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このMV Agustaミュージアムの存在は有名だが、
はじめてその内部を診ることができた。
ここには1945年製造のVESPA 98cc〜1977年までのアグスタ伯爵
が精魂込めたロードモデル、レーシングモデルが展示されている。
もともとのMV Agustaモデルが中心なんだ。
いまも航空機を製造しているアグスタ家の所有なんだと思う。
MV Agusta - Wikipedia, the free encyclopedia
MV Agusta, originally Meccanica Verghera Agusta, is a motorcycle manufacturer founded on 12 February 1945 near ... Count Vincenzo Agusta together with his brother Domenico formed MV Agusta at the end of the Second World War as a ... MV Agusta バーチャル・ミュージアム - アドリア海のフラノ - Yahoo!ブログ2010/09/16 - 最近のことだが、. MV Agustaは、バーチャルミュージアムをweb上で立ち上げた。 それは1940年代ら1976年までのロードバイクとレースバイクを. 精細な写真と説明で構成されている。 MV Agustaは、1976年でグランプリレースから撤退し ...
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レガシーMV Agusta
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詳細
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私がはじめてグランプリレースを意識しはじめたたのは、
1978、79年頃のこと。 当時、仙台・菅生サーキットで開催されたTBSビックロードレースの TV放送を観ていた。 当時、九州の福岡に住んでいた私は、 年に1回だけ放送されるグランプリレーサーが走る レースを心待ちにしていた。
そこでケニー・ロバーツ、バリー・シーン、ジョニー・チェコットらの
グランプリを走るトップライダーが出場していた。 マシンは最初TZ750、その後YZR500に代わった。 浅見 貞男、高井幾次郎、金谷 秀夫らの3人の日本人ライダーも
出場していた。。
その頃の夢は、
ほんものワールドグランプリ/TV放送を観たい。 しかし、九州ではそれは叶わぬ夢だった。
また、その頃、日本ではグランプリレースは開催されていなかった。
そういうとき、たしかモーターマガジンに挟み込まれた
ポスターを観た。 それは赤とシルバーに塗り分けられていた、
オートバいレーサーだった。 こんなマシンいままで見たことがない、
日本製レーサーとは違った。 それはイタリアのMV Agustaというメーカーであることがわかった。
そして15回もグランプリチャンピオンに輝いた、
ジャコモ・アゴスチーニの存在を知った。 そして時は流れた。
世の中はネット時代となり、 数多くに情報を瞬時に得る/読むことができるようになった。 あのMV Agustaのことも詳しく知ることができた。 しかし、MV Agusta空冷4気筒エンジンが、
いかなるエキゾーストノートを吐き出していたかはわからなかった。 雑誌の記事には、 他に並ぶものがない甲高いエキゾーストノートを吐き出していた。
とあった。 ...................................
そしてYou Tubeの普及により、
ついにMV Agustaサウンドを聞くことができた。 それが1本目のビデオ。 フィル・リードが走らせるMV Agusta GP500レーサー。
図太く甲高い空冷4気筒サウンドに酔いしれた。
そして最近、
1974年当時、グランプリでトップを走る姿をはじめてみた。 それが2本目の1974年のフランスGPクレモント、 フィル・リード/MV Agusta GP500が勝利した映像だ。 3本目は、1974年のオランダGP(ダッチTT)アッセン。 このときの勝者は、ジャコモ・アゴスチーニ/ヤマハYZR500(OW23)。 このビデオの中に当時新進気鋭の若手、
バリー・シーン/スズキRG500の姿を観ることができる。 グランプリ初優勝は、1975年オランダGP(ダッチTT)アッセン。 その後1984年までの10年間グランプリトップライダーの一人と して活躍する(1976、77 GP500チャンピオン)。 また、ヤーノ・サリーネンが創始者とされるハング・オンライディング、
いや、まだ、リーンインというべきか?
が主流になりつつあることがわかる。
1974年当時、スポークホイールに代えて、
はじめてキャストホイール(&ディスクブレーキ)を装着した
MV Agustaが登場した(1973年後半から)。
ツインサスからモノサスを装着したヤマハ YZR500が登場 (OW23/ベルギーGPから)。
その翌年(1975年)、レース用スリックタイヤ/キャスオホイールが
金谷 秀夫/ヤマハYZR500(OW23)に装着された。
2011 MotoGP日本GPにて
ヤマハグランプリ参戦50周年記念デモラン 。
1974YZR500/TZ500の走り
この頃から2サイクルエンジンの台頭とともに
タイヤ、ホイール、サスペンション、シャーシなどの 目覚ましい技術革新がはじまった。 その後、MV Agustaは1976年をもってグランプリレースの
活動を終息させる。 また、1977年モーターサイクル事業そのものからから撤退した。 開発中の水平対向4気筒エンジンを搭載した新型GP500レーサーは、
永遠にグランプリに出場することはなかった。
Whatever Happened To...MV Agusta's Boxer Four? - Motorcyclist ...一般公開で +1 しました 取り消す
2012/08/27 – Whatever Happened To...MV Agusta's Boxer Four? from Motorcyclist Staff on August 27, 2012 at Motorcyclist Magazine Up To Speed. Words: Aaron Frank Photo: Rich Chenet When MV Agusta won 17 straight 500cc World ...アグスタは、 もう1つの主力事業である航空機事業(ヘリコプターの開発/製造)に注力
するためだった。
MV Agustaのグランプリレース活動は、 ドメニコ・アグスタ伯爵の情熱により支えられていた。 その彼が亡くなったこと(1971年)により、 モーターサイク事業を継続する意思が弱まった。 といえるだろうか?
その後、
1998年 - ベルと合弁会社ベル・アグスタエアロスペースを設立する。
2000年 - 7月、イギリスのウエストランドと対等合併、 アグスタ・ウエストランドとなる
現在にいたる。
いま日本で話題のオスプレイの開発にも一枚かんでいるようだ。
民間用ティルトローター、アグスタ・ウェストランド
『AW609』HeliExpo2012デモフライト映像
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MV Agusta 750
素晴らしいエキゾーストノートだ。
空冷 MV Agusta 4気筒ロードモデルをマーニキットなどにより大改造。
それはフレーム交換、ビックアルミタンク、チェーンドライブ、
カーブド4本マフラー、キャストホイール
そしてフルカウリング。
エンジン周りにも手が加えられている。
乾式クラッチが装着されていることがわかる。
タイヤは現在のラジアルタイヤのようだ。
キャブも違うようにみえる。
そしてハイカムを装着か?
興味深いMV Agustaサウンドを聞かせてもらった。
かつてのMV Agustaグランプリレーサーを彷彿
とさせるものだ。
ありがとうございます。
ナンちゃんずコメント 昨夜のことだ。
たまたま10年前の別刷モーターサイクリストを読んでいた。 そこにフルカウリングのMV Agusta 750SS のことが掲載されていた。 2枚の写真が添えられたごく短い記事だったが、 MV Agustaのレーシングシーンに憧れて、 それを現実のものにしたこと。 それに合わせて革ツナギ新調(フィル・リードレプリカ)したことなど .......... いいね。
この記事がきっかけとなって このブログに書いてみたくなった。 すでにビンテージ・モターサイクルとなってしまった MV Agusta 750s。 これから出会う機会があれば、 それは幸せなことだと思う。 MV Agusta 750S いつの時代になっても憧れのモーターサイクルだと思う。 そのレーシングエンジンを基にする、 空冷4気筒エンジンMV Agustaは、 全世界にわずかに約2000台がリリースされたに過ぎない。 日本にはほんの一握りの宝石があるのみ。 |



