|
久留里線の今昔hhhhhhh
久留里線は、大正元年(1912)12月28日に開通し、明日で開業100周年を迎えます。
大正時代の久留里駅の機関車
当初は千葉県営久留里軽便鉄道と呼ばれ、明治43年6月の臨時決議会の決議で建設が決ま
り、翌年の7月に免許が下りて建設が始まりました。建設費は当時の価格で371.300円かかり、
県債で充当されたという。当初久留里駅は現在の青葉高校付近に建設する予定でしたが、久
留里地区の住民の陳情により、延長区間の工事費を久留里住民が負担するという条件で現在
地に建設される事となりました。運賃は木更津〜久留里間で32銭、所要時間は大正2年の時刻
表によると73分程でした。当時の木更津中学の陸上部の生徒が汽車と競争して勝ったとか、自
転車にも抜かれたという記事が、大正12年7月25日の「東京日日新聞」に載っています。
大正時代の久留里駅と機関車
開通当時の駅は、木更津駅・清川駅・中川駅(横田駅)・馬来田駅・小櫃駅・久留里駅の6駅で
木更津駅〜久留里駅間22.3キロ、1日4往復で運行。大正10年(1921)に俵田駅設置、昭和11
年(1936)に上総亀山駅まで全線開通。 しかし昭和19年(1944)に久留里駅〜上総亀山駅間の
鉄路が軍用に撤収され、昭和22年までの3年間は走らなかったようです。久留里線は初め県
営であったのですが、昭和12年(1937)に国に無償で譲りました。 条件は木原線(いすみ鉄道)
との接続であったのですが、実現されなかったのは残念でなりません。
御腹川の久留里軽便鉄道の敷設工事
昭和11年木更津航空隊の開設に伴い、工員輸送のため翌年4月に東横田駅と下郡駅が作られ
下郡駅と小櫃駅の間に臨時乗降場として山本駅まで作られました。下郡駅と山本駅は無人駅で
戦後廃止されましたが、地元の要望で下郡駅は復活する事となりました。
久留里軽便鉄道敷設工事 俵田付近
上総亀山駅に停車中のキハ30形車両
平成24年12月1日にラストランを終え、現在木更津駅にキハ30形1両だけが残されています。
久留里線100周年の節目に導入された、新型車両のキハE130 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2012年12月27日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



