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じゃがいもに似た顔をしてるからでもないが、じゃがいもは大のつく好物である。
ご近所さんで家庭菜園をしてる人から採れたての野菜といっしょにじゃがいももよくいただく。
食べきれないで芽のでてしまったのでもせっせと腹のなかにいれている。
ドイツ料理に、じゃがいもの団子、カトーフュクヌーデというのがある。生のじゃがいもと茹でたのを潰
す、小麦粉をまぜて団子にする。野球のボールより、すこし小さいくらいのを茹でる。肉汁たぷりのブラ
ウンソースをかけて食べるのだが、じゃがいも団子の歯ごたえと、ソースのうまみとでいくつでも食べれ
る。8つも食べて、ドイツ人夫婦を驚かしたことがある。「マッシーほもう〜」でご近所さんに吹聴され
た。もう40年以上も昔のおもいでだが。
ある、ホテルのシェフの料理本に、この料理のレシピが載せられていた。
わたしのじゃがいも料理のひとつにしなくてはで作ったのだが、団子の食感が違う、ソースの味も、あの
昔食べたのとは違う。いく回となくつくるのだが、上手くはいかない。
じゃがいも料理の定番のサラダとか、スナップえんどうやグリーンピースを塩、ブラックペッパー、オリ
ーブ油でまぜたのが、わたしのじゃがいも料理の1と2である。
スライスしたフランスパンをフライパンで炒め、すりおろしたニンニクをぬり、薄く切ってバターで炒め
たじゃがいもをそのうえにのせ、うえにハムものせて、かっこうをつけてナイフとフォークで食べていた
ことがあるが、いまでは歯茎がゆるくなってしまい、固いパンはだめである。
豆のスープにパンをいれてふかしたのが最良である。
駅の食堂の隅で、スープのひと汁をもパンにつけて食べていた老婦人の近くで、かたいパンをちぎり、固
いチーズをすこしつけて食べていたわたしがいた。これもずいぶん昔のことだが。このころは食べ物のこ
とをよく思い出す。
ゴッホの初期のころの絵画に、じゃがいも食べる家族の絵がある、貧しい農家の食事である。
塩あじだけの芋料理かもしれないが、家族での食事であるだ、ちょっぴりの暖かさはある。
BSテレビの番組に「イタリアのちいさな村の物語」が放映されている。
さほど豊かとはいえない家族の話ではあるが、家族が集まっての食事には、どこかうらやましくも覚える
見ながら、孤食はイカンと口にだしている。
犬といっしょの食事だから、孤食ではないなんていいわけをしている。
わたしの犬の食事は超早い、右見て左を見るともう終わっている。テーブルに足をかけて、何か食べるの
ないと。おねだりポーズである。
こんな犬と7年も暮らしているのだから、わたしの食事も早い。どっちもどっちである。
犬も毎日毎日厭きもせずに同じ食事を食べていると感心するが、わたしもよくにたものばかしを食べては
いる。
この正月すぎに寝こんでいた。無性に桃が食べたくなり、無理をいって桃の缶詰を二缶買ってきてもらっ
た。甘味だけたっぷりの桃を、半丸に切ってるのを食べた、あ〜桃だ、なんて感きわまったことを口ばし
ってみたが、あとの桃は欲しくもなくなっていた。
もう、あれも食べたい、これもっていうものがなくなってきている。
寝てるのが最高! なんて、ビワもわたしも先が見えてはきている
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