お昼頃のフライトだが、8時前には出発。途中の土産物屋に寄る。余ったウォンを使いきって帰れというわけ。 ノリを買って帰ったが、どうも試食したものと渡された現物が違うようだ。随分ノリが薄い。日本の物と同じものを買ったが、現物は透けて見える程薄い。こりゃ韓国ノリだよ。 しかも後でスーパーで日本のノリを買ったら、土産物屋より安かった。ガッカリ! 旅行中、韓国は車の運転が荒いと感じていたが、土産物屋を出てバスで待機していると、ガシャンと大きな音がした。音のした方に目をやると、大型トレーラーにバイクがぶつかった音だった。頭は無事だったが、足が折れたらしい。危ないなあ〜。 旅行中思ったことは、年収が3割少なくとも、全ての生活費が3割安ければ、生活感覚は一緒だということ。つまり日本は見せかけの年収が多いだけ。ということは、公務員の給料を3割下げれば、大企業の社員の給料も3割下がり、つれて物価も3割下がるということ。全体の人件費が下がれば、企業が海外に移転する必要もなくなる。韓国と同等の競争力を持つことができる。んじゃあない? 韓国の高速道路料金や、寺院への入場料はとても安かった。結局日本は、最近[電気料金]が高いと言及され始めているが、[高速代]とか[空港使用料]とかの、半公的料金が高すぎる。そこの従業員に高い給料を払うための高価格になっている気がしてならない。この辺りの料金は半額になってもいいほどだ。 韓国はハングル文字だらけだ。道路の表示も町中の商店の看板も殆どハングル文字だ。そこで件のガイドさんに聞いてみたら、最近の若い人たちは[漢字教育]を受けていないので、漢字の読み書きができないそうだ。 ?????? 「だけど、名前は漢字だよね」 「自分の名前くらいは、書けるんです」 「あのね、結婚して子供が生れたら、どうやって漢字の名前を付けるの?」 「占いとか、姓名判断でつけてもらうんです」 「自分で決めないの?」 「はい」 「………」
日本はゆとり教育で、大失敗したが、韓国も漢字を棄てると後悔することになると思うけどね。しかも、日本や中国からの観光客はますます増えるわけだからねえ。観光客としても不便さを感じるのは避けられない。 東京だって地下鉄なんか、最近は [日本語] [英語] [韓国語] [中国語] の4ヶ国語で表示されているようだ。国際都市を標榜するにはそれくらいの配慮が必要だと思うけどね。 今回は、慶州の観光がメインだったが、
韓国語が話せないので、街中での会話ができなかったが、話せるようになって次回はフリーでゆっくり回ってみたいな。他の人のブログを見ていてそう思った。
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邪馬台国〜聖徳太子
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[慶州良洞村]は、台風の影響で小雨模様の中、茅葺の民家が丘の上に点在していた。小川が流れ、溜池がある。これって、よくよく考えてみれば、原始農村の典型だ。 湿地帯で稲作をし、隣接の丘の上に家を建てる。東京都内でもそんな遺跡は一杯ある。見方を変えれば、丘陵地の端に家を建て、そのすぐ下で耕作するわけだ。 この村は、[李氏朝鮮王朝]時代の建物だから、それでも500年以上は経ているのだろう。代表的な[両班の家]を見学しながら、ガイドさん(独身女性)に聞いてみた 「韓国の男性は、とってもやさしいと聞いているが、結婚後もやさしいの?」 「男性のお客さんから、聞かれるとは思ってなかった」 「でも、そういうじゃあない」 「言いにくいんですが……… 結婚後3年迄ですね」 「じゃあ日本の男性と変わらないんじゃあない」 「世界中の男性がそうなんじゃあないですか」 「そうなんだ。ああ、良かった」 で、周囲大爆笑。 茅葺の家の前に、自動車が止まっていると、興ざめする。ことにパラポラアンテナなんかがついていたりすると、(結構目立つ)、「今は車があるから良いが、昔はこの坂道の多い村で暮らすのは大変だっただろうな」などと、折角浸っている空想が邪魔されてしまうが、これは観光客の身勝手か。 平日の午前9時。雨模様の中、他に観光客は見えず、お店も開いて無かった。ので、小一時間で切り上げ。
