーパースポーツバイクに標準装備
されてからだ。
 
オートバイのパフォーマンスの高さは、、
エンジンとフレームだけではない。
ブレーキ、サスペンション、タイやなどを含めて総合性能で決まる。

YB7は1980年代後半、
その総合性能の高さを体感させてくれるモーターサイクルだった。
 
また、鋳鉄ディスクを超える性能のディスクは、
MotoGPで使用されるカーボンディスクだが、
これはレースユースなのでロードバイクに採用された例はない。
熱が入らないと効かない。
レースコースで連続走行してはじめて効力を発揮する。
しかし、将来は可能になるかも?

ワールドスーパーバイクはカーボンディスクの使用が禁止
されているためステンレスディスクが装着されている。
そのことでステンレスディスクの性能が飛躍的に向上した。

材質、細部の形状、加工精度、放熱性、焼きの入れ具合など、
数限りないトライアンドエラーを繰り返すことで性能を上げていった。

カーボンディスクのままだったら、
いまのステンレスディスクは存在しなかった。
そういっていいだろう。
いまのスーパースポーツバイクは、
その恩恵を受けている。
しかし、ハードな使用を繰り返すと熱ダレを起こすだろう。

そこで、サーキット走行/レースでは、
アルト、サンスターなどのよりパフォーマンスの高い
ディスクが選ばれる。
ラジアルマウント・モノブロックキャリパーであることも重要だ。
ビレッドのマスターシリンダー。

999sを走らせていたときのことだ。
このブレーキシステムは実に優れていた。
いや、気持ちが良かった。
シューンという快音を発しながらブレーキが絶妙に効く。
こんなにブレーキングで気持ちが良かった経験は、
この999のブレーキだけだ。
小型の異形4ポットキャリパー(4枚パッド)とステンレスディスクの
妙と言えるかもしれない。
おそらくサーキットでは不足を感じることだろう。
しかし、近隣のワインディングでは不足なない。
 
それに反して初期のラジアルマウント・キャリパーは
好きになれなかった。
ブレーキの効きは絶大だった。
996と比べると初期から実に良く効く。
しかし、キャリパーが大きいので重い。
バイクを右に左にバンキングさせるとそれを感じてしまう。
フロントホイールに大きなおもりをつけているかのようだった。
良くない。良くない。良くない。
最後まで好きになれなかった。
そこには999sの快感はなかった。

しかし、柳沢峠の下りでその絶大な制動力に助けられたことがあるので
悪くばかりはいえない。
996の4ポットキャリパーだったらオーバーランしていたかもしれない。

いまの1199パニガーレに装着されている、
小型のモノブロックキャリパーはどうだろうか?
いつか試してみたいものだ。

ブレーキの世界に行きどまりなない。
 
 
 

2台のbimota YB7

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昨日(10/13)の奥多摩。
2台のbimota YB7が揃った。
 
7が発売されて20年以上が経過した今、
それは稀有のことだった。
 
4番さん、
奥多摩までお運びいただき、
まことにありがとうございます。
 
そしてこのシチュエーションをプロデュースいただいた、
KM大店長様に感謝いたします。
 
また近いうちにお会いしましょう!
 
ではでは//
 
 
 1980年代後半(1987、1988、1989)
bimotaはロードバイクヤマハFZR750Rのエンジン
を搭載したYB4Rと電性制御フューエルインジェクションを
搭載したYB4EIRがレースで強かった。
 
1987年はTTF1選手権でヴァージニアオ・フェラーリ
選手がチャンピオンを獲得、1988年はワールドスーパーバイク
選手権でダビデ・タルドッツィー選手がランキング2位を獲得した。
もし、レース1とレース2の両方で完走しなければならい。
というおかしなレギュレーションがなければ、
チャンピオンを獲得していた。

1989年も勝利したが、bimotaはシーズン途中で撤退した。
それは革新的なハブセンターステアを搭載したTesi 1Dの
開発に注力するためだった。
このTTF1とワールドスーパーバイク選手権で活躍した
レースバイクのレプリカととして、
YB4EI、YB6、YB8が販売された。
また、日本向けにヤマハの400cc4気筒エンジンを搭載した
YB7が販売された。
贅沢な小排気量モデルだったね。
当時の車両価格は、212万円だった。
わたしも60回ローンで購入したんだ。
 
