鵜住居のお部屋

今日はなんだか・・(鬱)

高岡より氷見線と城端線の旅

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 皆様、大変お久しぶりでございます。
 鉄道記事を久々に更新することとしました。それも氷見線と城端線の特集です。


 一旦、筆を休めてから前の記事の日付を見たらなんと半年近くも経っていたんですね〜。なかなか更新がままならず・・。
 この特集をここで終わらせるのも何となくいかんな〜と思いまして今後も不定期更新になるとは思いますが、再び書き始める事としました。


 ちなみに今後、特集ネタとして全駅紹介付きでやっていける鉄路の候補はもうかなり溜まっていまして、長野電鉄全線(本線、屋代線含めて)、総武流山電鉄線、関東鉄道全線(本線、竜ヶ崎線含めて)、茨城交通湊線、わたらせ渓谷鉄道線、小湊鉄道線、いすみ鉄道線、銚子電鉄線、身近では江ノ島電鉄線、そして廃線となってしまった鹿島鉄道線、くりはら田園鉄道線・・。
 それ以外にも全駅訪問はまだながらもう王手がかかっている吾妻線などなど挙げれば暇がないほどです。


 さて、私が筆を休めている間にも鉄道関連の話題ではかなり動きがありましたね。
 私は地方鉄道を気にする立場から挙げさせて頂きますと、例えば並行在来線として青い森鉄道に今後移管されることとなる八戸〜青森間。
 この区間が並行在来線として切り離されることとなりますと、言わずもがな・・事実上の東北本線の支線みたいな感じだった八戸線、大湊線がどのJRの路線とも接続しない孤立路線へと変貌してしまうことになる訳ですが、これらの路線についてJR東日本は同区間移管後も運営することを表明したということで、悪ければ廃線になるのでは?と心配されていた沿線の方々には朗報になったのではと思います。
 私も太平洋の海を眺めながら久慈へと向かう八戸線や陸奥湾を眺めながら恐山や釜臥山の麓へと向かう大湊線が移管されたり、最悪廃線となるのはあまりに忍びないと思っていましたので自分にとっても朗報だと思いました。


 このように、JR東日本側の並行在来線問題については少なくてもその支線のような役割となる路線については事実上存続が決まったような感がありますが、それに引き換えこれら八戸線や大湊線と同じような立場にあるのが今回、特集でも継続して取り上げている経営分離の対象区間の北陸本線に接続するJR西日本の氷見線と城端線、他にもJR西日本の管轄区間となる大糸線の南小谷〜糸魚川間、そして津幡から和倉方面へと向かう七尾線ということとなります。


 これらの路線についてはまだ何も決まってはいませんが、北陸新幹線の開通に伴い、並行在来線の区間となる長野〜(信越本線)〜直江津〜(北陸本線)〜金沢については経営分離されることとなっています。
 それに伴い、同区間内に接続する上記の路線もあわせて経営分離されるのではというのが、現時点での状況となっています。事実、かつての富山港線は先陣を切って転換されていますし・・。


 もちろん、上記の接続路線は新幹線が通らない路線ですから厳密的には並行在来線ではないのですが、元々採算のあまり見込めない閑散区間であることが多く、特に大糸線の南小谷以北は想像に難くないです。
 同じく区間内の富山駅に接続する高山本線については、岐阜から入線してくる特急ワイドビューひだがJR東海の運営ということもあって、同じくJR東日本の篠ノ井線に入線するしなのと同じ立場であることからそう簡単に経営分離と行くかどうかは不透明ですが・・。


 いずれにしても今後、どうなってしまうのか全く先行きが不透明な路線となってしまった氷見線と城端線ですが、最近になって並行在来線を支援するという政府側の取り組み姿勢も見えてきてはいますが、やはり一番なのはJRとして存続するのが、利便性の面でも良いでしょうから(特に運賃などの面で)なんとか現状のまま、存続という道が開かれないか気になる所です。


 そんな、並行在来線問題を作り出した張本人である北陸新幹線の駅が仮称新高岡駅として、開業するのが今の高岡駅と城端線の二塚駅の間辺りだと言います。
 そうなれば、城端線がどのような形になろうとも廃線にならなければ接続地点で城端線側にも新駅が誕生することとなります。