[古墳公園]は、町中にあった。商店街のど真ん中、というイメージではないが、田園の中ではなく、市街地の中にあった。結構広い公園で、円墳が点在している。2コブの古墳もあった。石棺の上に石をびっしり積み上げ、小山にし、その上から30〜50センチの冠土をして雨水の侵入を防ぐ、仕掛けの造りだ。 [天馬塚]古墳の内部では、出土品が展示されている。予想通り、日本国内で出土するものと殆ど違わない。 [冠]、[剣]、[玉]、[馬具]、[食器]、等が埋葬されている。[王冠]の装飾は金の板で、[山]の字が積み重なっている。見ようによっては[出]とも見えるが、[山]の連続なのだろう。 ※内部は撮影禁止なので、残念ながら、王冠の撮影はできなかった −−−−−[金 両基:著 「物語 韓国史」(中公新書)より転載]−−−−− [天馬塚]の王冠は、右から2番目の形で、山が4段の飾りが、正面とその左右に3本立っているタイプだった。 埼玉県・行田市の[稲荷山古墳]で見たもの、奈良で見たもの、ソウルの国立博物館で見たもの、ほとんど同じだ。日本より半島の方の文化が高かった、[新羅時代]、日本のものが伝わったと考えるよりは、半島のものが日本に伝播したと考える方が妥当だろう。しかも、半島の支配者が日本に進出してきて、日本で死んだ。だから同じようなものが出土する。と推測した方が、歴史の真実に即しているのだろう。と、再認識した。 昼食は、公園近くで、慶州伝統料理の[サムパブ]だ。 [サムパブ]は、紙幣大の葉っぱで色々なものを包んで食べる料理だった。こんな葉っぱばっかり食べられるのかいな、と出て来た時は感じたが、途中、魚や肉が出て来て、食べ終わってみれば大満足だった。
さすが、[釜山]は韓国第2の都市だけある。立派な建物が立ち並んでいる。最初は、海雲台にできた[新世界センタムシティ]の見学だ。立派な建物だ。渋谷のヒカリエみたいだ。1階入り口を入ると、ブランドショップがずらりと並んでいる。私には無関係。相棒と地下の食品売り場に向かい、フルーツ食べたり、饅頭を買ったりした程度。 次はロッテの免税店。[BBクリーム]が目当てだ。日本女性に大人気。韓国メーカーの物が8本セットで、1本800円。とりあえず確保したが、思い出して、[クリニーク]のBBを3本セット・1本2200円でゲット。女房が使いきれない程買ってしまった。でも国内に比べれば、圧倒的に安いようだ。 次は、[国際市場]だ。海鮮市場のチャガルチ市場の見学もあったのだが、買う気もないので、パス。フリーで[国際市場]を見て回る。市場と言うから大きな屋根の下に、と思っていたがイメージが違っていた。アメ横が広範囲にある。という感じだ。道の中央に並ぶ屋台にバッタ物が置いてある。自分用に少し買った。(所詮、バッタ物が似合う男さ) 途中、揚げパンなども食べたりしたがが、時間を持て余して、30分以上腰かけていた。 今夜の夕食は、[海鮮鍋]だ。少し期待している。
小さな蟹が1ハイ。蛸が少々。ハマグリが1人1個。これじゃあね〜。でも安いツアーだから……贅沢は言えない。 ビールを飲んで、それなりに幸せにはなった。(中瓶が5000ウォンなので、約350円) ホテルには8時ごろ到着。マッサージやアカスリに行った人もいるが、早々と就寝。 |
目指すは、[海印寺]。伽耶山にあるそうだ。伽耶山まで行くとは思ってなかった。ちょっと待ってね、伽耶山と言うことは、確か[大伽耶]のあったところだよね。 洛東江を渡った、西側だ。
世界遺産[海印寺]の目玉は [八萬大蔵経]。木簡で残っているのかと思ったら、版木で所蔵されていた。高麗時代に作成され、[江華島]で造られたものが、1251年[海印寺]に移されたとのこと。800年近く前の事で古い昔だが、私の興味はもっと古代なので、半分興味が失せたが……… ※[江華島]といえば、ソウルの西にある島で、日韓併合の契機となる[江華島事件]が起きたところらしい 8合目あたりの駐車場から、坂道を登る。途中の博物館は休館の為、見学無し。山門を入ると、鐘撞堂がある。鐘の横に大太鼓があってその演奏が見ものだと言う。修行の一環なのだろう、実演を聞いたが、日本の和太鼓連打と同じ。5人ほどが順番で演奏するのだが、パフォーマンスとして神業を期待するのは無理だったようだ。期待しすぎた。 [八萬大蔵経]版木の倉庫は、今の目で見ると大したことはないが、当時のレベルからいえば、大した建築物だ。木版印刷で大蔵経が普及したんだなあ。 −−−−−−−−−−[撮影禁止なので、看板を撮影]−−−−−−−−−− 山を降りると昼食。[山菜ビビンバ] あまり記憶がないので特色がなかったのだろう。アルコールのせい? 午後は[大邸]市見学。