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5月 6日
今日も朝から、ほぼ快晴になりいい天気になりました
今日の気温は きのうより高めで暑い一日でしたよ
ぼくは今日は 家でゆっくりとしていました
部屋の中で 以前にドラマとかバラエティ番組とか見ていました
さて 3月10日〜12日 東北地方・仙台市・石巻市に行きました、
記事・写真を載せます
今年2月初めから、インターネットで飛行機の運賃表を見たり何回もピーチ航空の会社へ電話をしても、なかなかつながりにくい状態が続き、なんとかつながり「電動車いすを機内へ乗せられるのか?」とか航空チケットの買い方とか聞きながら購入しました。
電話で航空会社からも、「バッテリー取り外しは可能ですか?」といろいろと聞かれ、取り外しは分解しなければならないので不可能です。と答えました。
伊丹空港にはピーチ航空の離発着はありませんので「伊丹空港にもピーチ航空があったら・・・2時間かかって関西空港へ行かなくていいのになぁ」と感じました。
3月10日朝7時30分に家を出発してJRで関西空港へ向かい約2時間かかり関西空港に到着して、ピーチ航空のターミナルへ行き手荷物カウンターで、電動車いすを機内に乗せるためにそこでも、「バッテリー取り外しは可能ですか?」といろいろと聞かれ、「この間に言ったやんけ。ややこしいのぅ」と思いました。
電動車いすを手荷物カウンターへ預かってもらい空港用の手動車いすに乗せてもらい搭乗口まで行き、機内まで手動車いすで連れて行ってもらい飛行機の座席に座らせてもらいました。機内では、腰のベルトの他に体を固定するために胸のシートベルトをくれました。そのシートベルトをつけると「まるで貼り付けの刑」でした。少し苦しかったなぁ!ピーチ航空に乗って旅たちました。
そして、約1時間半後に仙台空港に到着して手動車いすが機内へ持ってきてもらい車いすで手荷物受取所へ行き電動車いすが置いてありました。電動車いすに乗り換えてJRで仙台駅に向かいました。仙台市に到着した頃は、天気と気候は雲が多くて雨は降ってなかったし、そんなに寒くはなかったです。
仙台駅構内の牛タンのお店へ行きステーキを食べてきました。味は、少し甘味がありやっぱりおいしかったし、やわらかったです。ぼくが行ったころ午後2時ごろだったので人が少なかったです。
帰りが荷物いっぱいになるので仙台駅で、先にみやげ物を買って自宅に宅急便で送りました。
そこから、仙台駅から外へ出てむちゃくちゃ雪が降ってきて寒かったです。雪が降ってる中、駅周辺を歩き回ると、大阪市とか神戸市とか比べてみたら街中がきれいかったです。そして、夕方になって駅周辺の商店街にある一品料亭店でお寿司とか刺身とか食べてきて、生牡蛎も食べて、なかなか大きくて「プリプリ」としてとてもおいしかったです。店の店長と「東北に旅行ですか?」とか「3月11日の追悼とかで来たんですか?」とか「今日は雪で寒いですね?」とか「これから石巻市に行くんです」とかいろいろ話しました。
それから、一品料亭店を出て仙台駅へ行き電車に乗って2時間30分かかって石巻市方面へ向かいました。「遠いわー」と感じました。石巻駅に着いたのは、夜9時30分前ぐらいでした。石巻市内でも雪が降っていて寒かったです。そのあと、石巻駅から歩いてマンション型のホテルへ到着し、そのホテルの中はエレベーターありますが、小さくて電動車いすが入らなくて電動車いすは受付で置いといてヘルパーさんに抱えてもらい上に昇り部屋へ入りました。部屋は、1Kぐらいの狭さだったので「こんなものかな〜」思いました。
バストイレも狭くて、少し苦しかった。
2日目は、いい天気で晴れていたが寒かったです。 3月10日〜12日、4年前に起きた東日本大震災・石巻市の被災地へ視察してきました。
東北地方の被災地を視察の話は1年前から話をしていて、石巻市へは、4年前の大震災が起きた11日に合わせて伺いました。東北地方へ行く前日まで、作業所の職員さん、利用者さん、そして電動車いすサッカーのメンバーたち、友人たちに書いてもらった寄せ書きを午前中に石巻市社会福祉協議会へ持って行きました。所長さんに渡して、「兵庫県から来て寄せ書きまで書いてくださりありがとうございした」と、とても喜んでくださって、こっちもうれしくなりました。
石巻市社会福祉協議会、所長さんとか職員さんと当時の地震・津波のこととか 石巻市内に住んでた障害を持っている方々とか、自分のこととか話しました。石巻市の社会福祉協議会の所長さんと職員さんは「人を助けようと気持ちありましたがやっぱり、障害を持っている方々が津波に襲われて亡くなったとか、自分のことで精いっぱいで人を助ける時間がなかった。」言っていました。石巻市社会福祉協議会では、ヘルパー派遣もしていて障害者の方々の自宅へ家事援助・身体介護行なってるらしいです。
石巻市にいる方々に聞くと「天気は晴れたり曇ったりとして、いい天気の日が多いらしくて雪が降るなんて珍しい。」言っていました。
そして、寄せ書きを前にして記念撮影で撮りました。
その後、石巻市社会福祉協議会を出て石巻市内で、被害がすごかった門脇方面へ向かいました。石巻市社会福祉協議会から門脇方面までは40分歩いた所にあり電動車いすで行きましたが門脇に近づくと地震・津波の影響で、道路がボコボコで悪かった。
