|
日本神道は、人道と並立していて、全ての邪悪邪道邪意を除いたものである。
天が在り、地があり、人が居て、動植物が在り、其の環境が在る。
地獄の思想は無い。
全てが善良に循環しているように采配を振るうのが、日本神道の守の仕事。
物事や人や現象等の、善良な縁を結ぶ。
せっかく、明治維新の『五箇条の御誓文』で<旧来の陋習を廃し、天地〔あめつち〕の公道に基づくべし>としたが、戦後のGHQの申し子達には、まったく馬耳東風だった様である。第二本帝国時代の先輩方を彼等が無視し続けた事が全く惜しくてならない。
|
日本国
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
<部分引用>
現代では、この「北海道旧土人保護法」もアイヌ差別だと非難する声がある。そもそも「旧土人」という名称からして差別だという。しかし明治・大正くらいまで「土人」とは「地元民」というほどの意味で使われていた。そして現地の和人を「土人」と呼び、それ以前から住んでいた地元民という意味で、「旧土人」と呼んだのである。
--- 明治になってからも、アイヌ保護政策は新政府に引き継がれた。明治11(1878)年8月、北海道のアイヌ部落を訪れたイギリスの女流探検家イザベラ・バードは、政府のアイヌ行政について、こう記している。[1,p176]
____ 開拓使庁が彼らに好意を持っており、アイヌ人を被征服民族としての圧迫的な束縛から解放し、さらに彼らを人道的に正当に取り扱っていることは、たとえばアメリカ政府が北米インディアンを取り扱っているよりもはるかにまさる。  ̄ ̄ ̄ ̄ …アイヌの窮状を救う目的で、明治32(1899)年に制定されたのが「北海道旧土人保護法」である。アイヌ自身も国会に代表を送って、成立に向けた陳情を行っている。 その内容は、農業を志望するアイヌには一戸につき、土地1万5千坪を無償で与え、さらに貧窮者には農具と種子を給付する、集落のある場所には小学校を設置し、貧困者の子弟には授業料を支給する、といった手厚い内容だった。保護法の提案説明には、次のような一節があった。
______ 北海道の旧土人即ちアイヌは、同じく帝国の臣民でありながら、北海道の開くるに従つて、内地の営業者が北海道の土地に向かつて事業を進むるに従ひ、旧土人は優勝劣敗の結果段々と圧迫せられて、・・・同じく帝国臣民たるものが、斯(かく)の如き困難に陥らしむるのは、即ち一視同仁(JOG注: すべての人を平等に見て仁愛を施すこと)の聖旨(同: 天皇の思召し)に副わない次第と云う所よりして、此の法律を制定して旧土人アイヌも其(その)所を得る様に致し度(た)いと云うに、外ならぬことでございます。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 私見:
北海道は、昔から日本人とアイヌ人が住んでいた所です。
アイヌの人達に対する差別は、皆無ではありませんでしたが、それは殆どが庶民間の事でした。民族的区別や政策による区別は有ったと思われますが、根本的人種差別というわけではありません。
台湾人に対する政策は、軍事活動期によって滞ってしまったように見かけられますので、全般にそういった傾向があったかもしれません。
更に、戦争に持込むのに、ゾルゲ事件で発覚した様な内部工作員が居て、その工作員達が混ざって戦争反対者への弾圧が行われた事があるのは、事実で、それは日本人に対しても同様でした。
戦後、権力を与えられた人達が、アイヌの人達を「差別化」し「偽人権運動」によって溝を掘ってしまいました。
民族の歴史を尊重したり学んだり伝えたりするのと、それを掲げていちゃもんを付ける一種の「不愉快な遊戯(ゲーム)活動」とは、全く違うものです。嫌味を込めて強調するものでもなく、自民族の御先祖様代々の自然な感覚として、伝承すべきものだと思います。
政治的な意見を述べたいときやクレームや言いたい事がある場合には、その様な場を設けて、裏談合なしで誠意を持った会議の場を持つ、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」との『五箇条の御誓文』の精神が必要なのではと思われます。
大日本帝国統治下にあった方々には、御意見やクレームなど、当時の方々から伺えれば良かったのですけれど…。現在は「人権活動業の人達」の「様々な都合」が入ってしまっている処もあるでしょうので、その点が残念です。
アイヌの人々も、差別が皆無ではなかったにせよ、戦後は「人権運動産業の人々」に悪用され、振り回されてきた歴史もあり、大変な思いをされた事もあります。けれど、自然のReluxした感覚で、民族の歴史を伝承し御紹介し続けて戴ければと思います。
