おばちゃん on fire

テンション高めでつぶやきます

Hard Rock

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当時は全然聴いてなかっだバンドです。
GUNS N' ROSESの新譜を、なんと14年間も待ち続け、
いや途中で待ちくたびれて、そのうちガンズそのものも忘れてしまった2000年代。
当然メンバーも、うだうだやってるvocalのアクセルをいつまでも待っとられんし、
他のことやろっかな、ってって、
いろいろやり始めたものの1つがこのVELVET REVOLVERだったようですね。

メンバーはアクセルを除いた全員なんだーびっくり!笑
その後、自由人イジーだけ、ふら〜っと出てったみたいですが。

で、今になってヘヴィ・ローテでございます。
ガンズが90年代フィルターを透過して帰ってきたってね、
それを象徴するように、
vocalだけ、オルタナ界の江頭2:50(?・笑)のスコット・ウェイランドってのが心躍るポイントだし。

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わーははは
腰だけ軟体生物のそれですが、あとは全身硬直!!
久〇製薬のフェイタスゲルを貼ったげないと。
しかしカッコいいなこの曲。
スラッシュのソロが、…おおお!ガンズやーん!て泣けるもん。

スラッシュについては、後にマイルズ・ケネディを迎えて作った最近のアルバムまで聴いてるけど、
その音楽性はガンズのときから一貫してるんだな。
それでいて、
vocalその人が持つメロディを活かすのがとても上手いコンポーザーであります。
いろんなvocalをゲストに呼んだソロアルバムもしかり。
(↑なにげにスラッシュのこと大好きなおばちゃん・笑)

でこのVELVET REVOLVERも、
先の『Slither』なんて典型だけど、
スコットが前にいたSTONE TEMPLE PILOTSの味が大いにするんだな。
リフ主体のR&Rと90年代オルタナがうまいこと合ってる。
この融合加減、ホントにカッコいい!
『Fall to Pieces』は、ソフトサイドのガンズの定番、って感じの美バラードなんだが、
スコットがALICE IN CHAINSのレインの皮を被って寄せてきてて(?)、
ちょっと屈折してる感じだから好きー。

しかし残念なことに、スコットはオーバードーズのため2015年に他界。
昨日、2004年発表のはずのこの曲のPVを観て愕然としましたね。
孤独に耐えられず酒に溺れ「fall to pieces(ずたぼろになってしまう)」男を
スコットご本人が演じておられるんだが、
これ…演技?
だとしたら上手すぎる。
演技じゃなかったら…ヤバすぎる。
とにかくめちゃめちゃリアルなんだな。


 ヒットしたこのパワーバラードは、GUNS N' ROSES最盛期の様式を備えた、空高く舞い上がるような、それでいてタフな曲だった。ウェイランドがGN'Rの中心メンバーとVELVET REVOLVERを結成した時、単に深みのある声を提供するにとどまらす、曲に自分の痛ましい過去を染み込ませることとなった。
 これは、ウェイランドのヘロイン依存で否応なく妻メアリーと別れなくてはならなかったそのいきさつについての曲である。「君が去ってもうずいぶん月日が立った/俺はあれからずっとここで独りのままだ/年も重ねてしまった」 その年、ウェイランドはRolling Stoneにその別離についてこう述べている。「彼女は俺の収納ケースに座って、私は子どもが欲しいんじゃない、一人前の男が欲しいの、と言ったんだ。」
 『Fall to Pieces』はVELVET REVOLVERの最大のヒット曲になった。ウェイランドのありのままの痛みによって一層パワーアップしたと言える。そしてPVは、預言的で気味の悪いほど、ツアー中のオーバードーズに侵されているウェイランドを映し出している。

PV中で去っていった女性の役は、本物の元妻メアリーだそう。
最後、彼女が戻ってきてくれたときのスコット、硬直が解けてホントに幸せそうだったのに。。。

あと、救助に走ったダフがくそカッコいいぞ

「このバンドこそがロックたるもののすべて」
もう大感動!寄付さしてくれ!
1987年のある日、地元ラジオ局DJのJonathan PonemanはSOUNDGARDENのライブを目の当たりにし、
そんな衝動に駆られました。

それならとキム・セイルが彼に引き合わせたのは、
イリノイ州からシアトルに一緒に来た幼なじみのBruce Pavittでした。
このBruce Pavittという人物、
スケートボードも売ってるレコード屋さんや、音楽誌のライター、ジャンル何でもかけちゃうDJなんかをやりながら、
1986年に小さなレーベルSUB POPをたちあげた実業家なんですね。

この2人の出会いによって、シアトルのロックシーン=グランジが大きく発展したといっていいでしょう。
Ponemanが出資した$20,000のおかげでSUB POPは本格的なレーベルへと進化し、
ここからたくさんのグランジバンドが飛び出してきたわけですから。

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これを機にSOUNDGARDENは、バンド初のEP『Screaming Life』をSUB POPからリリース。
これがまぁ珠玉の6曲で、
今回はいよいよドゥーミーさが増してきつつ適度にキャッチー
クリス・コーネルはたぶんシラフじゃないのに(笑)歌がすごく上手です。
あ、先の「シャウトがきちゃない」曲も再録されています。
そうそう、ドラマーのScott Sundquistが家族を大切にしたいとのことで脱退、
このアルバムからマット・キャメロン加入なんです〜 
より速くソリッドになってますよねー、ふむふむさすが!

