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bimota YB8物語 上の巻 :世界最速のプロダクションバイクbimota YB4/6/8シリーズ:4回目作成中

この内容は、あくまでも私が経験したことや文献をベースに書いていますが、
正しいと限りません。
そのため、クレームをつけないでください。
また、質問にもお答えできません。
ご容赦願いたい。


レース参戦で磨かれたYBシリーズ。

最初に開発されたYB4Rは、bimota製アルミフレームの優秀性と耐久性を実証すべく、
すぐに1986年フランスで開催された有名なボルドー24時間耐久レースに参戦した。
総合7位に入る上々のリザルト(成績)を記録した。
早くもYB4Rの耐久性になんら問題ないことを証明して見せたわけだ。

翌年の1987年TTF1世界選手権に本格参戦して、
なんと、デビューイヤーでタイトルを獲得する快挙を成し遂げた。
最大のライバルである「Honda RVF750レーサー」を破っての快挙だ!

そのYB4RRのレース戦跡について紐解いてみよう。

YB4Rは1987 TTF1世界選手権でチャンピオンを奪取
1987年シーズンの勝利(3勝)
 Virginio Ferrari :ハンガリー(Hungary) 1987 YB4 R
 Virginio Ferrari :オランダ(Holland) 1987 YB4 R
 Virginio Ferrari :西ドイツ(Germany) 1987 YB4 R

*バージニオ・フェラーリ:Virginio Ferrari
イタリア人の彼は、1978年頃グランプリGP500クラスにおいて、
キング、ケニー・ロバーツとタイトル争いするほどの力量を持ったトップ・ライダーだった。

その無敵とも思えるHonda RVF750を破って1987 TTF1のチャンピオンを獲得し
たbimota YB4Rだが、地元ヨーロッパという地の利があったとはいえ、
GP500マシンNSR500からフィードバックされた目の字断面アルミツインスパーフレーム
のシャーシ構成、そしてオーバル・ピストンエンジンのNR500のテクノロジーをフィードバック
した最強のV4エンジン。
その戦闘力は圧倒的だった。

そのHonda RVF750のV4エンジンは、
bimota YB4Rに搭載されるYamaha FZ750エンジンよりもゆうに20ps以上のアドバンテージが
あったと言われている。
その圧倒的パワーを誇るRVF750を破るということは、
そのパワーを跳ね返すYB4Rのポテンシャルが尋常ではなかったとことの証明といえるだろう。
つまりコーナリング・ポテンンシャルでエンジンパワーを跳ね返したわけだ。
TTF1世界選手権での勝利数は3勝だったが、
毎レース着実にポイントを重ねたことがチャンピオン獲得に繋がったのだろう。

私は1985/86年鈴鹿8耐で、その後1987GP500チャンプとなったワインガードナーが
ライディングするRVF750の圧倒的なポテンシャルを知っているので、
bimota YB4Rのチャンピオン獲得が信じられなかった。

bimota YB4RのエンジンはYamahaFZ750のベースにしていた。
もしかしたらYamahaからワークスエンジンが提供されていたのかもしれない? 
そのころのリザルトには、Yamaha bimotaの名前が記載されていた。

しかし、エンジンパワーは、Hondaが総力を挙げて開発したRVF750が1枚も2枚も上手だろう。
ロードバイクVFR750のエンジン形式の枠内にはあるが、その内部ほとんど別物と言われていた。
それだけエンジンパワーに差がありながら、YB4Rが1987 TTF1のタイトルを獲得するのは、
やはりbimotaの主任技師だったフェデリコ・マルティーニが設計して、
bimotaファクトリーで製造されたYB4Rのツインスパー・アルミフレームが優れていたからだ。

その秘密とは?なんだろう。
RVF750はエンジンを低重心化して車体をコンパクトにまとめた。
そのことでライダーと人車一体感を求めたマシン特性だったと考えられる。
そのV4エンジンがたたき出す圧倒的なパワーは、
ストレートをもっとも速く駆け抜けて、深いバンク角/高いコーナリングスピードを維持
できるようなマシンだったと思われる。