韓国3番目に大きい都市だけあって、看板さえ日本語だったら、名古屋だと言われても見間違うかも。漢方薬街に寄ったが、関心を示す人がゼロ。だれも何も買わない。店に入ろうともしない。 漢方薬街は早々に切り上げ、慶州に向かう。世界遺産の[石窟庵]と[仏国寺]の見学だ。 [石窟庵]も山の上だった。跡形もなく崩れていたんだってね。今のものは復元されたわけだが、こんな山の上にねえ………と、驚嘆。撮影禁止なので、外部からの写真しか撮れなかったが、大きな石仏が鎮座していた。 離れて見ると、円墳にも一見見えるけど、内部がドームになっているからだろう。 次は[仏国寺]だ。段差を利用した外観に特徴がある。中門では、仁王様ならぬ四天王が出迎えてくれる。[海印寺]でもそうだったが、装飾は彫刻がなく、ペイントで模様を描いてある。簡素な印象だ。 なるほど金堂の手前に、五重塔があるわけだ。(ここは石塔だけど) 中門・塔・金堂が一列に並ぶ、日本寺院建築・四天王方式の原型か。ガイドの説明では、丸い塔が女性、角の塔が男性を現わしていると言っていたなあ〜。 大きな感激はないけど、TVドラマの[善徳女王]の生きた時代を、思い描きながら興味深く見学した。市内には、[金春秋]と共に[善徳女王]を助けた、[金?捨信(キムユシン)]将軍の墓もあるけど見学する機会がなかったのは少し、心残り。 今晩の夕食は[プルコギ]だ。ホテル横の食堂に7時に到着。お代わりまでして、ビールも飲んで大満足。ごちそうさまでした。夜更かしもせず、バタンキュ! |
習った日本史は、神話の世界から始まり、武士の台頭により覇権を失う時期もあったものの、一系の天皇家により統治されてきたというものだ。 教育は、故意と言うか、無能と言うか、多分野では最新のテクノロジーが革新され続けられているというのに、過去の史観がそのまま放置され続けられている。 [日本の天皇の祖先が半島から渡来した]とする説に、日本の歴史学者は否定的だが、在野の研究者は、肯定的だ。ルーツは半島にある。と、今回の慶州訪問を楽しみにしていた。 4月からは、Eテレの[韓国語講座]も習いだした。ハングル文字を読めるようにはなったが、意味は理解できないレベルだ。習得して、[古代朝鮮語]にもトライしてみたい。そうすれば、[万葉集]の難解な[うた]も判読できるようになるかな? HISの安いツアーなので、大きな期待はしていないが、3泊4日でサーチャージと空港施設使用料を含めて4万2,000円は魅力的だ。しかも7食の食事を含んでの費用だ。 昼ごろ出て、昼ごろ帰ってくるので、実質2日の旅行だ。物足りない気もするが、年配者にとってはその方が体が楽という気もする。 15年振りの海外旅行とあって、緊張していたようだ。多少の睡眠不足ながら出発。日暮里を11時前に出発する予定が、予定の30分前には到着。 そうそう我が家にある、スーツケースは2つあるが、どれも1週間程度の旅行用のもの、いくらなんでも大げさすぎる。しかたがなく、リサイクルショップでキャリータイプの中程度の大きさのものを手に入れた。 使ったって10回程度だろうから、中古で構わない。年寄りは[見栄]なんて感覚はもうない。実質本位! 旅の相棒は、リサイクルショップで大型のスーツケースを300円で手に入れての、出発。ヤジキタ珍道中だ。 電車もスカイライナーには乗らず、特急券が要らない無料特急で出発。片道1,000円丁度だ。 1時間ちょっとで成田空港に到着。最後の海外旅行の記憶が甦ってきた。そうそう改札から簡単に空港に入れたんだね。 エアーブサンの搭乗カウンターは[I-7]から[I-10]だ。案内図で調べてカウンターに向かった。 ?????? えっ? どうなってるの? 該当番号がない。[I]の列は[11]から始まっている。他のアイランドを探しまわったが見つからず。うっそー。 ちゃんと一目で分かるように表示してくれなくっちゃ困るよ。[I1] が [11] に見えてしまっていたのだ。 [I]が上下のくせがなく、ただの1本棒で表示されてるんだもの、誰だって勘違いしちゃうよ!と、責任転嫁してチャンチャン。
