|
人殺しの大阪府警。
守る立場なのに、まったく何してんだ
苦情が800件とニュースで言っていましたが、少なすぎます、
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
人気ブログランキングに参加しています。
読み逃げされませんように、まずはここをポチッとお願い申し上げます。
---------------
舛添要一氏の婚外子への減額要求事件
舛添要一氏といえば、表の顔は、議員職を辞めた後も頻繁にメディアに登場し、元厚労相という経歴や母を看取るまでの介護体験を活かして社会福祉問題に鋭く切り込む論客。一方、私生活では“艶福家”としてよく知られている。現在の夫人は3人目の妻で、2人の愛人が産み認知した子3人と実子を合わせると、舛添氏には実に5人の子供がいる。
50代後半の元愛人A子さんが舛添氏の子供を産んだのは1988年。舛添氏が認知したのはそれから2年ほど経ってからで、以来、扶助料の支払いだけが唯一の繋がりだった。そんな中、昨年4月、およそ22年ぶりに舛添氏からA子さんのもとに弁護士名で1通の手紙が送られてきたという。A子さんの知人がいう。
「内容は『自分の年収が激減している。子供も自立したのだから、月額22万円の扶助料を減らしたい』という通告だったそうです。子供を認知した後は、子供が学校でイジメに遭おうが、病気で入院しようが、舛添さんからは電話の1本もなかったので、A子さんらはとても驚いたそうです」
減額の要請は不誠実ではないかと感じたA子さんは通告を拒否。すると舛添氏サイドはすぐに調停を申し立て、昨年6月に家庭裁判所で審判が始まったという。
「そもそも減額の理由が全然納得できるものではないんです。舛添さんは当時、現役の国会議員で安定した収入があったはずなのに、それが突然、収入が激減したという。不審に思ったA子さん側の弁護士が、調停の過程で舛添氏の確定申告などを調べたところ、2011年に競馬関連で800万円の損害を出していたことがわかったそうです」(同前)
A子さん側はそのことを調停で質した。すると、舛添氏側は、「エリザベス女王杯というものがある通り、競馬は国際関係の研究・勉強に資するものです」と答え、それにはさすがに調停員も失笑したという。
舛添氏の議員時代の所得等報告書を確認してみると、2011年の収入が約1900万円、2012年が約1700万円。たしかに少し減っているが一般庶民の感覚からは羨むばかりの高所得である。(2013.12.3 NEWSポストセブン)
-----------------
こういう人を都知事にしてはいけません。尖閣募金が競走馬に使われるかもしれません。・・・
さて、
「私の母タマエは武家の出で、気丈な明治の女である。母は私が故郷を発つとき、短刀を渡し『武人としての道にもとるときは、この短刀で自決しなさい』と言った。・・・」
元陸軍少尉の小野田寛郎さんの著書『たった一人の30年戦争』にある一節であります。その小野田寛郎さんが亡くなられました。91歳。小野田さんの母タマエさんが亡くなられたのも同じ91歳であると著書にあります。
昭和49年4月1日、帰還した小野田さんは靖国神社の玉砂利を踏みました。
実は小野田さんは二度も靖国神社に祀られていました。最初は昭和20年9月の戦死公報。そして戦友が戦死したことで小野田さんの生存が明らかになりましたが、その翌日昭和29年5月7日、また戦死公報が出されて靖国に祀られたそうであります。
小野田さんは靖国神社に参拝された時のことをこのように書いていました。
「私は瞑目した。目の前で倒れた戦友、散華した陸軍中野学校30人の同期の仲間たち、初年兵時代の教官・・・一瞬のうちに、あの顔、この顔が、私の脳裏に浮かんだ。満開の桜が明るかった。・・・」(同書)
1月17日、その靖国神社で都知事選の出馬する田母神俊雄候補が支援者100名以上で必勝祈願をしました。靖国神社の英霊たちから激励されたような気がした、と言います。