そのポテンシャルはGP500マシンのNSR500に迫るものだった。
HondaファクトリーにおいてRVFとNSRを同時に走らせたテストでは、
NSR500のタイムを破ることがしばしばしばあったそうだ。
それだけバイクとしてポテンシャルが高いにも関わらず、4サイクルエンジンのパワー特性が
扱いやすいものだったのだろう。
それは、ボルドーやルマン24時間レース、そして鈴鹿8時間耐久レースで勝利するために
必要不可欠条件だったともいえる。

それに比べてbimota YB4Rは、Yamaha FZ750エンジンのシリンダー傾斜角度を45度から
「36度」まで引き上げてマシンで常にニュートラルステアが可能な状態におくことを狙った
アルミフレームを作り上げた。

また、このことはあまり知られていないが、
YB4R(YBシリーズ)はマスの集中化を大胆に進めている。
いまも昔もスーパー・スポーツバイクはの燃料タンクは、エンジンの頭上にありフレームにそって
配置されている。
しかし、YBシリーズの燃料タンクはエンジン背面にあり、
シャーシの間にかなりの部分が食い込んでマシンセンターに近づけている。
その上でライダーがタンクを抱きこむようなポジションを取ることになる。

そうすることでマスを集中させてハンドリングを向上させる狙いがあった。
当然、燃料が減ってもハンドリングへの影響は少ない。
タンク/シートカバーとタンクそのもの分離していたこで、
それが可能になったともいえる。
いまのMotogpマシンも同様に燃料タンクをエンジン/マシンセンターに近づけている。
しかし、この燃料タンクの配置は、機能優先のレースの使用には問題かったのだが.....

そういう設計上の狙いを組み込んだYB4Rのポテンシャルが、
ライダーの意思に敏感に反応する、バイクコントロールに優れたるマシンだったと思われる。
当時としては、画期的なほどコーナリングとライン取りの自由度が高く、
また、アクセルワークとの連動でコーナーからコーナーへの切り替えしが素早くできる。
そしてライダーはコーナーの立ち上がりに向けてアクセルをワイドオープンさせると、
鋭くコーナーを立ち上がれるマシンだったに違いない。

いまも、ワインディングでbimota YB6/8を走らせると、
そういう素性の良さがうかがい知れる。
1990年頃、bimota YB7をワインディングで初めて走らせたとき、
スキルが高いとはいえない私にさえ、異次元のハンドリングの扉を開いてくれた。
大いに感動したね。
でも、敷居は高いよ。

そのbimota YB4Rの武器が、
ハイパワーで安定志向ハンドリングのRVF750を打ち破る大きな要因になったと思われる。
ストレートが短いサーキットでは、トップスピードのアドバンテージはわずかだ。
コーナーのインでRVFを刺すことができれば、そこからはコーナリング・ポテンシャルに勝る
bimota YB4Rの独壇場だったといえる。

現在(2007年)のMotogpマシン(Yamaha YZR-M1など)を見ていると、
コーナリング性能に優れたマシンに分があるのは自明の理だ。
ライバルマシンよりもハイパワーでストレートスピードが高いことは、
勝利する要因の1つでしかない。
1987年の時点では、エンジンパワーとそれを支えるシャーシが勝利の要因と考えられていた
時代だった。

いや、増大するパワーとそれを生かすラジアルレーシングタイヤの出現で、
それを支えるシャーシの強化に奔走していた時代といる。

そのため、1980年代中盤からクロモリスチールパイプフレームを捨て去って、
box形状のツインスパー・アルミフレームが一気に普及していった。

そこに一石を投じたのがbimota YB4Rだった。
まさかイタリア・アドリア海に面したリミニの小さな町工場のbimotaが、
Hondaワークスマシンを打ち破ってチャンピオンを獲得できるとはでだれも思わなかったはずだ。
ハンドリング/コーナリング性能で圧倒的なパワーを打ち破ったのだ。
システマティック、ロジカルに追求された圧倒的な物量のHondaのマシンに対して、
バイクを速く走らせる感性に敏感なイタリア・モーターサイクルの歴史と伝統から生み出された
マシンともいうべきか?
また、YB4Rのマシンの特性をよく理解して、そのポテンシャルを最大限に引き出した
バージニオ・フェラーリのライディングテクニックが優れていた。
この2つの要因でチャンピオンを奪取できたのだろう。

なお、その後フェラーリは、RC30(VFR750R)に乗り換えてワールドスーパーバイク選手権に
参戦したが目だった成績を残すことが出来なかった。
彼のライディングテクニックを発揮できるマシンではなかったのだろう?

