昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

昭和なフェリーボート

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   里浜⇔金谷 40分の船旅      
 
 昭和40年代、東京湾のフェリーボートは大勢の人々を乗せて、房総半島への船旅を演出しました。
 
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川崎〜木更津を運航した日本カーフェリー「あさかぜ」
       画像は、当時「はとバス」が企画した「マザー牧場ツアー」のパンフレットより転載しました。
       フェリーのデッキや船窓には、溢れんばかりの人。当時の房総ツアーの人気ぶりが伺えます。
 
 
 
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夕暮れの金谷港を出港した東京湾フェリー「とうきょう丸」
 
 
 
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それでは、対岸三浦半島との海上交通の歴史を見てみましょう。
 
 
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                向地と富津を結ぶ京浜丸
 対岸三浦半島(向地と称する)との海上交通は昔からさかんで、特に富津は鉄道がなく対岸とも近い
 ので定期船により貨客を運んでいました。 地場産業の海苔の景気が良い時は、定期船を利用して
 向地へと足をのばしたそうです。
 画像の京浜丸は、50トンの木造船で富津港に停泊中の撮影。
 昭和初期に富津と横浜、横須賀を運航していました。
 
 
 
 
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            竹岡(荻生港)と浦賀港間を就航する昭南丸
  京浜、三浦半島を結ぶ海上交通は、鉄道がまだない時代は専ら船を用いていました。
  富津には当時、富津港・大貫港・湊港・竹岡港・荻生港・金谷港がありました。
  この昭南丸は東海汽船所属の約70トンの木造船で、荻生港(現在の小金井戸の下の浜)から出港していま
  したが、水深が浅いため本船まではハシケを利用して乗船したそうです。
  浦賀間を1日4往復(午前2回、午後2回)で昭和16年頃まで就航後、金谷村の要請で金谷港〜浦賀港間を
  就航するようになりました。
 
 
 
 
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                   東京湾フェリー
           東京湾フェリーは昭和35年5月3日に自動車航送を開始しました。
           対岸の久里浜と金谷とを結ぶもので、所要時間は約40分。 
           金谷〜久里浜間は約35分で、この5分の差は潮の流れの影響でしょうか? 
           京浜地帯から房総への至近距離で、当時は利用客も多かった。
           画像は、これから金谷港に着岸する「かなや丸」で、後方は鋸山の山容。
 
 
 
 
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            金谷港・フェリー乗り場の「かなや丸」
   フェリーから沢山の人が降りてきているのが見える。当時は人も自動車も同じ場所から乗船したそうです。
   湘南へ富士箱根伊豆への看板文字が当時のレジャーブームを感じさせます。
 
 
 
                       現在の金谷港・東京湾フェリー乗り場
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現在就航中の東京湾フェリー
 
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かなや丸
 1992年4月就航。3,580総トン、全長79.0m、幅16.7m、出力4.400ps、航海速力13.5ノット、最高速力15.0ノット
 旅客定員580名。車両積載数:トラック36台・乗用車110台・バス16台。新浜造船所(玉野)建造。
 
 
 
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しらはま丸
1989年6月就航。2000年改造。3.351総トン、全長79.1m、幅18.0m、出力4.400ps、航海速力13.5ノット、最高速力 15.0ノット、旅客定員580名。車両積載数:トラック36台・乗用車110台・バス16台。住友重機械工業(浦賀)建造。
 
 
 
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過去に就航していた東京湾フェリー
 
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くりはま丸
1986年7月就航。2001年改造。2.796総トン、全長78.8m、幅16.3m、出力3.200ps、航海速力13.0ノット、最高速力 15.0ノット、旅客定員570名。車両積載数:トラック36台・乗用車110台・バス16台。林兼造船(長崎)建造。
2009年度決算発表で、くりはま丸は経費節減のため売却する方針となり、2010年からの3隻運航取りやめにより
運航から離脱。 同年7月にフィリピンのセブ島に売船され、現在でも活躍中です。
 
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くりはま丸の船内(売店)
 
 
イメージ 4
 
 
くりはま丸の車両デッキの様子
 
 
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 夢の東京湾アクアラインが開通後、近くて遠い対岸の地は都内への通勤圏となり、毎朝多くの通勤バ スが運行されています。 かつて、木更津から川崎の工業地帯への通勤の足としても利用されていた
 日本カーフェリーは、1965年運航開始から1997年で廃止となりました。
 トレンディドラマのはしりと言われる「男女7人秋物語」では、ドラマ撮影の舞台にもなりました
 