時間はロスしたが、早めに到着しているので、未だ時間はたっぷりある。相棒は酒好きなので、早速缶ビールを手に入れグビグビ。どこかでビールとつまみで休憩しようとしたが、どこも高い。で。入らず仕舞い。 途中、旅行保険に入ったが、4日間で5,400円。相棒はネットで3,000円程度だったそうだ。彼の方が賢い! 飽きたので、中の方が安いかな? と出国手続きに入る。今は、ペットボトルも畿内に持ち込めないんだね。 相棒は免税店で、洋酒でも買おうとしたが、国内のディスカウント店より高いので、パス。結局、時間が余りすぎたので、休憩。レギュラー缶程度の量のビールとサントイッチで、1,070円。 なにそれ!市中より高いじゃあない。相棒が高いじゃあないのと文句を言ったら、「税関に言ってください」と一蹴されてオシマイ。2人で「免税じゃあないじゃあないの」とブツクサ言いながら、30分程度の暇をつぶした。 なんやかや、とありましたが、ようやく出発。200人程度の中型機だ。ほぼ満員。離陸して、2度右旋回。この旋回が苦手なんだよね。傾いた翼が元に戻らず、そのまま角度が深くなって、真っ逆さま〜っ!って妄想をしてしまうのが高所恐怖症の私。 相棒が窓側だったので、その体験はせずに済んだ。小1時間飛んだところで、「今、どこを飛んでいるのだろう」の話になった。「紀伊半島か四国の南の太平洋側を飛んでるんじゃないの」と言う私に対して相棒は「日本海でしょ」と、早くも意見が違いだした。先が思いやられる。 後で判ったことだが、私に反論した相棒の見解の方が正しかったことが分かって、早くも敗れ去った私であった。 金海国際空港に4時過ぎに到着。そこからバスで慶州に向かう。6時頃には夕食のテーブルに着いていた。夕食は[サムゲタン]だ。ビール中瓶、5,000ウォン(350円)。日本より安いね。初めて食べる[丸ごとの鳥の腹に米や肉・野菜をつめたサムゲタン]を満喫して、とりあえず、よきに計らえ〜っ! と、中瓶1本で、ご酩酊。 7時にはホテル到着。8時からはバスで20分ほどの[雁鴨池]の夜景を見に出た。日曜日の夜の8時だというのに見学客がひっきりなし。 なかなかの庭園だ。国分寺で見た建物跡同様、丸い礎石だけが並んでいる場所もあり、当時の壮大な建物が想像できる。皇子の邸宅で、迎賓館的にも使用していたとのこと。 出土品が展示してある。その中で、ハングル文字が表記できないのでカタ仮名で記すが、「モッカン」が展示してあった。一枚ものと、縄で綴って丸めるタイプのものだ。韓国歴史ドラマでも見たことがあるやつだ。 あくる朝、ガイドさんに漢字で[木簡]と書いて、つたないハングル文字で[モッカン]と書いて見せた。
ついでに[奈良]と[那羅]の漢字を見せて、「どちらも広い国」って意味でしょう?と聞いたら、「最近の若い人たちは漢字を習っていないので、意味が判らない。私は少し習ったので、少しだけ分かる」との返事だった。 そんなことがあった1日目だった。ホテルに戻って、早々とベッドに入る。が、相棒のイビギが激しくて、気になって眠れず。睡眠不足になってしまった1日目でもあった。 |
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古代日本史関係の本を、継続して読んでいる。ネット上にも様々なブログがあり、頭の体操の宝庫だ。 今感じているところ。世界の化学・科学・医学それに各種テクノロジーは飛躍的発展を遂げて来た。その時代に、邪馬台国のありかが未だ解明されていないという、低迷ぶりは、関係学者が無能だからだろうか?それとも結論を出したくないからなのだろうか? 書籍を見ても、門外漢の人の方が、明快に自分の意見を述べている。また韓国系の著者の見解がより説得性がある。日本人の学者は、どうも日本人は半島から来たのではないと、主張したい人が多いようだ。たぶんその差だろう どうも吾らの祖先は、半島から渡来しているようだ。そりゃあその前から列島に人は住んでいたのだろうが、その人たちは原住民で、熊襲とか蝦夷として辺境に追いやられるか、奴婢に貶められたようだ。 たとえ私の祖先が、古代に半島から渡来した人であっても、私のプライドは傷つくことはない。
今日から3泊4日の韓国旅行だ。ソウルではなく、新羅の首都・慶州を訪ねる旅だ。本当は、伽耶(加羅)地方に行きたいのだが、適当なツアーがないので、予算の関係もあっての決定。 福岡からはフェリーで、釜山1泊2日で1万5千円で行けるらしい。釜山まで行って3泊4日で、洛東江沿いの[金海]やその上流を訪ねるのが次の目標だ。 以前韓国に行ったのは、ソウル五輪の前の年だったので、もう20年も前の話だ。 幸い東京も雨が上がりそう。雲の状況を見ていても、台風の影響は韓国までは出ないようだ。 去年は、奈良旅行だったが、今年も歴史散策の旅。 若いころは、歴史なんて全く関心がなかったのにね〜っ。年とると趣味も全く変わってくるね。 |