翌年もbimotaファクトリーに残りパフォーマンスアップしたYB4EIRで参戦を続けていれば、
数多くの勝利を記録しただろう。
そして、チームメートのダビデ・タルドッイーとともにチャンピン争いを展開していただろう。
しかし、歴史にはifはない。

Bimota YB4Rは、パワーに勝るRVF750をシャーシの優位差によるハンドリングで打ち破った
bimotaの歴史に残る1台だといえる。
biimota YBシリーズは、YB4Rの輝かしい歴史を背負った傑作だったといえる。


YBシリーズのbimotaはレッドバロンで買える。
下記をクリックする。↓
http://bikelife.nifty.com/cs/catalog/bikelife_tokusenbike/srch/1.htm?keyword=bimota

http://www.youtube.com/embed/r1nqUXgzfWQ&hl=ja&relvid=288230376151998261
ビデオ映像の再生はYou Tube画面の(>)ボタンをクリックする。


bimota YB8物語 上の巻 :世界最速のプロダクションバイクbimota YB4/6/8シリーズ:3回目作成中

写真:各部のスペシャルパーツ(予定)
動画:奥多摩を走るYB6 tuatara(予定)

この内容は、あくまでも私が経験したことをベースに書いていますが、
正しいと限りません。
そのため、クレームをつけないでください。
また、質問にもお答えできません。


今回はYBシリーズモデルの各部に装着された工芸品のような削り出しパーツを中心に紹介する

・左右ステップ、
Bimotaは1970年代の半ば頃、TZ250または350の2サイクルエンジンを搭載できるスペシャル・
シャーシを開発して、プライベートチームに提供していた。

そのbimota製シャーシのマシンがジグランプリレースで活躍することでbimotaの名声は飛躍的に
高まっていった。
1975/76年はbimota製シャーシのハーレーダビットソン(アエルマッキ)が2年連続GP250クラスで
チャンピオンを獲得した。
また、1980年にはbimotaワークスチームがジャン・エクロードのライディングでGP350クラスを
制覇した。

その同じ時期、Kawasaki KR250/350(前後タンデムツイン・2サイクルツインパルスエンジン)
を走らせるワークスチームが猛威(1977〜1982)をふるっていたので、その中でのチャンピオン
獲得は非常に価値のあることだ。

そのかたわらHonda CB750 foreやKawasaki Z1などの市販ロードバイク用のアフターマーケット
パーツを開発して販売していた。
それらのスペシャルパーツの開発/販売が1970年代のbimotaの業績を支えていたといっていい。
そしてbimota SB2とKB1という車両とエンジンを除くキットパーツの販売に進んでゆく。

そのときから、bimota製左右ステップ、レバー、ロットの出来は別格だった。
歴代のbimotaモデルは、この左右ステップの質感と操作性にこだわってきたといっていい。

マッシモ・タンブリーニが設計したKB1用のステップを見るとなんなるステップにさえ、
ここまで拘っているのかと考えさせられる。
YBシリーズの左右ステップもその歴史と伝統を踏まえ出来栄えとなっている。

その目的は、ステップに充分な剛性と作動性を持たせてバイクの切り返しの足応え、
ギア・シスト、リア・ブレーキコントロールなどをライダーの意思に従って瞬時にそして的確
に行えるようにすることだ。
そして、可能な限りの軽量化を同時に実現している。

また、このステップを支えるステップブラケットは、
なんと、ジュラルミン素材から削り出されて剛性と軽量化を同時に追求している。
その形状は楽器のパーツを見るかような質感だ。

いまのDucatiをはじめとするアフターマーケットにしめる高価なスペシャル・ステップの
1つを手に取って見ると、NC工作機械を使用して、アルミ鍛造素材を削りだしで剛性、操作性、
質感を追及している。
Bimotaははるか以前から追求していたことだ。
そのこだわりが時代の経過とともに証明されてといいっていい。
いや、bimotaをお手本にしたというべきか?