 そんな並行在来線問題がちらつく城端線の駅を次回はその二塚駅から紹介していくこととしましょう。


 (写真) 城端線の沿線案内図

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 それでは今回は城端線の車両と運行形態について。
 どうも最近鉄道記事が不定期記事になってしまっていて、申し訳ないのですが・・(汗)。


 さてさて、城端線ですがこの路線も氷見線同様単線非電化ですから使われている車両は高岡鉄道部所属のキハ40形やキハ47形などです。
 また、二塚駅までは貨物輸送もなされているので貨物列車が1日2往復コンテナ車などで構成された列車が運行されています。
 DE10形ディーゼル機関車だそうですがこの辺の貨物の詳しい車両についてはサッパリなので・・。


 城端線の旅客としての運行形態は大体1時間に1本くらいの割合でしょうかね。
 そして朝の上り列車2本が富山駅まで運行します。全ての列車が城端まで行きますので、意外にも砺波止まりの列車などはなかったりします。


 それでは今回は短いですが次回から駅の紹介へと移りたいと思います。
 正直、運行形態についてはこれといって書くことがないですね〜・・。


(写真)
 1枚目 高岡駅に停車中の城端線の列車
 2枚目 二塚駅に停車中の貨物列車 DE10形

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 それでは今日は城端線の歴史について触れていきたいと思います。


 さて、城端線は富山県の鉄道の中では最も古い歴史を持ち、まだ西暦が19世紀であった1897年・・明治30年に中越鉄道によって黒田仮停車場〜福野間が開業したことに端を発します。この時に開業した駅は黒田仮停車場、戸出、出町、福野。
 その後同年8月18日に福野〜福光間が延伸開業され、福光駅が開業し、さらに10月31日には今の城端線の終点の駅である城端駅までが開業し、城端駅が誕生します。
 まだこの当時は官営鉄道となるところの北陸線が開通していなかった為、今の高岡駅が未定であったことから起点が高岡駅ではなく、黒田仮停車場が臨時の起点駅として設けられていました。


 翌年となる明治31年1月2日になって北陸線の高岡駅が決まったことによって、高岡〜黒田仮停車場間が延伸開業し、今の城端線の区間が全通しました。
 またこれによって高岡駅が開業した為にそれまでの起点だった黒田仮停車場は廃止となっています。


 その後は明治32年4月3日に初代の二塚駅が開業し、5月30日には高儀駅が開業・・、明治33年には油田駅が今の氷見線の区間でもある高岡〜父子期間の延伸開業に伴って誕生します。明治35年4月3日には初代の二塚駅がここで廃駅となっています。


 大正3年2月20日に廃止となった二塚駅が二塚停車場として再び開業し、大正9年9月1日には中越鉄道として運営していた全線が国有化され、この時は今の氷見線の区間である伏木〜高岡、そして城端線の区間である高岡〜城端が中越線として運営されることとなります。
 また、この時に二塚停車場が二塚駅(2代目)に昇格します。


 さて、今の区間が城端線と名乗られるようになるのは昭和に入ってからとなります。
 昭和17年8月1日に高岡駅を基点に今まで中越線と名乗っていた伏木〜高岡間が氷見線に編入され、高岡〜城端間が城端線と名乗られることとなります。


 その後は駅の新設が続き、戦後の昭和26年8月10日に東野尻、東石黒、越中山田の各駅が開業。昭和29年11月10日に出町と名乗っていた駅が、今の砺波駅に名義変更されます。
 昭和31年11月19日に林駅が開業して今の城端線の区間の駅が全て開業したこととなります。


 昭和40年代に入ると徐々に貨物が縮小し、昭和55年9月25日には高岡〜二塚間以外の貨物は全て廃止となります。
 その後は昭和62年に国鉄再建の嵐の中を潜り抜けて、JR西日本に継承されて今に至ります。


 これまでの歴史の中ではかつて福野駅から加越能鉄道加越線が出ていましたが、昭和47年に廃止されてしまいましたので、今では高岡以外ではどの路線とも接続しない完全な盲腸線となっています。


 それでは次は運行形態と車両について書いていきたいと思います。

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 それでは今日からいよいよ城端線の紹介に移りたいと思います。


