ぼくの体について

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ぼくの障害について

ぼくは 兵庫県内に住んでいます。生まれは、和歌山県で産婆さんで生まれ、生まれた日の次の日に全身・顔に黄疸ができ、けいれんがあって救急病院に運ばれ、一年間ぐらい検査入院などでしていました。退院後も、伊丹市に来て尼崎市の関西労災病院に再入院したり、診察受けたり 2歳になり、池田市の病院や大阪市のボバース記念病院へ行っていました。今、現在も定期検査で行っています。
ぼくの病名は、脳性麻痺っていいまして 脳性麻痺は出産の時期に起こる脳血管性のもので、胎盤からの切り離された後、自ら呼吸を始める間の酸素の欠乏によるものです。このような脳性麻痺では脳室周囲の白質と呼ばれる部分が壊されますが、ここは運動神経が通過する場所であることから、運動麻痺をきたします。脳性麻痺が脳卒中と異なる点は、それが発達途上にある赤ちゃんに起こったことにあります。
通常、赤ちゃんの発達は頭から尻尾側に向けて起こり、腹ばい、お座り、立っち、歩行と進んでいきます。しかし、脳性麻痺の児は基本的な腹ばいでの頭上げや寝返りが少ないため、自然な発達の積み重ねがとうしてもゆがんでしまいます。放置された児では運動の形に多様さが無く、状況に応じて柔軟に身をこなすことができません。たとえば、寝た状態から立ち上がるときに、いっきに立ち上がったり、片手をついて立ち上がったり、寝返って腹ばいから立ち上がったりと、その場の状況に合わせることは当たり前のことですが、それが難しく、いつも同じ方法でしかできません。
このような脳性麻痺に対する乳児期の治療の考え方は発達を促すための基本的な姿勢の獲得にあります。首の座らない児が一足飛びにお座りができるようにはならないので、常に前の段階の姿勢を考えることが重要です。たとえば、首が座らなければ腹ばい、お座りができなければ腹ばいと寝返り、立っちができなければお座りや膝立ち、歩行ができなければ立っちといった具合です。なぜなら、お座りのできない赤ちゃんは一日中腹ばいで遊んでいますが、その姿勢を取っていることでお座りに必要な筋肉が徐々に使えるようになり、十分に使えるようになった段階でお座りができるようになります。つまり腹ばいの中に頭を上げる、両腕で支える、体をよじる、捻る、片手を上げて体はそれを支える、脚を反らすなど様々な動きが含まれています。さらにお座りであれば、腰を伸ばす曲げる、骨盤を起こす倒す捻る、両手を使うときに腰と脚で支える、体が傾いたときに体と腕と脚で支える、などお座りにはさらに高度な運動が含まれています。もちろん、それだけで良いという訳ではなくいろいろな訓練を行いますが、重要なことに間違いはありません。
一方、幼児期以降ではできない動作を通常の方法でないことで実現する代償動作とよばれる方法が目立ってきます。多くの脳性麻痺の児は体を「伸ばす・開く」ことよりも「曲げる・閉じる」ほうが得意なため、何らかの動作を起こすときに「曲げる・閉じる」動作を使って解決しようとします。また、なかには連合反応や緊張性頚反射と呼ばれる姿勢のパターンが現れる児もいて、その動作を利用している場合もあります。このような代償動作は年齢とともに定着してしまいますので、訓練ではその代償動作を抑えながら行う必要がでてきます。
上記の訓練の考え方は現在最も多い痙直型と呼ばれる病型に対するものです。痙直型は脳卒中でも最も多い型でどちらかの半身が不随となる痙直型片麻痺が典型的です。痙直型麻痺は麻痺といっても「だらん」と力が抜けた麻痺のイメージとは違い、「こわばる」というイメージです。ちょうどTVゲームでボタンを速く押していて、あるスピードを超えるとこわばってそれ以上速くは押せなくなります。このときの感覚がゆっくりの動作でも生じてしまうというイメージが最も近いと考えられます。さらに、この「こわばり」は精神的な影響を受けやすいので、慣れない動作や周囲から見つめられたりするとできていた事ができなくなってしまったりします。