なお、
YBシリーズモデルの途中から、すべり止め防止のラバーがボルト止めされるようになった。
また、ステップそのものはドイツのABMで製造されたものと言われている。
外製/内製の違いはあるがbimotaクオリティーを象徴/満足させる一品だ。

・マフラーステー
YBシリーズのマフラーステーは、ジュラルミン素材から削り出されている。
Bimotaはたんなるマフラーステーにもこだわっている。
マフラーの重さと排気がもたらす振動に耐える必要があるステーだが、
鋳造部品で無骨に作るのではなく、
そこにも軽量で工芸品のような美しさを求めたbimotaの美学が感じられる。

・フローティング・リア・ディスクブレーキ
リアブレーキサポーターとトルクロッドによる構成されるフローティング・リア・
ディスクブレーキシステムは、YB4/6/8/Dieciまでで装着されている。それ以降の
YB8FuranoとYB8-Evoには装着されていない。

リア・ブレーキサポーターはアルミ削り出しの専用パーツだ。
充分な剛性を確保しつつ、軽量化のため肉抜き加工が施されている。美しさへの
こだわりも忘れていない。
それと同じくらい美しく仕上げられたトルクロッド、そして前後には3次元に可動する
ピロボールがはめ込まれている。

この2つの要素で「ブレンボ製ブレーキ・キャリパー」をサポートして、ブレーキ・レバーを
踏むとリア・ブレーキディスクを均等に締めつける。
また、ブレーキをかけたときのガタの発生を吸収して、熱によるディスクのひずみを防止する。
キャリパーサポータに接続されたトルクロットとピロボールが微妙に可動することでそれを
可能にしている。
けしてリジットではない。
これをフル・フローティングディスクブレーキと呼んでいる。

このキャリパーサポータとトルクロットの反対側は同じくピロボールでフレームのピポット・
プレートに接続されている。

リア・ブレーキを踏むとリア・タイヤにブレーキがかかると同時にトルクロットがフレーム側に
押される。
このことでダイレクトにスイングアームとリア・サスペンションの動きを抑制する。
*この表現でいいのか研究中

そのため、不用意にブレーキを踏みこむとリア・タイヤのロックを誘発する可能性がある。
しかし、そのネガが出ないように使いこなすことができれば、リア・サスペンションの不要な
動きを瞬時に止めてリア・タイヤのトラクションとグリップコントロールを効率的行うことが
できそうだ。

しかし、このようなブレーキコントロールはバイク・ライディングになれたライダーにも難し
いものだ。
そのため、YB8FuranoとYB8-Evoからは、このトルク・ロットを廃してリジット・マウントの
ブレーキ・キャリパーを採用した。
サスペンションとタイヤ性能の急激なパフォーマンス向上で単純なリジットマウント・キャリパー
で充分と考えていたのかもしれない。

なお、
トルクロット前後のピロボールの動きが渋い、そしてキャリパーとサポータの取り付け角度が適正
でないと充分なパフォーマンスを発揮できない。
また、トルクロットそのものが転倒などによりダメージを受けるとリア・ブレーキは、
正常に機能しなくなる。

このフル・フローティングディスクブレーキを使いこなして鮮やかなコーナリングを決めて
みたいという願望を捨てきれない。
私の場合は、YB6 tuataraでリアブレーキコントロールに失敗して無用なポッピングを発生
させてしまったことが一度や二度ではない。
今後の研究/テストを継続したい。
ブレーキコントロールは、オートバイ・ライディングの醍醐味の1つだろう。


