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・・・・房州白浜 野島埼灯台の今昔・・・・
今年の8月、白浜にある野島埼灯台と銚子にある犬吠埼灯台を訪ねて来ました。
今回は、テレビドラマ「あまちゃん」と「サマーヌード」放映の影響で、今夏
来訪客が増大した白浜の野島埼灯台を、じのコレクションの絵葉書と対比しな
がら紹介して行きましょう。
房総半島最南端の野島崎に立つ野島埼灯台
この灯台は子供の頃から何度か登っていて、じのさんは白浜の灯台って言っています。
実は今まで知らなかったんですが、「日本の灯台50選」に選ばれていて、国の登録有形
文化財にも登録されているそうです。まさに灯台下暗し、立派な灯台だったんですねぇ
昭和初期の絵葉書より(安房白濱)野島ヶ崎燈台ノ景と書かれています。
埼と崎の違い、灯台と燈台の違いには意味があるのですが、ここでは割愛させて
頂きます。 興味のある方は、ネットで検索してくださいネ!(笑)
大正期の野島埼灯台 彩色絵葉書
それでは、タイムスリップピクチャーでお楽しみください。
昭和初期 野島ヶ崎燈台ト無線塔
現在の野島埼灯台 昭和期は灯台に付属する建物も白一色で統一されていますね。
無線塔の形状にも時代の変化が感じられます。現在灯台の周りは緑化が進められており、
石の彫刻等も設置され、海を眺めながらのんびりするには良い場所となっています。・・
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昭和30年代の絵葉書 裏面には白浜燈台と記載されています。
右の建物は電源舎でしょうか、現在は立ち入る事が困難で廃墟になっていました。
厳島神社と灯台 現在では松の木が生茂り、この位置からは灯台は見えませんでした。
神社の鳥居も木製から石製に替わり設置場所も移動されています。・ 野島埼灯台は、1866年(慶応2年)江戸幕府とアメリカ等4ヶ国との間で結ばれた
江戸条約において建設することが決まりました。1859年(明治2年)12月18日に
竣工し初点灯されました。日本の洋式灯台としては、神奈川県横須賀市の観音埼
灯台に次いで2番目に建てられた古い灯台です。当初はフランス人技師ヴェル二ー
の建設による煉瓦造でしたが、1923年(大正12年)9月の関東大震災により倒壊
してしまい、現在の灯台は1925年(大正14年)8月15日に再建されたものです。
関東大震災前後の野島崎風景
関東大震災前 1923年1月の風景画
関東大震災後 1924年1月の風景画
野島埼灯台が倒れているほか、海岸線の後退している様子から、地震によってこの
辺り一帯が隆起したことがよみとれます。 原画 石崎順吾氏*********
・1923年(大正12年)9月1日 関東大震災発生により地上6mの所で折れて、大音響と
共に倒壊。
・1925年(大正14年)8月15日、現在の8角形の白色塔形コンクリート造で再建。
・1945年(昭和20年)太平洋戦争時、アメリカ軍の攻撃により大きな被害を受ける。
・1946年(昭和21年)11月12日完全復旧し、現在に至る。
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伝説の岩屋
野島埼灯台下で面白い岩屋がありました。 大蛸の海神
タコにウロコやヒレがあるんですねぇ
まるで円谷プロの怪獣のようです・・・
また台風が来ているようですね
晴れた日はどこか遠くへ出掛けましょうかねぇ・・・
ご訪問頂いた皆様へ
昨日ブログの背景をカスタムに変更いたしました。
まだ見慣れていないせいか、読みづらく感じるかもしれません・・・
過去記事において、文字の配列がずれていたりする場合があります。
みづらい個所もあるかもしれませんが、ご了承下さいませ。
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南房・館山レトロ旅
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完璧なガイドでした。
なんかバスガイドさん付きで旅行したみたいで
得した気分です☆
2013/10/7(月) 午後 4:26
ま〜〜良く
集められましたね、、絵葉書、、、、
感心です
お蔭様で昭和の長閑な風景が見られました
灯台は色々な風景見ていたのですね、、、
2013/10/7(月) 午後 8:22
今の船はGPS便りでしょうね
津波の避難場所になりうるでしょうか
2013/10/7(月) 午後 8:27 [ 凹々道 ]
過去と現在の時間の経過が感じられますね。
野島崎は大好きなところで透明船にも乗りました。
あれって原始的で風情があります。
灯台は大好きで、観音崎や洲崎灯台も行きます。
野島崎の最初はヴェルニーなんですね!
灯台では、何秒後との点滅で何色。
どの辺まで光が届くかそんなことに思いを馳せます。
ナイスポチします!
2013/10/7(月) 午後 8:47
野島埼灯台 立派な姿をしてますね!
へぇ、震災前はレンガ造りの灯台だったのですか。
当時浅草にあった仁丹塔こと凌雲閣も
関東大震災時に倒壊しましたが
昔は建築基準は現在よりも視野に入れてなかったのかもしれませんね。。(^_^;)
それにしてもこの大蛸の海神いいですねぇ!
なんだかゲスラみたいなデザインで
ウルトラマンに出てきそう!(=゚▽゚)/
現在の写真でしょうか?右側にある
電源舎だけ古いまま取り残されてる状態で
ポツンとした佇まいがいいですね。
2013/10/8(火) 午後 7:52 [ tsuto ]
sioさん
ここは子供の頃から、ずーと白浜の燈台って言っていました。
今までに何度か訪れていますが、これまで気が付かなかった発見があったりして、近場でも充分楽しめますねぇ
でも、燈台に登るのはきつかったです〜
2013/10/9(水) 午後 1:13 [ じのもんた ]
でこちゃん
絵葉書は南房総を中心に収集しています。
昔は地元の書店などが発行していたようです。
昭和な頃は観光地のお土産屋さんには必ず売っていましたが、今では写真も一般化して絵葉書の需要がなくなってしまいました。
2013/10/9(水) 午後 1:20 [ じのもんた ]
凹凹道さん
そうなんですよね、今では灯台も無用の長物になっているのかも知れませんね。
昭和30年代には、5トン以上の船はほとんどがレーダーを備えていて、その当時は電波による航海が普通になっていました。
そして現在はGPS、時代の流れですねぇ・・・
2013/10/9(水) 午後 1:29 [ じのもんた ]
アキさん
灯台周辺は観光地化されていて、今でも昭和な土産物屋や、食堂があり昭和な雰囲気を楽しめます。
当時土産物屋には、こけしや貝殻細工の置物が沢山売っていたのを覚えていますが、今ではそんな土産を買い求める人も居ないんでしょうね。
銚子の土産物屋では、ふぐギターならぬふぐミュージシャンが売っていましたけど・・・(笑)
2013/10/9(水) 午後 1:38 [ じのもんた ]
tsutoさん
うぉ〜当時浅草にあった凌雲閣をご存知でしたか!
関東大震災で倒壊していなかったら、今でも残っていたんでしょうかねぇ・・・
電源舎、良い所に気が付きましたね、この施設は現在では使われていませんが、コンクリート製で建物はしっかりしていました。
実は廃墟となった内部も撮影して来たので、いつか・・・(笑)
2013/10/9(水) 午後 1:48 [ じのもんた ]