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連合艦隊の入港と北条海水浴場
8月15日の「終戦の日」を向かえるにあたり、戦没者を追悼し平和への祈念をいたします。
8月のじのもんたのブログでは、地域の戦争に関する記事を紹介して行きます。
館山湾には、8月の中旬以降になると、連合艦隊が大演習の中休みによく入港したそうです。
当時の写真には、4隻の戦艦と、その他の小艦隊を確認することが出来ます。
左から「山城」「扶桑」次に、縦向きの戦艦ははっきりしませんが、「金剛」あたりでしょうか?
次いで縦向きの戦艦は檣楼の高さから「榛名」かもしれません。
昭和6年の北条海岸より
館山湾に艦隊が入港する頃は、土用波が立ち始める頃であるのと、艦艇から汚物を流すので、
海水浴客にとっては、招かれざる客であり、また敬遠されたものであったそうです。
船形海水浴場の絵葉書より
鏡ヶ浦沖を黒煙を吐きながら進む山城・扶桑級の戦艦
安房鏡ヶ浦海水浴場の絵葉書より
【扶桑】新造時には世界最大を誇った帝国海軍初の超弩級戦艦。奥は旗艦長門
1944年(昭和19年)10月25日戦没、生存者なし
【山城】扶桑の2番艦。扶桑・最上と駆逐艦4隻の西村部隊の旗艦としてレイテ沖海戦に参加。
しかし米第7艦隊の砲撃を受けて沈没する。
1944年(昭和19年)10月25日戦没、生存者10名
【榛名】民間造船所で初めて建造された主力艦で、サーマル沖海戦後、呉に帰還するも、
燃料の供給が止まったために、浮かぶ砲台として利用されたが、米空母機動部隊による
数度の空襲により、大破着底状態で終戦を迎えた。
1945年(昭和20年)7月28日 大破着底・戦後解体
戦争の記憶を次の世代に
つづく |
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