|
http://www.youtube.com/embed/eIaUk4Mk2ko 私は、この機体には、一度も乗った事がないのである。 しかしながら、インストラクターのデモ空中戦があったので、みてみると。 激しく急上昇したり、急降下したりして、次々と重爆撃機を撃破している。 これだけ短時間にこの戦果は、相当訓練をつまなければなるまい。 何しろ、ロケット燃料の制約で、飛行時間は極端に短い。だいたい十数分らしい。 機体の先端で、回転しているプロペラは、推力を生む物ではなくて、発電用らしい。 DFS194 の改良型である Me163A は、1941年の滑空テストではダイブ時に最大速度855.8km/hを記録して空力的な設計の確かさを証明すると、遅れて完成したHWK-R2-203を搭載してロケット飛行を成功させた。1941年10月のテストでは最大速度1,011km/hを記録した。 研究機の域を出ていなかった Me163A に対し迎撃戦闘機としての実戦配備を前提とされた Me163B は、Me163A と機体サイズはさほど変わらないものの全面的に再設計が行われた。ロケットエンジンの強化、燃料タンクの大型化、無線装置など諸装置の設置、機関砲の搭載などが行われ、制式番号は同じものの全く別の機体である。ロケットエンジンの開発は遅れていたが、1942年4月には Me163B-0 の1号機が完成した。 Me163 はその愛称である「コメート(彗星)」にふさわしい上昇力と高速性を持っていた。Me163 が実戦に投入され始めたころ、連合軍は驚異的な上昇力と高速に驚愕したが、じきに航続距離が極端に短いことを発見し、Me163 が展開していた 2 つの飛行場を避けて通るようになった。こうして Me163 は会敵することも出来なくなったのである。飛行場を移そうにも、Me163 は高温の排気ガスを噴出するため滑走路はその対策を施したものでなければならず、燃料と酸化剤も特別の保管施設が必要なため移動は困難であった。空中戦の時には急角度上昇から水平飛行に移る際のマニューバーに非常に気を使わないと加速度の影響でエンジンが失火し、また接敵できても敵機との速度差があまりにも大きいため射撃のタイミングを捉えるのが難しいと言う欠点があった。さらにエンジンの燃焼時間が短いため一度攻撃が失敗すると再攻撃は困難だった。また、燃料を燃焼し尽くした後の Me163 は単なるグライダーに過ぎないため、ダイブで振り切れる高高度滑空中はともかく、一旦着陸態勢に入ると敵戦闘機のいい的となった。結局この機体が挙げ得た戦果は P-51 が3機、B-17 が3機の合計6機でしかなかったといわれている。
性能緒元を見てみると。 Me163B "コメート" 用途: 迎撃戦闘機 乗員: 1 名 全長: 5.85 m 全幅: 9.32 m 翼面積: 18.50 m² 最大速度: 960 km/h 上昇限度: 12,100 m 上昇能力: 10,000 m まで約 3 分 航続時間: 約 8 分 武装: 30mm機関砲×2 生産数: 279 機 Me163 の資料が Me 262 の資料とともに日独間の連絡潜水艦便(遣独潜水艦作戦)で日本に送られ、これを基に局地戦闘機 秋水が生まれたが、一回目の試作機飛行時に着陸に失敗、不時着大破している。
着陸装置と言うか、車輪がないが、実機の写真の3枚目が、離陸して切り離して投下する、車輪である。着陸は、機体下部の頑丈なソリ状の物で、接地するのである。 一部出典:ウィキペディア
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用