2歳の頃から、伊丹市内の通所施設へ行き、訓練して泣きながらがんばっていたり、友達とお絵かきしたり先生と遊んだり、でも、運動神経もにぶくて走ったりできません。市内の養護学校に進み、そこで毎日 1時間、機能訓練って言う時間があり、泣きながら先生と頑張ってきました。小学4・5年まで歩行器を使って歩く練習とか学校の階段をはらば腹這いで足がすりむきながらあがったり、降りたり腕の筋肉の維持のために訓練していました。ぼくは、子供の頃 周囲の子供達とちがい 例えば TVゲームしていた時も動作も遅くすぐゲームオーバーになってしまい、悔しい想いでした。
中学は、養護学校でとてもこわいって言いますか、きつい先生が担任になってぼくは半分 学校へ行くのがイヤでした。ぼくのクラスは3人でその3人はある程度自立できる人だったし、まあまあ頭の中に把握できる人である日、理科の実験で先生が「自分達でやってみなさい」って言われ、いろいろな理科の実験で使う用具でしましたが、フラスコを落として割ってしまい先生に怒られたときがありました。
小学1年から中学3年までは、週1回校区の小学校 中学校へ学生服を着て行き勉強してきました。通学と家に帰るときは、友達がぼくの車いすを押してくれて学校行ったり、家に帰ったりしてました。小学校 中学校へ行きみんなと勉強してたけど、わかった所があったり、わからない所がありましたが、黒板に書いてるのをみんながノートに書いてもらいいろいろ教えてもらいました。そして、学校帰りとか日曜日とか友達何人かと遊んだ時があったり、小学校 中学校の行事(体育大会 文化祭 遠足)に参加して楽しかったです。
高校生になって、何とか自分でトイレ出来るように養護学校で担任の先生と訓練してきて百貨店のトイレを借りて訓練して頑張ってきました。そして、通学も家に帰るときも自分で帰る練習して一人で帰れるようになりました。当時は まだ手動車いすで移動していて行動範囲が狭くて、家の近くの辺りをうろうろしていました。養護学校で、夏休みの期間中、何日か登校日があり3泊4日の療育キャンプっていうのがあって朝から夜まで訓練の時間がみっちりと、一日5回の機能訓練が組んでおり、それはとても厳しくて辛かったです。でも、キャンプに来て下さったボランティアさんと遊んだり、話したりして楽しかったです。
障害者スポーツと出会い3年間ぐらい、学校が休みの日にローリングバレーボールをしてました。やってみると、結構楽しかったです。ローリングバレーボールは、座ってボールを打つスポーツでそんなに普通のバレーボールと変わりません。ぼくは、神戸市玉津の総合リハビリテーションセンターの体育館や西宮市総合福祉センターへ行き大会など参加したけれど、補欠で控え選手でした。
高校生だから、ぼくと親と担任の先生と進路のことを考えてました。学校から兵庫県内の授産施設など見学したり、一週間 職場実習で行ったことがありました。
高校卒業後、兵庫県佐用郡の千種川リハビリテーションセンターへ入所してました。そこでは、7年間も入所していました。そこでは、理学療法(PT)作業療法(OT)言語療法(ST)が午前中1時間ずつありまして、ぼくは理学療法(PT)に受けて両肩や腰に低周波治療してぼくの場合、手足が硬直してますから少しでも柔らかくするようにリハビリしたり、平行棒で立ち上がりの訓練したり、理学療法の先生にいろいろ自分でもできる訓練などのアドバイスくれたりして学びました。作業療法(OT)は、手先の訓練をかねて毛糸の帽子を作ったりマフラー作ったり、手先が不自由で1つ作るのに4ケ月かかりました。何個も何個も、毛糸の帽子やマフラーとか作るたびに早くなってうれしい気持ちになりました。300ピースのジクソーパズルを作ったりしてましたけど難しかったです。言語療法(ST)は、発声練習や小学高学年から中学3年までの漢字ドリルとか文章問題集とか、計算ドリルとかやっていました。そして、また一ヶ月に一度 ある作家さんが書いてる小説本とか先生が読んでくれまして、リハビリセンターに入所しているぼくと同じ脳性麻痺の人たちと、その本の感想とか討論会してたことがありました。