 
YB7がこれほど高価だった理由だが、
単にイタリアン・オートバイという以上に
当時の日本製4気筒バイクをはるかに凌ぐパフォーマンス
とクオリティを秘めていたことにある。

ハンドメードアルミツインスパースパーフレーム&スイングアーム。
航空機で使用するアルミ素材をイタリアの職人が丹念にハンドメード
溶接することで高剛性で耐久性高い。
量産バイク用フレームでは不可能なクオリティを実現した逸品。
それは、グランプリマシンのアルミフレームに比肩する
至高の1本といえる。

そんなグランプリマシンレベルのフレームに組みつけられたパーツの数々は、
サーキットの全開走行に耐える、
ブレンボ鋳鉄フローティングディス&4ポットキャリパー。
オーリンズ・リアモノショック&マルゾッキ・フロントフォーク。
右と左でリバウンド(伸び)とコンプレッション(圧)の機能を
分離した高機能フロントフォーク。
それをアルミ削りだしの高強度ブラケットに組み付ける。
そして当時最新鋭のミシュラン・ハイスポートラジアルタイヤ。
そのすべてのパーツがロードバイクのレベルをはるかに超えていた。

そして14000rpmを可能にするヤマハFZR400R用
4気筒エンジン。
FRPカウリングと20年以上経過したいまも美しいカラーリング。
パフォーマンスだけではなく、
美しさへの追求もハイレベル。

このYB7は、いまも一線級のパフォーマンスを体感させてくれる。
そして私の所有欲を満足させてくれる一台なんだ。
 
 
 

1988 WSB bimota YB4EIRの戦い - アドリア海のフラノ - Yahoo!ブログ

 
2013/01/27 - 2009/08/05 – ビデオ映像の再生は画面の(>)ボタンをクリックする. 1991 bimota カップ・ビデオ &YB9の系譜. このビデオは、YB9ベラリアによるワンメークレースのようだね。 スタイリングは、2シーターバイクだが、 1990−92年の間、 ...
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
先日の土曜日、
台風はまだ遠い洋上にあった日だった。
私はbimota YB7で奥多摩周遊道路を走った。
 
正直なところ物凄く楽しかった。
2速/10000rpmまで引っ張りバイクを加速させて、
スピーが乗ったところで3速で走らせると面白い。
7に搭載しているヤマハFZR400Rのエンジンは、
14000rpmまで回せるので、
まだまだ余裕だ。

7のいいところは、
高回転までエンジンを回せること。
また、ブレーキが良く効く。
1000ccバイクのような身体が前方に
投げだせるような減速Gは少ない。
車重とエンジンマス、前に押し出すトルクの影響が
少ないためか?
 
スロットルを大きく開けたときアウトに膨らむ、
アンダーステアもない。

サスペンションはフロント・マルゾッキM1R(動きが渋い、硬いことで有名)だが、
秘密のナンちゃんチューニングで良く動く、踏ん張る。
リアはオーリンズモノショック。
ダンロップα12とのコンビネーションにより、
奥多摩のワインディングでは軽快で快適なコーナリングを
可能にしてくれた。

ハンドル操作、ステップワーク、アクセル操作、
リーンアウト気味のライディングスタイルで7を走らせた。
スピードを出すわけではないので、
これで充分。
それ以上となると膝を出すこともあるかも?

また、
右に左に瞬時にバンキングできること。
YB8Evo(前後マグホイール、リア・オーリンズ付き)よりも俊敏に動く。
1000cc4気筒はエンジンが左右で出っ張っている。
重心が高い。
以前、試乗したF4 R312もそうだった。
 
そして一番の利点は、
奥多摩までの往復(約110k)で疲れないといこと。
私がかつて所有していたYB8 Evoではこうはいかない。

バイクが軽量ということは、
それだけで大きな利点/武器となる。

しかし、このYB7.
やはり暑さには弱かった。
8月11日の猛暑日(奥多摩湖畔で37℃)、
うだるようなな暑さの中だった。
 
7の水温計はあまり上がっていないのに、
ミクニBDSTキャブレターが熱のためにパーコレーションを起こして
何度もエンストしてしまった。
おそらくガソリンはかなり熱くなっていたのだろう。
 

車の後ろを3000rpm〜4000rpm付近でもたもた走らせて
いると突然スロットルを開けても反応しなくなる。
そしてエンジンストップ。
五日市から都民の森に向かう途中エンストを繰り返した。
しかし、その後奥多摩周遊道路では、
2速で5000rpm以上をキープすることで、
ことなきをえた。