・オスカムの前後アルミホイール、
YBシリーズ(4/6/7/8など)は、オスカム製の前後アルミホイールを装着している。
1980年代のDUCATI車に多く装着されているホイールだ。
イタリア国内で信頼性と実績があるブランドなのだろう。

その当時も今も、ホイールは汚れが目立つので白に塗装されたホイールにびっくりしたものだ。
その白塗装のアルミホイールがYBの存在を引き立たせてくれる。
目にしみるようだったね。
そして、そのリム部分の表面は非常になめらかな質感を持っている。
日本車とは大いに違うと感じる。

いまもオスカムホイールの腐食や塗装はげはない(私の車両)。
なかには、マグホイールに換装している車両(これも私の車両)も少なくないが、
このストックのオスカムも悪くない。

FRP製カウリング
フロントカウリング(フェアリング)
アッパー、ロア、アンダーも含めてすべて一体成形のカウリングだ。
レーサーではお馴染みのFRP素材で形成されている。
その目的は、軽量化であり、転倒してダメージを受けたときの補修が可能なことだ。
そのため車体に装着されている状態での変形や歪みは少ないといえるだろう。
また、量産で使用されている強化プラスチック素材のように経年変化で割れることはまずない。

この一体成形のカウリングは、整備製が犠牲にしていると言われているが、
そうだろうか?
いつまでも美しいプロポーションを保つため、
Bimotaが下した最良の判断といえるだろう。

・タンクカバー/シートユニット
タンクカバーとシートカバーはFRP素材で一体成形されている。
ポリエステル素材の燃料タンクがシャーシに食い込む形で装着される。
その上にこのタンクカバーとシートカバーが覆いかぶさる。
この方法はbimota SB2から初められたbimotaの伝統だといる。

ボデーパーツは、フロントカウリング(フェアリング)とタンクカバー/シートユニット、
それとスクリーン、前後フェンダー、前後ウインカーだけといっていい。
きわめて少ないボデーパーツで構成されているといっていい。
その完成度は高い。

YBシリーズのbimotaはレッドバロンで買える。
下記をクリックする。↓
http://bikelife.nifty.com/cs/catalog/bikelife_tokusenbike/srch/1.htm?keyword=bimota

http://www.youtube.com/embed/_5zKDVQudpc&hl=ja&relvid=288230376151998261
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bimota YB8物語 上の巻 :世界最速のプロダクションバイクbimota YB4/6/8シリーズ:2回目作成中

写真:奥多摩にたたずむYB6 tuatara、YB8 Furanoのフレーム
   各部のスペシャルパーツ(予定)
動画:奥多摩を走るYB6 tuatara(予定)

この内容は、あくまでも私が経験したことをベースに書いていますが、
正しいと限りません。
そのため、クレームをつけないでください。
また、質問にもお答えできません。

Bimotaはスペシャルパーツ満載のオートバイだ。
その目的は、他に例を見ない豪華さを演出することがあるが、
真の目的は、ライダーに夢のようなハンドリングを提供することにある。

YBシリーズの特徴である、アルミツインスパーフレーム以外にも、
Box構造のアルミスイングアーム、左右ステップ、マフラーステー、リアブレーキサポーター、
ステアリングヘッド(トップブリッジとアンダークラウン)、オスカムの前後アルミホイール、
などジュラルミンまたは鋳造/鍛造のアルミから削り出されたパーツで固められている。
そしてFRP素材の一体型カウリング/シートカバーが装着されている。

現在、Ducatiをはじめとすするアフターマーケットパーツは、
ハイエンド・モーターサイクルを買い求めるユーザーを満足させるためにあたり前の状況になった。
bimotaは1970年代のはるか昔からbimotaのブランドを高めるため、
いや、そうあるべきと考えていたのか?
当たり前のように工芸品のようなパーツを装着していた。
バイクそのものが工芸品ともいえるのだが、