シングルでも発売されたHunted Down。
30年たってもライブのセットリストに挙がってますね。

その他、面白いのがLittle Joe。
ちょうど同時期のイーノ+ラノワプロデュースのU2っぽくない?て感じで始まるのが意外でステキ
すぐにセイル節に転調しちゃうんだけど。
そしてクリス・コーネルのこんなラップは後にも先にも聴いたことないかも。
山本さんの日本的フレーズも。遊んでるやろ(笑)

オールドスクール的ストレートなロックでカッコいいEnteringも好きだし〜、
著作権違反ギリギリ、ある50年代の宗教家の演説テープからスピーチを勝手に拝借したところ、
完璧にマッチしたというHand Of God、
その後のアルバムでもお馴染みの、地底沼ドロドロサウンド+超絶ハイトーンボーカル、なスタイルのNothing To Sayなんてもう圧巻です。
この曲で使われたドロップDチューニングが当時斬新で、
ALICE IN CHAINSのギタリスト、ジェリー・カントレルが「すごーい!」と感動、
マネっこ(=参考&発展かな笑)して作られたのがあの衝撃のドロドロアルバム『Facelift』だったそうですよ。


結局全6曲、すごーい好きの『Screaming Life』ですが、
その1年後に発表されたEP『Fopp』とカップリングで出回っているのが一般的みたいですね。

『Fopp』のほうは、
GREEN RIVERのカバーでいかにもSUB POP的なパンクのSwallow My Pride、
えー、めっちゃファンクやし、と思ったらやっぱりカバーだったFopp、
と半分お遊びだけど、すっかりSOUNDGARDENの曲として手を抜かずに演奏しきってるとこがよろしいわ。

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1987年当時のクリス・コーネル。
かっかわいい
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あの、ふらふらなのにクォリティ高いデモ音源から間もなく、
SOUNDGARDENは、
アンダーグラウンドすぎるインディレーベルから、
アンダーグラウンドバンドの代表6バンドからなる、
アンダーグラウンドなコンピレーションアルバム『Deep Six』で登場します。
商業的にはまるで振るわなかったそうですが、
グランジ・ムーブメントの起こりを知る上で、押さえておくべきアルバムだと思います。
参加したのはSOUNDGARDENのほか、
GREEN RIVER(のちのPEARL JAM+MUDHONEYの面々)、
MELVINS(グランジサウンドの祖の祖、現在も活動中!)、
SKINYARD(当時マット・キャメロン在籍)、
MALFUNKSHUN(PEARL JAMの前身のMOTHER LOVE BONEのvo.アンドリュー・ウッド参加)
など、すごいメンツでございますー。
ここがまさに病原体の核の部分ですよ〜!(笑)いやマジに。

私はこのアルバムの存在を今回初めて知り、
youtubeで音源を聴いてきましたが、
ほしい!!(入手非常に困難
原石状態の上記のバンド達、のびのびと荒れ狂ってまーす!
グランジが地面下でふつふつと沸騰を始めたことがよく伝わってきて、
その緊張感から生じるエネルギーにもう圧倒されるし、
そこはかとなく漂うゲス臭にくらくらしますね〜。

SOUNDGARDEN。初期はパンク色が強かったのね。
SUB POPはこんな感じのバンドがとっても多かったので流行ってたのかなシアトルで。
クリス・コーネルのシャウトがとってもきちゃない(笑)

これもきちゃないぞー(笑)
この曲は、89年に録り直されて『Loudest Love』というミニアルバムに収録。
私はそっちを聴いて知ってたのですが、さすがにもっと洗練されてたなぁ。


でも、先にも言いましたけど、
地上のアメリカがキラキラポップだったのに、
彼らはそんなのは全く眼中になかったのがすごい。
そして、このカッコよさを理解してくれた、のちのSUB POPの創設者Bruce Pavitt氏と、
このカッコよさに目を付けた地元ラジオ局のDJ、Jonathan Poneman氏はすごいです。

つづく。

クリス・コーネルの偉大な功績を称えたい一心で、
ここ数日SOUNDGARDENしか聴いていません。
なんかまだ信じられなくて。

いっそデビュー時から振り返って…
とyoutube巡りをしているうちに、スゴイの観ちゃった
なんとデビュー前の1986年のlive


Soundgarden - Live at The Rainbow Tavern and The Central, June 1986
カオスがすごい!!
すごすぎて、何の曲かわからない!!