「安倍総理が昨年暮れに靖国神社に参拝したが、これに対し中国、韓国は強い不満の意志を表明し、日本国内でもマスコミ、進歩的知識人と言われる人たちなどが、総理の参拝を批判している。しかし総理の靖国参拝がごく普通に出来るようにならなければ日本の戦後は終わらないし、日本を取り戻すことは出来ない。本来、日本の内政問題である総理の靖国参拝に中韓などが文句を言うことはおかしなことである。どこの国でも戦没者が祭られている施設に大統領や総理大臣が参拝するのは当然のことである」(田母神ブログより抜粋)
都知事選に出てくるのは東京都をおかしくする人間ばかりです。唯一まともなのは田母神候補だけです。
ネットの力を集結して偏向マスコミの時代は終わったことを示して参りましょう。
きっと小野田さんも田母神候補を応援してくれると思います。
小野田寛郎元少尉の著書の一文を記事の最後とします。
戦前、人々は『命を惜しむな』と教えられ、死を覚悟して生きた。戦後、日本人は『命を惜しまなければいけない』時代になった。
何かを“命懸け”でやることを否定してしまった。
覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。
だが、死を意識しないことで日本人は『生きる』ことをおろそかにしてしまってはいないだろうか」
・・・・・
人気ブログランキングに参加しています。
都知事選は田母神閣下以外はひど過ぎる候補だ、
と思った方はここをポチッとお願いします。
|
|
人気ブログランキングに参加しています。
読み逃げされませんように、まずはここをポチッとお願い申し上げます。
安倍総理が靖国神社に参拝されました。
------------------
安倍総理 靖国神社参拝
安倍総理大臣は「靖国参拝は、戦犯を崇拝する行為であるという誤解に基づく批判があるが、私は1年間の歩みを報告し、そして、戦争に苦しむことのない時代を作っていくという決意の下、参拝した。韓国、中国の人々の気持ちを傷つけるつもりは毛頭ない。それは靖国神社に参拝してきた歴代の総理大臣と同じだ。母を残し、愛する妻や子を残し、戦争で散った英霊のご冥福をお祈りし、リーダーとして手を合わせるのは、世界共通のリーダーの姿勢ではないか。それ以外のなにものでもないと理解していただく努力を続けていく」と述べました。
中国国営の新華社通信は26日の安倍総理大臣の参拝について、中国政府はまだ公式に反応していませんが、激しく反発して日本との関係改善に向けた動きをさらに遅らせるのは確実です。
韓国のメディアは速報で伝えています。このうち、有力紙の朝鮮日報はインターネット版で「日韓関係がさらに悪化することが懸念されるほか、中国からも強い反発があると予想される」と伝えています。また、通信社の連合ニュースは、韓国政府関係者の話として、「靖国神社参拝が外交上、大きな影響を及ぼすことになる」と伝えています。(2013.12.26 NHK)
-----------------
靖国神社された安倍総理は日本国の総理として当然のことをされただけです。終戦の日や例大祭に行かれなかったことは残念ですが、いつ参拝しようが何も問題はありません。靖国の宮司さんたちも喜んでご案内されたことでしょう。そして小泉総理以来、参拝されなかった日本の総理大臣をお待ち申し上げていたのが英霊たちでありましょう。「我々の残した日本をしっかり頼む」「陛下の御親拝も頼みたい」と申されたのではないでしょうか。
これに対してNHKはご丁寧にシナ・韓国の立場に立って報じています。しかし、これら反日国は総理が靖国に行こうが、行くまいが反日には変わりがありません。逆に行かないほど侮ってきます。
自衛隊が韓国軍に銃弾を支援しただけで「足りていた」とか「政治利用したから警告」と言い、日本が温情をもって支援してもその意味を理解できずに文句や警告をしてくる民族なのです。シナも同じです。ですからNHKの言うように「日本との関係改善に向けた動きをさらに遅らせる」というよりも、今まで遅らせてきたのはシナ・韓国であり、それによって外交を有利にしようと利用してきたのです。
