|
安房勝山竜宮城水族館と勝山遊園地
今日の記事は、以前紹介しました「昭和な安房勝山にタイムスリップ」の続きとなります。
思いっきり地域色の強い内容となりますので、ご了承願います〜
大黒山海蝕洞窟に造られた竜宮城水族館 昭和28年開館、昭和30年代後半に閉館
竜宮城水族館の後方は大黒山海蝕洞窟遺跡で、古墳時代後期の人骨や多数の遺物が発見されました。
この水族館では、定置網にかかった珍しい魚を鑑賞用として飼育していたそうです。
現在の竜宮城水族館跡地 洞窟の壁面は崩落防止に金属のネットが張られています。
洞窟の内側から見上げると、結構高さがあります。
洞窟内部の壁面は歳月の風雨により摩耗しています。漁港の近くなので、関連した資材が散乱していました。
洞窟の最奥壁には小トンネルがありましたが、その先は垂直な崖となっています。
当時の水槽のガラスが残っていました。 3cm程の厚さです。
この設備は何でしょうか? 海水の循環ろ過のようなものでしょうか・・・
コンクリート製の水槽跡です。ここには、どんな魚が泳いでいたのでしょうか・・・
勝山の観光施設の歴史は、勝山沖の浮島に昭和10年頃、平田未喜三氏が初めて観光施設を設置した
のが最初でした。しかし、この場所は土地も狭く、その上風波の被害も受け易いため、対岸に自然公園
を設けることとなり、スポーツランドと水族館を造り、定置網に掛った珍しい種類の魚を鑑賞用として飼育
すると共に、猿、孔雀等の動物も観光用として飼育されていたようです。
昭和28年3月になると、東海汽船(株)は、町内の観光資源の豊かさに着目し、平田朗氏・未喜三氏と共同
経営により、岩壁を構築してヘルスセンター、頼朝荘が建設され、多くの遊戯施設が造られて房州地方に
おける一大遊園地に発展したのだそうです。
勝山遊園地 昭和28年開館 観覧車が確認できます。 【鋸南町30周年記念誌】より、夏の勝山遊園地
勝山遊園地跡は現在公園になっていて、ブランコやすべり台が設置されています。
当時の面影は僅かに残った石組みだけでした。
大黒山展望台より、浮島を望む
東海汽船に続き東京汽船も航路を開設するようになり、近くの亀ヶ崎(真珠島)にはアコヤ貝が養殖されて
真珠が作られるようになりました。佐久間地区からは茅葺の家屋も移築され、十五夜茶屋が休憩所として
利用されるようになり、佐久間川の河口近くには観光客のための宿泊施設として、河畔荘も営業を開始し
ました。一方、大黒山に登るための施設も完備して東海・東京汽船の両社により東京方面からの観光客
と、地元の人達により夏季には一大遊園地としてめざましい発展を遂げたのだそうです。当時、沼平旅館
などには外人の宿泊客も多かったといわれています。しかしこの施設も類似した施設が各地に建設され
たこともあって、汽船会社が撤退することになり、多くの施設は撤去されてしまい現在では当時の面影は
殆ど残っていません。
昭和30年代、内房の各港では対岸と汽船で結ばれ、大いに賑わっていた事でしょう。
勝山の歴史は今後も記事で紹介して行きたいと思います。
おしまい
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



