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前略 当ブログをご訪問頂いた皆様にお知らせ申し上げます。
 
1月末頃から、当地(南京)よりヤフーブログ全般にアクセス出来なくなり、
このため当ブログの更新も儘ならない状況が続いております。

原因等についてはヤフー本社にも問い合わせているところですが、最悪この状態が長期化することも十分懸念されます。
 

ご訪問下さったブロガ―の皆様には誠に恐縮でありますが、アクセスが可能に
なり再開が出来るまで暫しご猶予を頂きたくお願い申し上げます。

南京日本人会ブログ担当役員 拝

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南京官話

イメージ 1小生は南京で生活していながら地元の人たちとの日常会話はほぼ普通話(北京語)です。 ただ、街中でチョット愛嬌のある南京方言が聞こえてくると、思わず耳を傾けて会話の音声を追ってしまいます。
 せっかく南京に在住しているのだから、少しは「南京語」を覚えてみたいものですね。
 
この南京語ですが、ものの本によると北京語では消えてしまった「入声」が残っているのだそうです。 漢詩をやる方ならご存知でしょうが、入声は-p, -t, -k,などの韻尾で終わる声調で、日本語に取り入れられた時にはこの語尾が「フ、ク、ツ、チ、キ」に転化したと言われています。 つまり南京語には古代・中世の音声(中古語)が色濃く残っているのでしょう。 漢詩の平仄を合わせるには南京語の方が具合が良さそうですね。
 
さて、十七世紀にヨーロッパのキリスト教宣教師たちが中国にやって来た時、彼らは地方ごとに異なる方言の習得に非常に苦労しました。 後に「教会ローマ字表記」(今でも台湾語の学習に使われています)の考案につながったりするのですが、同時に宮廷や官僚たちの間では一種の共通語が話されていることに気が付くのでした。
 彼らはそれを官僚言語を意味する「マンダリン」(Mandarin)と名付けましたが、実はこれは『南京官話』(又は江淮官話)でした。 つまり当時の中国の標準語は北京語ではなく南京語だったのです。
 
イメージ 2 南京官話が宮廷の標準語だった時代は、19世紀前半の清朝中期まで続いたのですが、官話が次第に北京語に引っ張られていって、清朝末期になるともう完全に北京官話が宮廷標準語として定着してしまったようです。
 首都が北京に固定されてしまい、何よりも皇族が北方民族だったのですから無理もありませんが、南京官話に慣れた役人たちにとっては北京語に発音を矯正するのに随分途惑ったことでしょうね。
 
 さてさて、辛亥革命によって中華民国が成立しますと全国的な教育の普及が叫ばれて、言文一致(白話文運動)と音韻の標準化を目的とする「国語運動」に発展するのですが、何をもって標準語とするべきかについてはいろいろと議論がありました。
 その時は南京語を標準とすべしという意見も少なからずあったのですが、結局は北京官話が標準語として再確認されてしまうのです。
 もっともらしい理由は、北京官話は通じるエリアが広いというもので、南方は山や河川で区切られて、地域ごとに言語が固まりやすいのですが、北方は平原で隔てるものが少なく、広い範囲で音韻の共通化が進んでいるからというものでした。
 ただ、民国初期に国語運動を主導していたのは、袁世凱から張作霖までの北洋軍閥が実権を握っていた北京政府であったことを考えると、南京語は政治的にも目が無かったのかなと思わざるを得ません。 
 
 まあこうして、今日では北方民族言語の影響を色濃くもつ北京語が「漢語」とされて、元々漢人官話であったはずの南京語が「土話」に甘んじている次第です。 また英語のマンダリンも今では北京語を意味していますね。
でも小生はあえて言いたいと思います。 南京語こそ本当は正統な漢語ではないのかと・・・・・・・・。

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中国はこれからお正月

日本の皆様、お正月はもう終わりですか。
中国では、間もなく「春節祭」です。
     街はこれからこのお正月に向けて動き出しています。
 
イメージ 1
 
 故郷へ帰るために切符売り場で並んでいます。
日に日にこの行列も長くなっていき、これから何日も続くことでしょう。
 
イメージ 2
 
最後尾の人はこの後1時間ほど、このまま立っていなければなりません。
 お疲れ様です。
 
     いましたねぇ。中国にも、雪だるま。
 
イメージ 3
                  では、よいお年を

春節と干支

イメージ 1
 
 南京では今朝も雪景色です。
 
 去年の今頃も寒い日々が続いておりましたが、春節を越えると次第に寒さが緩み始めてきて、これから春になってゆくんだなと実感出来ました。
(旧暦「陰暦」の方がアジアの生活感覚には合っていると思います。)
今年ももうすぐ春節ですが、この寒さもあと少しだと嬉しいです。
 
 さて、先週南京の知人の御夫婦に女の子の赤ちゃんが生まれました。 
 小生が「今年の干支のウサギの様に、元気で可愛い子に育つといいですね。」と言ったところ、お父さんは「いや、この子は寅年です。」と言うのです。
 一瞬意味が解らなかったのですが、中国では干支は旧暦に属するものと聞いてなるほどと思いました。 つまり旧正月前の今現在はまだ寅年だったんですね。
 
イメージ 2 という事は、日本で一月か二月の初めに生まれた方の干支は微妙なもので、例えば卯年と思っていても中国では寅年に換算されることになりかねません。
 ならば、その様な方がもしも干支を聞かれたら、「日本の太陽暦では卯年ですが、中国の農暦では寅年になります。」と答えてあげた方が親切なのでしょう。
 
 少々ややっこしいですが微妙な誤解を避けるためには必要なことかも知れませんネ。
 
最近日本では『伊達直人』のペンネームで孤児院などに寄付を行う人が増えているそうで、なんとも心温まるお話であります。
 
さて、昨年の9月米国の大富豪ビル・ゲイツ氏とウォーレン・バフェット氏が北京で慈善パーティの開催を呼びかけた時、中国側の富豪で真っ先に応じたのが陳光標氏でありました。
陳氏は南京にある資源リサイクル会社「江蘇黄埔再生資源利用有限公司」を経営する民間の企業家ですが、別名『中国首善』の異名を持ち、つまり中国でトップの慈善事業家として有名なのです。
 昨年までに8.1億元の寄付行為をおこなっていて、もしも自分が死んだら全財産50億元を寄付すると公言されているとか。
 2008年5月の四川汶川大地震の時は60台の作業車両と120人のオペレーターを引き連れて自ら現地入りし、131名の人命を救出したそうです。
 
 もの凄い人物がいるものだと感心して、同社のホームページを検索してみました。 ( http://www.jshp.com.cn/ )
 すると、これまでの寄付や慈善事業の実績、それとどんな栄誉を受賞したとかが、大量に盛り込まれていて、チョット唖然としました。
 南京の某友人の話では、陳光標氏は他の富豪たちも慈善事業をするのを喚起するため、あえて自らが広告塔となっているのだとか。
 
 日本であれば「伊達直人」よろしく、寄付や慈善行為を行った時にはあまり公表しない方が多いのでは思いますが、中国ではどうも事情が違うようですネ。
 

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