 東京湾フェリーにおいても、東京湾アクアラインと館山自動車道の開通により、経営に大きく影響を受けまし
 たが、最近では金谷地区の観光地としての注目度がアップしてきており、フェリー利用の客足も伸びてきて
 いるようです。

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閉じる コメント(10)

ご無沙汰しています(^^ゞ

フェリー懐かしいですね、学生時代バイクを載せて良く使ってました。
アクアラインの影響で大分車も人も減っちゃいましたよね(-"-)

2011/12/17(土) 午前 6:44 [ さばたけ ]

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さばたけさん

お早うございます! 今朝の君津は冷え込んでますね〜

木更津からフェリーに乗って、建設途中のアクアラインを見たのを覚えています。

東京湾横断道路、夢のような構想が現実となり今では当り前のように利用していますが、たまにはのんびりと船旅も良いかも?です。

地の店いつも楽しく拝見してま〜す!

2011/12/17(土) 午前 7:37 [ じのもんた ]

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いやぁ、いつもながら最高のレポートです!
視点も大局観も正にプロの掲載です。
自分は庶民目線ですが、こう言ったものは横須賀市長や森田知事に知って欲しい。
小金井戸と言う言葉は地元で無いと分らない専門用語ですね。
あのヒカリモ最近解明された世にも不思議な生物。
昨年は震災があり行けなかったのですが絶対に掲載をお願いしたいです。
菜の花の咲く時期だそうです。近くのため池でも見られえる。
黄金の華に成るそうなのですが地元の方以外の情報は有りません。
白土三平さんの絶版漫画に題名だけは見つけました。
東京湾フェリーは大好きです。盛況だった頃も良く知っています!
ポチさせて下さい。

2011/12/17(土) 午前 9:42 aki12mari

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アキさん
ポチありがとうございます!
竹岡のヒカリモは小学生の頃、実家のある上総湊から自転車に乗って見に行きました。
日本で一番最初に発見されたらしく、なんと昭和3年に国指定天然記念物に指定されています!
ヒカリモはアキさんにとっても、興味深い現象ですね。
来年は、フェリーに乗って是非観察にいらして下さい!
近くには、おいしい地魚を食べさせるマルゴ食堂もありますョ!
私も来年の春、35年ぶりに見に行こうと思います。

2011/12/17(土) 午後 2:53 [ じのもんた ]

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かなや丸
子供の頃、川崎から車で乗ったことあります

確か15分ほどだと思ったけど
すっごく揺れておえ〜寸前でした(爆)

懐かしいですね〜

フェリー乗船回数はそんなに多くありませんが
揺れがきついことでは
一番だったかも

☆ぽち

2011/12/19(月) 午前 3:00 桃豹

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はじめまして

私も内房線エリアの人間です

私は今から20年近く前、MTBを担いで、金谷からフェリーに乗って久里浜に月一回、ツーリングへいっていました

たった35分間の船旅ですが、なんかすごく旅をしている感じのするひと時が過ごせたことを思い出しました…

2011/12/23(金) 午前 1:34 [ Andante ]

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桃豹さん

横浜方面に遊びに行く時は、良くフェリーを利用しました。

でも・・・横浜で袖ヶ浦ナンバーの車ってチョット恥ずかしいんですよ〜

ポチありがとうです。

2011/12/23(金) 午後 8:15 [ じのもんた ]

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ECHOさん

はじめまして、ご訪問ありがとうございます!

私も20代の頃は、フェリーを使って湯河原あたりまでツーリングに行ってましたョ!

金谷の砲台山ハイランドをご存知ですか?先日廃墟を探検してきましたので、よろしかったら記事のぞいてみてください。

2011/12/23(金) 午後 8:19 [ じのもんた ]

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こんにちは、日本カーフェリー懐かしい写真拝見しました。もう、何度と無く乗りました。その昔は、車両甲板にも客室があり、そこに3畳ぐらいの和室もありました、一番後ろの双胴の船ゆえのスクリュウで盛り上がった波を長いこと未定いたのを思い出します。最後は色が変わって運行していたのですね。そうそう、川崎の待合室で初めてピンボールをやったの、思い出しました。3球100円があっという間に終わりました。船はきっと売られてどこかでまだ就航しているのでしょうね。

2015/10/11(日) 午後 10:55 [ kdh*f ]

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>対岸の久里浜と金谷とを結ぶもので、所要時間は約40分。金谷〜久里浜間は約35分で、この5分の差は潮の流れの影響でしょうか?


潮流なんて毎日向きが変わる。それより、久里浜→金谷は出港時と入港時に方向転換するので5分余計にかかる。
度々利用してるクセに、あんた、そんな単純な事も判らんのか?

2018/7/19(木) 午前 1:00 [ 行灯海月 ]


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