SOUNDGARDENは1984年シアトルで結成。
当初、クリス・コーネルはvocalとdrums担当だったそう。
ベースは日系のヒロ・ヤマモト、
インド系のギタリスト、キム・セイルとで狭い狭いステージで演奏する様子は、
見た目もカオスだったんだな。
その後、ヴォーカルに専念するために、Scott Sundquistというドラマーを入れ、
このラインナップで1年間だけ活動したということです。
上の映像はその当時のものですね。へー!!

しかし、
86年なんて、ボンジョビが『Livin' On A Prayer』でシンセばしばし、
ヨーロッパが『Final Countdown』でシンセばしばし、
を始めて、HR/HMがどんどんキラキラポップ化してった頃ですよねぇ。
そんなものには目もくれず、ぐでんぐでんのクリス・コーネルと暗黒どろどろな楽器陣。
ステキすぎてオソロシい。


85年のデモ音源だって。音が鮮明。

Soundgarden - Incessant Mace [Demo] 1985
めっちゃブルースでサイケで病的だこと。
ふらっふらじゃない?(笑)
それでいて完成度が高くないですか。
<追記>
デビューアルバム『Ultramega OK』(1988)再録。
そしてなんと、1994年の東京厚生年金会館でのライブでオープニングを飾った曲じゃーん。
しょっぱなからエラい初期の、しかも重苦しい雰囲気(笑)


シアトルのダウンタウンにあるThe Central Tavernには、乙女の頃に友人と訪れたことがあります。
てゆうか、コワいから外から眺めるだけ。92年のことです。
何枚も何枚も写真を撮ってて、その横に「Pearl Jamのオフィス兼クラブ」て書いてる私。
そっか、中はこんなホールもあったのね〜。やっと判明、ここはオフィスじゃない(笑)

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photo by えあーりん



1991年、
それまでのギランギランHR/HMバンド達が過飽和状態になった頃ではありましたが、
私はまだそれに気付かず、ヘヴィメタルと呼ばれていた音楽だけを聴き続けていました。

ある日BURRN!誌を何気にめくっていると、
「新人紹介コーナー」のようなモノクロページに小さく載っていたバンドショット。。。「なにこれカッコいい!!」
デビュー間もないPEARL JAMでした。

見た目からだったとはいえ、それがグランジと呼ばれるムーブメントとの出会いで、
おまけにPEARL JAM、NIRVANA、SOUNDGARDENが、
ほぼ同時にアルバムを発表したという、今思えば贅沢な偶然が重なり、
一気に大量のグランジ・ロックを耳にすることになります。
1991年はロックシーンにおいて、
まさに「グランジ元年」だったんですね。

ラウドなギターと重低音のベース&ドラム。
聴いてすぐに魅せられました。
私の場合、HR/HMと区別なく聴いていて、
つまり、違いがよくわからなかったわけですが、
その後しばらくして、それらグランジ勢が日本のマーケットで受け入れられていないことに気付きました。
NIRVANAなんて、最初はだれも見向きもしなかったのに、
アメリカ他海外で爆発的にヒットしたのを見て、日本でも見直されたという印象です。
PEARL JAMはアメリカでもなかなか火が付かず、デビューアルバム『Ten』は、
発売から1年近く経って、NIRVANAが売れたおかげで注目され始めたんですね。
日本では、その頃でも「なんか違う」という雰囲気が漂っていました。
BURRN!にも載らないし、ラジオでもかからない、
それがすごく不思議でした。

当時、仲良し5人組でライブに行っていて、
みんなだいたい同じバンドが好きで、いつも一緒に行動していましたが、
グランジ勢に反応したのは私を含め3人、
あとの2人は、はっきりと拒絶しました。「メロディがないやん」
そこで初めて理解できました。
メロディ愛好家が多い傾向がある日本では、いたしかたない状況なんだと。
誰にでも、耳の趣向があるわけで、
私がこてこてバラードを受け付ける耳がないのと同様のことだから。

その頃SOUNDGARDENはといえば、
PEARL JAM、NIRVANAにやや後れをとった感がありました。
1991年に発表されたのは、あの大傑作『Badmotorfinger』でしたが、
その2バンドに比べると排他的だったのでしょうか。
次に発表したアルバム『Superunknown』(1994)でようやくブレイクするのですが、
ここからキャッチーなメロディを入れ、クリス・コーネルが歌唱力を発揮できる方向へシフトしています。

要するに、SOUNDGARDENを時期的に区切るとすれば、
デビューから1991年まででいったん線を引くことができるでしょう。
ここまでのSOUNDGARDENのサウンドは、
陰鬱で病的で攻撃的です。
あのサウンドの渦の中に巻き込まれたときの泥酔感。
ハマると抜けられない中毒性。
たまらない。

つづく

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