「細部に美は宿る」とは、YB4EI/YB6/YB8をはじめとするYBシリーズに使いたい名言だ。

そのこだわりパーツ群を紹介する

メインフレーム
アルミツインスパーとアルミ削り出しピポットプレートからなるフレームの素晴らしさは前述
したが、もう1つの最大の狙いについてお話しよう。
それはスプリントレースでそれまでにないニュートラルステアを可能にするため、
Yamha水冷4気筒エンジン/FZ750の搭載位置を大きく変更したことだ。
そのため、アルミツインスパーの一部を削り落とし、そこにアルミ鍛造のブラケット&エンジン
ハンガーをはめ込み溶接してエンジンをボルト止めした。
その目的は、YamahaジェネシスFZ750のエンジンのシリンダー傾斜角度を
45度から38度まで引き上げて、コーナリングレスポンスをよくしようとの狙いがこめられていた。
低重心化を狙うために傾斜させたエンジンを逆に持ち上げるとは、
なんとも大胆な発想だ。

また強固なステアリング・ヘッド部とスイングアーム・ピポットまでツインスパーが1直線に伸びる。
そして短めのスイングアームが取り付けられている。
この構成でライダーがアクセルオンしてバンキングするやいなや狙った方向に鮮やかにコーナリング
が可能になる。また、絶妙なエンジン搭載位置により、素早い切り返しが可能になる。
それも、これも、ライダーの意思に忠実なクイックレスポンスのコーナリングを可能にするための
秘密だったといえる。

その当時は、水冷エンジンの登場でハイパワーでしかも低重心を指向していた。
そのため、それらのパワーユニットのパフォーマンスを生かす強化なアルミフレームの開発の主眼が
置かれていたといいってもいい。

そこに登場したニュートラル・ステアを可能にしたYB4は、モーターサイクルの歴史に一石を投じる
ものだったといえる。

Bimotaはイタリア・リミニの小さな工房だ。
ここはイタリア国内のリゾート地としてベラリアとともに有名な場所だそうだ。
真っ青な「アドリア海」が前面にあり,「フラノ」と呼ばれている風が吹くそうだ。
工業製品を生み出すなら、やはりミラノやボローニャだろう。しかし、そこからも遠く離れている。
従業員も数十名という小さな所帯だ。
そのため、独自のエンジンを開発するなんて夢物語だ。
しかし、そのハンデを埋める独創的なアイディアでシャーシを設計して、熟練の技を持つ職人の
手で製造/組み立てされた、夢のようなハンドリングを持つオートバイを生み出してきた。
そのことで世界中のライダーを熱狂させてきた。
その姿勢は、いまも変らないだろう。
なお、アルミツインスパーの素材として使用される「アンティコダル100」は、航空機用材料と
されてきたが、最近のライダースクラブの特集によると、
YBシリーズ用にあつらえたものだとの記事が掲載されていた。

ステアリングヘッド(トップブリッジとアンダークラウン)、
YBシリーズは、トップブリッジとアンダークラウンをアルミ鍛造?素材から削りだしたパーツを
自製して装着している。

アンダークラウンを裏からみても、手抜きの後はまったくない。
また、ステアリング・ヘッドアングルを変更できるエキセントリック・アジャスタターも搭載して
いる。
レースでは必要な装備なのだろう。

なお、YB4/6からスランテッド・アングルジメオリーのステアリング・システムは搭載されて
いない。主任技師のフェデリコ・マルティーニのめがねにかなわなかったのだろうか?
DB1の量産モデルからそのシステムの搭載をやめてしまった。
おそらく、そのころ急速にポテンシャルが上がったラジアルタイヤの直進性とグリップだけで充分
と考えたのかもしれない。

そして、チョークノブがメイン・キーの前に取り付けられている。
Bimotaのパテントの文字がノブに刻印されている。
デザイン上のアクセントとして非常にGoodだ。

なお、日本ではこのチョークノブを取り去って、ノブ穴を利用したカウリング/ミラーステーを
取り付けているYBが少なくない。
200kを超えるようなスピード領域では、風圧によりアッパーカウリングの変形が避けられな
いためだ。
それを防ぐためにステアリング・ヘッドから左右にステーを渡してミラーステーと一体化すること
で充分な対策が可能になる。
このステーは現在のbimota販売元のモトコルセで製造/販売されていた。

