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絵葉書に見る金谷の今昔
千葉県富津市の金谷地区は、元々は漁業を中心とした小さな村でしたが、江戸時代頃より岩山の
切り出しが始まると村民の殆どが石切りの作業に従事し、大きく発展しました。 江戸城建築の際
には、金谷から海を渡って運ばれた沢山の石が「捨て石」として使われたそうです。
昭和初期の絵葉書から 【房州鋸山 金谷方面よりの遠望】
海岸には1頭の牛が草を食べている姿が見える。なんとも長閑な風景です。
現在の 【鋸山 金谷方面よりの遠望】
戦後金谷地区は、観光の名所として多くのレジャー施設が作られました。
鋸山の景勝も木々が深く生茂り、岩肌の露出が少なくなって来ています。
昭和初期の絵葉書から 【濱金谷風景 海岸噴水洗身場】
【濱金谷風景 海岸噴水洗身場】推定地 金谷海浜公園プール
この絵葉書に写っている噴水洗身場とは?とても興味深い写真です。
噴水洗身場があった場所を特定するために、金谷の街を歩きながら年配の方を見つけては
絵葉書を見せて尋ねましたが、誰一人知っている人はいませんでした。ある方が近所に80歳
のじいさんがいると言って、ご自宅まで案内して下さり、この絵葉書をお見せした所、大変驚か
れた様子でした。以下おじいさんにお聞きした話しをご紹介しましょう!
張って蒸気機関車の給水用に使ってたのを、さらに浜辺まで引っ張ってた。蒸気機関車に
水を入れてる時は、洗身場の水が出なくなってたな
おじいさん、貴重な当時のお話しありがとうございました!
と言う事で、おじいさんからの話しでは具体的な洗身場の場所は不明でしたが、地図で浜金谷駅
から浜辺までの距離や方向から察すると、現在のさすけ食堂の丁度裏側の場所にあったのでは
ないかと推測します。 その場所は現在プールになっていましたが、このプールの水は鋸山鉄道
トンネルの湧水なのか?までは確認できませんでした。 金谷海浜プールは7月21日より営業と
なるので、今度係の方に聞いてみましょう。
昭和初期 金谷柴崎橋の風景
金谷川の下流川口近くに架かる現在の橋は、昭和42年竣工
橋下の川底には、木製橋当時の橋脚が今でも残っていました。 1枚の古い絵葉書を頼りに、当時と同じ場所を探し出すのは実に面白い!と思うのは私だけかも
知れませんが、風景や風俗の変化に時の流れを感じ、当時その写真を撮った人はどんな思いで
シャッターを切ったのか・・・実に感慨深いものがあります。
絵葉書に見る金谷の今昔
つづく
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2012年07月20日
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