靖国参拝は日本のことです。特に大東亜戦争は屈服や野垂れ死に寸前の貧しいく小さな国・日本が、祖国の名誉と存亡をかけて白人の世界大国に対し敢然と立ち上がったことは、我々日本人は決して忘れてはいけないことです。
戦死とは国のために命を捧げる尊い死であるとともに、悲痛な死でもあります。彼らは自らの幸せは求めず、国家のために一身がなしうることに捧げたのです。国難に対する責任を一身に引き受けた責任感。
祖国を少しでもよい姿で後世に残そうとした祖国防衛の悲願。
ある特攻隊員は、ある夜ベッドの上で声を殺してむせび泣いたという。しかし、その人は出撃の時には微笑んで離陸したのです。
最後に微笑んで征った意味は何か、日本人ならば理解できるはずです。
しかし、シナ・韓国には理解できません。日本国内で批判する連中もそういうことが理解できない人たちです。大体、日本の政治家には近隣国を刺激するから参拝すべきではないという人がいますが、お国のために命を捧げた英霊と敵対国へのいらぬ配慮とどちらが大事なのかわからないのでしょう。
もうそういう人に配慮する必要はありません。無駄な配慮です。
反日マスコミや反日勢力がいくら騒ごうが、靖国神社に関しては日本の総理大臣は心ある日本人のために、日本国のために、これからも参拝を続けるべきです。
・・・・・
人気ブログランキングに参加しています。
安倍総理、よく参拝してくれた、と思った方はここをポチッとお願いします。
|
|
←「首相靖国参拝を支持!」という方はクリックを<(_ _)>
安倍晋三首相は26日午前、靖国神社を参拝しました。
1985年以降、中曽根首相が靖国神社参拝を取りやめてしまい、1996年に橋本龍太郎首相参拝から小泉首相が2001年に靖国神社参拝を再開するまで途絶えていました。
この空白は、国際的に見ても非常識な時期であり、小泉政権以降、再び首相の靖国神社参拝がないまま現在に至っていました。
現職の首相が靖国神社に参拝するのは、2006年の小泉純一郎首相以来で7年ぶりのことです。
総理就任から1年、安倍総理は靖国神社に参拝するべきですか?
12月26日午前、安倍総理の靖国神社年内参拝を3分の2が支持しています。
「首相在任中に参拝できなかったことは、痛恨の極みだ」と述べた安倍晋三総理が、12月26日総理に就任して1年を迎えます。
1: 総理就任1年までに参拝すべき 244件 (31.2%)
2: 年内に参拝すべき 276件 (35.3%)
3: 来年の春季例大祭に参拝すべき 89件 (11.4%)
4: 来年の終戦の日に参拝すべき 40件 (5.1%)
5: 総理在任中に参拝すべき 116件 (14.8%)
6: 参拝すべきでない 17件 (2.2%)
中韓メディアは速報で報じています。
▼中共
▼韓国
中韓が日本の首相らの靖国神社参拝に難癖を付けているA級戦犯とは、日本に一人も存在しません。
すでに日本は、A級戦犯も含め戦犯とされた方々の名誉を回復しており、国内的にも国際的にも戦犯は存在せず、靖国神社にA級戦犯は合祀されていません。
【A級戦犯の名誉回復史】
1961年
9月、サンフランシスコ平和条約調印
11月、大橋武夫法務総裁
「戦犯は国内法においてはあくまで犯罪者ではない」
1952年
4月28日、サンフランシスコ平和条約発効
外務省の西村熊雄条約局長
「平和条約の効力発生と同時に、戦犯に対する判決は将来に向かって効力を失うのが国際法の原則だから、第11条はそういう当然の結果にならないために置かれたもの」
(第11条は、刑の執行の即座停止の阻止が目的)
政府は拘禁中の全ての戦犯の全面赦免を関係各国に要請
5月1日、木村篤太郎法務総裁が戦犯の国内法上の解釈についての変更を通達。戦犯拘禁中の死者は全て「公務死」として、戦犯逮捕者は「抑留又は逮捕された者」として取り扱われる。
(平和条約で戦争犯罪の撤回を認め、戦犯は国内法上の犯罪者とみなさず)
6月7日、戦犯の釈放を求める全国的な署名運動は4千万人達成
6月9日、「戦犯在所者の釈放等に関する決議」
12月9日、「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」