Box構造のアルミスイングアーム、
アルミツインスパーの剛性に負けないスイングアームが取り付けられている。
フレームと同じくアルマイトメッキ(一部の車種は塗装)がかけられているので、
いまでも美しさが保たれている。
また、
Bimotaのパテントのエキセントリックアジャスターがはめ込まれており、車載工具の三又形状の
チェーン・アジャスターをはめ込んで、レンチで回すことでチャーン調整が可能になる。

このスイングアームとリンク機構を介して、
「マルゾッキまたはオーリンズのフルアジャスタブル・シングルショック」
が取り付けられる。
当時、フルアジャスタブル・リアサスペンションを搭載したバイクは、Ducati851SPシリーズ
くらいしか例をみなかった。

先に述べたが、このスイングアームは、アルミツインスパーフレームの全長の比べる短い。
その理由として考えられるのが、イタリアン・モーターサイクルの伝統である。
アクセルを開けるとダイレクトにリアホイールにトラクションがかかることを狙っているようだ。
それがアクセルオンでニュートラルステアを可能にする秘密の一旦なのかもしれない。


YBシリーズのbimotaはレッドバロンで買える。
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迫力のYB4走行シーンを紹介する。
次のwebアドレスをクリックする。

http://videos.streetfire.net/video/62150051-CA4E-4124-94FF-986300D57036.htm

bimota YB8物語 上の巻き :世界最速のプロダクションバイクbimota YB4/6/8シリーズ:1回目作成中

この内容は、あくまでも私が経験したことをベースに書いていますが、
正しいと限りません。
そのため、クレームをつけないでください。
また、質問にもお答えできません。

YB6/8登場前夜/初のアルミフレームへのチャンレンジ

1970年代半ばから1980年のはじめまでのBimotaは、グランプリレースでの活躍によりクロームモリ
ブデン鋼管を使用したパイプフレームの設計/製造技術では他のコンストラクターを圧していた。
そのことでイタリア・リミニの小さな工場だったbimotaとそれを可能にしたマッシモ・タンブルーニ
の名前がグランプリレースとオートバイメーカーに知れ渡ってゆくことになる。
1980年は、グランプリ350ccクラスでbimota初のタイトルを獲得することでその頂点をきわめた。

また、bimotaが販売するプロダクション(ロード)モデルは、まず1977年にイタリア・ミラノモー
ターショーで革新的なSB2が発表された。
それは、エンジンの下に燃料タンクを取り付けて、マフラーはエンジンの上を通すという奇抜な
アイディアで観衆の度肝を抜いた。
また、前後に分割できるフレーム、コアキシャル・スイングアーム、スランテッドアングルジ
メオリーのステアリングシステムなどなど、それまでの概念を覆す1台だった。

さすがに底面タンクは法規制をクリアすることができなかったため、一般的な上面タンクに戻され
たが、シャーシ関係のアイディアはそのまま量産モデルに生かされた。

その後、KB1、SB3が次々と登場させて好評だった。
その後に登場した究極のトラスフレームモデルともいえる1982 KB2をデビューさせた。
しかし、あまりにもフレームの製造に手間がかかるKB2は、コストがかさむうえにKawasaki空冷
4気筒550ccエンジンを登載したミドルクラスのバイクから利益を上げることは難しかった。

その後、Honda、Suzuki、Kawasaki などの日本製フラッグシップモデルのパワーユニット(エンジン)
を搭載できる共通フレームのHB2/3、SB4/5、KB3を順次デビューさせた。

しかし、bimota創業者の一人である主任技師のマッシモ・タンブルーニは、経営面を統括する社長の
ジュゼッペ・モーリと「意見の相違により」bimotaを去ってしまった。
それは、1983年の2月または3月頃のことだった。
それはまことに残念なことだった。