午後からの1時間は、作業って言いまして 授産施設に向けての練習でモップの袋詰めの作業していました。モップの袋詰めの作業も、最初なかなかできなくてイヤになった時もありました。職員さんにいろいろアドバイスなどくれたりして、なんとかモップの袋詰めの作業も日が経つたびにペースも早くなり、一時間に何袋も出来るようになりました。そして、クラブ活動があり囲碁・将棋、卓球、アマチュア無線などがありアマチュア無線に入り免許取るために勉強してました。試験は大阪市内で一年間に4回あり、大阪まで試験受けに行き2回目で合格して免許証もらいました。毎晩、寝る前まで個室で試験勉強してました。そして、その他は外出歩行訓練で天気がいい日にリハビリセンターの周りを何回もまわりました。または、先生の付き添いで入所者何人かと電車を利用して姫路へ買い物する訓練やっていました。
そして、7年経って西宮市の新生会作業所へ入所して パソコンで文字入力や名刺・封筒・パソコンに打ち込んでます。冬は年賀状印刷しています。印刷専門ソフトのイラストレーターっというソフトがあり、それを使ってお客さんの注文を作成してます。入所した当時は、そのソフトの使い方もわからなかったし ぼくが作ったデザインもよくはありませんでした。通所した当初から比べると、だんだんと覚えてきたかなと思っています。今現在で6年通所しています。家から、作業所まで1時間ちょっとかかって電車通勤しています。そして、ここ最近では作業所で焼きたてパンやクッキーやアーモンドボールなど作っていて、売ったりお客さんから注文くれた品物を納品しています。
そして、ぼくは、毎週 西宮の福祉センターの中にあります、リハビリセンターへ行っています。ある日、リハビリセンターへ通所で来てた当時21歳の青年と会い、玉津の総合リハビリセンターで電動車いすサッカーしているけどやってみないか?」と声かけられました。それが、5年前に巡り会ったのは電動車いすサッカーです。当初は、玉津の総合リハビリセンターまで行き、月2回やっていました。やってみると、なかなか迫力があり楽しいスポーツやなぁと思いました。少し、怖かったですけど・・・。
それから、1年ぐらい経って「玉津のリハビリセンターまで行くのは、遠くて地元で(阪神地区で)やってみようかな?と思い 伊丹市で電動車いすサッカーチームを結成し、メンバーも、呼んで増えて今現在は 6人で西宮の福祉センターで練習して年に3回大会があり出場してなかなか勝てない日々が続いてますが、がんばっています。
そして、みなさんもご存じであると思いますが10月から障害者自立支援法が施行されます。そのおかげで、ぼくたち子供から大人の障害者が利用してます通所施設、入所施設、そして生活面で利用してるヘルパーさんの依頼しても1割負担でお金を今年4月から支払いしています。2年前から、障害者自立支援法がニュースになり、日本全国の障害者は 日本各地でフォーラムやデモ行進を行っていました。イヤ、今現在も行っている地方もあります。ぼくも、大阪市内でありましたデモ行進・神戸市内でもあって参加していました。「これからの障害者が住む日本はどうなる?これでいいんやろうか?今日、総裁選がありますが安部晋三さんがなりますが もう一度福祉のこと、法律とか見直しして欲しい」と思います。

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