1953年
8月3日、「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」
1955年
7月19日「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」
まで衆参合わせて4回の国会決議が可決
「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者とはみなさないことにし、
「戦犯」とされた人々の死を「戦争による公務死」とした。
【関連記事】
東条英機元首相ら元A級戦犯
8月15日、安倍首相は靖国神社に参拝せず、自民党の萩生田総裁特別補佐を通じて、「自民党総裁・安倍晋三」として私費で玉串料を納めました。
安倍首相は、在任中に靖国神社に参拝するかについて、「靖国神社に参拝するかしないかについてはそれ自体が政治問題、外交問題に発展していくという観点から、申し上げないという考えだ。いずれにせよ、国のために戦った方に対する感謝の気持ちと尊崇の念は、これからもずっと思い続けていきたい」と述べました。
しかし、中韓は、首相が靖国神社に参拝しなくても、歴史認識や竹島・尖閣諸島を持ち出して対日批判をしています。
米国のブッシュ政権1期目に国務副長官を務めた、リチャード・アーミテージも、「日本が靖国で譲歩しても、必ずまた別の難題を持ち出して非難の口実にしてくるだろう」と述べました。
そもそも、靖国神社参拝とは国内問題であり、中韓が外交の政治カードとして利用しているのです。
本来、首相と閣僚・国会議員は年に3回(春秋の例大祭と8月15日)は、靖国神社を参拝することが慣わしとなっていました。
所謂「A級戦犯」合祀後も、首相と閣僚は靖国神社に参拝していたのであり、中共も韓国も抗議をしていませんでした。
所謂「A級戦犯」は、1978年(昭和53年)の秋季例大祭に合祀され、翌年の1979年4月に報道されました。
【所謂「A戦犯」合祀前後の歴代首相靖国神社参拝回数】
福田赳夫首相(1977〜1978年)4回参拝
1977年4月21日、1978年4月21日・8月15日・10月18日(※A級戦犯合祀翌日)
1978年10月17日 A戦犯合祀される
1979年 4月19日 A級戦犯合祀報道
大平正芳首相(1979〜1980年)3回参拝
1979年4月21日(※A級戦犯合祀報道2日後)・10月18日、1980年4月21日
鈴木善幸首相(1980〜1982年)9回参拝
1980年8月15日・10月18日・11月21日、1981年4月21日・8月15日・10月17日、1982年4月21日・8月15日・10月18日
中曽根康弘首相(1983〜1985年)10回参拝
1983年4月21日・8月15日・10月18日、1984年1月5日・4月21日・8月15日・10月18日、1985年1月21日・4月22日・8月15日
1979年12月、大平正芳首相は訪中しましたが、中共は大平首相を大歓迎しました。
1982年9月、鈴木善幸首相は訪中しましたが、中共は鈴木首相を大歓迎し、日中国交正常化10周年記念講演を行いました。
1985年(昭和60年)まで、首相や閣僚が靖国神社を参拝することは、当然の責務とされ、国内でも海外でも問題視はされていませんでした。
旧社会党や朝日新聞など反日勢力が中共に火をつけ、韓国も便乗して靖国神社を対日強硬外交の切り札としているのです。
首相が靖国神社を参拝しないことを、中韓は難癖さえつければ日本は屈する国だと受け取っており、首相が参拝しなければ中韓と対等な立場とはいえません。
安倍晋三首相は政権1年を迎えた26日午前、靖国神社を参拝しましたが、中韓に内政干渉される問題ではなく、安倍首相と全閣僚は来年の春季例大祭に参拝するべきです。
安倍首相の靖国神社参拝を支持する!
と思われた方は、↓クリックをお願いします。↓
|
|
|
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報