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日本国竹島住民「ニホンアシカ」達の件。
画像:天王寺動物園所蔵、絶滅危惧種ニホンアシカ
(御自由に・・・との事で、拝借しました<(_ _)>。)
ネット記事:2011年05月09日
「日本の漁夫が独島アシカを絶滅させた」韓国のテレビ番組が放送し話題に
ニホンアシカは、竹島周辺が主な繁殖地だった。
1970年代中盤:最後の目撃記録。今は存在が確認されていない。
1980年代の世界自然保護国際会議で、絶滅した動物の原因に関する議題。
日本代表が会議で言ったと番組で報道された:
「世界的にも貴重なニホンアシカを韓国の警備隊員が総て食べて絶滅させた」
韓国番組での解説:
「日本の漁民は1904年から11年まで竹島周辺の海域で1万5千頭余りのアシカを乱獲。
1950年代の中頃まで乱獲は続き、絶滅した」
「国際会議で絶滅理由を、日本は韓国に転嫁した」
>1950年代の中半>1970年頃
…って。大韓民国が武器持って威嚇し捲ってて、日本は竹島近所から排除されてたよね…。
彼等のキャラと、執拗な迄に繰返される前歴から言うと…
ずぅぇ〜ったいにっ!、
日本人推測、韓流トラマ「そうだったでしょ?」バージョン:
「ウリの『独島』なのに、『ニホン』アシカが大勢居るっっっっ!」
(日本国『竹島』は、ニホンアシカの生息繁殖地の一つだった。)
「この儘『ニホン』アシカが居ては『独島』は日本領土みたいだ!」
「『ニホン』アシカを、ウリが食い尽してやるーーーーっっっっ!」
ちょそ、ベトナム人や日本人に対して遣った様な人間嵐状態で『ニホン』アシカに襲い掛かった…。
(「竹島は日本領土」なのを、『ニホン』アシカを食って揉み消していますので、竹島に居る分を食い尽すまで暫く御待ち下さい…。)
そうしてニホンアシカは、1950年代中半頃までずっと激しくちょその身に着き、1970年には絶滅危惧種とされる様になった。
国際会議で、絶滅危惧品種ニホンアシカが話題になる。
「日本人が、『独島』アシカを絶滅させてもた(未確定)ニダっ!」
国際会議では、ちょその意見が認定されない。
帰国。テレビ番組を作り、国民に訴える。
「あいごぉーーーーっ、何たる悲劇っっ!!」
「日本人は何て悪い奴等なんだっっっ!!!」
「ウリの『独島』アシカを!!!日本人は許されないっっっっ!!」
そうだそうだ!と多くの大韓民国人が賛同…
――――――
…って事になったのだろう。
もの凄〜く、そうに決っている位、そんな所だったはずだ。
そうでなければ、彼等ではない。
まるで、一部で噂になって居る、彼等の方程式の様にそうだ。
吠えているのは、身に着けられたニホンアシカが竹島を取り戻してくれと訴えてるのか?!
(某国人等に吠えられ疲れて年齢分…(-“-)…。
ボス達、吠える子分達引き取れってば。)
それにしても、報道記事などがずっと保存されていない記事が在るのは、記事が消されると内容が解らなくなってしまい、リンク張るだけじゃ対処できない。
1記事10円とかでも「改造なしコピペ可」としてくれれば善いのだが…。
他の方の頁でも、彼等に都合悪い頁が時々削除されてしまって居たり。
私も遣られた事が在る。
なんで削除したかな?
よって仕方がない処置として記事削除防止の為、記事こぴぺします<(_ _)>。
*―*―*<引用記事コピペは元記事御覧の上ご判断を>―*―*―*
「日本の漁夫が独島アシカを絶滅させた」韓国のテレビ番組が放送し話題に 2011年05月09日09時00分
「日本の漁夫が独島アシカが絶滅させた」韓国のテレビ番組が放送し話題に
韓国MBCの番組は8日に放送した『不思議なTV サプライズ』で、竹島(韓国名・独島)周辺に生息していた「独島アシカ」が絶滅したのは日本が乱獲したせいだとする内容の、アシカに関する取材番組を報じた。
「独島アシカ」とは絶滅危惧種の「ニホンアシカ」のことで、19世紀ごろまで日本沿岸部に幅広く生息していたが、1970年代中盤の目撃記録が最後で今は確認されていない。竹島周辺が主な繁殖地だったことから、韓国では「独島アシカ」と呼ばれている。
番組によると、1980年代にソ連で開かれた世界自然保護国際会議で、絶滅した動物の原因に関する話し合いが行われたのだが、この中で日本の代表が「世界的にも貴重なニホンアシカを韓国の警備隊員がすべて食べて絶滅させた」「ニホンアシカが絶滅した責任は韓国にある」と公然と非難したのだという。
番組では、「日本は韓国に汚名を着せた」と強く反発。「日本の漁民は1904年から11年まで竹島周辺の海域で1万5000頭あまりのアシカを乱獲した。1950年代の中頃まで乱獲は続き、絶滅した」「日本は多くのアシカを捕獲し絶滅させたにも関わらず、国際会議で絶滅理由を韓国に転嫁させた」と述べ、アシカを絶滅させたのは日本だと指摘した。
また、「日本人漁業者の中井養三郎はアシカ猟がお金になるのを知り、竹島周辺での漁業権を日本政府に求めた。これに肝付兼行海軍中将は、竹島に人が住んでいないことを確認したうえで日本の領土に含ませ、アシカ猟の漁業権も与えた。のちに日本は竹島を島根県の所属に決定した」とし、日本の竹島領有権主張はここから始まったとの見方を示した。
さらに、ニホンアシカ「Zalophus japonicus」(Peters, 1866)という学名についても反発した。番組は、「最初に学術記録に残した米国人のピーターが、日本の海岸でアシカを見つけたことから名前をニホンアシカとした。しかし、朝鮮王朝室録はピーターが発見するよりも前にアシカが独島周辺で生息していたことが記されている」と述べ、韓国の方が古くから生息が確認されていると主張した。
現在韓国のインターネット上には、「独島アシカが日本によって絶滅したとは…ショックだ」「日本はアシカだけでなくクジラも乱獲している。許せない」「絶滅した理由を韓国のせいにするなんて!!」など、日本を批判する怒りの声が大量に寄せられている。
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1951年(昭和26年)に50 - 60頭の存在確認。
1951年11月に鳥取県立境高等学校水産科が竹島に行く際、実習船と並んで泳ぐニホンアシカを目撃した証言。
1952年(昭和27年)に独島義勇守備隊が釜山でアシカを売り払い拳銃と小銃を購入。
1953年6月に実習船で竹島を訪れた島根県立隠岐高等学校水産科の当時の指導教官、岩滝克己らが竹島周辺でニホンアシカを目撃しており、同島で韓国鬱陵島からワカメやアワビ漁のため渡航していた三人の韓国漁民に会い、食料が乏しいというので持参した米とタバコを差し出すと「捕まえたアシカを料理してごちそうすると話した」という証言。
1950年代に竹島を占拠していた独島義勇守備隊により、アシカが20 - 30匹ずつ群れをなして泳いでいる姿を目撃。
1958年(昭和33年)、竹島周辺の個体は200-500頭程度のの個体が生存するとの報告。
1950年代後期の推定生息数、竹島で100頭、全生息域で最大300頭。
朝鮮戦争中(1950-1953年)には韓国兵が射撃訓練の的として使ったとの噂もある。
2013/4/26(金) 午前 6:44 [ 中国の反日は天安門事件から ]