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日本国の奥多摩湖近くの<台湾人戦没者慰霊碑>。
有るはずなんだけどなかなか見つからなくて、探しに捜して、やっと見付けました。 台湾人自体、1975年の建立以来10年間は訪れていたものの、高齢化に伴いそのままになってしまっていたとか。最近また慰霊祭が再開されたようですけれど、これは是が非でも、台湾人の後輩達に引き継いでほしいものですね。 慰霊碑が有る奥多摩は、台湾の山々に似た所で、<台湾人戦没者慰霊碑><高砂族の蕃刀を模った慰霊碑>が寄り添って並んでいます。 場所は「笠松展望台」と呼ばれて居た所で、故郷の日月潭同様に湖が見渡せるとか言われて居た様ですけど、現在は木々が生い茂って見えません。 高砂族の先輩方は、戦後の日本でも京都の山々や高尾山などの故郷に似た場所に好んで住んでいらっしゃいました。 1984年夏頃の京都で出会った高砂族らしきお年寄りグループは、全員が80歳〜90歳代の男性グループで、半袖に短パン姿で日焼けして健康そのもの。山の中から、日本人の間で噂の「風の様に走る人達」通り、風がさっと流れる様に走り込んで来て、「冥王星から来た」と言っていました。すぐに再び風の様に走り去って行かれました。高砂族かどうだか判明しませんけれど、先輩にもっと色々御話を伺いたかったです。
さて、「笠松展望台」ですけれど、これも名前が似た場所も好まれていましたので、調べてみました。
「傘松展望台」は「天橋立」を一望できる場所。
そして、兵庫県加西市にも「笠松展望台」があります。 標高は200〜300m級の山々なのですけれど、笠松展望台からは周囲の山々が一望に見渡せるようで、一帯がまるで台湾山地のミニチュア版のようです。兵庫県南部には高砂という地名も有り、そこにも高砂族の人達が住んでいます。奥多摩にも、もしかしたら、山の人達らしく、こっそり住んでいらしたのかもしれませんね。
奥多摩湖は、台湾人の先輩方から見て霧社や日月潭などの面影が有る所だそうで、ダム建設でダムに埋まった日本人の村が有ります。
電気を供給するにあたっては、台湾だけではなく、日本でもその様な事が多々ありました。
村を去る事となった人達は仕方なく、「故郷の村が、ダムの出し汁になってしまった」などと冗談めかしていました。台湾では、代わりの居住地を準備したようですけれど、それでもやはり、故郷や長年住み慣れた所が失われる事は誰にとっても辛い事ですね。
台湾の日本時代は、環境整備や電気水道供給の必要に伴い、高砂族に移動してもらわざるを得なかったり、一部は戦闘が避けられなかったりしたことも有ります。
その時の犠牲者の方々の事も、彼らが居た事を忘れずに、感情的に復讐に走ることなく、彼等の楽しい事も共に語り継ぎ、慰霊し続けて行けたらと思っています。
最近の参拝者は、拝見させていただいたところでは、御高齢の方々ばかり。
「永遠に語り継ぐ」為の跡を継ぐ、若者の、特に台湾人の後輩達の、善良で厳粛な邪道や呪術の入らない慰霊碑参拝者たちが訪れ続ける事を祈っております。
私も早速、近々、行く計画を立てています。
懐かしの南こうせつさんとジョン・デンバーさんの♪COUNRTY ROAD♪も添えて…。
♪故郷♪やこの歌を聴くと、なんとなく台湾の事が思い浮かぶんですよね。
John Denver Take Me Home, Country Roads 1983
John Denver Take Me Home, Country Roads 1983
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