今回の走行は、気温が低めということもあり、
パーコレーションは起きなかった。

実は兄弟車のYB8やYB9SRでもパーコレーションを起こす
癖がある。
そのため真夏の市街地走行は難しい。
熱対策が必要だ。
ガソリンタンクに断熱材を貼り付ける。
シリンダーヘッドの頭上からキャブレター付近に風を入れる。
YB8 Evoはそうしていた。

 
 
まさか400ccのYB7でパーコレーションが
起こるとは思わなかった。

いや、30°を大きく超えたら市街地は走らないことが
一番の対策だろう。

ところで友人のIGさんからMV Agusta F3のその後について
話を聞かせていただいた。
F3が日本に入ってきた最初の頃に購入されたので、
すでにかなり走りこんでいる。
 
やはりF3は物凄く良いみたいだ。
 
そのため、もっとこうしたい・ああしたいが出てくる。
結局、それを実現するのだったら、
限定車のF3セリエオロを買ったほうが良かったかも?
ということになるらしい。
 
その話は近々させていただきたい。
 
 
ではでは//
 

夏の7  bimota YB7通信

 
 
 
 
 
 
久々にYB7を走らせた。
すでに夏。

例によって奥多摩まで出掛けた。
青梅の街中を通り過ぎるとワインディングロードの入口だ。
信号は少なくなるので4速または5速ギアで7走らせていれば、
一定のペースを維持したクルージンングが可能だ。

また、エアインテークがタンクカバーの真上にあるため、
すこし回転を上げてやればエキサインティングな
サウンドを堪能できる。
これはYB7だけの楽しみなんだ。

例によって車載カメラで動画を撮影してみた。
デジカメの解像度を640×480に設定して撮影してみたら、
まあまあの画質で撮れていた。
しかし、このままではブレが激しいので、
You Tube上でブレ補正(スタビライザー)と画質補正
を行ってる。
 
さて、前回まで懸案だった、
エンジンストップする件だが、
やはり燃料タンクのブリーザーが効いてなかったようだ。
穴空きのタンクキャップと交換することで、
その現象は再発しなかった。
解決してよかった。

もう1つ、
この日は30℃を超える暑い日だったが、
水温計の針はおおむね白い帯の真ん中を指していた。
青梅の街中で2/3まで上がったが、
走りだすとすぐに真ん中に戻った。
電動ファンは一度も回らなかったかも?
 
7は水温が上がりやすいと噂されていたので、
バイク購入時に充分な水上昇対策を行った効果のようだ。
それはラジエータ添加剤(モクール)とエンジンのフリクション
を減らす意味でエンジンオイル(RBモチュール)に
4ストゾイルを添加している。
 
過度の水温上昇が無いので、
バイクはヒートしない。
熱風も上がってこない。
おそらくエンジンオイルも長持ちするはずだ。

昔、何台か所有したことがある400cc4気筒バイク
(GSX−R400、ZXR−400、etc)は、
この時期になるとすぐに電動ファンが回りだしていたので、
その違いに驚いている。

次はエンジンフィーリングのチューニングを考えている。
スロットルをワイドオープン/クローズ、ハーフスロットルを繰り返すと、
吹けあがりがデジタルチックなときがある。
反応が悪いときがある。

もしかしたら、
ミクニBDSTキャブの負圧ピストンの動きが悪いのかもしれない。
FZR400と比べると7のエアインテークが短いので、
それが影響しているかもしれない。
もう1回走らせて現象を確認したい。
奥多摩までのクルージングは問題なし。
 
すでに絶滅してしまった
400cc/4気筒レプリカバイク。
1980年代に一世を風靡したオートバイたちだった。
いまの時代にそれを走らせるのは、
bimota YB7が好きだからという点が大きい。

7にしかない世界があある。
軽量でハンドリングに優れているからだ。
この7は結構速い。
すべてが私の手の中にある。
 
そして各部の作りの良さ。
ハンドメードアルミツインスパーフレーム、FRPカウリング、
アミ削りだしパーツを満載している、
7は「ピッコロ・イタリアーナ」と呼ばれた宝石なんだ。
 
 
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bimota YB7はヤマハFZR400のエンジンを搭載している。
このビデオは非常に参考になる。
 
 
 
 
 
 
 
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