---【以下、転載】---
JOG(635) アイヌとの同化・融和・共生の歴史
|
|
<日本国の三光〔サンコウ〕:「日・月・星」の三つの光>
用例
日本では昔から、サンコウチョウという鳥の名や、会社名、学校名などに「三光」を用いたケースが見られる。
(例):三光鳥、サンコウチョウ、三光汽船、など。
----------
<中華語:三光〔Sān guāng サンクァン/サングァン〕>
戦術スローガンの「三つの光」
1.蒋介石の国民党軍が、人民殺害の為に掲げた
戦術に関する「三つの光」のスローガン。
(参照:中華人民共和国『中国人民述語辞典』)
• 搶光〔Qiǎng guāng チャンクァン〕:奪い尽す。
• 殺光〔Shā guāng サァクァン〕:殺し尽す。
• 焼光〔Shāo guāng サウクァン〕:焼き尽す。
2.共産党軍が掲げた、地主階級を粛正する際の清算闘争の用語。
(参照:中華民国『中共述語彙解〔いかい〕』)
• 分光〔Fēn guāng フェンクァン〕:分け尽す。
• 吃光〔Chī guāng ツークァン〕:食い尽す。
• 用光〔Yòng guāng ヨンクァン〕:遣い尽す。
(・_・)/:2012.07.27、20140115
|
|
街宣車は、バブル期に、左翼と右翼が合体ししました。
私はその現場を見ていましたが、左翼街宣車と右翼街宣車が双方で罵り合いながらザーッと合流し、別方向に向けて罵倒しだした。それからは同じ物ですね。
だから左翼街宣車が無くなった。
昭和天皇が崩御される少し前に、
「最近の右翼は、左翼の様な事を遣っているね?」
と側近の方に問われた事があるそうです。
それを読んで、やはり御存知だったのね…と思いました。
昭和天皇は、憲法を総て覚えてらして、常にそれを順守する様に心掛け続けてらっしゃいました。だから、国会議員を見ると腹が立って仕方がない。専門職で、それ以上の立場の人が居ない政治決定の場のはずの責任あるポジションで、基本である憲法すら認識していないなんて怠惰過ぎます。
沖縄訪問ですら比較的安全になってからも、昭和天皇が沖縄訪問を願われ続けてらしたのに某国の意向を通し続け、沖縄訪問決定直後に体調を崩され、結局、御訪問が出来ずじまいとなってしまい、さぞかし御無念だったことと思われます。
|
|
昔々、神道の方より伺った御話がありまして、
それを元に「締縄」の事をまとめてみました。
日本列島
「樺太・千島列島〜ずっと途中の諸島を含み〜沖縄諸島迄全体」
は
、
「締縄・主連縄・注連縄・しめなわ」=「結界」
と成って居ます。
神社等の締縄から出ている「紙垂〔しだれ・しで:紐状のもの等〕は、
日本列島主幹から南や北に連なる小諸島を、象徴的に表現して居ます。
太平洋の東西で、
東は南北アメリカ大陸海岸沿い、
西は日本列島が、
地球の微調節地域であります。
そして、禁忌に関する「結界」ともなって居ます。
禁忌領域の事に触れてしまわない様にと、結界を張って居る訳です。
物事には領分が在り、
『理〔ことわり、事割:事象の割り振り〕』が在りますので、
身をわきまえて分〔ぶ〕を越えない為にも、
結界を張る事によって、警告・警戒しているのです。
締縄を越えての事は、危険と直結して居る事が多く、
締縄を挟んで、
領界のあちらとそちらの世界それぞれの保護ともなって居ます。
極端な場合、地球や人類存続のキーポイントにもなって居るそうで
やたらと知らない者が弄る物でもない事は
昔の日本人だったら、誰でもが知って居た事でした。
最近は、変な意味で怖れ知らずというか
平然と悪事に走る傾向が強い人達も居て、
危機が警告されてからも随分と経ちますが
未だに禁忌を疎かにしている人達も居る様で残念な事です。
世界各地に、結界に関する信仰も在ります。
最近は随分、各国・各民族、情報工作等で穢されて来ていますが、
古来の南北米大陸原住民信仰にも、
古来の日本の神事にも、
そういった伝承も含まれていた様です。
太平洋の両端で地球の主な微調節を遣って居る訳ですが、
住民達としては出来たら御手柔らかに願いたいものですね。
アイヌ民族も沖縄民族も共に日本古来の民族と共通項が在り、
縄文文化・言葉・服装・儀式・慣習などに共通点が多いと言われています。
最近の科学的研究結果から見ても、
日本列島全体が
<縄文文化圏・主連縄連合・日本人遺伝子系列>
となって居る様ですね。
少しですが、昔の日本の神道の方の御話、御伝えして置きたいと思います。
|
全1ページ
[1]