地震から4年経っても、まだ補修工事もしていない状態でした。そして、門脇の海岸に近づくと家もお店もなくて何もなかったです。その日は、震災の日だったので追悼イベントの準備やっていました。ぼくは、お参りしたあと家もお店もなくて何もないとこをうろうろとしてたら、結構面積が広くて甲子園球場が30〜40個分入る広さでビックリでした。ぼくは、生でそんな町を見て「言葉がでなかった!津波って怖い。まるで戦後の丸焼けの空き地みたい。」と思って見ていました。もし、ぼくが住んでる阪神地区に大地震が来て大津波が来て、街が津波に呑み込んでしまったら、どうなっていくんだろう・・・・・・・・と思いました。いずれは何年先には関西地方にも大地震が来て大津波が来て、街が津波に呑み込んでしまう予告しています。障害者や高齢者のこと、うまく避難方法など考えていかないといけません。暑いときでも寒いときでも大地震は、いつ・どこで起きるのかわかりません。常に大地震の避難訓練をやっていくのか感じました。空き地の辺りを車椅子で走ってると全然、車椅子に乗ってる方々が見かけませんでした。それと、(ぼくが、門脇の空き地にいた頃は昼の時間だったので)その日の朝に前もって、石巻駅前で弁当を買って行き、そこの空き地の場所で食べました。家も売店も公園もない、公衆トイレもない、そのためになるべく水分は控えていました。少し不便でした。でも、ヘルパーさんと「実際、大地震が来て大津波が来たら こういう生活しなければならないので」と話してました。
そして、門脇の被災地を離れて 地震があった時刻午後2時46分に合わせて日和山公園へ向かいました。石巻駅周辺まで40分歩いてさらに20分〜30分、山を登り日和山公園へ向かう途中も、いまだに大地震で倒壊した家やビルも小学校もあって修復工事もしていなくて「全然、進んでない、何年かかるんかなぁ」と感じました。
あと、石巻駅周辺・被災地の門脇の辺りとか歩いて障害者が見かけなかったです。もし、見つけたら「話しかけて当時の大地震・大津波について聞いてみたかったんですが・・・・」断念しました。
日和山公園は、石巻市内を展望できるところです。日和山公園では、写真など撮ったりうろうろとしたり散策しました。その日、天気は晴れたり曇ったりとして、少し雪が舞った時間がありましたが、いい眺めでした。観光客や石巻市内に住んでいた人たちやマスコミの関係者で大勢の人で、献花台には花束をあげる方々が多かったです。そして、地震があった時刻午後2時46分になり市内の防災のサイレンに合わせて黙とうをしました。テレビ局のカメラマンが、ぼくの方を向いてたので映ってたかも知れません。
そのあと、日和山公園を出て石巻駅周辺に向かいました。
やはり、大地震・大津波が来てしまい住宅地など流されてトイレ問題・飲み物と食べ物の不足・宿泊のことなどが困ると感じました。
夕方になって、ピーチ会社から電話がかかってきて「帰りの便で、今の電動車いすの型番とか、バッテリーの取り外しのこととか、」話していたら「このままじゃ、関西空港へ帰れないかもしれません」と言われてしまったので、「電動車いすの型番とか、バッテリーの取り外しのこととか、以前から言っていますよね?おたくら、何回同じこと言ったらいいですか?バカじゃないの?」とブヂ切れ、ヘルパーさんも怒ってました。そしてぼくは、ピーチ会社に「大阪の豊中市の電動車いすの専門店へも電動車いすの型番とか、バッテリーの取り外しのこととか、聞いてください」と言って、また10分後にピーチ会社からかかってきてようやくわかってくださり無事に予定通り帰れるようになりました。
夜は石巻駅前で、海鮮料理店がありお寿司とか刺身とか食べてきて、生牡蛎も食べて、そこの牡蠣は小さかったけど おいしかったですが仙台駅前で食べたお店よりは、まあまあの味で、でも少し食べ過ぎました。それから、ホテルに戻り寝ました。
3日目は、仙台駅行きの電車が1時間1本しか走ってないため、それと関西空港行きの飛行機が昼の1時30分発だったので、朝6時30分ぐらいに起床して帰る支度してホテルを出て8時前の石巻駅発で乗って出発しました。仙台駅まで約2時間30分ぐらいかかり、その日も粉雪が舞っていて景色とか見ていました。仙台駅に到着して一度、改札出て海鮮の駅弁を買いに行き また、電車に乗って仙台空港駅まで行きました。仙台空港に到着して、待合室で海鮮弁当を食べてたくさん具も入っていておいしかったです。
そして、ピーチ航空のターミナルへ行き手荷物カウンターで、電動車いすを機内に乗せるためにそこでも、「バッテリー取り外しは可能ですか?」といろいろと聞かれ、「この間に言ったやんけ。また、言ってるわー」と思いました。
行きと同じで電動車いすを手荷物カウンターへ預かってもらい空港用の手動車いすに乗せてもらい搭乗口まで行き、機内まで手動車いすで連れて行ってもらい飛行機の座席に座らせてもらい機内では、腰のベルトの他に体を固定するために胸のシートベルトを閉めて飛行機は飛び立ちました。
帰りも1時間30分で関西空港へ戻ってきました。JRと阪急電車とで乗り継ぎ、夜6時30分に自宅に帰ってきました。大阪に戻ってきたら少し暖かく感じました。
3日目は、移動だけの一日でした。本当に疲れました。また、来年は宮城県の気仙沼市へ行く予定してます。
今回の旅は、NPO法人の介護事業所で行ったため自己負担で行ってません。ヘルパーさんと交通費・飛行機の代金・宿泊費・食費 割り勘でした。
明日から仕事始まります
2日間 がんばります
そして、明日から宿泊施設2泊してきます
2日間 ブログ更新・訪問お休みします
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東北地方へ視察・旅行
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