 まず、最初に城端線については時間の関係で全駅を訪問している訳ではありませんで、業務委託駅を含めた有人駅のみの訪問となっていますので、お願いします。
 ただ一駅だけは無人駅ながら訪問していますが、その理由についてはこの中でおいおい紹介していくこととしましょう。


 さて、氷見線が高岡駅から北へと延びる路線だったのに対して城端線の方は高岡駅から南へと伸び、砺波平野を縦貫していきます。
 ということで城端線は富山県の高岡市にある高岡駅から散居村落やチューリップの栽培などで名高い砺波平野を通ってその南端にある南砺市にある城端駅までを結ぶ全長29.9キロの地方交通線です。
 もちろん、路線はJR西日本によって運営されています。


 終点の城端駅は世界遺産としても有名な白川郷や五箇山などにも近くそちら方面行きのバスも発着しているという比較的観光的な要素の強い路線でもありますが、朝夕はやはり通学の学生さんで大変混みあう路線でもあります。


 城端線は言うまでもなく全線単線非電化の路線で閉塞方式は特殊自動閉塞式。
 駅数は終起点を含めて13で高岡駅を除いた全区間がJR西日本金沢支社高岡鉄道部によって管理されています。
 列車交換の出来る駅は6つあります。それと高岡駅からお隣の二塚駅の間は今も貨物輸送がなされていてこの間3.3キロは日本貨物鉄道との併用区間でもあります。


 これから先、城端線の区間では北陸新幹線の開業に伴い、高岡駅と二塚駅の間に新駅が誕生する予定で新幹線の延伸に伴い、城端線の活性化も期待される半面、これに伴う北陸本線の並行在来線の切り離しで沿線の方々の不便さも増してしまうことでしょうから、その点での鉄道離れも憂慮されます。
 それどころか肝心の城端線までJRで面倒を見てくれるのか微妙なところでしょうから、やはり氷見線同様、何かとこの後が気になる路線でもあります。


 それでは次回は城端線の歴史について触れてみたいと思います。
 それと城端線の各駅もここで紹介しておきましょう。


= 城端線の駅 =


 高岡(み) − 二塚(委) − 林(無) − 戸出(簡) − 油田(無) − 砺波(み) −


 東野尻(無) − 高儀(無) − 福野(簡・み) − 東石黒(無) − 福光(簡・み) −


 越中山田(無) − 城端(簡)

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 今日はいよいよ氷見線の終点、氷見駅を紹介します。


 海水浴場のある島尾駅を出ると、鉄路は一路海の近くを北西へと伸びて行きます。島尾駅から氷見駅までの距離はそれほど離れてはなく、右手に氷見海浜植物園を見て駅のそばで新川を渡ると終点の氷見駅が近くなります。


 尚、以前も書きましたが氷見駅については夜間に到着した為にあまり写真がありませんのでご了承ください・・。


 氷見線の氷見駅は富山県氷見市伊勢大町1丁目にあるJR西日本の駅です。
 駅のホームは1面2線の構造となっていますが、普段はこのうちの1線が使われるのみとなっています。
 言うまでもなく氷見市を代表する駅ですので駅舎内には伏木駅と同様にみどりの窓口が設置されていて、しかも社員配置の駅となっています。


 さすがに駅の利用者も870人ほどと氷見線内では越中中川駅の次に利用者の多い駅となっていて、朝夕は多くの学生さんなどで混み合いますが、逆にいえばこの路線も他のローカル線同様、学生さんが生命線になっている節もあります。


 氷見駅は大正元年9月19日に中越鉄道が同駅まで開業したのが始まりでその後は大正9年に国鉄の駅となり、昭和33年の富山国体を機に現在の駅舎へと建て替えられました。
 それからは昭和62年よりJR西日本の駅となって今に至ります。


 氷見駅の周辺には氷見市役所や氷見高校、朝日山公園などがあり氷見市観光の拠点となっています。
 ちなみに氷見市は人口55,000人の市で富山県の北西端に当たる街です。市境は西側と北側がそれぞれ県境ともなっていて、東側と南側は富山県高岡市に囲まれ、逆に北側から西側にかけて七尾市、中能登町、羽咋市、宝達志水町と接しています。


 氷見駅については夜間の訪問ゆえ、あまり書けませんがまた次に訪れる機会があったら追加補足してこのコーナーに書き記したいと思います。

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