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大塚の ボンカレー ヒートパック
真っ黄色のさらさらなルーに、ジャガイモ・人参・玉ネギ・豚肉、それと真っ赤な福神漬・・・
子供の頃、母親が作ってくれたカレーライスは美味しかったなぁ〜
そんなお袋の味とは全く別物の「ボンカレー」ですが、当時実家は自営業で母親も忙しかったため、よく
自分でボンカレーを温めて食べていました。 このパッケージを見ると、なんだか懐かしくも寂しい記憶が
蘇ってきます。
ボンカレーと言えば女優の「松山容子」さんですね!パッケージは勿論、テレビCMや琺瑯看板でも有名です。
松山さんは、愛媛県松山市出身だから芸名を松山にしたのか?詳しくは知りませんが、松山市で銀行を経営
する名士の家に生まれ、松山南高等学校を卒業後、NHK松山放送局に事務員として入社。「アサヒグラフ」の
表紙のモデルを務めたのが切っ掛けで松竹映画の役員の目にとまり、女優に転身しました。
当時物のボンカレーの琺瑯看板です。未使用のデットストックが残っておりました。
この頃の日本では琺瑯看板はすでに衰退していたのですが、大塚食品はオロナミンC同様に営業マンが全国
各地に琺瑯看板を貼りにまわって普及に努めました。琺瑯看板の松山さんの印刷部分は小さい点の集まりで 濃淡を表わしていて、製造を請け負った看板屋さんの苦心作だそうです。 画像でも確認できますネ!
ボンカレーはNASAの宇宙食をヒントに大塚化学薬品での約2年の研究開発期間を経て、昭和43年2月に日本 で最初のレトルト食品として発売されました。 ボンカレーの「ボン」はフランス語で美味しいという意味です。
画像の懐かしいパッケージのボンカレー。 実は現在でも沖縄県ではこのパッケージで販売されています。
なんでも沖縄では、このパッケージでないと売れないそうなんです〜 沖縄では深く根付いているんですネ!
今では沖縄名物として、観光客が懐かしがってお土産に買って帰るそうですョ!
それでは中身を見てみましょう・・・ う〜ん残念!レトルトパウチはパッケージに載っている白色ではなくて
アルミ色をしていました。 期待感が強かっただけに少々ガッカリです〜
先日実家に帰った折、子供の頃カレーを食べる時に実際に使っていた皿とスプーンとコップを持ち帰りました。
昭和なボンカレーには、昭和な食器が良く似合う!?
今日も自分で温めて食べました・・・
パウチを開けた瞬間の懐かしい匂いと味・・・
やっぱり、寂しい記憶が甦りました・・・ |
昭和なカレー
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このボンカレーは、私にとっては思い出深き商品の一つです!
1978年6月12日、小学5年生の時、忘れもしない「宮城県沖地震」の被災にあったとき、食糧も尽き果てた頃、自宅避難していたわたし達に気付き、いち早く駆けつけてくれた大塚食品さんの社員の方々でした!
わたしのブログにも載せましたが、避難場所にはある程度食糧も届いても、自宅避難したわたし達には、避難所に取りに行くしかありませんでしたが、大塚食品さんの社員の方々は1軒1軒回ってくれて、本当に涙なしでは語れません・・・・ありがとう大塚食品さん!
2011/11/21(月) 午後 6:36
私もこのカレーホウロウ看板と、オロナミンC(黄金バット)
のホウロウ看板がありますが、やっぱり駄菓子屋なので、
フジヤのペコちゃんとか、グリコとかのが欲しいけど
高すぎです(^^;
カレーはレトルトはあまり食べませんが、子供の頃はよく
たべました。懐かしいな・・・☆
2011/11/21(月) 午後 7:53 [ ... ]
プリン社長さん
きっとボンカレーを食べる度に、思い出してしまうのでしょうね・・・
大塚食品さんは、カレーの温かさと一緒に人間の温かい気持ちも届けて下さったのですね。
素晴らしいと思います!
2011/11/21(月) 午後 8:24 [ じのもんた ]
たまちゃん
そうですね〜琺瑯看板と言えば、グリコとペコちゃんとカルピスの人気が高いですネ!
値段も高いですが、私も欲しいです。
オロナミンCの黄金バットは希少ですネ〜
ポチありがとうございます。
2011/11/21(月) 午後 8:32 [ じのもんた ]
「大五郎三分待つのだぞ!」シリーズもありましたね♪
2011/11/21(月) 午後 10:03
じのさんの♪
昭和…知っとるけ?の授業の時間ですなぁ(笑)
へぇ〜
ボンは美味しいと言う意味なんですね☆
沖縄販売は知らなかったさぁ☆気にしない☆なんくるないさ♪
2011/11/21(月) 午後 11:28 [ ・ ]
でんすけさん
笑福亭仁鶴が「子連れ狼バージョン」でやってたCMですね!
「じっと我慢の子であった」・・・懐かしいです〜
2011/11/22(火) 午後 8:26 [ じのもんた ]
邪太郎さん
昭和・・・知っとるけ?のフレーズ イイね!
今度使わせてもらいます〜
昭和な授業は、まだまだ続きますよ〜
2011/11/22(火) 午後 8:37 [ じのもんた ]
看板のカレーの器
いやに大きいが(洗面器みたい)
こんなに中味入ってました(−m−)?
ウチはレトルトカレー
普段は食べさせてもらえませんでした
非常持ち出し袋に乾パンやカップヌードルと一緒に
入れられてました
ですから食べられたのは
その非常食の期限切れ間近の時だけ(爆)
量があまり多くなかったという印象しかないですね
それと・・・箱入れの意味があるのかなと思いました
父は合理的で少しでも多く詰めるために
持ち出し袋に入れる際に
箱捨ててましたんで・・・
でも、レトルトカレーと言えば
色んな銘柄が出た現在でも
ボンカレー見る度に昭和に戻る感じがします
何でだろ
刷り込まれちゃってるのかな〜
懐かしいボンカレーに☆ぽち
2011/11/23(水) 午前 7:34
桃豹さん
ウチは腹へったら、ボンカレーでも食ってな〜みたいな感じでした。
商店だったんで、一応食うものには不自由しませんでした。
でもやっぱり、売れ残り品や期限切れ商品は自家消費してました〜
ぽち☆ありがとう!
2011/11/23(水) 午後 7:22 [ じのもんた ]
何だかウチの母親は
レトルトカレーとか冷凍食品のピラフなんかを
テヌキと考えていたみたいです
手作りのものを食べさせなきゃいかんみたいな・・・
勝手に食ってなというのもなくて
おやつは用意された分だけ
食事も然り・・・
キッチンで食いもの漁りだしたというか
勝手にあちこちかき回し出したのは
自分でお菓子を作る様になってからです(爆)
使ったものをきちんと元通りにしないと
怒られましたね〜
要はキッチンをいつもキレイにしていたいから
子供にその辺をいじくらせなかったのかもしれません
ある意味、変な親かも(−m−)
2011/11/26(土) 午前 7:51