昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

天津小湊 誕生寺

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    小湊山に初詣    ■ 
 
今年も天津小湊の誕生寺へ初詣に行って来ました。ブログ記事での投稿は3回目になりますが、
今回はじのコレクションより「昭和な絵葉書の写真」と見比べながらご紹介して行きます。
 
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昭和30年代の絵葉書に見る誕生寺山門
 
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平成26年1月3日現在の誕生寺山門
門柱はそのままで、屋根瓦が葺き替えられているのが解りますねぇ
 
 
 
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続いて仁王門ですが、この頃のカラー絵葉書は写真じゃなくて手彩色によるものです。
 
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仁王門には毎年謹賀新年の大きな文字が取り付けられています。
 
 
 
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そして、こちらは誕生寺祖師堂
 
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絵葉書に写っている松の老木は、さらに大きく成長して垂れ下がっています。
お正月なので、おみくじ販売のテントの設置や提灯が取りつけられていました。
 
 
 
 
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そして、誕生寺参拝でのもう一つの楽しみ「鯛の浦の遊覧船」です。
何故か毎年時化による欠航で乗船出来なかったのですが、やっと乗る事が出来ました!
 
 
それでは、遊覧船から眺めた小湊周辺の風景も昭和な絵葉書と一緒に見て行きましょう。
イメージ 8
この絵葉書は海側から眺めた誕生寺の風景で、仁王門と祖師堂の屋根が見えます。
これは戦前の絵葉書ですが、当時から「房州名所」「外房名所」などとして数多くの
絵葉書が発行されていて、その時々の時代の流れを感じ取ることが出来ます。・・・
 
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遊覧船より見た誕生寺と小湊漁港です。
 
 
 
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こちらも戦前の絵葉書で、手彩色により色付けされています。
長閑な漁村の風景が切り取られていますねぇ・・・
 
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現在漁港周辺は防波堤や波消しブロックで囲まれています。
左後方の建物は、「黄金風呂」で有名な「ホテル三日月」です。
 
 
 
イメージ 12
こちらの絵葉書は昭和40年代のもので、当時はこのような遊覧船だった事が解ります。
夏時期の撮影のようで、ランニング姿の人など20名程が乗船しています。
後方には懐かしい小湊水族館が写っていますねぇ
 
イメージ 13
小湊水族館の跡地は、現在「千葉大学海洋バイオシステム研究センター」になっています。
石原裕次郎主演映画「嵐の中を突っ走れ!」のロケ地のひとつです。
 
 
 
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こちらは戦前の天津海岸の絵葉書です。
当時の漁村の風俗を伺い知る事ができます。
 
イメージ 15
遊覧船から眺める天津海岸の遠景
天津は「あまつ」と読み、「てんしん」ではありません。
じのさんが子供の頃「天津甘栗」は「天津小湊」で作っているからだと思っていました(笑)
 
 
 
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「妙の浦の風光」
 古くは「妙の浦」で、現在は一般的に「鯛の浦」と呼ばれています。
手前に写っているのは小弁天島で、奥は大弁天島、この島の周り一帯が鯛の浦です。
 
イメージ 16
 遊覧船から大弁天島の眺め
房総の弁才天は海に関係した場所が多いようです。
 
 
 
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「妙の浦鯛の飛躍」この絵葉書は写真ではなくて、絵です。
 
イメージ 18
それでは遊覧船のメインイベント!撒き餌で真鯛を呼び寄せます。
餌を食べに、海面に浮上した真鯛の群れです!
沢山の真鯛に紛れて、大きな鰤も見えましたョ〜
 
 
 
イメージ 20
貞応元年(1222年)2月16日、日蓮上人誕生の際に小湊湾内に2、3尺(60㎝〜90㎝)もある
鯛が群集浮上して上人の生誕を祝したと伝えられています。以来700年以上もの間、鯛の浦を
聖地として守り続けてきました。地元ではこの鯛を決して捕獲しない習わしが残っており、毎
年1月18日、僧呂も出席した盛大な鯛供養が行われ、鯛に対する信仰の厚さがうかがわれます。
 
真鯛は本来、深海性の回遊魚で群れを作らないのですが、ここでは水深10〜20mの場所に群
で定住しています。このような現象は、未だに科学的にも解明されておらず、昭和42年12月
特別天然記念物に指定されました。
 
 
 
 

閉じる コメント(8)

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むほっ!に乗ったぱぉんねやっと乗れて良かったぱぉんね
鯛や鰤がやってくるぱぉんかね網で取り上げてもぐもぐ・・・・むほ
戦前のほのぼのとした風景が良いぱぉん
ナイスあまつ甘栗ぱぉんわははは

2014/1/4(土) 午後 1:03 ぱぉんちゃん

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こういう質の高い絵葉書見たの久しぶりです!
一見本当の写真と見間違える出来ですよね。
1枚目の誕生寺山門の左側の松の木(?)でしょうか?
絵葉書と比べるとずいぶんと成長しましたね!
よく見ると当時は街灯や手摺りなども見当たらず、
でもその時代はそれが当たり前だったんだなぁ。
あ!小湊水族館があったころのほうが
活気があるように見受けられます(@_@)。
当たり前だけど時間は確実に進んでるんだなぁって
しみじみ思いますよ。(^_^:)

2014/1/4(土) 午後 8:26 [ tsuto ]

今年も行かれたのですね
懐かしい ̄^景色です
この山門の直ぐそばに
一昨年お泊まりしましたからね
この様に絵ハガキと見比べると
何か郷愁に駆られますね
鯛の浦がもっと観光客が来ると良いですね
戦前の写真、千葉の女子の強さ感じられます(笑い)、、

2014/1/5(日) 午後 9:09 でこちゃん

いまの誕生寺は2代目で、初代の誕生寺は
地震で沈んで海の中にあるそうですよ。
いまも海底に石段やらが確認できるそうです。

2014/1/6(月) 午前 0:39 sionecafe

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ぱぉんちゃん
じのぽぉんちゃんが初詣に行く日に限って欠航していたぱぉんね
きっと信仰心が足りなかったからぱぉんかも・・・(笑)
今年はやっと念願叶って遊覧船を満喫してきたぱぉんよ!

2014/1/7(火) 午前 7:25 [ じのもんた ]

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tsutoさん
カラー写真が一般化する前は白黒写真に手で彩色付けした絵葉書が人気でした。
明治時代は赤色や青色などの数色で色付けされていましたが、昭和時代になると印刷技術が進歩して天然色に近い絵葉書が発売されるようになりました。
同じ絵葉書でも、色違いバージョンがあって面白いです。
後で彩色する事を考慮して、被写体を予め白く塗っていたりもしていたと聞いた事があります。

2014/1/7(火) 午前 7:41 [ じのもんた ]

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でこちゃん
現在のようにカメラが一般化する前は、この様な絵葉書が各地で沢山発行されていました。
小湊周辺は古くから観光地でしたから、各時代の絵葉書が大量に発行され、今でも数多く残されています。
絵葉書は過ぎ去った風景を知ることが出来る貴重な史料ですね。

2014/1/7(火) 午前 7:48 [ じのもんた ]

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sioさん
そうなんですよね、今でも海底には墓石も残っているそうです。
お正月の誕生寺の境内には露店が沢山出ていましたが、天津甘栗の露店があって、ほくそ笑んじゃいました〜(笑)

2014/1/7(火) 午前 7:54 [ じのもんた ]


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