その骨肉の別れがなければDucati916とMV Agusta F4というモーターサイクルの歴史を変革
した2台が生まれ出なかった。

1982/83年当時、アルミ素材をフレームに使用する研究がかなり進んでいたようだ。
1982年ピエール・ルイジ・マルコーニが学生のときにbimotaに持ち込んだハブ・センター・
ステアリングの論文を形にしたのが1983 Tesi1になった。それは、Honda VF400Fのエンジンを
搭載してハブ・センター・ステアリング機構とアルミハニカム構造のフレームをスイスのチバ
ガイギーとの協力で完成させた。

リミニとサンマリノ近郊を徹底的に走らせて可能性を探ったようだ。
その後、1985年に登場したTesi2ではカーボン/アルミハニカムフレームで4輪の最先端技術である
4輪F1マシンのテクノロジーをモーターサイクルに流用するためのチャンレンだったといえる。
そして1986に量産を意識したアルミフレームのTesi3となったのだった。

そのかたわら、Yamaha FJ1100?空冷4気筒のエンジンを搭載したアルミフレームを試作してテスト
しているようだ。
そのことは、bimota元社長のジュゼッペ・モーリが当時の状況を述懐している。
この試作車がbimotaアルミフレームモデルの源流に位置するプロトタイプと呼んでも差し支えない
だろう。

そして1986年、YamahaFZ750(1気筒5Valve)のエンジンを搭載するYB4が試作された。
その当時主任技師を務めていたフェデリコ・マルティーニは、ことのほかFZ750のエンジンを気に
入っており、それまでにない水冷4気筒、5Vale、前傾(45度)エンジンにほれ込んでいた。

このジェネシス(創世記)と呼ばれていたエンジンこそがbimotaがこれから生み出すアルミフレーム
モデルに相応しいと考えていたのだろう。
このジェネシスFZ750エンジンなくしてYB4EI/YB6は存在しなかった。

しかし、アルミフレームはbimotaにはまだその特性が把握できない部分が多かったのだろう。
そのため設計の指針/主眼は、バイクがクラッシュしたとき受けるダメージを最小にするため強固
につくること、またレース参戦を視野に入れていた。

それを実現するために航空機で使用される「アンティコダル100」という、
最上級のアルミ素材を採用した。
航空機の材料は軽量で金属疲労が少ない最上級の材料使用される。
それをモーターサイクルのフレームに採用するとは、
なんと贅沢なこと。

それをフェデリコ・マルティーニが設計/開発した図面を元に、
イタリアの熟練工がアルミツインスパーに仕上げた。
スイングアームピポット部は、「アルミ鍛造の1枚板」を工作機械で「削り出し切削加工」で
仕上がるという非常に手間のかかるパーツとして仕上げた。
芸術的ともいえる切削加工だ。
このピポットプレートとアルミツインスパーを職人芸ともいえる技で溶接する。
そしていつまでも美しく輝くアルマイト・メッキがかけられている。
その表面はXXの肌のようにスベスベしている。

また、エンジンのシリンダー・ヘッドと連結する部分は、アルミツインスパーの一部を削り落とし、
そこにアルミ鍛造のブラケット&エンジンハンガーをはめ込み溶接した。
そのハンガーとエンジンをボルト止めしている。このことで応力の分散がうまくいくようだ。フェデリコ・マルティーニ
はこのブラケット&ハンガーを20回以上も作り直したほどこだわっているパーツだそうだ。

また、アルミツインスパーの前部はbox形状として中間に強固なサイドメンバーが渡されている。
ここまでこだわったハンドメードのアルミフレームは他に類をみないだろう。衝撃につよく耐久性
があり、しかも軽量でレースでの使用に耐える剛性を備えていた。


それは、製造性のためにフレーム設計を妥協しない。
また、高品質素材/パーツを丹念に加工して溶接することで狙い通りの性能を発揮させる。
量産車のアルミフレームとの差は少ないように見えても、その差はバイクを走らせると大きな違い
を体感するものだ。
そういう作り方をしたフレームは、Motogpを走るグランプリマシンだけだろう。

ここにハンドメード・フレームの極地ともいえるBIMOTA初のアルミフレームが完成したのだった。

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